昭和の文人たちは、同時代の外国映画をどんなふうに観ていたのか? 谷崎潤一郎、川端康成、江戸川乱歩、三島由紀夫など、昭和の文人たちが、昭和初期から昭和30年代を中心に公開された外国映画について言及・寄稿した文章を集めたものを、当時の映画ポスターやプログラムとともに紹介する特別展『映画に魅せられた文豪・文士たち』が練馬区の石神井公園ふるさと文化館にて現在開催されている。
オール天然色のイラストで描かれた当時のポスターの美術的なインパクトやデザイン性はもとより、それらの映画について作家たちが語った言葉の端々から浮かび上がる、当時の映画を取り巻いていた時代的な雰囲気とは、果たしてどんなものなのだろうか。
キーワードは、「夢」と「憧れ」。今回は、映画と文学を愛する二人のバンドマン――TOKYO No.1 SOUL SETの渡辺俊美と、the band apartの木暮栄一に、実際に展示を見てもらいながら、その思うところ感じるところを、率直に語り合ってもらった。
色んな感情が入り交じった当時の様子が、作家たちの文章から透けて見えてくるようで面白い。(渡辺)
―今回の展示は3つのパートから構成されていますが、お二方は、どんなふうにご覧になられましたか?
渡辺:やー、すごく面白かったです。展示の最初のパート「文士・文豪たちの映画評」の序文で、夏目漱石の「元来私は活動写真と云うものを余り好きません」という言葉が引用されていて。
―同じ序文のなかに、「その後、映画は文芸や音楽、絵画などと並ぶ芸術、『第八芸術』と呼ばれるようになり……」という記述もありました。
渡辺:そう。だからこそ、「第八芸術」になるまでは、どこか「認めない」というか、「ひとつ、あら探しをしてやろう」みたいな感覚があったんじゃないかな。ただ、実際に書かれた映画評を見ていくと、否定から入りつつも、「どうやって撮ったんだろう?」とか技術的なところに興味を持ったり、最後は褒めていたりして(笑)。色んな感情が入り交じった当時の様子が、作家たちの文章から透けて見えてくるようで面白かったです。
「憧れ」っていうのは、すごく大事だと思うんです。(渡辺)
―木暮さんは、どんなふうにご覧になられましたか?
木暮:僕は、2つ目のパート「青春時代の憧れ、ヒロインへの恋文」が印象的でした。文豪・文士たちの女優に対する文章に、やっぱり時代を感じたというか。
―時代、というと?
木暮:当時の海外の映画女優って、映画館に映画を観に行かないと会えない人だったわけじゃないですか。しかも、一般の国際交流も、まだ全然ない時代ですよね。だからもう、まったく違う世界の美しい人に恋をしている感じが文章に出ていて、すごくロマンチックでいいなって思いました。
展示の2つ目のパート「青春時代の憧れ、ヒロインへの恋文」の展示の様子。映画ポスター界の第一人者・野口久光のデッサンによる女優たちの似顔絵と、文豪の恋文が並ぶ
渡辺:それ、僕も思った。ソフィー・マルソー(フランスの女優。『ラ・ブーム』『ブレイブハート』などに出演)が好きだった、小学生の頃の自分を思い出したりして(笑)。雑誌の切り抜きを下敷きに挟んだりしていたんですよね(笑)。
―木暮さんも、そういう女優さんが?
