人間は、純粋に「自分」を表現することができるのだろうか。というか、社会と接していない「自分」ってなんなんだろうか。考えれば考えるほど、思考の渦にはまっていく問答だが、現代の芸術作品は、作家の自己表現から、外部との関わりによって生み出されるものへと変容してきたという。そんな、自身と自身を取り巻く現実との「間=&(アンパサンド)」に意識的な6作家を紹介する『&(アンパサンド)がカタチをひらくとき』が川崎市市民ミュージアムで開催されている。
今回、同展に参加するアニメーション作家・ぬQと、グラフィックデザイナー・アベキヒロカズに、「誰のため」に作品を作るのか、二人と作品、他者との関わり方について語ってもらった。アイデアの着想も創作の道のりも、全く真逆といっていい二人が語る「デザインの可能性」に接すると、日常を見る視点が広がるかもしれない。
クライアントワークの中で、自分を満足させるにはどうする?
―今回「間=&(アンパサンド)」がひとつのテーマになっていますが、出展にあたって、どういったことを意識されましたか?
ぬQ:映像って今はYouTubeやスマートフォンのアプリでいくらでも無料で見ることができますよね。そんな中、わざわざ会場に足を運んでもらって、ここへ来て良かったと思ってもらうためには、「ここでしか見られないもの」が必要だと思いました。
―「ここでしか見られない」というと、ただ単に新作だとかいうわけではなく?
ぬQ:映像を普通に投影するだけだと、手持ちのデバイスで見る映像と比べて、スクリーンの大きさの違いしかないので、展示空間でしか見せられない立体感や質感を大切にしています。今回は川崎市市民ミュージアムにある馬形の埴輪をお借りして、そのおしりに映像を投影したり(笑)、場所に合わせたことをやっています。
『&(アンパサンド)がカタチをひらくとき』 / 木戸龍介の出展作品。お香やろうそくなどもろく壊れやすい身近な素材を用いて会場の環境に合わせたインスタレーションを行う。
アベキ:あれは本当に面白いですよね。穴にシュッと映像が入っていくところに唸らされました(笑)。
―アベキさんはご自分で編集された本を展示していますよね。
アベキ:はい、あれは『アベッキータイムズ』という題名で、昨年の春まで1年間留学していたサンフランシスコで起こったことを、新聞仕立てにまとめたものです。
もともとは帰国したときに、お世話になった方々へのお土産として作ったんですが、グラフィックデザイナーの自分がライターもこなして、エディトリアルの領域にも片足をつっこみ、旅行記のようなガイドブックのような写真集のような「ジャンルの狭間」で生まれたへんてこな本なので、ある種のアートとしてこういうミュージアムで展示すると面白いんじゃないかと思って。
アベキが留学中にFacebookに投稿した1年間の出来事を写真と文章でまとめた『アベッキータイムズ』
―展示の紹介文には、「今日、芸術が純粋に『私』を表現したものとしてではなく、『私』以外の他者、場所、時間といった取り巻く現実との関係性によって生み出されるものへと変容してきた」と書いてあります。『アベッキータイムズ』は、かなりパーソナルな作品だと思うのですが、最初はお土産にしようという、他者の存在があるから生まれたものなわけですよね。そこで「純粋な『私』」って一体なんだろうと思って。
ぬQ:そもそも「純粋に『私』を表現する」っておかしいですよね。山奥で完全に自給自足生活をしていない限りは、他者と関わり合わないことなんてないですし、そういう意味でみんな社会的だと思うんです。でも、他者が関わる比率が上がるか下がるか、というのはあると思いますね。
―他者の比率が上がったほうが刺激的だったりするんですか?
ぬQ:アウトプットの内容によると思います。「自分」が100%出ていてもつまらない作品もあるし、かといって人の満足のためだけに作られた作品も魅力がないと思うんですよね。
アベキ:そうですよね。僕は、10年ぐらいグラフィックデザイナーをやっている中で心がけていることがあって。それは、「三人のクライアント」を満足させるというものなんですけど。
―「三人のクライアント」ですか?
アベキ:はい。一人目は直接お仕事をくださった「クライアント」が満足すること。二人目は「自分」が満足すること。自分自身をいかにわくわくさせられるかということですね。三人目は、唐突ですけど「神様」。デザインとか芸術の神様がいるとしたら、その人が「うんうん」って笑って頷いてくれるものがあると思うんですよね。「クライアント」を満足させるのは当然として、「自分」も「神様」も喜ばせることができたら、それが理想だと思います。
―色々な目線をそれぞれ満足させるという。ぬQさんは、そういう感覚的に信じているものはありますか?
