今をさかのぼること約20年前。日本の映像表現においてPVは、才能あるクリエイターが集い黄金期を迎えていた。限られた予算の中で、独創的な映像が次々と生まれ、国内外で高い評価を受けていた。
竹内スグルは、そんな時代を代表する映像作家である。THE YELLOW MONKEYやYUKIらのPVを手がけ、CM、ドラマ、そして映画へと活躍の場を広げ、今年は個展を開催する。清澄白河のクリエイティブスペース「ミツメ」で12月10日から始まる『再生』展がそれだ。
同じくPV界で名作を多く手がけてきた辻川幸一郎。CORNELIUS小山田圭吾の盟友として、幻想的でポップな作品を数多く生み出してきた辻川は、竹内の作品をどのように見てきたのだろうか? 二人の稀有なる才能の対話から、映像表現の真髄へと迫る。
辻川くんは自分の思考法とはまるで違う世界観を持っていた。(竹内)
―まず、お互いの作品に対して、どんな印象を持っているか伺ってもよろしいでしょうか?
竹内:辻川さんをはじめて認識した時は、「田中秀幸(PVも手掛けるアートディレクター)に続く天才がいた!」くらいの衝撃でした。辻川くんは自分の思考法とはまるで違う世界観を持っていて、追いかけても仕方がないと瞬時に理解したんですよね。強い作家性のある人って、ある意味で作品が同業者を拒絶しているんですよ。「君たち、これはできないだろう?」ってね。
辻川:僕からすると、スグルさんの方が映像に関して本質的なものが最初からガツンとあって、いまだにスグルさんが撮っているものって頭ひとつ抜けていると思うんです。
僕は、もともと友だちだった小山田くんに頼まれて映像を作るようになって、何もわからずにこの業界に入ったから、技術も基本もちゃんとしてない。だからピースのように映像を組み合わることでずっとやって来たんですけど、本当のところ、映像ってカメラを向ける対象としっかり向き合って、その本質を引き出すものですよね。それができるなら小細工は余計だと思っているんですよ。
竹内:辻川くんが言うように、たしかに対象物となるものが目の前にあったなら、タマネギの皮をどんどん剥いていくみたいにして本質的なものに迫りたいと思っている。単に流行物を追っているだけだと、どんなに苦労して手を加えても、5年後には退屈な映像になってしまう。
だから僕は、いかに手を加えずにいい映像をモノにするかばかり考えているんだけど、不思議なことに、辻川くんの作品ってめちゃくちゃ手を加えているのに飽きないんだよね。それは出会って以来ずっと解けない謎です。
辻川:スグルさんが今年の9月にやった展示会で展示していたペンキをぶちまけた映像を見て、「なるほど!」って思いました。僕も同じように液体を撮ってPVを作ったりするけれど、素材としてバラバラに撮って、後でそれを組み合わせようという発想なんですね。
でもスグルさんはカメラ1台だけで、その場でその瞬間に起きた事象に向かっていくでしょう。しかもそれが完全にコントロールされているかのようにカッコいい。僕にとって「追っても追っても追いつけない」のが、スグルさんですよ(笑)。
竹内:いやあ、俺は何もしてないよ。ただ、なるべく不可抗力が起こる状況を作るだけ。
辻川:そうは言いつつ、けっこうマニアックに研究してる「実験くん」だってことも知ってますけどね(笑)。フィルムの選択、照明の当て方、フィルムのスキャンの仕方。何から何までやり抜いてる。
不可抗力を作るために被写体や撮影現場を一度裸にするんです。(竹内)
竹内:不可抗力を生み出す仕組みを考えたら、その後は「それをどう撮る?」っていう技術的な領域だからね。
―竹内さんの言う「不可抗力」とは、具体的にどのようなものですか?