木暮:僕は……ウィノナ・ライダーかな(笑)。『リアリティ・バイツ』(1994年)という映画で初めて見たんですよ。そのへんにいそうなんだけど、絶対いない感じですっげえかわいいなって思って。あれは、ちょっと恋だったのかもしれない(笑)。
渡辺:川端康成がベッティ・アマンという女優さんについて書いた文章も面白かったですよね。「アマンはほんとうの女である」とか言い切っていたりして。彼の小説そのままの感じがするというか、その一行だけで、「おおっ!」って惹き付けられました。
あと、恋文ではないけど、向田邦子さんのマリリン・モンロー評もよかったな。向田邦子さんとマリリン・モンローは実は同世代なんですよね。僕らは世代的に縦軸しか見られないものを、横軸で見る面白さがこの展示にはあります。
―確かに。それぞれの作品が公開された当時の雰囲気を、さまざまな文章からうかがい知ることができますよね。個人的には、外国に対する強い「憧れ」みたいなものを、今よりも強く感じました。
渡辺:うん、それは半端ない。だって、たとえば『ローマの休日』が日本公開されたのって、戦後10年も経っていない1954年とかですよね。その時代の日本人から見たオードリー・ヘプバーンって、ホント夢のように綺麗だったんじゃないかな。
『ローマの休日』のポスター。オードリー・ヘプバーンがメインに描かれている
―まさにヒロインですよね。
渡辺:うん。それは、モッズじゃなくてもベスパに憧れるわっていう(笑)。そういう外国文化に「やられてしまった」感じは、いろんな文章からにじみ出ていますよね。そういう「憧れ」っていうのは、すごく大事だと思うんです。
今はどんな音楽や映画を作ろうと、基本的にはみんな褒めるけど、むしろ僕は斬って欲しい。(渡辺)
―なぜ「憧れ」は大事なんでしょう?
渡辺:だって、「憧れ」だけで生きる力になるじゃないですか。「こういう人になりたいなあ」とか「こういう女の人とつきあいたいな」みたいな感情や、目の前の厳しい現実を忘れさせてくれたりするところも全部含めて。音楽とか映画って、そういう意味でみんなの役に立っていると思うんですよね。
―今は「リアリティー」や「共感」といった言葉で表現されるように、自分の日常にどれだけ近いかが重視される気もします。
渡辺:そうですよね。今と比べて、当時は目の前に現実を叩きつけられても、「うっ」って苦しくなるような時代だったのかもしれない。現実はいいから、もっと夢を見させてくれよっていう。特に映画というのは、今以上にそういう役割を担っていたんじゃないかな。
―今回の展示は「文学」という視点でも楽しめると思うのですが、お二人はどんな作品がお好きなのですか?
渡辺:僕は池波正太郎さんが大好きで、著作を全部持っているぐらい大ファンなんです。池波さんのエッセイを読んで、池波さんが行ったお店を全部まわったりとかして(笑)。
池波さんは映画に関するエッセイも多いので、それを読みながら昔の映画を見たりしていました。映画の場合、その良さがサッパリわからないこともあるんだけど(笑)。
―そこの良し悪しの感じ方は、映画とお店では違うんですね。
渡辺:そう、お店だったら昔の味や雰囲気が今も残っていたりするから、池波さんが書いている良さもリアルに感じられるんですけどね。映画だとその映画がタイムリーだった頃の熱気や空気感が、なかなかわからなかったんです。でも、そういう時代感が、この展示を観てわかったような気がします。
木暮:僕も池波正太郎さん大好きなんですけど、池波さんの映画に関するエッセイって、たまにすごく辛口だったりして面白いですよね。
渡辺:うん、すごくキレキレなときがあって面白いよね。
木暮:辛口のものを同時代の雑誌に載せるのって、すごく勇気のいることじゃないですか。ものによっては、本当にバッサリ斬っているので。
渡辺:そこが今と違うよね。音楽もそうだけど、今はどんな音楽を出そうと、どんな映画を作ろうと、基本的にはみんな褒めるもんね。むしろ、僕は斬って欲しい。「こんなダメなアルバム聴いたことない」とか。
そんな文章を読んだら余計聴きたくなるじゃないですか(笑)。この展示も、全部が全部映画を褒めているわけじゃないけど、それも含めて興味を掻き立てますよね。
「今」の時代感をとらえることって、すごく大事だと思う。(渡辺)
―今回の一連の展示を見て、なにか気になった映画はありますか?
木暮:僕は『道』(1954年のイタリア映画で、フェデリコ・フェリーニ監督の代表作)ですね。池波正太郎さんが、年齢を加えるにつれて感情移入する登場人物が変わっていく、といったような文章を書いていたんですけど、その文章に加えて、ポスターを見て、いったいどういう映画なんだろうって(笑)。
渡辺:これ、すごいよね(笑)。ハードコアパンクとミュージカルが一緒になっているような感じがある。
―実際の映画の雰囲気とは、ちょっと違うような気もしますが……。渡辺さんは、どの映画が気になりましたか?