ぬQ:私は学生時代に教わった先生たちの存在ですかね。「こんなのだったら先生に怒られる」とか「これならきっと先生もいいと思ってくれる」とか、そういう基準がまだ少し心の中にあるかなと思います。それもまた、自分を支えるものが自分の外側にあるということですよね。
―アベキさんのいう神様みたいなものに近いかもしれないですね。でも、クライアントワークで自分をしっかり満足させるのって難しくないですか?
ぬQ:私の場合は、「ぬQの作風」を尊重していただいた上でお仕事をいただくので、クライアントワークもアートワークもあまり変わらないです。オーダーされたことを想像しながら、上空を見ていると何かしらのアイデアが出てくるんですよ(笑)。
アニメーション制作はすごく体力を使うので、ランニングして体を鍛えているんですけど、クライアントのオーダーと私のアイデアのストックが、走る振動に合わせてミックスされてかたちになってくるんです。
アベキ:すごい技ですね……。真似できない(笑)。僕の場合は、「自分の世界」ってたかが知れていると思っているから、行き詰まったら他の誰かになりきります。「イメージプレイデザイン法」って名付けてるんですけど、例えば自分が憧れているデザイナーならこの時何を考えるか、どう捉えるかとか、勝手に想像するんです。そうすると通常自分が考えるものと全く違う表現が出てくる。駆け出しの頃、まだ自信がなかったときに、自分がどうデザインのフィールドで戦えるかという中で編み出したひとつの方法ですね。
―でも、たくさん想像するためにも知識の蓄積が必要ですよね。
ぬQ:そうですよね。アベキさんはどういうふうにインプットをされているんですか?
アベキヒロカズの仕事のスタイルは「相手が持っているものを深く引き出す」
アベキ:僕は、与えられたテーマについて割と勉強します。歴史などを調べる場合だと、現地に行って図書館の郷土資料を読みあさったり、地域の物知りおじいさんを訪ねたり。そうやって一次情報を得ると、「本に書いてあることと意外と違うぞ!」とか新たな発見がある。何も知らないで作品に取り組むのは嫌なので、そういう体験を大事にしたいんです。
―現地にまで赴いて深堀りしていくんですね。
アベキ:集合知というか、みんなが深層心理で理解できるものに到達したいっていうのがあって。たとえば以前、星新一さんの展覧会のレセプションの招待状をデザインしたんですけど、封筒って航空便ならエアメールだし、船便ならシーメールじゃないですか。そこで、星さんだから封筒にスターメールと書いたんです。そういうしるしをつけたことで、これは星さんからの手紙でもあるし、文字通りどこか遠い星からの手紙でもあるように思える。それってデザインどうこうというより、粋というか、集合知をくすぐられる感じがするんですよね。
―情報が繋がる気持ちよさみたいなものがありますよね。そういう深層心理を利用するのが、アベキさんのひとつの方法論なんですね。
アベキ:もうひとつ大切にしていることがあって、僕は学生時代にメディアアートを学んでいて、その時に「Media is message」という言葉を教わったんです。誰かに「好き」と、たった2文字を伝えるだけでも、それを直接言うのか、手紙、メール、LINE、どの媒体を使うかで伝わり方が全く違う。それが自分の創作の原点にあって、紙を選ぶときにも「どういうメッセージにしたいのか?」ということを考えます。だから僕は「グラフィックデザイナー」を名乗ってはいるけれど、常に新しいメディアを作っているという意気込みでやっているんです。
『&(アンパサンド)がカタチをひらくとき』 / 柳川智之+大原崇嘉の出展作品。色彩理論を応用し、イメージの「見え」の強さから画面を再構成する。
『&(アンパサンド)がカタチをひらくとき』 / 大原崇嘉の出展作品。文字のスペーシングを通してレイアウトにおける視覚的な法則性を探求している。
―対象物とじっくり対話していくんですね。そこにはアベキさんらしい社会との間合いがあるのでしょうか?
アベキ:そうですね。作品を見ていただくとわかるんですけど、僕には「アベキヒロカズ風」というものってはっきりとはなくて、よくも悪くも統一感がない。そこには自分の姿勢が表れていて、僕はプロジェクトを自分の作風にねじこむよりも、プロジェクトごとにそれぞれのあるべきかたちを考えたいんです。相手が持っているものを深く引き出す中で、自分の知らない自分に出会えるというところに、面白みを感じています。でも、やっぱりぬQさんが持っているような発想の突破力にはめちゃくちゃ憧れますね(笑)。
対するぬQのスタイルは……「ウケるな~」&「マイブーム」
ぬQ:私は、対象物に対しては、なんか「ウケるな~」って気持ちを大切にしています(笑)。それぞれ笑いのテイストの好みはあっても、笑うこと自体が嫌いな人っていないと思うんです。笑いっていうのは喜びの表現だから。面白いものとかくだらないものを見たり、作ったりするのがすごく好きで、それが私の喜びなんです。
アベキ:「ウケるな~」って大事ですよね。ぬQさんは作品の具体的なアイデアはどういったところから着想するんですか?
