いつか終わりがくることを知りながら、それでも、いまこの瞬間に自分が抱きしめているささやかな幸せを手放さないための音楽――。2015年に早稲田大学で結成された11人組バンド、メロウ・イエロー・バナナムーンがリリースした処女作『かくも素晴らしき日々』。ここに刻まれたのは、満たされていて、でもなにかが足りなくて、遠ざかっていく「過去」と近寄ってくる「未来」の足音に一喜一憂しながら「いま」を生きる、若者たちの小さくて、でも力強い呼吸そのものだ。
今回は、バンドから岩井百合香、緒方利菜、樋口敏寛、宮田泰輔の四人に話を聞いた。音楽を奏でる喜びや、将来への不安といった、彼らの複雑な感情がそのまま表れたような楽曲の数々に耳を傾けてほしい。11人の若者が鳴らす、メロウで、少しほろ苦いこの音の連なりが導いてくれる場所に、あなたも想いを巡らせてみてはいかがだろう。
大人数バンドって、大学生だからこそできる部分もある。(宮田)
—メロウ・イエロー・バナナムーンは2015年に大学で結成されたそうですけど、現在もみなさん、大学生なんですか?
宮田(Gt):そうですね。社会人になったメンバーも一人いるんですけど、あとはみんな大学生です。
—ミニアルバム『かくも素晴らしき日々』で描かれているのは、メロウ・イエロー・バナナムーンという大学生たちからなるバンドのモラトリアムの表れでもあるのかなって思うんですよね。
宮田:「モラトリアム」っていうのは、まさにそうだと思います。メロウ・イエロー・バナナムーンは、この先もずっとやっていきたいんですけど、大人数バンドって大学生だからこそできる部分もあると思うんですよ。社会人になったら、予定を合わせるもの難しくなるし。
左から:岩井百合香(Ba.)、宮田泰輔(Gt.)、緒方利菜(Vo.)、樋口敏寛(Dr.)
—そもそも11人という大勢のメンバーは、どのようにして集まったんですか?
宮田:大学で知り合ったもの同士で。メンバーは、それぞれブラックミュージックのサークルや、中南米音楽のサークルに所属しているんですけど、パーカッションの宮坂が「バンドをやろう」って言い始めて、このメンバーを集めたんです。
ソウルや中南米の音楽って、10人とか、多いときには15人でやったりすることが基本なので、気づいたら11人になっていましたね。バンドをやるなら、ホーンやパーカッションがあるのは普通だと思っていたし。
—なるほど。ちなみに今日、バンドの発起人である宮坂さんは……。
宮田:すみません、いま留学中です(笑)。
—Twitterを見ていたら、緒方さんも少し前にジャマイカに行かれていたそうですね。
緒方(Vo):はい。まるまるひと月、バンドの練習も休んで、ニューヨーク、ニューオーリンズ、ジャマイカに一人で行ってきました。私、人よりも「恐怖遺伝子」が少ないらしくて(笑)。「行きたい!」と思ったら「行こう!」ってなっちゃうんですよね。
—それらの土地に行こうと思ったのは、どうしてですか?
緒方:ソウルやレゲエのようなルーツミュージックをやっているのに、それらの音楽が生まれた現地の空気感、その土地で音楽を鳴らしている人たちのプレイ、バックグラウンド……そういうものを知らないと、「音楽への思いは本物か?」って疑われるじゃないですか。私はそれがすごく嫌で。
好きでやっている以上、現地でその音楽が鳴っているところを見たいなと思ったんです。現地の人たちと、ボブ・マーリーの曲とか、“上を向いて歩こう”をセッションしました。
—自身の考えを確立する為に、ちゃんと自分自身で経験を踏もうとする……緒方さんの行動力はすごいですよね。
緒方:まぁ、ジャマイカに行ったのは、結局、歌が好きだからですね。私、いい音楽を聴くとめっちゃ泣くんですよ。ボロボロ泣いてしまうんです。私は、歌を聴いて、心がグワッて動く瞬間がすごく好きなんです。その歌の発する感情が「幸せ」ではなかったとしても、心の真ん中の部分を揺さぶられるような感覚があればいい。
だから、私にとって歌うことは、「幸せ」を求めているからというより、その揺さぶられる瞬間を求めているから。私にとっての多幸感って、あくまで、「いろんな心の揺さぶられ方のひとつ」っていう感じなんです。
宮坂みたいな人には、もう一生会わない気がします(笑)。(樋口)
—話をバンド全体に戻しますが、メロウ・イエロー・バナナムーンとしての音楽的な指針は、結成当初からあったんですか?
宮田:いや、特になかったです。
岩井(Ba.):今回の『かくも素晴らしき日々』も、みんながみんな「こういうのをやってやるぜ!」って確固たる意志を持っているというよりは、ゴチャッと集まったがゆえの、いい意味での不思議さやカオス感があると思うんですよね。
—曲のクレジットを見れば、作詞作曲を発起人の宮坂さんがされているわけじゃないですか。ますますどういう人なのか、気になります。
宮田:……あんまり、見たことないタイプの人だよね?
緒方:うん。
樋口(Dr):うん。
岩井:うん。
—そうなんだ(笑)。
樋口:ああいう人には、もう一生会わない気がします(笑)。
—カリスマ性のある人なんですか?