渡辺:僕は、3つ目のパート「映画は小説を超えたか」のところに展示してあった『にんじん』(1932年のフランス映画で、1894年に出版されたジュール・ルナールの小説が原作)に興味を持ちました。草野心平さんが書いた2行たらずの短いコメントで、是非観たくなりましたね。一緒に展示してあった『にんじん』の映画のポスターも、すごく雰囲気があって良かったです。当時の映画のポスターって、やっぱり男と女系が多いと思うんですけど、そういうなかで子どもに焦点を当てているのがいいなあって。
木暮:松本清張さんが、『ブルース・ブラザース』について書いていたのも面白かったですよね。
渡辺:「松本清張、『ブルース・ブラザース』観てたんだ!」っていう(笑)。
木暮:そうそう(笑)。まあ、あんまり好きじゃなかったのかな? って感じの文章だったけど、なんだかんだ言いながら当時話題になった映画はちゃんと観ていたんだなって。映画のある場面を自分の小説のなかで使ったとか書いていましたしね。
渡辺:作家って当時公開されていた映画を意外と観ているんだよね。当時の人たちも、やっぱり「今」の感覚を欲していたんじゃないかな。池波さんが時代小説を書いたりするのも、単に何百年前の話を書きたいわけではなく、それを今に通じる物語として書いているわけですよね。そのためには、やっぱりそのときそのときの「今」の感覚が大事だったんじゃないかな。
―実際相手にしているのは、「今」の読者なわけですからね。
渡辺:そうそう。そうやって「今」の時代感をとらえることって、すごく大事だと思うんです。僕がやっているTOKYO No.1 SOUL SETも、実はそういうとこから始まっていたりするので。
僕、the band apartを始めるまで、実はずっとラッパーを目指していたんです。(木暮)
―TOKYO No.1 SOUL SETの始まりはどんな感じだったんですか?
渡辺:僕らが始めた頃は、バンドブームが全盛で……汗をかいて拳を振り上げるみたいなものが人気だった。でも、僕らは、もっとクールにやろうよっていう感じで始めていて。「これでどうだ!」じゃなくて、「こういうのもありますけど、あなたはどう感じますか?」っていう、時代に対する問い掛けをしたんだと思います。
―なるほど。そういうところは、木暮さんのthe band apartにもあったんじゃないですか?
木暮:そうかもしれないですね。僕らは、いわゆるメロコアシーン周辺にいたけど、ちょっと他のパンクバンドとは違ったところがありました。
渡辺:そう、グルーヴがすごくおしゃれだったよね。The Clash(ロンドンパンクの代表的なバンド)って、ドラマーのトッパー・ヒードンがもともとジャズドラムをやっていたから、他のパンクバンドとどこか違っていたんだけど、それと近い感じがした。
―木暮さんも、もともと別のジャンルのドラムを叩いたりしていたのですか?
木暮:いや、僕は今のバンドで初めてドラムを叩き始めたようなもんなんです。バンドが始まったのが1998年なんですけど、その頃って日本語ラップがっすごいブームになっていたじゃないですか。
渡辺:そうだね。
木暮:僕、the band apartを始めるまで、実はずっとラッパーを目指していたんです。
渡辺:え、そうなんだ?
木暮:フリースタイルも、ちょっとやっていたんです。そのグルーヴ感みたいな影響は、ひょっとしたらあるかもしれない。そう、だから、スチャダラパーのアルバムで、初めてTOKYO No.1 SOUL SETの存在を知って、聴くようになったんです。俊美さんの歌がとにかく衝撃でした。
渡辺:(笑)。当時みんながラップをやっているなか、僕はラップができないから歌ってやろうと思って。メンバーにやらせてくれって頼んで、突然歌い出したんですよ。でも、ヒップホップの王道ネタの上で、高らかに歌うっていうのが、僕としては結構革命的だったというか。
木暮:超やられました。
渡辺:自分でもそこは、やった感じがある(笑)。歌そのものは、別に新しいわけではないけど、ラップと合わせることによって、新しさが生まれたんです。やっぱり、昔のものには、なにかしら新しいものが隠れているんですよね。それは映画だって同じで、昔観た映画も、今観たら感想が違っていたりするじゃないですか。
木暮:そうですよね。さっきの池波正太郎の『道』のコメントにも通じるというか。
芸術的なものは特に、古いものからヒントを得て、新しいものができていると思う。(渡辺)
―では最後に、本展の見どころを、改めて語っていだけますか?
