何かが足りない人生を肯定する、Predawnの「諦め」の哲学

毎日のように幾多のメディアで表現者たちが紹介されるなか、そこでテンプレ化された「豊かさ」賞賛には、こちらの感性を鈍らせる危うさも潜んでいる。そこでは彼や彼女の作品がいつだって「才能に溢れ」「優しさに(または怒りや希望に)満ちて」いて、受け手は「その世界観に包まれる」。でも作り手は、自分やこの世界に何かが避け難く足りないことと向き合う時間も知っている。そこから初めてつかみ取れる希望のことも。

「Absence」(不在)をあえて新作タイトルに選んだPredawnは、そこに気づかせてくれる存在のひとりだろう。柔らかい笑顔で「何かを諦めた後に見えてくる希望もあると思う」と話してくれたPredawnこと清水美和子にあえて常套句で応えるなら――彼女の音楽は、自分への誠実さに溢れている。

高校生のころは素朴に、この世界の善悪って誰が決めているんだろう? という思いがあって。

―Predawnの音楽に初めてふれたとき、たとえば広く注目されるきっかけとなった“Suddenly”などからは「森のひとり音楽隊」的なほんわかした印象がありました。ただ、ほぼすべて英語で綴られる歌詞をよく見ていくと、大人の女性の内省的な世界も強いですよね?

清水:そうですか(照)。じつは歌詞もメロディーと一緒に思いつくことが多くて、そこからその言葉について考えてみたりしながら、作っていく感じです。

―それで気になったのは、幼いころから音楽に親しんできた一方で、大学では哲学を勉強したそうで。

清水:実際に大学に通い始めたら、自分がいかに感覚的な人間かっていうのを思い知ることになったんですけど(苦笑)。特に論理学とかで、考えを筋道立てて、矛盾がないように組み立てるのが苦手で。

清水美和子
清水美和子

―最初の動機は何だったのでしょう? 音楽方面ではなく哲学を選んだ、というのは。

清水:当時も、何か音楽に関わる仕事に就けたらという憧れは確かにありました。ただ、自分が作り手になるイメージはなかったんですね。それで進学時に、突き詰めると私は何に興味があるのか、結構まじめに考えたんです。そのときすごく素朴に、この世界で「善い」「悪い」とかって何なのだろう? それって誰がどう決めるんだろう? ということかなと思って。で、兄に相談したら「それって哲学じゃないの?」と。

―それは10代の清水さんにAerosmithやMr.Bigの洗礼を授けたという、お兄さん? 同時にお姉さん経由でリサ・ローブやThe Cardigansに親しんだとも聞きました。

清水:はい(笑)、その兄のほうです。彼の卒業した信州大学にも哲学コースがあるよと教えてくれて。私、生まれは新潟なんですが、ずっと東京の東久留米で育って、この機会に少し離れた場所でひとりで暮らしてみるのもいいかと思ったんですね。哲学をやるなら、どちらかというと北の土地がいいかな? という適当な感覚もあって。

―大学生のときにPredawnとしての活動が始まるのですよね。でもやっぱり最初は、バンドを組んだりしたのでしょうか?

清水:そうですね。ただ音楽活動は、東京への帰省時に高校時代の友達と即席バンドでライブしたりが主でした。振り返ると大学へは本当に、授業や勉強のためだけに通っていた感じです。男女の仲良しグループが学食でワイワイ、という生活とは遠かったような……。

―ちなみに卒論のテーマは?

清水:それは……ホントにダメダメな内容だったので、できればそっとしておいてやってください(苦笑)。

―僕の経験からすると、卒論ってその人の個性がかなり反映されると思ったので、つい質問してしまいました。

清水:……卒論テーマはですね、あの、無神論についてでした。

―無神論? この世界に神は存在しない、という。

清水:はい。さっき話した、「善悪ってどこからくるの?」という問いと関係して宗教にも興味が出て、それで調べていくと当然、宗教論争・戦争の歴史も知ることになります。私は宗教を否定するつもりはまったくなくて、ただ自分自身は小さいころからリアリストな面も強かったんです。だから、信仰が理由でこんなに争ってしまうくらいなら、神様って必要なの? という気持ちも出てきて。そうしたなかでこのテーマを選んだような気がします。

清水美和子

―東京での音楽活動と、長野の大学での哲学、いろんな意味で距離のありそうなふたつの場所の行き来のなかで、いまの音楽性が育っていった?