ぬQ:実際に日常で目にしたことから色々想像を膨らませますね。今回出展する『カゼノフネ公園』は、昨年の映画祭中に行ったモエレ沼公園(北海道)での思い出を元に、自分なりに公園を作るというテーマで制作した新作です。 また、今年の頭にあったSMAPの解散騒動からもインスピレーションを受けています。私たちは転職の権利があって、SMAPもSMAPをやめる権利があるという当然のことに改めて気づかされました。このニュースの衝撃が大きかったので、キャラクターのコスチュームを中居(正広)くん風にしたんです。
ぬQの新作『カゼノフネ公園』。ぬQの作品にいつも登場するキャラクター、最果一郎(左)と玉川ふたこ(右)
―コスチュームがポイントなんですね。
ぬQ:私は、スターシステム(ひとりのスター役者がいろいろな役を演じるように、作品が変わっても特定のキャラクターを起用する様式)を採用して、毎作同じキャラクターを使っているので、コスチュームにトレンドを入れるんですよ。
―ぬQさんのキャラクター、もともとサングラスをかけていませんでしたっけ?
ぬQ:もともとかけてます。それも、2009年に映画『アバター』が公開されて3D映画が流行ったからなんです。3Dって昔からあったのに、急にみんながあのメガネをかけて映画を見る風景が、すっごいおかしくて、これはもう入れようと思って(笑)。
アベキ:それも「ウケるな~」みたいな気持ちが出発点になっているんですね。
ぬQ:そうそう。作品は、日記みたいな、自分の生きた証でもあるから、毎作そのときのマイブームを投入するんです。アベキさんの場合はクライアントワークだと、マイブームを入れるのは難しいんですかね?
アベキ:今まであんまりそういう発想がなかったかもしれません。でも、そういう瞬発力って大事だと思います。僕はそのテーマにひそんでいるものを大事にしすぎる傾向があるから、ぬQさんのように意外性のあるものをフットワーク軽く取り入れるスタンスも増やしたいですね。
―アイデアの生まれ方にもそれぞれの形がありますね。ぬQさんが「ウケるな~」を信じている軽やかさに驚きました。
ぬQ:大学生のときに漫画を描いて、先生に見せたら「これは誰のために描いたの?」と訊かれて、「私はただ面白いと思って描きました」と答えたら、ひどく叱られたことがありました。
―叱られたんですか(笑)。
ぬQ:はい(笑)。でも、例えば「割れないシャボン玉があったら素敵だな」とふと思うのは、誰かのためでしょうか? それって誰のためでもないと思うんです。あえて言うなら、美しいものとか面白いものへの根源的な憧れだと思うんです。それを製品として売るにはターゲットを設定しなきゃいけないけど、もっと手前の思考や試作の段階では「これは面白い」「これは美しい」でいいと思っています。当時は、まだ学生だから先生の考えがわからないのかな? って思っていましたけど、何年経っても自分自身の「ウケるな~」をという感覚を研ぎ澄まして形にすることで、みんなを楽しませることができるのだから、良いと信じています。
最終的に「自己満足」など存在しない? 作品を人に見せる意味、社会と対峙する意味とは
―アートワークに関していうと、誰かのためじゃなく、ただ面白いと思ったものや根源的な美しさがある作品を作っただけで満足してもおかしくないと思うんですが、それを人に見せる意味ってなんでしょう?