竹内:撮っている被写体そのものが、面白くそこにある状況を作るために必要なもの、かな。カメラを向けている自分自身のモチベーションを高くするためには、被写体が面白くないといけなくて、事前に予想したイメージ通りに撮れるだけではつまらないんですよ。だから、どうなるかわからない状況に被写体を追い詰めるためのプランを常日頃考えているんです。
例えば、人ってカメラを向けられると思わず構えちゃいますよね。そこでヘリコプターを用意して、被写体の10メートルくらい横でずっとホバリングしてもらう。そうするとものすごい風が起きるから、もはや構えて立ってる余裕なんてない。
―送風機とかじゃないんですね。現場に行ったらいきなりヘリがスタンバイしている(笑)。
竹内:そこでまず驚かせてね(笑)。さらに「走れ!」とか言うと、ヘリの爆音と風で大抵の人間は興奮しちゃいますから、その様子を撮るだけで、十分いい画になっちゃう。つまり、被写体や撮影現場を一度裸にするってことなんです。
個展で発表されているペンキの映像も、基本的には人力で投げているけれど、投げるたびに結果が変わるから結局のところ偶然に頼っている。でも、そういった偶然を呼び込むための場作りから、すでに演出が始まっている。
―裸にする、っていう表現は面白いですね。
竹内:言い換えれば無意識な状態にする、ってことかな。例えば風景写真もだいたい1枚目がよかったりするんですよ。最初の感触がよかったから2枚目、3枚目と撮り続けるんだけど、いい感じの構図にしたい、とか邪念が入るから作為的な写真になってしまう。
竹内:でもね、1枚目が無作為というわけではないんです。以前、自分の写真を眺めていて気づいたんだけど、じつは最初からその場所にいることを選んで、そしてシャッターを押しているんです。明確な動機や理由に裏打ちされた選択ではないから言語化できるものではないけど、言語化しないだけで、身体的に選んでいるんです。
―作為的なものがどうしても残ってしまうんですね。
竹内:よく現場で、リアルな感じを出したいって言われるじゃないですか。それで人の家を借りて撮影したりするんですけど、もともとあるものをバラして、美術部の人が小道具を加え、汚しとかも付けてもらって、より映像映えするリアリティーを目指すんですけど、どうしてもリアルに感じない。元の居間の方がやっぱりいいんですよね。
それって結局、そこには住んでいる人の毎日の「無意識の集積」があって、何らかの美が生じているからなんです。つまり無意識を撮れば、必ず美しくなる。それがどんなに乱雑で汚れていたとしても。
辻川:ドイツの写真家でアンドレアス・グルスキーっていますよね。グルスキーの作品って、等質をテーマにした風景写真で構成もとても意識的なんだけれど、初期の作品は少し雰囲気が違うんです。
飛行場の近くの、何てことない荒地の風景があって、奥に飛行機が飛んでいるんだけど、肝心の飛行場は小山で絶妙に隠れていて、水たまりが気になる位置にあったり、意味があるんだかないんだか、実に宙ぶらりんな風景だけど、変な緊張感がある。答えが出るようで出ないギリギリのバランスを狙えるグルスキーは、やっぱり別格にフレーミングのセンスがいいぞ、って再確認したって話なんですけど(笑)。
竹内:「ここだ!」っていう場所のセンスがいいんだよね。
辻川:そうそう。意識と無意識の間の、答えが出ない宙ぶらりんの風景を見つけるセンス。写真家のホンマタカシさんの著書で、さらに無意識の風景を撮るための実験で、ロサンゼルス郊外に出没するマウンテンライオンにしかけたGPSデータの数値通りの場所に行って撮るという手法をためしていて面白かった。
写真家が自分で風景を選ぶ行為からも自由になっていて、とてもコンセプチュアル。そこがいいなあって思うのと同時に、スグルさんも実はとてもコンセプチュアルな映像作家なんだって僕は思っているんです。
あらゆる表現に関して「答え」よりも「問い」がはるかに重要なんです。(辻川)
―12月にミツメで開催する個展にもペンキの映像を出品するとのことですが、このシリーズに竹内さんがこだわる理由はなんでしょう?
竹内:物を投げるのが好きだから(笑)。自分の過去の仕事を見返すと、意外といろんな物を投げてるんですよ。きっと、走る、叫ぶ、投げるっていう人のプリミティブな衝動に関わることが好きなんだろうね。
竹内:今回はとにかく「投げる」ってことがまずあって、その中で一番変化が大きいのが液体だろうと思ったんです。テスト撮影をしていて確認したことなんだけど、僕はスピードに興味があって、「速さ=美しさ」という感覚が強い。A地点からB地点に物が移動する時、スピードが増すほどにその動きの曲線が美しく感じられるんです。電車でいえば、各駅停車よりも特急が好き。
僕の友人にプロスノーボーダーがいるんですけど、彼と会話していると何を言っているか全然わかんないことがあるんです。でも話はとっても面白いし興奮する。それなぜだろうって考えたんだけど、おそらく最適化されたライン取りで滑走するのと同じ思考で言葉を発しているからだと思うんです。達人は、いちいち駅に止まらずに、ゴールまでひゅーんと行ってしまう。
辻川:いいなあ。
竹内:辻川くんも速度のコントロールは意識的にしているでしょう? 緩急を減らして、等質に映像を構成する感覚は独特なものだと思うよ。
辻川:淡々としているのが好きなんですよね。映画でもアートでも、かわいくて、奇妙で、物悲しくて、胸がきゅーんとなっちゃうようなものが好きです。
―CORNELIUSの“MUSIC”は、団地で子どもたちのマーチングバンドを撮影して、それを曼荼羅みたいに映像処理したPVですが、すごくポップな反面、極限まで時間が引き伸ばされて、永遠の中に子どもたちが閉じ込められているような感じがあります。
竹内:空間を微分していって、時間の定規を引き延ばした感じがあるよね。
辻川:根がアクティブじゃないんですよ。いろんな場所に行って、いろんな風景を見に行く元気がない(笑)。「何か作れ」って言われた時に、この場で済ませたいっていう気持ちがすごくある。机の上をずっと見てて、白い机だったから白だけで全部やろう、とか。
