過度なドラマも、戦略もない。だからこそ新鮮なイツキライカの音

京都の10年選手・スーパーノアのフロントマンとしても活動する井戸健人のソロプロジェクト・イツキライカが、初のフルアルバム『Kind of Blue』を完成させた。レコーディング費用目当てで応募したコンテストで優勝し、2012年に初作品をリリースしながらも、活動ペースを上げるわけでもなく、バンドと並行しながらじっくりと曲を書きためてきた。そのキャリアが示すように、ここには過度なドラマがあるわけではない。

しかし、「誰も聴いたことがない音楽を作ろう」と意気込んだ青年が、徐々に音楽の歴史を体感して、「自分にしか作れない音楽を作ろう」と思い直し、京都の仲間とともに作り上げた楽曲たちには、とても芳醇な味わいがある。『Kind of Blue』はときにあなたのブルーに寄り添い、ときにあなたをブルーから解放してくれることだろう。

あえて言うなら「意味のないことに意味がある」みたいな感じかな。

―スーパーノアの活動の一方で、ソロにも力を入れるようになったのは、コンテストへの応募がきっかけだったそうですね。

井戸:そうなんです。曲自体はずっと作っていて、それがある程度たまったので録音してみようと思ったときに、制作費をもらえるコンテスト(『RO69JACK 11/12』)のことを知って。それに応募したら優勝できて、100万円もらえたので、2012年に1枚目(『ピンホール透過光』)を作ったのがきっかけです。イツキライカという名前は、応募するときに適当につけただけで、あえて言うなら「意味のないことに意味がある」みたいな感じかな。

井戸健人
井戸健人

―優勝のプライズとして『COUNTDOWN JAPAN』にも出演されていますが、「フェスに出たかった」とかではなくて、「いい音源が作りたかった」ということですよね。

井戸:そうですね。1枚目には今もライブでやってる曲が入っていたりして、当時のベストを尽くしたと思っています。

『COUNTDOWN JAPAN 11/12』出演時の様子

―少し遡ると、スーパーノアは2004年頃に結成されたそうですね。先日Limited Express(has gone?)の飯田さんに取材をしたとき(リアル脱出ゲームも有名フェスも育て上げた飯田仁一郎の波乱万丈)、90年代末の京都はくるりを筆頭に多くのアーティストがメジャーにいって、それが00年代に入ってからは落ち着いてしまったから、「自分たちが何とかしないといけない」と思って、02年に『ボロフェスタ』を始めたと話してくれました。スーパーノアもそういう文脈から始まっていると言えますか?

井戸:いや、僕たちはもっと軽いノリですね(笑)。くるりとかのことも話でしか知らなかったというか、中高生のときからくるりを聴いていましたけど、何なら「京都のバンド」という意識もほとんどなく、NUMBER GIRLとかと同列で、好きなバンドのひとつという感じでした。

―2009年にはキセルなどを輩出したcolla discからアルバム(『雨の惑星、ステレオの向こう』)を発表していますが、そのときも「メジャーを目指していた」とかではない?

井戸:明確な目標みたいなのは特になくて、「面白いのをやれたらいいね」くらいでずっと続いている感じです。colla discのディレクターさんも、音作りとか歌い方のことは教えてくれたけど、音楽性に関しては「やりたいようにやったらええよ」って感じやったし。

―スーパーノアがアルバムを出した2009年から、ソロでコンテストに応募する2011年までのあいだに何か転機があったというわけでもない?

井戸:特にバンドが行き詰っていたわけでもなくて、ホントにたまたまコンテストのことを知ったのがその時期で……すみません、あんまりドラマがなくて(笑)。

井戸健人

―いえいえ(笑)。

井戸:あ、でもバンドを結成した頃は、「誰も聴いたことがない音楽をやろう」と思っていたんですけど、それはどんどんなくなっていって。今は昔から続いてる音楽の流れの先っぽにいるような意識に変わってきてるかな。

―その変化はなぜ起きたのでしょう?

