無一文で日本縦断に成功したIris、辛いこともあった旅を振り返る

いま日本で最も有名なマレーシア人は、彼女ではないだろうか。この3月まで放送されていた日本テレビ『なんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付』で、北海道・宗谷岬から沖縄県・喜屋武岬までヒッチハイクで旅するコーナーに出演し、天真爛漫な笑顔で老若男女に愛されたIrisが、本業の歌手として4月27日にシングル『I love me / good bye』でデビューする。本人も出演するコーセー『雪肌粋 ホワイト洗顔 クリーム』のCMタイアップも決定し、シンデレラストーリーを駆け上がり始めた彼女は何者なのか。運命に身を任せるようにして不思議な人生を歩んできた彼女に、これまでのこと、これからのことを語ってもらった。

なぜIrisは、日本を活動場所に選んだのか?

東南アジアに位置し、約3000万人が暮らすマレーシアは、マレー系、中国系、インド系をはじめとする人々が入り混じる多民族国家。そのため国内では複数の言語が飛び交い、多くの人はマレーシア語と英語、そして自分の出自となる言語を操るマルチリンガルだ。首都・クアラルンプールで中国系の家庭に生まれ育ったIrisは、マレーシア語、英語に加え、北京語、広東語、福建語を使いこなし、日本語も現在習得中。まだ来日して1年あまりで日本語には若干たどたどしさが残るが、ときおり英語を交えながらインタビューに応えてくれた。

彼女が日本で脚光を浴びるきっかけとなったのは、昨年11月から日本テレビ『なんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付』内で放送された『NIPPON優しさ旅』のコーナー。無一文の状態で、現地に住む人に声をかけて宿泊や交通を提供してもらいながら、北海道の宗谷岬から沖縄県の喜屋武岬まで旅する企画で、今年3月に無事ゴールした模様が放送された。番組内ではマレーシア出身の歌手ということしか紹介されていなかったが、なぜ彼女は日本で活動することになったのだろうか。まずはここから紐解いていこう。

Iris
Iris

Iris:子供のときから音楽が好きで、友達とカラオケにはよく行ってました。それで、高校を卒業した後にコンテストに参加したんです。そこでは負けちゃったんですけど、それを見ていたマレーシアの事務所の人から声をかけてもらって始まりました。

2011年に出場したコンテストをきっかけに音楽活動を開始したIris。2013年にはマレーシアで人気クリエイターとして知られるNameweeとデュエット曲“低低頭”を発表し、YouTubeで150万回以上の再生数を記録するなど話題に。同年には映画『冠軍歌王』で女優としてもデビューし、マカオで行なわれた映画祭の舞台に立つが、これが彼女の運命を大きく変えることとなる。

―日本には、どういう経緯で来ることになったんですか?

Iris:マレーシアで映画に出て、マカオで開催された『アジア・パシフィック映画祭』に行ったんです。そこで歌うことになったんですけど、それを見た日本の事務所の人がスカウトしてくれました。おもしろいよねー。

―普通、生まれ育った国を離れて活動するって、一大決心が必要だと思うんですけど、悩んだりしなかったんですか?

Iris:うーん、悩んだかなぁ? 日本が大好きだったし、チャレンジしたいと思いました。家族も「がんばってきなさい」と応援してくれました。たぶん、寂しいと思っていたでしょうけど、言えなかったんじゃないかな。

―日本には昔から興味があったんですか?

Iris:小さいときに、お兄ちゃんと一緒に日本のアニメをたくさん見ていたんです。『犬夜叉』が大好きです。『ポケモン』も見たし、『デジモン』も見たし、『ドラえもん』『ヒカルの碁』、たくさん見ました。

―日本の音楽も聴いていたんですか?

Iris:はい、いろいろ聴きました。好きなのは、玉置浩二さん。声がセクシーですよね。高校生のときに知りました。“To Me”(安全地帯が1986年に発表した『安全地帯V』に収録)という曲が好きです。この曲は、友達が聴かせてくれたアコースティックバージョンに入っていた1曲です。

「辛いのは、お世話になったみんなと別れるとき」

彼女が来日したのは2015年3月。来日後は日本語を勉強するかたわら、ボイストレーニングや曲作りに励んでいたそうだが、またしても転機は突然訪れる。オーディションに合格し、前述の『NIPPON優しさ旅』の挑戦者に選ばれたのだ。出発は9月、来日からわずか半年後のことだった。

―突然ヒッチハイクで日本縦断することになったわけですけど、不安はなかったんですか?