アベキ:何かを確認したいのかもしれないですね。人と交わったり、コミュニケーションをとって完成するものもあるし、おそるおそる人に見せたら「いいじゃん!」って言われて、単純にうれしくなったりするんですよね。制作途中でも人に見せると、自分が意図していない反応や捉え方があるから、それが意外と突破口になって完成する作品もあります。人に見てもらうってことは大きいですよ。
ぬQ:そうそう。私が自己表現を肯定できるのは、自己満足を追求したら、自分に似たような人が満足してくれるからなんです。本当の意味で一人きりの人なんて絶対いなくて、自分のために面白いものを作るのも、人のために面白いものを作るのも、広い意味でいろんな人の満足になるんじゃないかと思っています。
アベキ:今までは、割と狭い世界の大多数が良いと言うものが良いんだという傾向が強かったけど、今はSNSで瞬く間に世界中に拡散するから、世界のどこかで面白いと思ってくれる人がいると思うんです。だから、本当にその人が作りたいものを追求してもいい時代になったんじゃないかな。
『&(アンパサンド)がカタチをひらくとき』 / 桑田恵里の出展作品。古典的な写真印画技法であるプラチナ・プリントを現代に再現し、人と自然との関係性を問いかける。
―たしかに、世界中の誰かにはリーチできるっていう希望はありますよね。でも、クライアントワークだと、自分が「いいじゃん!」って思った案がボツになることも往々にしてあるわけじゃないですか。
アベキ:僕はそういうときこそチャンスだと思うんです。ボツだということを受け止めたうえで、いかに相手が予想していない一枚上手なものを提示できるかというところに美学を感じます。相手に言われたこと以上のものを出せるプロでありたいので。
―自分の中の「いいじゃん!」を全部潰すわけではないってことですね。
アベキ:そうですね。相手の言っていることの正しさが何か一回整理して、僕の中の正しさを組み合わせていく。ただ、「これだ!」という美意識を通すべき場面もあって、そういうときは、ガラッと変えずにもう一度チャレンジしてみます。
「視点を変えるだけで日常が変わることに面白みがあるし、普通の中にもいろいろな観点が隠れている」(アベキ)
―会期中にはワークショップも実施されるそうですね。
ぬQ:はい。私はアニメーションは素晴らしい表現だと思っているので、一緒に作品を作ることで、その素晴らしさにとにかく触れてほしいです。アニメーションというと、ジブリとディズニーとNHKの『みんなのうた』みたいなものが最初に浮かぶと思うんですが、それ以外のアニメーション表現もあるんだよって。自分の描いた絵が動くのが純粋に楽しいよ、面白いよっていうのを伝えられたら嬉しいです。
―絵が動くのって、ある種、魔法みたいですもんね。
ぬQ:わくわくしますよね。私もディズニーとかしか知らなかったときは、アニメーションをやろうとも、自分ができるとも思わなかったんだけど、大学時代に初めて作家さんがアートとして作るアニメーションを見て、授業でアニメーションを作ったことがこの道に進むきっかけになったんです。私も、そういう新たな視点や機会をいろんな人に与えられたらいいなって思っています。
アベキ:僕も、そういう視点の広がりや、デザイン的な考え方やものの見方が、人の生活を豊かにする気がします。「デザイン」と聞くと、遠い世界のことのように思うかもしれないけれど、そんなに難しいことではなくて、たとえば家の整理をするのもデザインだと思うんですよね。
ぬQ:デザインを通して問題を解決するということですもんね。
アベキ:そうそう。簡単なことからでも、デザインの考え方を知ることで、広がりを感じてもらって、自分の知らなかった世界が意外と身近だということを知ってもらいたいです。デザインって面白いじゃんっていう。
『アベッキータイムズ』も、留学した1年間のことを書き綴っている本ですけど、普通の日常にも実はいろいろなことが起きている、という視点を感じてもらいたいです。視点を変えるだけで日常が変わることに面白みがあるし、普通の中にもいろいろな観点が隠れているということを、少しでも感じてもらえたらと思います。
- イベント情報
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- 『&(アンパサンド)がカタチをひらくとき』
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2016年8月4日(木)~9月25日(日)
会場:神奈川県 川崎市市民ミュージアム アートギャラリー1、2、3
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
出展作家:
アベキヒロカズ
大原崇嘉
木戸龍介
桑田恵里
ぬQ
柳川智之
休館日:月曜(9月19日は開館)、8月12日、9月20日、9月23日
料金:一般300円 大学生・高校生・65歳以上200円
※中学生以下無料
- プロフィール
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- アベキヒロカズ
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1979年、福岡県出身。東京造形大学メディア造形専攻アート・アンド・メディアテクノロジー・コース卒業。2002年から2010年までデザイン事務所に所属。2010年、アベキノデザインを設立。2012年、こまつ座『井上ひさし生誕77フェスティバル2012』アートディレクション、2013年、川崎市市民ミュージアム『新世代アーティスト展in Kawasaki セカイがハンテンし、テイク』選定グラフィックデザイナー。情報編集という視点から、企業やプロジェクトのロゴをはじめ、多くの展覧会や劇場公演の宣伝美術、書籍のアートディレクション、デザインを手掛ける。2014年アメリカ・サンフランシスコに留学。
- ぬQ (ぬきゅー)
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1987年、東京都出身。アニメーション作家。修了制作のアニメーション『ニュ~東京音頭』が第18回学生CGコンテスト最優秀賞を受賞、第16回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出されるなど、国内外で上映多数。pixivZingaro(東京)やシブカル祭(バンコク)など国内外の展覧会で作品発表をしながら、チャットモンチーのミュージックビデオや、ローソンのキャンペーン広告などクライアントワークも手がける。
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