竹内:そういう作り方している人って辻川くん以外に知らない(笑)。
辻川:特にCORNELIUSの音色と、僕が好きな世界観の相性がよかったんでしょうね。だから小山田くんの曲じゃなかったら上手くいってなかったと思う。言い換えると、小山田くんからの「問い」が僕にとって絶妙だったってこと。これはあらゆる表現に関して思っていることだけど、「答え」よりも「問い」がはるかに重要なんです。
竹内:それはすごい重要。
辻川:だからスグルさんの素晴らしさっていうのは、まさに「問い」の投げかけ方なんだと思います。強風を起こそうとか、海の中に人を放り込んじゃおうとか。
竹内:個人的な印象だけど、最近の映像は編集だったり仕掛けだったり技術的にはどんどん向上しているのに、「問い」の力を感じないものが多いんだよね……。
辻川:エポックメイキングな世界観を提出できる人はたしかに少なくなっていますよね。プロジェクションマッピングや、インタラクティブな映像技法に僕はそれほどガツンと来ないんですよね。やっぱり見たことのない世界観を求めてしまう。
そこで最近すごい好きだったのは青葉市子ちゃん。まだ20代なんだけど、紡ぎ出す詩の世界がすごく日本的で、海外発祥のオシャレの感覚から脱していて自由だった。ねろねろとした無意識なんだか意識的なんだかわからない言葉の連なりも好き。こういう若い人もいるんだ、と久々にガツンときました。
竹内:その人が提示する世界観にリアリティーがあって、説得力があるってことだね。でも再三言っているように、辻川くんの作品ほどオリジナルな世界観を持っているものはそうないと思うんだよ。辻川くんは個展とかやってみないの?
辻川:機会があればやってみたいです。でも発表したい欲があまりないんですよね。最近子どもが生まれて、子どもっていう生き物の面白さに夢中なんです(笑)。
―それこそ「不可抗力」的な力を持った存在ですね。
辻川:進化のスピードがものすごいんですよ。さっきまでできなかったことが急にできるようになる瞬間が、毎日毎日積み重なるので、見逃し厳禁なんです。子どもがはじめて自分の手を発見した瞬間とか、ただただ「すげえ……!」ってなりますよ。
竹内:僕も子どもがまだ小さいからよくわかる。
辻川:僕らはもう、自分に手が付いているという発見をすることはできないじゃないですか。だからあとは、どういう目を持てるかがすべてですよね。そういう意味でスグルさんが「無意識の集積」を発見する目を持っているのが羨ましい。それを持てたらもう10~20年は楽しくてしょうがないはずですよ。そういう目を持てるようになっていきたいですね。
- イベント情報
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- 『映像作家、写真家 竹内スグル個展「再生」』
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2016年12月10日(土)~1月22日(日)
会場:東京都 清澄白河 MITSUME
時間:13:00~19:00(12月10日、1月22日はトークイベントのため18:00閉場)
休廊日:月~金曜、12月31日~1月10日
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- オープニングトーク
『意識する表現と無意識の表現、あるいはその境界』 -
2016年12月10日(土)19:00~20:00(18:30開場)
会場:東京都 清澄白河 MITSUME
出演:
森山開次
竹内スグル
モデレーター:鈴木久美子(HEAPS.)
定員:20名
料金:無料
※定員に達したため応募は締め切りました
- クロージングトーク
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2016年1月22日(日)19:00~20:00(18:30開場)
会場:東京都 清澄白河 MITSUME
出演:
山峰潤也
竹内スグル
モデレーター:鈴木久美子(HEAPS.)
定員:20名(応募者多数の場合は抽選)
料金:無料
※申し込み方法は12月中にFacebookにて告知
- オープニングトーク
- プロフィール
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- 竹内スグル (たけうち すぐる)
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1962年兵庫県神戸生まれ。映像作家、写真家。90年初頭から、撮影監督、演出家として活動。劇場映画、ドラマ、TVCM、MV、写真など、視覚表現領域を横断し、様々な作品を世に送り出している。主な監督作品に永瀬正敏主演のドラマ『私立探偵 濱マイク』第10話「1分間700円」(2002)、音楽に池田亮二、主演に浅野忠信を迎えた映画『乱歩地獄』「火星の運河」(2005)、など。主な出版物に現在進行形のプロジェクトでもある「Radiation Tokyo」写真集、自ら監督を務めたTV東京ドキュメント番組「比類なき者」出演者を撮りおろした「告白録」がある。広告受賞歴にカンヌライオンズ金賞、ニューヨークフェスティバル銅賞など国内外多数。初個展となる本展で発表される映像作品は、国立新美術館開館5周年「具体」-ニッポンの前衛18年の軌跡-(2012)のために制作した映像作品をあらためて撮影し、独自に発展させたものとなる。
- 辻川幸一郎 (つじかわ こういちろう)
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映像作家。CDジャケットや本の装丁などのアートディレクターとして活動をはじめ、友人のミュージシャンのMV制作を頼まれた事から映像制作をはじめる。現在ではCM、MV、ショートフィルム、などの映像作品を中心に、webやグラフィックなどの企画など様々なジャンルで国内外問わず制作中。これからも。
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