近年、山登りやトレッキング、そして「絶景ブーム」の盛り上がりによって、ヨセミテやグランドキャニオンといった国立公園に再び注目が集まっている。その絶景を私たちが当たり前のように楽しむことができる背景には、実はフランクリン・ルーズベルト大統領と「自然保護の父」と呼ばれるナチュラリスト、ジョン・ミューアの出会いが関係していることは、あまり一般に知られるところではないだろう。「国が自然を保護する」という二人の画期的な構想のもと、世界で初めて「国立公園制度」が正式に誕生してから今年で満100年。それを記念して、アメリカ合衆国の雄大な国立公園をIMAXカメラで捉えたパノラミックなネイチャードキュメンタリー映画『アメリカ・ワイルド』が制作された。
著名な冒険家たちとともに、息をのむほど美しいアメリカ各地の国立公園をめぐる本作。ここでは、その日本語版の「案内人 / ナレーター」に起用された小澤征悦に登場いただき、その見どころはもちろん、自身も幼少期を過ごしたというアメリカの話、さらには学生時代に行ったというアメリカ横断の話など、さまざまな話を訊いた。
(メイン画像:©Dmitri Fomin)
アメリカって、ニューヨークやロサンゼルスのイメージが強いと思うんですけど、自然以外に何にもない場所が国土のほとんどを占めている。
―小澤さんは、映画『アメリカ・ワイルド』の「案内人 / ナレーション」役を引き受けていらっしゃいますね。実際にこの映画を見て、どんな感想を持ちましたか?
小澤:まず度肝を抜かれたのが、岩と岩のあいだに手を突っ込んで、その状態で崖を登っていく冒頭のシーン。あれを見たときに、「この人たちは、何をしているんだろう?」と思ったのが、もう正直な感想ですね(笑)。あとはマウンテンバイクのシーンです。あれもすごく楽しそうだけど、ちょっと怖そうだなというか、本当にすごいことをやっているなと。
デビルスタワー Conrad Anker scales the columns of Devils Tower National Monument in Wyoming.Courtesy of MacGillivray Freeman Films.Photographer:BarbaraMacGillivray©VisitTheUSA.com
モアブの国立公園 Mountain biker Eric Porter jumps over a mushroom boulder in Moab,Utah.Courtesy of MacGillivray Freeman Films.Photographer:Barbara MacGillivray©VisitTheUSA.com
―本作に登場する三人は、プロの冒険家ですからね。
小澤:簡単にはまねできないですね(笑)。ただ、この映画を見ていて僕が一番感じたのは……こんなふうに建造物がひとつもない、見渡す限りの大自然っていうのは、本当にアメリカならではの光景であって、日本では絶対撮れないんですよね。そしてこの景色が残っているのは、かつてルーズベルト大統領が原案を作った国立公園制度のおかげであって、本当に素晴らしいことをしてくれたと言う以外にない。こういう自然を、国が制度によって守ったわけですから。そういうことがわかるだけでも、この映画の意味や意義は大きいと思います。
―今や日本にも国立公園はたくさんありますね。
小澤:ただ、さっき聞いたら、日本の国立公園は日本国土全体の5%しかないらしくて、アメリカに比べて非常に割合が少ないんですよ。そもそもアメリカとは国土の大きさだって全然違うわけで。だからやっぱり、アメリカの自然というものは、その生態系も含めて守られているのだとこの映画を見て改めて思いました。あと、もうひとつアメリカという国が素晴らしいなと思ったのは、国立公園制度誕生100周年記念で、こういう映画を作ってしまうことですよね。
アーチーズ国立公園 Three Penguins in Arches National Park, Courtesy of MacGillivray Freeman Films. Photographer: Barbara MacGillivray ©VisitTheUSA.com
―そういう自然との付き合い方みたいなものって、アメリカ文化の根幹に深く関わっているような気がしました。
小澤:みんなが思うアメリカって、やっぱりニューヨークとかロサンゼルスとかのイメージだと思うんですけど、本当のアメリカというのは、この映画にも登場する、中西部のあたりだったりするんですよ。要するに自然以外に何にもない場所が、国土のほとんどの地域を占めているという(笑)。その現実を理解する意味でも、この映画は本当に有意義なものだと思います。
凍った滝にピッケルを刺して登っていくシーンがありますが、あれは自然の怖さも知っているからこそできるんだと思うんです。
―ところで小澤さんは、幼少期をアメリカで過ごされていたんですよね?
小澤:サンフランシスコで生まれて、すぐにボストンに引っ越しました。自宅があったのは、ボストンの中心部から高速道路を15分くらい走った郊外なんですけど、それぐらい走るともうまわりが全部森みたいなところなんですよ。森や自然がたくさんあって、その中に家が建っているみたいな。リスが普通に窓の外を歩いていたり。
―そこで、お姉さんと一緒に家を作って遊んでいたとか?