Iris:「チャンスだ! 行くぞ~!」と思いました(笑)。旅が好きだし、日本中の場所に行けるということだったので、楽しみのほうが大きかったです。あと、日本のいろんな食べ物を食べたかったですね(笑)。

―実際にやってみて、大変なこともいっぱいあったと思うんですけど。

Iris:いちばん大変だったのは、心かな。お金がないから、毎日「ヒッチハイクできるかな?」「ホームステイできるかな?」と心配でした。

Iris

―ヒッチハイクやホームステイを断られるのは、辛くなかったですか?

Iris:うーん……もし自分がマレーシアにいて、誰かに「家に泊めて」と言われたら、すごく勇気がないとできないと思います。だから、断られるほうが普通ですよね。「縁がなかっただけ」と思って、次の人にアタックします。でも、辛くなかったと言えば嘘になるかな~。

―わりと楽天的な性格なんですか?

Iris:あー、そうかもねー。たぶんねー。ふふふ(笑)。

取材中も終始ニコニコと笑顔を絶やさない姿が印象的だったが、旅先でも抜群の愛嬌で出会う人たちを虜にしていった彼女。旅のなかではヒッチハイクやホームステイにとどまらず、ときにはアルバイトまでさせてもらいフェリー代を捻出。約1か月半で336人に助けられ、日本縦断を完遂した。

―いちばん思い出に残っていることは?

Iris:スタートのときかな。稚内に着いたら、すごくいい天気で、空もきれいだし、(ヒッチハイクした人に連れて行ってもらい)初めてカニ味噌を食べちゃった(笑)。食べ物は全部おいしかったです。気仙沼のサンマも、鹿児島のサツマイモも、みんなおいしかった~。

―辛かったことよりも、楽しかったことのほうが多かった?

Iris:うん、楽しかったです。辛いのは、お世話になったみんなと別れるとき。悲しいです。だから、泣いちゃった。

―ゴールしたときの気持ちは?

Iris:「もう終わっちゃうのかぁ」って。最初は長い旅になると思いましたけど、あっという間でした。全部バイバイだと思ったら、すごく悲しくなりました。

―もし、もう1回挑戦しましょうと言われたら?

Iris:行きます!(即答)

Iris

「自分のなかに愛がないと、他の人を助けてあげることはできない」

番組最終回でも、ゴール地点の喜屋武岬で「(旅をする時間が)もっと長く欲しい」と涙ながらに語っていた彼女だが、その経験は本業である歌手活動にも大きな影響を与えたようだ。日本デビュー作となる両A面シングル『I love me / good bye』は、どちらも旅を通して得た感情が色濃く反映された楽曲となっている。

もともと“I love me”は旅の出発前から制作されていた英語のラブソングだったが、旅の経験を通して日本語詞の“tell me”(番組最終回で披露され、本作のボーナストラックとして収録)に書き換えられ、さらに旅を終えてから改めて“I love me”として書き直された。<私の未来 ギリギリじゃない?>と不安を抱えた自分に対し、<どんなコトバより “I love me”が魔法みたい>と前向きなパワーを注入するストーリーは、旅を通して成長した彼女の心の変化を描いたものになっている。

Iris:この旅でたくさんのことを体験して、考え方が変わりました。最初は不安もあったんですけど、いろいろな人に助けられていくうちに、自分を好きにならないとダメだと思ったんです。自分を好きになって、自分のなかに愛がないと、他の人を助けてあげることはできないから。それに、お金がないことが貧乏じゃないと知りました、夢がないことが貧乏です。この曲はダウンしてる人や夢がない人が聴いてくれたら、きっと元気が出ると思います。

両A面のもう1曲である“good bye”は、番組を見ていたミュージシャンのHIKARIが、「出会い」と「旅立ち」をテーマに、Irisのために書き下ろした楽曲だ。別れを惜しみながらも未来へ向かって歩き出す歌詞は、番組を見ていた人なら感涙必至。ウクレレと口笛が鳴る温かいサウンド、優しさと強さを同時に携えたような歌声は、何度となく笑顔と涙が繰り返された旅のサウンドトラックのように響く。

Iris:最初にデモを聴いたとき、泣いちゃいました(笑)。この旅でみんなと別れるとき、すごく辛かったんです。でも、よく考えたら、私はマレーシアの家族や友達と別れて日本に来ました。この気持ちも一緒ですよね。自分のストーリーで、前に進まなきゃいけない。切ないけど、明るい、ちょっと複雑な感情です。また新しいチャレンジがあります。だから、がんばるぞー!