井戸:単純に、誰も聴いたことがない音楽を作るなんて、無理やとわかったんですよね。「これめっちゃ新しいな」と思う音楽があっても、その後ろには何かしら影響を受けた作品があるんだって、気づいたというか。

最初は結構実験的なことをやろうとしていたんですけど、それこそ深く突き詰めれば現代音楽とかもあるし、僕は音楽と言っていいのかわからないようなところにまでいきたいという感じでもなかったから。好きな作品をあんまり見過ぎないようにしつつ、そのときやりたい音楽を生み出せていけたらなって思うようになりましたね。

小さい頃から音楽の「構成」に興味がありました。

―そもそもの「音楽って面白い」と感じた原体験は、いつのどんな体験でしたか?

井戸:小さい頃から音楽の「構成」に興味がありました。まだドラムとかベースという楽器の名前も知らない頃に、「これ、何がどうなってるんやろう?」って、めっちゃ気になっていて。で、中3のときに音楽会でTHE BEATLESの“Hey Jude”をやることになって、「俺、ギターやる!」と言ったことがきっかけで、音楽にのめりこんでいった感じです。みんなで演奏したときに、「これで揃うんだ」って感動したんですよね。

―歌メロとかじゃなくて構成が気になっていたというのは面白いし、イツキライカの凝ったアレンジにも通じる話ですね。THE BEATLESって、第一印象としてはポップだけど、楽器を始めてコピーしてみると、曲によっては構成とか構造がかなり変だから、「すげえ!」ってなりますよね。

井戸:THE BEATLESは誰でもできそうに聴こえるのがすごい。やる気を出させてくれるというか。

井戸健人

―イツキライカとしても、パッと聴きはポップに聴こえつつ、実は緻密に作り込まれているものを作りたい?

井戸:そういう気持ちもありますね。ポール(・マッカートニー)のソロの作り込まれていて、色々な仕掛けがある作品(『Chaos And Creation In The Backyard』、2005年)とかすごく好きです。

―オリジナル曲はいつから作り始めたんですか?

井戸:“Hey Jude”を音楽会でやった後くらいからです。それを仲いい友達に聴かせて、「やるやん」って言われるのが嬉しかったし、単純に作業自体が面白かったんですよね。最初は、おばあちゃんが持ってるようなテレコを使って、ドラムを打ち込んだのをスピーカーで鳴らしながらギターを弾いて、またそれをスピーカーで鳴らしながら歌を録ったりしていました。

―井戸さんの曲作りの原点は宅録なんですね。イツキライカに通じる影響源という意味では、誰の名前が挙がりますか?

井戸:大学生のときにジム・オルークが大好きになりました。まず、Gastr del Sol(1994~1997年にジム・オルークが在籍したバンド)の『Camoufleur』(1998年)にハマって……。

―あれもジムのディスコグラフィーの中ではポップ寄りで、でもバックは超緻密ですよね。

井戸:そうですよね。でも、一番好きなのは一番新しいやつ(『Simple Songs』、2015年)ですね。ジムが初めてバンドを組めた感慨深さというか、それまではグレン・コッチェ(2000年からWilcoのドラムを務める)とか忙しい人たちとやっていたのもあって、毎回同じメンバーでやることが難しかったけど、今は同じメンバーでずっとやってるじゃないですか? それが『Simple Songs』ではいい感じに録れていて、歌もちゃんと歌っていて、しかもいい曲っていう……あれはすごくいいなと思いました。

―ジムも音楽の流れの先端にいることを意識してる人だと思うし、ポップなメロディーと緻密なアレンジが同居してる人だし、そういう意味ではイツキライカに通じる部分があると言えるかもしれないですね。

井戸:なるほど。そう言ってもらえると嬉しいですね。

色の青だけじゃなくて、ネガティブな意味のブルーとか、「青」が作品のテーマになっていた。

―新作の『Kind of Blue』に関しても、「曲がたまってきたから、録ってみよう」というようなところから始まっているのでしょうか?

井戸:そうですね。相変わらず曲はずっと作っていて、今回の収録曲の半分くらいができたときに、「録音しておこう」と思って。それで録ってみたら、「青」が全体的なテーマになっていることに気づいたんです。色の青だけじゃなくて、ネガティブな意味のブルーとか、そういうことが曲のテーマになっていたんですね。そこから、「青」というテーマでアルバムを作ろうと決めて、残りの半分は意識的に作りました。『Kind of Blue』というタイトルは、1枚を通して聴いてほしいから、全体をコンセプチュアルに見せるために付けたところもあります。

イツキライカ『Kind of Blue』ジャケット
イツキライカ『Kind of Blue』ジャケット(Amazonで見る

―マイルス・デイヴィスのアルバムタイトルとは関係あるんですか?

