2013年7月に行われた参議院選挙に立候補し、音楽と演説を融合させた街頭ライブ型政治演説、「選挙フェス」が大きな話題を呼んだミュージシャン・三宅洋平。彼の選挙戦に密着したドキュメンタリー映画、その名も『選挙フェス!』が7月4日より公開される。17日間26か所に及ぶ過酷な選挙戦を記録したのは映画監督・杉岡太樹。三宅の音楽のファンでありながらも、「なぜ政治の世界へ向かうのか理解できなかった」と一度は撮影の依頼を断り、あらためて資金援助を一切受けないアウトサイダーとして映画製作を申し込んだ。
同作をじっくり見れば、三宅が最も訴えたかったのは政策的な主張よりも、異なる考えを持つ人同士のコミュニケーションの問題だということが見えてくるだろう。三宅は、なぜ音楽家として選挙活動に参加するほどの強いモチベーションを持つようになったのか? そして杉岡は、ときに煩悶しながらもなぜ三宅を最後まで撮り続けようと思ったのか? 杉岡に話を聞くうちに、二人が自らに課したアーティストとしての責任と、思想も職業もとっぱらった直感的な哲学が浮かび上がってきた。
「三宅洋平の出馬は、正直ちょっと嫌だった」。それなのに映画を撮った理由
2013年7月の参議院選挙。東日本大震災から2年が経過し、「原発再稼働」が大きな争点となったあの選挙において、一人のミュージシャンが立候補し、大きな話題を呼んだことを覚えている人は少なくないだろう。三宅洋平、当時34歳。バンド「犬式」のボーカルとして、『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演するなど活躍し、2010年からは「(仮)ALBATRUS」で活動している三宅は、緑の党からの推薦を受け、全国比例区より立候補。音楽と演説を融合させた街頭ライブ型政治演説を「選挙フェス」と称し、全国ツアーを敢行した。あれから2年、三宅の選挙戦に密着したドキュメンタリー映画『選挙フェス!』が公開される。この作品の最大のポイントは、「三宅洋平のPRのために撮影された映画ではない」ということだ。
本作で監督・撮影・編集を務めたのは、三宅より1歳年下の杉岡太樹。2001年より渡米し、ニューヨークで映画製作を学んでいた杉岡は、もともと音楽好きだったということもあり、YouTubeで見た犬式のライブ映像で三宅の熱さに衝撃を受け、ファンになったのだという。2010年に拠点を東京に移すと、脱原発デモを追った長編デビュー作『沈黙しない春』を2012年に劇場公開。この撮影の途中で偶然三宅と出会い、親交を深めていた彼のもとに、三宅から「選挙戦をドキュメントしてほしい」という依頼が届く。
杉岡:もともと三宅さんの音楽が好きだったので、自分を必要としてくれたことに関しては、素直に嬉しく思いました。ただ、三宅さんの出馬に関しては、正直ちょっと嫌だなって思ったんです。せっかく音楽がいいのに、つまんなくなっちゃうんじゃない? とも感じて。僕自身も脱原発デモの映画(『沈黙しない春』)を撮った後だったし、できれば次は政治から離れて、エンターテイメント的な作品を撮りたかったんですよね。
政治に関わると、がっかりすることばかりなのか?
