サカナクション×HAKUTO 音楽業界も宇宙開発も、古きを壊す時

世界初の民間による月面探査レース『Google Lunar XPRIZE』をご存知だろうか? 宇宙を舞台に、世界10か国以上、計16チームが参加し、賞金総額3千万ドル(約30億円)という途方もないスケールで繰り広げられるこのレース。日本から唯一挑戦しているチームが「HAKUTO」であり、この度、彼らを応援するプロジェクト『au×HAKUTO MOON CHALLENGE』のアンバサダーにサカナクションが就任。同プロジェクトのための応援ソングを制作した。

サカナクションの山口一郎は1980年生まれ、TEAM HAKUTO代表の袴田武史は1979年生まれと、共に団塊ジュニアの世代にあたる。これまで親の世代が作り上げてきたシステムが少しずつ疲弊し、新たな価値観が必要とされる中にあって、山口と袴田はそれぞれのやり方で音楽と宇宙開発をアップデートし、「未来を切り開く」という想いを共有する同志だと言っていいだろう。二人が思い描く将来のビジョンと、その背景にある想いを聞いた。

古いものを打ち壊して、新しい未来を切り開くという意味で、HAKUTOと僕らがトライしていることにはリンクする部分があると思った。(山口)

―まずは袴田さんから「HAKUTO」とはどういった団体で、現在どんなことにチャレンジしているのかを話していただけますか?

袴田:HAKUTOは月面探査のプロジェクトを行っているチームで、今までは国がやっていたことを民間でやっています。現在『Google Lunar XPRIZE』という国際レースにチャレンジしていて、これは「民間で月面にロボットを送り込み、500m移動させて、地球に動画を送る」ということを最初に成し遂げたチームに賞金3000万ドル(約30億円)ほどの賞金が出るレースなんですね。世界から16チームが参加していて、日本からは唯一HAKUTOが参加しています。

左から:山口一郎、袴田武史
左から:山口一郎、袴田武史

―HAKUTOはどういったメンバーで構成されているのでしょうか?

袴田:HAKUTOはispaceという宇宙開発のベンチャー企業が運営主体となっていて、私はその代表取締役を務めているんです。その会社でローバーと呼ばれる月面探査ロボットを開発しています。あと、東北大学の研究室や、「プロボノメンバー」と言われるボランティアのメンバーに60~70人ほど参加してもらっています。プロモーションや経理なども担当してもらうことで、宇宙開発の裾野を広げていこうという狙いもあるんです。

ローバー
ローバー

―山口さんはHAKUTOの取り組みを知ったとき、どのように感じましたか?

山口:サカナクションは来年でデビュー10周年なんですけど、あるとき活動を続けることがすごくつらくなって、母親に「孤独だ」って相談をしたことがあるんです。そのときに、「いっちゃん、それは孤独じゃなくて、孤高なのよ」って言われたんですよ。「戦ってるからこそ、孤独になる。でも、戦ってる人は、孤高なの」って。

その言葉はすごく僕の中に残ってるんですけど、今回HAKUTOのことを調べたり、袴田さんの本を読んだりして、すごく戦っていらっしゃるなと思ったんです。同じだなって。きっとここまで来るのに、かなり大変な思いをされていますよね。

袴田:孤高ですか……かっこいいですね(笑)。2009年にHAKUTOを立ち上げたのですが、やっぱりお金を集めることや、社会に活動を知ってもらうことが一番大変でした。「戦う」といえば、日本のあらゆる分野で起こっていることだと思いますが、宇宙業界も60代以上の先輩方と国が中心になって築き上げた世界なので、仕事のやり方やシステムが決まっている部分も多いんです。

そんな中で、民間が宇宙開発をやるためには、何かしら方法を変えないとやっていけない。そんなチャレンジをずっと続けていると感じます。だから、このやり方が正しかったと証明するためにも、なんとしてもHAKUTOを成功させなければいけない。『Google Lunar XPRIZE』で勝つことでその先に宇宙産業の大きな可能性が広がってくると思うので。

山口:音楽業界も一緒です。僕も袴田さんと1歳違いの団塊ジュニア世代なんですけど、古いものを打ち壊して、新しい未来を切り開くという意味で、HAKUTOとサカナクションは重なり合う部分があると感じているんです。孤高同士として、何か面白いことができるんじゃないかと思いました。

これから宇宙は人間が生活する場所になっていくと思うから、もっと身近なものとして扱っていきたい。(袴田)

―サカナクションは今回『au×HAKUTO MOON CHALLENGE』オリジナルの応援ソングの制作を担当されているわけですが、実際の楽曲はどのようなイメージで作られたのでしょうか?