清水:どうでしょうね。ただ、私は想像上の世界を曲にするより、自分の暮しや考えていることがそのまま音楽になる方なので、学校で四苦八苦して学んでいた哲学と、そことは離れて作っていた音楽とが、自然に結びついているのかもしれません。

「本当はここにある / あったはずなのに」っていう感覚は、多くの人が持っているんだと思う。

―無神論の話が出たから、というわけでもないのですが、今回の2ndアルバム『Absence』は「不在」という、ともすればネガティブにもとらえられる言葉をタイトルに選んでいますね。

清水:実際は、今回収録された楽曲群から、ごく自然に出てきた言葉なんです。

―「absence」という言葉には、ただ「無い」というより、「そこにいて欲しい」「あるべき何かが欠けている」というニュアンスもありそうです。ただ、アルバムからは単なる悲観や郷愁とは違う奥行きも感じました。これは清水さんが敬愛するミュージシャン、たとえばSparklehorseのマーク・リンカスや、ポール・ウェスターバーグ、またジョニ・ミッチェルらにも通じる世界観という気がします。いくつかのことを確実に諦めたけれど、その先にも人生は続くし、美しいものもある、というか。

清水美和子

清水:確かに、いま挙がった人たちの音楽にはそういう魅力がありますね。でも多くの人が、その感覚は持っているんだと思います。昔はあったような気がするのに、または、本当はある / あったはずなのに、っていうのも含めて。そして、無いことを認めた後に、そこからどうするのかという反応の仕方もそれぞれじゃないでしょうか。

不在を埋めようと頑張り続ける人、別の何かで満たそうとする人、そして諦める人。私自身は、自分や自分を取り巻く世界に欠けている何かをいくつか諦めつつ、でも……という感じですかね。

―確かに、仕事、恋愛、生活のいろんな場面で、僕らは「そこに在ってほしいものの不在」を抱えています。清水さん自身にもそういう体験がありますか?

清水:卒論の話とは矛盾しそうですが、神様を信じる人の気持ちがわかるな……という気持ちになることって、生きていくうえではありますよね。どうしても諦めたくないから一生懸命に探しもしたし、努力もした。それでも手に入らないことがあるのだなって。

―今回のアルバム中では、“Universal Mind”などにその感覚を強く感じます。

清水:そういう「不在」の状況にあっても、「無い」ということを強く感じ取らずにすむなら、そのほうが幸せかなと思うこともあります。だから自分の音楽を、そういう人を不幸にするきっかけにしたくはない。誰かに届けられるものがあるとしたら、諦めきれずにもがいている人、頑張り続けているんだけど、どうにもならなくなっている人に、何かを諦めた後に見えてくる、新しい未来もあるかもよ、と感じてもらえたら嬉しいです。

―“Universal Mind”はごく私的な失恋の歌とも読み取れるのと同時に、もっと広く、この世界から何かが失われるときのことを歌っているようにも思えます。

清水:この曲には、ちょっと大それたタイトルをつけてしまいました(苦笑)。でもときどき「宇宙って私自身なのかも」と思うことはあって。いま見えている現実は自分が作りあげたものではと思う瞬間がある一方で、その現実を自分がとらえきれない感じとか。うまく言えないのですが……。でも、私が音楽を好きなのは、やっぱり論理よりも本能というか、嗅覚で大事なことを掴みとる何かがあるからだとも思うんです。「ハァッ!」(獰猛なポーズ)とつかまえる感じでしょうか。

―いまのは……今日の取材で一番の俊敏さでしたが、動物的な何か?

清水:えぇと、ネコ科の何か? ですかね(照)。ともあれ、自分の音楽にも、もしそういう部分があって、それを届けられたならすごく嬉しいです。

―対して哲学や宗教は、直に関わっていない人からは自分とは関係ないと思いがちな領域かもしれません。でも本来は、この世界をどう見るか、どう生きるかを考える、というプリミティブな営みといえる。そこはPredawnの世界観にも通じる気がします。Predawnという名のもとになった、小川未明の児童文学にもそういうところはありますよね。

清水:小川さんの作品は大人になってから読んだのですが、以来ずっと好きですね。ヒューマニズムの目線があるけれど、最後にすごく象徴的、本質的なことを突いてくるというか。

清水美和子

―『明るき世界へ』(1926年に創生堂より出版された童話集『海から来た使ひ』収録)という作品中に「幸福の島」というエピソードがありますね。名前から受けるイメージと裏腹に、平凡な暮しの欠乏感とか、理想の人生とは何かがシンプルな言葉で描かれていて、自分が子どものころ読んでいたらどうなったかな、と思わせます。

清水:小川さんの作品にはそういう部分も多いですよね。私が好きなのは『金の輪』というお話で、前のアルバム名『A Golden Wheel』もここからとっています。病気が治りかけた子どもが外に出ると、友だちの姿は見えなくて、その代わりに金の輪を回して歩いてくる見知らぬ子と仲良しなる、っていう……。