そもそも杉岡はこれまで政治自体に深くコミットしていたわけではなく、今回の撮影をする以前は、比例代表の仕組みも、衆院選と参院選の明確な違いすらわかっていなかったという。日本に帰国した直後に自民党から民主党への政権交代が起こるも、すぐにバッシングにさらされ、元に戻ってしまうという一連の流れを見て、日本人の政治意識に絶望したという経験も大きかったそうだ。
杉岡:政治に関わると、がっかりすることばっかりなんですよね。原発デモの映像を撮ってるときも、石原(慎太郎)さんが都知事選で圧勝したり。でも、僕はそういうときに怒れないんですよ。みんなは「FUCK石原」とか言ってたけど、僕は彼を支持してる人がいるっていう事実をまずは受け入れないとダメだと思った。その人たちとも関わって、自分が見えてない部分を見て、彼らが見えてない部分を見せる作業をしないと、何も変わらないから。
―1つの方向を主張するんじゃなくて、いろんな声を聞いて繋ぎ合わせて、調和させていくことが大事だと。
杉岡:そういう態度って歯切れが悪いし、何も考えてないって思われがちなんですけどね。でもそれが自分の譲れないところだし、三宅洋平と一致するところでもあったんです。彼は、主張が相反するとしても「安倍(晋三)さんのことも否定したくはない」って平気で言っちゃう。それはかっこいいなって思った。だから、彼をPRするわけじゃなくて、あくまで自分らしい映画を作ることで、彼を「応援」できればいいなって思ったんです。
これを見て、「やっぱり三宅洋平のことが嫌いだ」と思うならそれはそれでいい
結果的に杉岡は「チームの一員として記録映像を撮ってほしい」というオファーを断り、「資金援助は一切受けずに、アウトサイダーとして選挙に密着させてほしい。どんなにカッコ悪くても、都合の悪いことでも、それが事実なら撮らせてもらいたい」と代替案を提示した。
杉岡:そもそも「選挙をフェスにするってどうなの?」とか、彼に対する批判ってすごく多いわけじゃないですか? 僕も彼のTwitterやFacebookを見ると、「またこんなこと言ってるよ」って理解に苦しむこともよくあるんですけど、実際に接する三宅洋平はなんて言ったらいいか、もっとチャーミングだから、SNSの三宅洋平像とかなりギャップがあるんですよね。だから、僕が映画を作ることで、そこをいい方向に持っていけるんじゃないかと思ったんです。僕は三宅洋平のことを嫌いな人の気持ちもわかるし、誤解されてる姿もわかるから、そういう自分が「これが『選挙フェス』だったんだ」ってありのままに提示して残すことには意味があるなって。これを見て、「やっぱり三宅洋平のことが嫌いだ」と思うならそれはそれでいい。でも、彼を嫌いになって、彼のしたことを忘れてしまう前に、僕が映像で関わる余地があるなって思ったんですよね。
愚痴をこぼし、クタクタに疲れ切ったアーティストのありのままの姿
こうして17日間26か所に及ぶ三宅への密着がスタートした。「トイレ以外は全て撮らせてもらう」という意思のもと、映画にはTシャツ・短パン姿で全国を飛び回り、オーディエンスとコール&レスポンスを繰り広げる凛々しい姿から、愚痴をこぼし、クタクタに疲れ切ってベッドに倒れ込む姿までもが克明に記録されている。怒り、喜び、悲しみ……様々な感情の渦にもがきながら、選挙戦を戦い続ける三宅の姿がそこにはある。
杉岡:彼は「自分のディレクションが効いていない肖像が世に出回るのはホントに怖い」ってブログに書いてましたね。確かに、アーティストにとって自分の見せ方って生命線なわけで、よく許容してくれてたなと思います。もちろん、映像のチェックはしてもらいましたけど、第一声で「この映画を見たら、誰も選挙に出なくなっちゃうじゃん」と言ってました。彼はいろんな人が選挙に出て、もっと政治に関わってほしいと思っているから、「これ、辛そうすぎるでしょ」って。でも、辛そうに見えたのは事実だし、そこで嘘をついてもしょうがないですからね。
杉岡は音楽家としての三宅のファンであることを公言しつつも、三宅の主義・主張を全肯定しているわけでは決してないし、被写体と撮影者としての関係性には一定の距離が保たれ、それがゆえにありのままの三宅の姿を捉えることができた。しかし、「重要なのはコミュニケーション能力の問題だ」という主張に関しては、三宅と考えが一致しているという。