山口:先日HAKUTOのメンバーとお会いして、いろいろお話をさせていただいたんですけど、それぞれの価値観を持っていらっしゃる方たちが出会って、結びついて、宇宙や未来に向かっている。それに対して、わかりやすく「頑張ろう」みたいなメッセージを音楽にするのは面白くないと思って、みんなで歌える、楽しめる、踊れる曲にしたいと思いました。

“We Are The World”(マイケル・ジャクソンらが参加、1985年にリリースされた世界的大ヒット曲)じゃないですけど、このプロジェクトに関わる人たち全員で歌えたらいいなと思っていて。なので、イメージとしては合唱コンクールとクラブを混ぜ合わせて、そこに僕らが思う宇宙感を組み合わせた感じですね(笑)。

―袴田さんは曲を聴かれてどんな印象を受けましたか?

袴田:どんな曲ができるのか全然予想できなかったんですけど、かなりダンス系の曲で、ノリノリでいいなって思いました(笑)。ただ、自分としてはちょっと意外でもあって、普通は「宇宙」っていうと、もっと壮大なイメージだったりすると思うんです。

―『スター・ウォーズ』のテーマ曲みたいな?

袴田:はい。自分の中で『スター・ウォーズ』のイメージが強過ぎるだけかもしれないですけど(笑)。ただ、自分としては、これから宇宙は人間が生活する場所になっていくと考えているので、特別なものとして扱うのではなく、もっと身近なものとして扱いたいと思っていたんです。だから、日常の中にスッと入ってくるような今回の曲は、自分の理想にすごくピッタリでしたね。

宇宙は音のない世界だからこそ、逆に音によるデザインが重要なんじゃないか。(袴田)

―『au×HAKUTO MOON CHALLENGE』アンバサダー就任に関する山口さんのコメントの中には「曲を作る以上のことも何かできないかなと、今いろいろと画策中です」とありましたが、実際どのような関わり方ができるとお考えでしょうか?

山口:日本の企業って、カルチャーに対する意識が薄い気がするんです。Apple製品はデザインで「欲しい」って思わせることができるけど、日本の企業の製品は、性能は良くても何となくダサかったりする。

音で言うと、起動音一発でカルチャーに対する意識が伝わるPCやガジェットがある一方で、日本の冷蔵庫のアラーム音とかって、「こんなにそっけない音じゃなくていいじゃん」みたいな、楽しもうとしてない気がするんですよね。今回は新しい、未来のプロジェクトなわけだし、カルチャー側の人間として、音でいろいろデザインできないかなっていうのは考えています。

袴田:僕もまったく同じことを思っていて、もちろん技術も大事なんですけど、世の中に受け入れられるには、人間がどう感じるかもすごく重要で、そこもデザインの要素に入ってくると思うんです。音、見た目、パッケージング、あるいは広告……そういったものまでトータルでデザインして、プロデュースすることが非常に重要だと思います。

山口:「このテクノロジーがあるから、こういうことをやろう」じゃなくて、「こういうことをやりたいから、こういうテクノロジー作ってよ」みたいな関係性も大事だと思います。テクノロジーを生み出す側と、カルチャーを生み出す側が、同じ発想で同じ瞬間に何かを生み出せたりすると、新しいものになる気がするんですよね。

左から:山口一郎、袴田武史

袴田:HAKUTOのプロジェクトもまさにそうやっていきたいと思っていて、現在takram design engineeringさんと一緒にローバー自体のデザインを考えたり、操作パネルなどもデザイン性を重視しているんです。今までの操作パネルは数字やグラフが並んでいるだけで、技術者から見れば一見効率的に見えるんですけど、もっと楽しく操縦できるものにしたい。

音によるデザインっていうのも、宇宙は音のない世界だからこそ、逆に重要なんじゃないかと思うんです。人間には五感というものがあるので、それを満たしてあげると、物事を受け入れやすくなる。五感を最大限活用した宇宙の楽しみ方を提示できればと思っています。

山口:さっき「新しいもの」って言いましたけど、僕はどんな時代が来ても決して古くならないことが、ホントの意味での新しさだと思っているんです。HAKUTOがやろうとしていることって、まさにそういうことだというか、歴史に刻まれることだと思うので、カルチャー側の人間として、それを上手く照らしていきたいなって考えています。

ひとつの業界に居続けると、視野が狭くなる。混ざり合わないものが混ざり合ったときに生まれるいい違和感みたいなものを作りたい。(山口)

―サカナクションはこれまでもいろんなジャンルのアーティストや企業とコラボレーションをしてきました。コラボレーションすることの重要性について、どうお考えでしょうか?