渡辺:芸術的なものは特に、温故知新というか、古いものからヒントを得て、新しいものができていると思うんですよ。今だとたとえばSuchmosとか、まさに古いエッセンスを新しいものに昇華していると思うんです。
そういう意味で、今回の展示は若い人たちもいろいろ刺激になるんじゃないかな。「このポスターをモチーフになにか描いてみよう」とか「この言葉をヒントに歌詞を書いてみよう」とか直感を得られると思うし、自分がどういう勘を持っているのか調べにきて欲しいですね。
―なるほど。木暮さんは、いかがですか?
木暮:結構名前が知られている作家たちの素朴な思いがうかがい知れることが魅力だと思います。「~だよね」みたいな、話し言葉が混ざっている文章も結構あるじゃないですか。こういう普段は見えない作家の「隙」が新鮮で、これまで以上にそれぞれの作家が近くに感じられました。
この人たちも自分たちと同じように映画を楽しんでいるんだなって。で、その親近感をきっかけに、その人の小説を読んでみたくなったり、新たな興味が湧きました。
渡辺:かつての淀川長治さん(『日曜洋画劇場』の解説を約32年にわたり務めた映画評論家、雑誌編集者)みたいに、その当時のことを今の人たちに向かって語りかけてくれる人が最近いなくなってしまったじゃないですか。映画そのものだけではなく、その映画が当時どんなふうに見られていたのかっていう空気感も含めて知りたいですよね。
―当時は、ビデオテープもなかったし、いろいろな意味で現在とは異なりますよね。
渡辺:ホントそうですよね。だから、ポスターや映画に関する文章、その行間からにじみ出るエネルギーが半端ないと思いました。そういう熱に触れることができるのが、この展示の醍醐味だと思います。
- イベント情報
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- 『映画に魅せられた文豪・文士たち-知られざる珠玉のシネマガイド-』
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2017年4月22日(土)~6月11日(日)
会場:東京都 練馬区立石神井公園ふるさと文化館
時間:9:00~18:00
休館日:月曜
料金:一般300(200)円 高校生・大学生200(100)円 65~74歳150円
※中学生以下と75歳以上無料
※()内は20名以上の団体料金
※身体障害者手帳・愛の手帳・精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方と付き添いの方1名は一般150円、高校生・大学生100円
- 講演会『出版人のひとりごと―映画と私―』
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2017年5月27日(土)
会場:東京都 練馬区立石神井公園ふるさと文化館 多目的会議室
時間:13:30~15:00
出演:早川浩(株式会社早川書房 代表取締役社長)
定員:100名(抽選)
料金:無料
※申込は往復はがき、またはメールで受付中、5月16日必着
- プロフィール
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- 渡辺俊美 (わたなべ としみ)
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福島県出身。1990年代初頭「TOKYO No.1 SOUL SET」のボーカル&ギタリストとしてデビュー。福島県で生まれ育ち、福島県人バンド「猪苗代湖ズ」でも活動、2011年にNHK紅白歌合戦に出場。2014年にエッセイ本『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』を発表し、ベストセラーに。翌年にはNHK BSプレミアムでドラマ化。2016年、東日本震災から5年。震災復興の活動で大空に飛ぶ花と復興への想いを表現したANA“東北FLOWER JET オリジナルソング”の作詞・作曲を手掛ける。
- 木暮栄一 (こぐれ えいいち)
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the band apartのドラマー、作詞作曲担当。現在までのバンドのリリース全てのアートワークを手がけている。また、DJとしても渋谷Organ Bar、三宿Webのレギュラーイベントを中心に活動中。2015年に eiichi kogrey 名義でのソロ7インチをNIW! Recordsからリリースし、現在までに3枚の7インチ・レコードを発表している。2016年には、同名義で東方神起、□□□(クチロロ)のリミックスなども手がけた。7月中旬リリース予定でthe band apartとして8枚目の新作アルバムを制作中。
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