杉岡:前までは、政治を語るときにはちょっとかしこまって、ちゃんと勉強してから議論しないといけないという先入観があったんですけど、そんなに難しく考えることはないなと思うようになりました。この映画のことを人に話すときも、最初は構えちゃって、「僕は政党のどこを推すとかは特にないんだけど……」って補足してて。でもその言いわけって全然いらないし、だんだんめんどくさくなってきたんですよね。それこそ昔住んでいたニューヨークみたいに、政治が日常の中で話題に挙がるハードルがもっと下がって、誰でも主体的に考えられればなって。
自分の言葉で伝えようとした、田我流の存在感
映画には三宅を支持するミュージシャンも数多く映し出されているが、中でも印象的なのが、選挙戦も後半を迎えて疲弊感も漂う中で登場する、田我流の登場シーンの存在感だ。彼は街頭演説で自らの言葉で意見を述べ、“ゆれる”を披露する。
杉岡:僕が「選挙フェス」を回る中で、一番かっこいいと思ったのが田我流だったんです。彼はそんなに政治の知識があるわけじゃないし、政治を語る言葉も拙いんですよ。それでも群衆の前に出てきて、自分の言葉で考えを伝えようとする姿は、自分と一番近い場所にいると思ったし、同世代のほとんどの人がきっとそうだと思います。それに、その田我流を自分の選挙戦の一部にしている三宅洋平のセンスもやっぱり「わかってるな」って思わされるところもあって。三宅洋平の中では「みんなが自分なりに考えてほしい」っていうのが理想なんですよね。だからいつも思うんですけど、彼を批判してる人って、彼を過大評価し過ぎなんじゃないかと思うんですよ。彼だって一人のあんちゃんなんですから(笑)。
―いろんな考えを持った人がいて、その中の一人にすぎないと。
杉岡:だから逆に言うと、「選挙フェス」を伝説として残したいと思っている人に対しても、違和感を覚えます。だって三宅洋平という一人の男が生身でぶつかっただけですから。「選挙フェス」は伝説なんかじゃなくて、自分と地続きのものとして見てほしい事象だったからこそ、こうやって作品として残したかったんですよね。
人間を信じるために、自分を信じるという方法論
「三宅洋平も大勢の中の一人である」という意見に同調できる一方で、それでもこの映画の中に記録された三宅洋平の熱量は、一般からは大きくかけ離れたものであるようにも思う。彼が体力的にも精神的にもボロボロになりながら、それでも選挙戦を戦い抜いた、そのモチベーションは何だったのだろう? その部分を、三宅を一番近くで見続けた杉岡にはぜひ聞いてみたいと思った。
杉岡:そこは僕も不思議で……目立ちたいんですかね?(笑) もちろん、「地球や自然を守りたい」という気持ちも大きいと思うけど、どこかお祭り男的なやんちゃな部分というか、渋谷の駅前にステージを組んじゃったりするような、ワイルドでぎらついている感じがある。でも僕は、それはそれでいいと思うんですよね。あとは、周りから圧力がかかればかかるほど、その人の筆圧になっていくというか、表現の濃度が濃くなると思うんです。だからもしかしたら、選挙に出ることが、アーティストとしての自分のクオリティーを上げることにつながるという意識もあったのかもしれないですね。それって、例えばRAGE AGAINST THE MACHINE(アメリカのオルタナバンド。政治メッセージを持つ歌詞が特徴)とか、海外だと普通のことでもあるから悪いとも思わないし。
三宅は音楽家という仕事を「どうしてもやらないと気が済まないもの」としてある種の天啓のように感じ、使命感を持って自らの活動に取り組んでいるそうだ。映画では、現在住居を構える沖縄で、海に向かって祈りを捧げるシーンも描かれている。一見、こうした言動はスピリチュアルにも映るが、杉岡はここに三宅の本質を見出していた。
杉岡:彼はすごく人間を信じているんだと思います。だから、何かがちょっとでも良い方向に動くことを期待して、選挙に出たんじゃないかな。僕は逆に、どこかで「人間なんてこんなもんでしょ」って思っているんですよね。何千年の歴史の中で、世界中が平和だった時代なんて1回もないわけで、常に自分の中にある欲望や暴力性と向き合わざるを得ない。でも、彼は人間を信じていたいから、まず自分を信じようとしているんだと思うんです。さらに言うと、信じられる自分でいるために、いろんなことを取り入れてるんだと思うんですよね。ときには「トンデモ」だと思われちゃうような言動やふるまいを見せることもあるけど、彼は「自分はまだやれる」って期待し続けるために、そういうものを必要としてるんじゃないかな。信じている対象そのものも大事かもしれないけど、なぜそれを信じようと思ったのか? 必要としたのか? ということを想像するのも同じぐらい大事だと思います。僕は彼みたいに強くなくて、心がくじけちゃうことがよくあるから、「じゃあ、自分は何で強化しよう?」とよく考えますし、そういう意味では三宅洋平を理解できるところもあるんです。いくら僕が悲観的なものの見方をしたとしても、完全に絶望して、「何も良くならない」って思っちゃったら、それこそつまんないですからね。