山口:音楽業界の人たちって、音楽しか好きじゃないんです。音楽のことしか詳しくなくて、他のカルチャーに対してすごく鈍感なんですよね。音楽って多くの人にとって初めて触れるカルチャーで、そこからアートとかファッションとかに広がっていくはずなのに、その音楽を生み出している人が音楽にしか興味がないっていうのは、すごく寂しい。

なので、僕はいろんな人と結びつくことで新しい何かが生み出せればと思っていて、それはサカナクションの活動のコンセプトでもあるんです。混ざり合わないものが混ざり合ったときに生まれるいい違和感みたいな、それを作りたいと常に思っています。

―袴田さんは常々「多領域最適化設定」という言葉を大事にされていますが、今の山口さんの話はそのコンセプトとも通じるものがあるのではないかと思います。

袴田:そうですね。今ってどんな領域もかなりの発展を遂げていて、98%の効率まで来ているものを、さらに2%上げるのって、すごく大変だと思うんです。だったら、ひとつの領域の中でそこに多大な労力をかけるよりも、他の領域と混ざったほうが、さらなる発展の可能性がある。最初は5%かもしれなくても、95%の余地があるわけだから、そっちを伸ばしたほうがより豊かになると思うんです。それが僕の考える「多領域最適化設定」というコンセプトで、これからのイノベーションは、そういう交差点で生まれると思ってるんです。

左から:山口一郎、袴田武史

山口:よくわかります。やっぱり、ひとつの業界に居続けると、視野が狭くなるし、方法論も狭くなるんですよね。音楽業界って今この時代にまだ権利ビジネスだって言ってるけど、僕らミュージシャンにとっては新たな表現の場を模索するのってすごく自然なことで、そのためには他の業界やカルチャーと結びついて、いろいろ勉強したり、自分が考えていることを聞いてもらったりしながら、新しいものを作っていくしかない。

CDを何百万枚売って、メディアに取り上げられることで爪痕を残すんじゃなくて、新しいシステムを生み出すことで爪痕を残したほうが、ロックバンドとしてかっこいいなって思いますね。

これまでの成功モデルがどんどん通用しなくなってきているから、新しい前提条件に合わせた新しいモデルを模索しないといけない。(袴田)

―お二人は共に団塊ジュニアの世代だという話がありましたが、袴田さんは上の世代がやってきたことに対しては、どんな想いがありますか?

袴田:もちろん、今まで上手くいっていたシステムっていうのは、上手くいく理由があったわけですけど、それが唯一の解ではないんだってことが重要だと思います。今は世の中の動きが早いので、前提条件がどんどん変わっていっていて、これまでの成功モデルがどんどん通用しなくなってきている。なので、新しい前提条件に合わせた新しいモデルを模索しないといけないと考えています。

山口:古いシステムをそのまま続けようとしても絶対無理が出てきて、それが政治になっていったり、つまらないものに変貌していくと思うんです。僕らは上の世代が作り出したシステムに物申せるというか、自分たちが新しく発信できる状況になりつつある気がしていて、僕らの世代がこれからどんなことをやっていくかって、すごく重要なことだと思うんです。

ある意味、僕らの世代が上手く新しいシステムを作れなかったら、未来もないと思う。なので、危機感をしっかりと持ちつつ、その一方では遊び心も忘れずに、新しいおもちゃを作ったり、新しいゲームのルールを考えるような感覚でやっていければなって。

左から:袴田武史、山口一郎

―『Google Lunar XPRIZE』というのはまさに新しいおもちゃを使った新しいゲームであり、それは「新たなシステムを構築する」ということの比喩であるとも言えそうですね。

袴田:これまでと同じやり方でチャレンジをしても、経験を重ねてきた人たちには勝てないので、既存の方法に縛られることなく、違うやり方でチャレンジすることによって、状況に応じた最適なシステムを見つけていきたいと思います。

「違和感」こそが、時代を作っていくんじゃないかな。(山口)

―袴田さんは今の時代における「夢を持つことの重要性」をどのようにお考えでしょうか?