2曲とも彼女が歩んできたストーリーを重ね合わせることで、より具体性を増して聴こえることが特徴だが、自分に置き換えて聴くこともできる普遍性のある楽曲となっている。“I love me”はネガティブな気持ちを抱える多くの人に届くだろうし、“good bye”は一度でも旅立ちや別れを経験した人なら思い当たることがあるはず。特に、この春から新しい環境に身を置いた人には、胸に響くものがあるのではないだろうか。

道中に出会った一人ひとりに歌った、海外の人も知る日本の歌

そして本作にはボーナストラックとして、旅でお世話になった人へのお礼として歌っていた“上を向いて歩こう”のカバーも収録されている。番組内では数回しか放送されていなかったが、実は助けてもらった多くの人に歌っていたという。

Iris:“SUKIYAKI”(海外での曲名)は初めて知った日本語の歌なんです。いつ覚えたのかわからないんですけど、私が小さいときはマレーシアで日本のことが流行っていたので、その頃だと思います。みんなが知っているジャパニーズソウルソングだと聞いています。だから、感謝の気持ちを込めて、この曲を歌っていました。特に、「泣きながら歩く」のところが好きで、旅のときも涙がこぼれないように、よく上を向いていました。

“上を向いて歩こう”は、様々な解釈で受け止められる曲として知られ、これまで国内外で数えきれないほどのアーティストがカバーしてきた楽曲だ。そこにはそれぞれの想いが込められ、カバーされた数だけ涙の理由がある。わずか2か月足らずの間に300人以上から優しさを受け、その出会いと別れで何度も涙を流したIris。もちろん受け止め方は聴く人の自由だが、マレーシアから単身日本にやってきた境遇、見ず知らずの人から受けた恩に対する感謝の気持ちなど、その背景を知ったうえで彼女の歌声を聴くと、自然と優しい気持ちにさせられる。

Iris

Irisから見た、日本人が抱えるストレス

レコーディングでは日本語の発音に苦労したそうだが、その一方で本作にはマレーシア人であり、かつ日本に来て間もない今だからこそ歌える感情が詰め込まれている。彼女に「音楽で届けたいメッセージは?」と質問すると、こんな答えが返ってきた。

Iris:大丈夫、大丈夫、Everything is fineと言いたいです。マレーシアの人は、すごいゆっくりなんです。でも、日本で電車に乗っていると、みんなスーツを着て、歩くスピードが速くて、忙しそう。それに遅くまで仕事をして、おうちに帰りません。居酒屋で飲みます。みんな生活とか、仕事とか、家族とか、いろいろストレスがあると思うんです。でも、言えないときもあるじゃないですか。だから歌を聴いて、ストレスをリリースしてもらいたいです。

もし彼女の日本語がペラペラだったら、『NIPPON優しさ旅』のチャレンジャーにも選ばれなかっただろうし、もし電車での景色が当たり前になっていたら、届けたいメッセージも変わっていたかもしれない。彼女は日本での活動について、「Enjoy every moment」と意気込みを語ってくれたが、これから日本で何を感じ、どんな歌を届けてくれるのか。きっと1年もすればガラリと変わっているだろうが、その変化していく姿も含めて楽しみだ。

日本縦断の旅はゴールを迎えたが、歌手としての旅はまだ始まったばかり。既に何かを持っているとしか言いようのない人生を送ってきた彼女だが、この先も続くであろう彼女にしか描けないストーリーをしっかりと目撃したいと思う。

リリース情報
Iris
『I love me / good bye』初回限定盤(CD)

2016年4月27日(水)発売
価格:1,900円(税込)
SRCL-9050/1

1. I love me
2. good bye
3. 上を向いて歩こう(ボーナストラック)
4. tell me(ボーナストラック)
※40ページ豪華写真集付き、三方背スリーブ

Iris
『I love me / good bye』通常盤(CD)

2016年4月27日(水)発売
価格:1,300円(税込)
SRCL-9052

1. I love me
2. good bye
3. 上を向いて歩こう(ボーナストラック)
4. tell me(ボーナストラック)

プロフィール
Iris
Iris (あいりす)

マレーシアで生まれ育つ。歌手・女優として、2014年のアジア最大級の映画祭『APFF』に参加。現マネジメント会社に会場で見染められ、活動の場を日本に移すべく、2015年日本に移住。9等身の圧倒的なスタイルの良さと、透き通る歌声が魅力。マレー語・北京語・福建語・広東語・英語など、多言語を使いこなし、日本語も現在習得中。日本テレビ『なんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付』で日本縦断ヒッチハイクの旅に出演。天真爛漫なキャラクターと、毎回号泣する姿が好評となり、「美少女ヒッチハイカー」とネットで話題に。あわせて、講談社主催の『ミスiD2016』も受賞。2016年4月27日にソニー・ミュージックレーベルズより『I love me / good bye』でデビュー。



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