井戸:そこから取ったは取ったんですけど、マイルスが『Kind of Blue』を出したときの気合いの入り方というか、「これがこれからのジャズだぜ」みたいな、そういう気持ちはないです(笑)。

井戸健人

―全体的なイメージとしては、管楽器をはじめとしたたくさんの楽器や電子音が入っていて、いわゆるチェンバーポップ、アーティストでいえばスフィアン・スティーヴンスあたりを連想しました。

井戸:スフィアン・スティーヴンス(1975年生まれ、アメリカ出身のソングライター)はめちゃくちゃ好きですね。だから、あんまり似過ぎないようにしないとと思って、「スフィアン・スティーヴンスっぽいかな?」と思う曲ができたら、似てる曲がないか聴き直したりしました(笑)。

作り方としては、「こういう和音に対して、こんな楽器や旋律が鳴っていたらいいな」という想像に近づけていく感じですね。パソコンのソフトにMIDIで打ち込んで、調整していい感じになったら、それを実際に人に演奏してもらって生の音源に差し替えるという流れです。

―ただ、一言で「チェンバーポップ」とは括れない、オルタナ過ぎず、フォーク / カントリー過ぎずみたいな、そのバランスが絶妙だなと思います。

井戸:曲の落差みたいなのは付けたかったので、偏り過ぎないようにはしました。たとえばThe Magnetic Fields(1991年デビュー、アメリカのインディーポップグループ)の『69 Love Songs』(1999年)って、めっちゃいい曲の後にめっちゃ実験的な曲がきて、「同じアルバム?」ってなるんですけど、あの感覚が好きなんです。だからずっと同じような雰囲気で進まないようにはしましたね。

井戸健人

―アレンジ面で特にこだわったのはどんな部分ですか?

井戸:楽器の編成にはいい意味でこだわらずに、思いついたやつを入れるだけ入れたいと思いながら作りました。ライブでやることを前提にはしていなかったので、最初はドラムセットを使わずにやり切ろうと思ったんです。でも、やってるうちに、やっぱりキックの成分がほしいなとか、ハイハットやスネアの成分が要るなと思って、後半は普通にドラムセット使っています(笑)。

―なぜドラムセットを排除しようとしたんですか?

井戸:ドラムセットって、みんな使ってるし、使わないでリズムを出せたら面白いんじゃないかと思ったんですけど……ドラムセットの偉大さを思い知りました(笑)。まあ、ドラムセットを使ってない前半の曲にしても、バラバラに録ったキックとかを使っているので、ドラムセットを使ってるように聴こえるとは思うんですね。ただ、アンビエントというか、全体を鳴らしたときの部屋鳴りみたいなのがないので、ちょっと不思議な感じになっていると思います。

「どうしようもなかったこと」に影響を受けているのかもしれないですね。

―ここまで海外のアーティストの名前がいくつか出てきましたが、でも日本語の歌にはこだわりがあるわけですよね?

井戸:単純に、英語が話せないし、母語でやるのが一番かなって。たとえば、アイスランドの人がアイスランド語で歌ってるのが好きやし、意味はわからなくても、すごくよく聴こえるんですよね。

あと、英語と違って日本語って、「察し」の文化じゃないですか? 「I love you」を「月がきれいですね」って言うみたいな、その違いが日本語と英語ではあると思うんです。だから、日本語で考えた感情を英語にしても、意味わからないですよね。「好き」という気持ちで、「Moon is beautiful」って言っても、「何やそれ?」っていう(笑)。だったら、日本語でやった方がいいなって。

―確かに、井戸さんの歌詞も強いメッセージが表れているというよりは、「察し」の歌詞ですよね。

井戸:描写っぽい感じにはしました。旅行でよく知らない場所に行ったときの風景とかを見て、「ここではこういう人が暮らしてるのかな?」みたいなフィクションを立ち上げて、それを元に歌詞を書いていますね。

井戸健人

―「フィクション」というのは、「ファンタジー」と言ってもいい?