小澤:あ、それはボストンからさらに2時間ぐらい山のほうに行った、タングルウッドでの話ですね。森に囲まれた静かな場所なんですけど、そこでうちの親父(指揮者の小澤征爾)が仕事で使うログハウスみたいなものがあって、東京に帰ってきたあとも、夏休みを利用して毎年行っていたんです。そのログハウスの近くに、うちの姉とシークレットハウスっていう、秘密基地みたいなものを勝手に作って遊んでいたという(笑)。子どもの遊び程度のものでしたけど、あの環境にいたからこそ得られたさまざまな経験を思い返すと、すごく良かったなと思います。
―学生時代には、アメリカ横断もされたとか?
小澤:1年間、日本の大学を休学して、ボストン大学に留学していたんです。最初は英語の勉強で行ったんですけど、そのうち「映画が好きだな」って思って……。
―あ、それでお芝居の勉強を?
小澤:いや、最初は芝居じゃなかったんですよね。もともとは映画制作のほうに興味があって、カット割りとか監督の勉強をアメリカでやっているときに、芝居の勉強をすれば役に立つところがあるかな? という軽い気持ちで始めたら、ハマってしまったという(笑)。そう、期末テストで自分がやった芝居を先生が見てくれて、「ワンダフル」って言ってくれたのがすごく嬉しくて……それで役者を本格的に目指そうかなと思ったんですよ。
―小澤さんを役者の道に決定づけたのもアメリカでの経験が大きかったのですね。アメリカ横断は、その頃に?
小澤:そうです。留学中にどうしてもアメリカ横断がしたくて。自分のキャパシティーを越えたものに挑戦したかったんですよね。まあ、もちろんそこには遊び心があるわけですけど。
―若者ならではの冒険心というか。
小澤:そもそもアメリカ横断した理由は、くだらないことなんですよ。ある夜、男友達とお酒を飲んでいたときに、大西洋の水を太平洋に注いだら、何か世界のバランスが変わるんじゃないかっていう話になり、じゃあやってみようかって(笑)。それで、ミネラルウォーターのボトルにボストンの海の水を入れて、それを持ってアメリカ大陸を東から西まで横断して、サンフランシスコの海に、その水を本当に注いだんです。
―何か映画のような話ですね(笑)。
小澤:(笑)。ただ、そういうのって、理由がくだらなければくだらないほど、面白かったりする。だから変な話、動機は何だっていいと思うんです。それが何かの原動力になるのであれば。
―その道中でアメリカの大きさを体感したのですか?
小澤:それはもう、ものすごく体感しましたね。だって、2回も時間が変わるんですよ? アメリカは標準時刻が場所によって変わるので、東から西に車で走っていると、途中で時間が1時間ずつ戻るんです。日本の感覚で言ったら、もうわけがわからないですよね(笑)。あと中西部のあたりなんて、もうほとんど砂漠というか、時速100キロでまっすぐな道を3時間走り続けても、まったく景色が変わらなかったりするんです。たまに看板が出ていると思ったら、次のガソリンスタンドまで450キロとか(笑)。感覚が麻痺して、本当に前に進んでいるのかわからなくなりました……。でも、それが本当のアメリカなんですよ。
グランドキャニオン The Colorado River carves out the Grand Canyon in Arizona.Courtesy of MacGillivray Freeman Films.Photographer:Barbara MacGillivray©VisitTheUSA.com
―この映画に出てくるような雄大な自然の風景が広がっている場所が、その国土の大半であって……。
小澤:そうなんですよね。映画の話に戻るなら、凍った滝にピッケルを刺して登っていくシーンがあったじゃないですか? あんなのこの映画で初めて見ましたけど(笑)、それぐらいのことを平気でやってしまうのがアメリカ。ただ、それはおそらく、自然の怖さも知っているからこそ、できるんだと思うんです。何も知らない人がやったら、非常に危険な目にあう可能性が高い。だけど、そのリスクも含めて、自分が生まれたときから近くにあるものだから、そうやって自然の中に分け入っていけるのかなと。先ほど言ったように、彼らは自然に対して尊敬と畏怖の念があるんですよ。
レイクショア・パーク Conrad Anker climbs frozen waterfalls in Pictured Rocks National Lakeshore in Michigan.Courtesy of MacGillivray Freeman Films.Photographer:Barbara MacGillivray©VisitTheUSA.com
携帯電話を忘れて出かけたときの自由さは、大自然の中にひとりきりでいるという自由さにちょっと似ていたような気がします。
―小澤さんは、本作に関連して、「地球を守るというのは、実は人間を守ること」というコメントを寄せていますが、もう少し詳しくお話しいただけますか?