袴田:今は世の中が大きく変わる節目だと思っています。それは日本だけではなく、世界的にもそうで、物事が今の延長線上で進むことはないと多くの人が感じている。そういう中で、次の世の中を作る夢を描き、それを実際に実現させようとする人たちが徐々に出てきていると思うんです。

今すごく大きな力を持っている企業は、もともと世の中が不安定だった時代に生まれていて、もしかしたら当時は馬鹿にされていたかもしれないけど、それでも大きな夢を持って、成長していった。今はその次の世代が生まれるタイミングなんじゃないかと思っているんです。

―今の話は音楽業界にもそのまま当てはまりますよね。メジャーのレコード会社を中心とした「CDを売る」というビジネスモデルが崩れて、今はまさに次のあり方を模索するタイミングなわけで。

山口:ミュージシャンとして思うのは、未来の音楽に嫉妬したいじゃないですか? 自分が50歳とか60歳になったときに、「昔の音楽のほうが良かった」って思うとしたら、それってミュージシャンである自分のせいじゃんってことになると思うんです。なので、未来の音楽に自分が嫉妬できるためにも、今自分ができることをやりたいなって思います。あとはミュージシャンとかメディアだけじゃなくて、リスナーが今の音楽を作っている部分もあると思っていて、そこにはもっと可能性があるんじゃないかと思うんです。

―リスナー側の話で言うと、「難しいもの=面白くないもの」という図式になってしまっていることへの危惧を以前お話しされていましたよね。

山口:今はもうインターネットが当然のものとしてあって、それによって音楽の聴き方が変わったわけですけど、どうやらみんな音楽を「浴びる」ほうがいいらしいと。でも、僕らはインターネットがなかった時代を知っていて、自分から探すことの面白さを経験した最後の世代だと思うんです。そういう世代として、難しいものの面白さや美しさっていうのを、ちゃんと通訳できるようなミュージシャンでありたいと思います。そのためにも、ファッションとか、いろんなカルチャーを混ぜることが重要なのかなって。

左から:袴田武史、山口一郎

袴田:ここ数十年って、効率化が進み過ぎて、ひとつの領域で最大限効率化していこうってなり過ぎちゃったんですよね。そうなると、異質なものを入れることは非効率なことになってしまって、そういうチャレンジというか、遊びがなくなってしまった。もちろん、効率化も大事なんですけど、その一方では遊びがないと発展もないと思うんです。

山口:途中でも言ったように、やっぱり違和感って大事ですよね。違和感がないものに人は反応しないし、違和感がヒントになって新しいものって生まれたりする。僕、ポテトチップスにチョコレートがコーティングされているのが大好きなんですけど、あれめちゃくちゃ違和感あるじゃないですか?(笑) 絶対に混ざり合わなそうなものが混ざり合って、美味しいと思えるって、ある種奇跡だと思う。ああいうものって、効率化だけを求めると生まれないと思うし、やっぱり違和感こそが時代を作っていくんじゃないかな。

プロジェクト情報
『au×HAKUTO MOON CHALLENGE』

世界初の民間による月面探査レース『Google Lunar XPRIZE』に日本から唯一挑戦するチーム「HAKUTO」を応援するプロジェクト。月面に純民間開発のロボット探査機を着陸させ、着陸地点から500メートル以上移動、その後、高解像度の動画や静止画データを地球に送信することがミッション成功の条件。世界10か国以上16チームの民間組織が競い合い、賞金総額は3000万ドル。アンバサダーにはサカナクションに加えて、有村架純、篠原ともえ、神田沙也加、漫画『宇宙兄弟』の登場人物であるムッタとヒビトが就任している。

プロフィール
山口一郎 (やまぐち いちろう)

1980年生まれ。北海道出身。サカナクションのボーカリスト兼ギタリスト。2005年に活動を開始し、2007年にメジャーデビュー。日本語を巧みに扱う歌詞とフォーキーなメロディーを土台にロックバンドフォーマットからクラブミュージックアプローチまで様々な表現方法を持つ5人組のバンドとして活動を行う。

袴田武史 (はかまだ たけし)

1979年生まれ。TEAM HAKUTO代表。米ジョージア工科大学大学院で修士号(Aerospace Engineering)を取得後、経営コンサルティング会社を経て、2010年から民間月面ロボット探査レース『Google Lunar XPRIZE』に日本唯一のチーム「HAKUTO」を率い参戦中。運営母体であるispace社のCEOとして、月面資源開発を展開している。



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