ダサいは間違っていて、かっこいいは正義。理屈じゃない信頼関係
「自分を信じる」ということ。『選挙フェス!』という映画が主義や主張を超えて描き出しているのは、まさにこの一点であると言ってもいいかもしれない。杉岡は言葉を続ける。
杉岡:三宅洋平のことにしても、もうちょっと長い視点で理解したほうがいいんじゃないかと思うんですよね。彼みたいな存在をその場で潰してしまうことは、自分の行動や未来を制限することにつながると思うんですよ。自分が自由に生きるためには、他人の自由を尊重することが必要で、僕はギリギリ彼を肯定できた(笑)。そうじゃなかったら、作品にはしてないですからね。僕と三宅洋平は全然違う人間で、彼が何で僕を近くにいさせてくれるのか、未だによくわかってないんです。ただ、根っこの部分が共有できてるとは思っていて、それは実はカルチャーの部分、聴いてきた音楽が近いこととか、そこで僕は彼を信頼しているんだと思います。
―例えば、どんなところが通じているのでしょうか?
杉岡:選挙の前日に決起集会があったんですけど、僕はそこでもアウトサイダーで、「居心地悪いな」と思いながら参加してたんです。そのときお店のBGMでGOTYEの“Somebody That I Used to Know”がかかったんですよ。それを「いいね」と思っていたら、彼も「お、これ誰だっけ?」と反応していて、そこでピンときた。結局、彼が何をかっこいいと思っているのか? を僕は信頼していて、それは自分のセンスを信じたいということでもある。やっぱり、「ダサい」のは何かが間違ってるってことだと思うんです。だから、僕はダサい映画は撮りたくないし、三宅洋平も映画の中でライブをミスって「死にたい」って言うし。「それ選挙と関係なくない?」と感じる人もいると思うけど、やっぱりそこに共感するんです。ダサいのは嫌なんですよ。
三宅は17万票を超える票数を獲得するも、選挙には落選。何の準備も確信もなく撮影を開始し、「映画として成り立つのか最後まで不安だった」という杉岡は、この結果を受けて、「結局お祭り騒ぎをしただけで、またすぐもとに戻ってしまうんじゃないか」と考えもしたそうだ。しかし、選挙後にラジオに出演した三宅の声を聴いたときに、そこで初めて「これは映画になる」と確信できたのだという。
杉岡:あの声を聴いた瞬間に、彼が選挙に出たことを「良かった」と思えたんです。決してシリアスじゃなくて、照れ隠しのような、脱力したような感じなんだけど、すごく情報量が豊かな声だった。なぜだかわからないけど、その声に安心したんです。そもそもドキュメンタリーって、いろいろ勉強して、知識を身につけて撮らないとダメだという人も多いんですけど、僕はもっと感覚的に撮っていいと思っているんですよね。理論的じゃなくても僕には僕の基準があって、それは「かっこいいは正義」だということ。政治を知らないなら知らないなりに、かっこいいやり方っていうのはきっとあって、僕はその直感みたいな何かを信じてるんです。
- 作品情報
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- 『選挙フェス!』
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p>2015年7月4日(土)からユーロスペースほか全国順次公開
監督:杉岡太樹
出演:三宅洋平
配給:mirrorball works
- プロフィール
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- 杉岡太樹 (すぎおか たいき)
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1980年神奈川県生まれ。01年より渡米、School of Visual Arts(ニューヨーク)にて映画製作を学ぶ。第84回アカデミー賞ノミネート作品の『もしもぼくらが木を失ったら』や、日米で異例のヒットとなった『ハーブ&ドロシー』などの制作・配給に参加。2010年より拠点を東京に移し、”脱原発デモ”の萌芽を追ったドキュメンタリー『沈黙しない春』で2012年に長編映画デビュー。現在、ブラインドサッカー日本代表チームを追った次回作を制作中。
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