小澤:たとえば今、オゾン層破壊から始まりCO2の問題や公害問題など、このまま突き進んだら地球が滅びちゃうよと言われているじゃないですか。だけど、そんなことで地球は滅びないんですよね。それによって人間は淘汰されるけど、地球が滅びるわけではない。つまり、自然を守るという行為は、実質的には人間を守ることに繋がるんです。
ヨセミテ国立公園 Reenactment of John Muir and President Teddy Roosevelt's camping trip in Yosemite Valley to discuss the future of a National Park system.Courtesy of MacGillivray FreemanFilms.Photographer:Barbara MacGillivray©VisitTheUSA.com
―なるほど。自然対人間ではなく、人間はあくまでも地球に付随した存在に過ぎないと。
小澤:人間が地球を支配してると勘違いしてしまいがちですが、そんなことは人間の驕りでしかないわけですよね。地球から見た人間っていうのは、ある意味余計な存在に過ぎない。だから、そういう意味でもルーズベルトさんが自然保護を提唱したというのは、すごく意味や意義のあることだし、できるだけ後世にも伝えていきたいですよね。
―ちなみに小澤さんは、この映画をどんな人に見てもらいたいと思っていますか?
小澤:僕はやっぱり、この映画を子どもたちに見てもらいたいんですよ。もちろん、インターネットでこの映画に登場する国立公園のことを調べてもいいのかもしれないけど、今回のこの映画は、IMAX®3Dという体験型の映画になっていて迫力が違う。「僕、アメリカ行きたい」とか「自然に関係する仕事がしたい」とか「動植物の研究がしたい」とか、将来を左右するような大きなきっかけに繋がる可能性があると思います。
キャニオンランズ国立公園 Mesa Arch overlooks Canyonlands National Park in Utah.Courtesy of MacGillivray Freeman Films.Photographer:David Fortney©VisitTheUSA.com
カトマイ国立公園 Brown Bears in Katmai National Park and Preserve Brown bears catch salmon in Katmai National Park and Preserve in Alaska.Courtesy of MacGillivray Freeman Films. Photographer:Brad Ohlund©VisitTheUSA.com
―なるほど。
小澤:そういう連鎖が、この映画を通じて生まれたら嬉しいですし、それがこの映画の大きな役割でもあると感じていて。もちろん、映画を見るだけで、実際に現地に足を運ばない人のほうが多いかもしれないけど、万が一その場所に行く機会があったら、この映画を見たことによって、さらに大きな感動が得られると思うんです。だから、さっきのアメリカ横断の話じゃないですけど、何かの行動を起こすひとつのきっかけになったらいいなと思います。
―子ども時代を過ぎた、大人たちにも何かきっかけを与えそうですよね。
小澤:そうですね。そういえば昔、携帯電話を忘れて出かけたことがあるんです。初めは不安でしたが、1時間ぐらいしたら「俺は今、なんて自由なんだろう」って感じたんですよね。「今日は誰も俺のことを捕まえられない」って。不安と背中合わせではあるんだけど、そのとき感じた自由さっていうのは、この映画に描かれているような、大自然の中にひとりきりでいるという自由さにちょっと似ていたような気がするんです。
―視野が大きく開けていくような感覚。
小澤:そう。それは、SNSに関しても同じですよね。今の時代、若い人たちは狭い世界の中で閉じこもってしまっているなどとよく言われますけど、たとえ狭い世界であっても、SNS上で友達であることを確認し合うだけじゃなくて、その関係性を深めていけばそこから広がっていくものがあると思うんですよね。だから、ときには携帯電話ではなくまわりの景色を見ながら、街を歩いてみたらどうかと。いつもとは違う路地を曲がっただけで、そこに新しい発見があったりするじゃないですか。
―それでいうと、この映画に登場するような非日常の景色の存在をまず知ることが、日常の視野を広げるひとつのきっかけにもなりそうですね。
小澤:そうですね。だから、携帯電話を持たずに前を見ながら……できれば、この映画を見に行ってください(笑)。そしたらきっと、そこには新しい発見があるから。
- 作品情報
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- 『アメリカ・ワイルド』
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2016年5月21日(土)から109シネマズ二子玉川、109シネマズ大阪エキスポシティ、ユナイテッド・シネマとしまえん、ユナイテッド・シネマ浦和ほかIMAX®3D版にて公開
監督:グレッグ・マクギリヴレイ
脚本:スティーブン・ジャドソン、ティム・カヒル
音楽:スティーヴ・ウッド
出演:
コンラッド・アンカー
マックス・ロウ
レイチェル・ポール
ジョー・ウィーガント
案内人:小澤征悦
配給:さらい
- プロフィール
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- 小澤征悦 (おざわ ゆきよし)
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1974年6月6日 カリフォルニア州出身。1998年、NHK大河ドラマ『徳川慶喜』でデビュー。翌年、崔洋一監督作品『豚の報い』で映画初主演を果たし、その後、映画、テレビドラマ、舞台と幅広く活躍し、個性派俳優として高く評価されている。2016年はハリウッド映画『The Forest』の全米公開に続き、瀬々敬久監督の『64−ロクヨン−』、是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』の公開が控えている。
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