井戸:もうちょっと現実的な感じですかね。風景の描写とかは、実際の風景を見ながら書いていたりするので。実際に住んでるところのことはよく知っているから、住んでないところの方が想像を広げやすいというのはあります。

―ちなみに、bonobosとかって聴かれますか?

井戸:新しいアルバム(『23区』、2016年)、めっちゃいいと思いました。

―先日アルバムについてインタビューをさせてもらった(解散の危機を乗り越え、生まれ変わったbonobosと時代の関係)ときに話したのが、「大人が必要とするファンタジー」ということで、逃避的なファンタジーとも違う、もうちょっと日常に近いんだけど、でもリアル過ぎないっていう、その感覚が『Kind of Blue』にもあるように思いました。ブルーな感覚から逃れたい気持ちもありつつ、でもあくまで現実がベースにあるというか。

井戸:ああ、『23区』はまさにそんな感じでしたね……結構無意識にやってるから、自分のことはあんまりわかってないのかもなあ。でも、そう言われたら確かにそうかもしれないです。

井戸健人

―「青」がテーマになったことに関しては、井戸さんの中で何らかの理由付けがあるのでしょうか?

井戸:それも無意識にそうなっていたので……なんでやろうな? 別にずっとブルーな気持ちで曲を書いていたわけでもないんですけど……今考えてみると、このアルバムの曲は全部、(東日本大)震災の後に作ったからかもしれない。

“Kind of Lou”では、<Everybody goes Everybody fight Everybody goes Life goes off>と歌っていて、「みんな頑張ってるけど、最後は死ぬ」みたいなことを書いているんですけど……「どうしようもなかったこと」に影響を受けているのかもしれないですね。まあ、それも「今思えば」なんですけど。

今って色々なバイアスがかかった状態で音楽を聴いちゃってるから、「ちゃんと自分の意見をもって聴きたい」と思いますね。

―現在はスーパーノアのアルバムを制作しているそうですが、今後の活動に関してはどんな展望をお持ちですか?

井戸:リスナーとしては、もっと音楽に近づきたいっていうのがありますね。途中でジムの話をしちゃいましたけど、「こういうドラマがあって、こういう音源が生まれた」という文脈がなくても、誰がやっているのかわからないような状態で音楽に接して、「いい」と思いたいんです。今って色々なバイアスがかかった状態で音楽を聴いちゃっていると思うので、「ちゃんと自分の意見をもって聴きたい」と思いますね。

―イツキライカの作品も、そういうふうに聴いてもらいたい?

井戸:うーん……それはどっちでもいいんですけど(笑)、個人的に、その方が見えてくるものがある気がする。

―リスナーとしてそうやって接することで、その先に作り手としての理解度も深まるということがありそうですよね。作り手としての展望はいかがですか?

井戸:「自分にしかできひん音楽」の領域を、ちょっとずつ広げていきたいですね。めっちゃ狭い意味だと、自分でギターを弾いて歌うだけでも、同じ人間は一人しかいないから、「オリジナル」と言えるわけじゃないですか? 「オリジナル」を、これからもっと広げていけるといいなと思います。

井戸健人

リリース情報
イツキライカ
『Kind of Blue』(CD)

2016年11月2日(水)発売
価格:2,160円(税込)
& Records / SONIC-015

1. おきざりの庭で
2. Kind of Lou
3. こどもたち
4. 早春散歩
5. ときが滲む朝に
6. 白線の内側から
7. 高い窓
8. フィルムのすきま
9. ノーカントリー
10. (sweet)here after
11. まだ手探りを

イベント情報
『イツキライカ 1st full album “Kind of Blue” release party』

2016年11月2日(水)
会場:東京都 新代田 FEVER
出演:
イツキライカ(band set)
ayU tokiO
Nozomi Nobody

2016年11月5日(土)
会場:京都府 Live House nano
出演:
イツキライカ(band set)
スーパーノア

プロフィール
イツキライカ
イツキライカ

井戸健人による音楽プロジェクト。面白味のある音楽を目指して日々奮闘中。2012年8月1日、Jackman Recordsより1st mini album『ピンホール透過光』をリリース。以後、関西を中心に、ソロやバンドセットでのライブを行う。スーパーノアのメンバーとしても活動している。



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