―唐突なラストは「ええっ!」という感じですよね。悲しい。

清水:そう。でもそこに至る風景なども含めて、本当に美しいと思いました。

清水美和子

―「不在」に気づかないまま幸せな人が、そうでなくなるきっかけにはなりたくない、との話も先ほどありましたが、小川未明がこうした話を児童文学として書いたことからも、やっぱり何か根源的で大切な感覚がそこにはあるのではと思います。

いまここには、私ひとりのなかにはないものも豊かに入っているんだな、と改めて感じました。

―Predawnの世界観は、清水さんがほぼひとりで作詞作曲・録音や演奏まで手がけるスタイルも大きいのではと思います。ある意味、個人の完璧主義だから生まれ得る強度というか。

清水:もともと、ひとりで始めたのは、自分で選んだというより成り行きもあって。高校の同級生たちとバンドを組んでいたとき、ボーカルとギターを担当していたんです。でも、自分が前に出て行くっていう感覚がどうしても持てなくて。アレンジとかもそうですけど、色々作り込んでいきたいワガママな面がある一方で、一緒にやる相手には遠慮しちゃうんです。ライブでも自分のギターの音量をつい控えめにしてしまったり、ボーカルなのにステージの前の方には進めなかったり。

清水美和子

―素人の自分が言うのも何ですが、それはダメっぽい……。

清水:はい(苦笑)。そういう私を見て、バンドのメンバーや周囲の人が、一度ひとりで演奏してみたらって勧めてくれたんです。「この子、このままで大丈夫かしら」と心配されたのかもしれない。それで、今回だけだろうなと思ってひとりでギターで演奏したのが、別のライブへのお誘いにつながったりして……いまに至る感じです。

―ひとりだと、遠慮しようにもその相手がいないから、それが新しい世界の扉を開いた一方、結果としてそれは、バンド活動から離れていく選択でもあった。もがいた結果つかみ取ったものとも言えるし、でも別のものを諦めたとも言えるでしょうか。当たり前ですけど、物事って簡単ではないですね。

清水:そうですね……。

―ただ今回、変わらず全曲を作詞作曲する一方で、音源作りにはライブでのサポートメンバーを迎えています。これは新しい挑戦とも言えるでしょうか?

清水:彼らとは一緒にライブをやっていくなかで、良い意味で慣れてきたので、一緒に録ってみたいなと自然に思えたんですね。以前よりどっしりしたサウンドが欲しいというのもありました。あと、高校生のときに比べたら私もそれなりに主張ができるようになった気がするので(笑)。

―それは、自分に足りないものを、他者のサポートで補わせてもらったということ?

清水:そういうのともまたちょっと違う感覚です。出来上がったアルバムを自分で聴いてみると、当たり前なのですが「いまここには、私ひとりの中にはないものも豊かに入っているんだなあ」と改めて感じました。「ああ、この人はここでこういう音を奏でてくれたんだ」とかですね。

もちろん現場でもやりとりはしているのですが、後からじっくり聴いてみると、そういうことに自然と納得できたというか。だから私自身、繰り返し聴いてみたい。そういう演奏になったと思います。

清水美和子

―そこは、かつてひとりで作ることを決めた選択と、そこから続く創作があって初めて、可能になったことなのかもしれませんね。一周回って、でも自分が成長していたらそのとき別の景色が見えるかも、という。何かを諦めたその先に……というお話は、そうしたことも含むのかな、と勝手ながら思えました。今日はありがとうございました。

リリース情報
Predawn
『Absence』(CD)

2016年9月21日(水)発売
価格:2,592円(税込)
RDCA-1044

1. Skipping Ticks
2. Black & White
3. Universal Mind
4. Don't Break My Heart
5. Sigh
6. 霞草
7. Autumn Moon
8. Kinds of Knot
9. Hope & Peace

プロフィール
Predawn
Predawn (ぷりどーん)

Predawn(プリドーン=夜明け前)を名乗る、女性ソロシンガーソングライター。かわいらしくも凛としたたたずまいと、天性の声に魅了されるリスナーが続出している。UKロック、オルタナティブロック、ルーツミュージックを独自に昇華し、少々ひねくれつつもドリーミングかつヒーリング的な聴き心地が融合した音楽は、国内において類を見ない。2010年6月に1stミニアルバム『手のなかの鳥』を、2013年3月に1stフルアルバム『A Golden Wheel』リリース。また、andymori、Turntable Films、菅野よう子、TOWA TEI、大野雄二など、錚々たるアーティストの楽曲へのゲストヴォーカル参加、木村カエラとのコラボ、映像への楽曲書き下ろしなど、多岐にわたって活躍している。



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