宮田:カリスマ性というか……すごく人間臭いんですよ。いいところも悪いところも曝け出しているし、だからこそ、こっちもなんでも許せてしまう。そういうタイプの人間なんです。
緒方:歌詞には、彼の人となりがすごく表れていると思いますよ。宮坂は、長野県の諏訪出身なんです。私も行ったことがあるんですけど、宮坂の歌詞で描かれている風景って、完全に諏訪なんですよ。
岩井:わかる! 完全に心象風景だよね。
宮田:うん。彼の心象風景なんだけど、どこかでみんなにも通じているというか。「個人的だけど普遍的」みたいな感じだと思うんですよね。
—「個人的だけど普遍的」というのは、曲を聴くとすごくわかります。
宮田:そもそも、僕らの曲作りのやり方は、宮坂が歌詞とメロディーをボイスメモで録音したものを僕のところに持ってくるところから始まります。それに僕がコードをつけたら、みんなに投げて肉づけしていくっていう感じなんです。曲の出発点となる最初のボイスメモは、全然洗練されているものではないんですよ。でも、宮坂が言わんとしている風景って、その時点で伝わるんですよね。
「なんでもない」っていうことを、「いいよね」って言いたい。(岩井)
—歌い手である緒方さんから見て、宮坂さんの書かれた歌詞はいかがですか?
緒方:歌詞を最初にもらったときは、「うわ、ムズっ!」って思います(笑)。
—ははは(笑)。
緒方:だって、本当に諏訪の光景だから。諏訪で生まれ育った宮坂の脳内にある光景が、そのまま描かれている。でも、私は東京で育ったので、実際に見てきた景色は全然違うんですよ。
ただ、宮田が言ったように、その光景は、どこかで私にも重なる部分があるし、きっとこれは、誰しもが持っているノスタルジーなんだろうなって思うんです。なので、私は私自身のノスタルジーを乗せて、歌っているかなぁ。
メロウ・イエロー・バナナムーン『かくも素晴らしき日々』ジャケット(詳細はこちら)
—今作『かくも素晴らしき日々』で描かれているのは、ノスタルジーはもちろん、未来に対する期待と不安など、いろんな感情が重層的に重なり合った「日々」だと思うんです。だとすると、このアルバムのタイトルに冠された「素晴らしき日々」とは、どう捉えられるんでしょうか?
岩井:宮坂は、なんでもないような日常の風景……「朝起きて天気がよかった」とか、「家に帰ってきて飲んだお茶が美味しかった」とか、そういうことを美しいと感じる人だと思うんです。その感覚は、私はすごく「わかるなぁ」と思っていて。
タイトルに「素晴らしき日々」とついているのも、誰にとってもなんでもない日々を、敢えて「素晴らしい」と言うことによって、違う角度から見ようとしているのかなって思う。
宮田:たしかに、この「素晴らしい」っていうのは、仰々しい感じではないよね。ささやかな話だよね。
岩井:うん。「なんでもない」っていうことを、「いいよね」って言いたいというか。
たとえ一流企業の内定がとれたとしても、それほど嬉しくないんです。(緒方)
—では、みなさんにとって音楽は、贅沢なものですか? それとも、ささやかなものですか?
宮田:それこそ、音楽は「ささやかな喜び」っていう感じですね。聴くことも、演奏することも、特別なことではなくて。バンドをやれている、その状況自体に僕は満足しているし。
樋口:でも僕は、常に自分よりすごいことをやっている人に対して、「羨ましいな」と思っちゃいますけどね。大学在学中にガンガン、フェスに出たりするような人たちの存在を知ると、「充実してんだろうな」って……。
宮田:はははは(笑)。
緒方:暗いなぁ(笑)。……まぁ、未来はなにも見えないからね。
岩井:そうかな。私は、未来に不安はないな。
緒方:えー、なんで?
岩井:だって、自分の中にあんまり欲がないから。「将来、貧乏だったらどうしよう?」とか、別に思わないもん。自分が満足できるラインで、好きなことを好きにできていたらいいかなって思う。
緒方:私はむしろ、そこが不安だけどなぁ。
—緒方さんの意見も詳しく聞きたいです。
緒方:たとえば、テニスがすごく上手くて大会に出たとか、文化祭の実行委員を頑張ったとか、そういう人たちって、大学生活の中でスパッとそれを終わらせられるじゃないですか。
そして、「引退した。さぁ、就活だ!」って就活を始めて、それで一流企業の内定がとれたら、「人生、大成功!」ってなれる。自分もそういう考え方ができたらいいけど、私は「人生を成功させるのって、そんなに単純なもの?」って思っちゃうんですよ(笑)。
—なるほど、わかります。
緒方:私は、たとえ一流企業の内定がとれたとしても、それほど嬉しくないんです。何故なら、自分の幸せが、「お金持ちになる」とか「西麻布に住む」とか、そういうことと結びついていないから(笑)。
いわゆる「社会的な成功者」に憧れている人は、それになれれば、すごく幸せな人生を歩めると思います。でも、私の場合はそこに対して幸せを感じない性格なんですよね。それよりも「好きなことを満足するまで続けていきたい」って思う。だからこそ、将来の不安は、むしろその点にあるんですよね。好きなことを、本当に続けていけるのか? っていう。
—岩井さんと緒方さんは、「好きなことを続けたい」という点は一緒だけど、緒方さんの方が少し不安に考えちゃうんですね。
宮田:でも、それは音楽をやっている人間にとって、共通の問題なんだろうと思いますけどね。だって、バンドの目標と、社会に出てからの目標って、かなり違いますから。ゴールが違いすぎて、バンドでやっていたことを会社で活かすのって、すごく難しいだろうなって思う。
緒方:でもね、私は、「ちゃんと社会に出ないといけないな」とも思っていて。世の中の多くの人たちが経験することを、ちゃんと私も踏んでおかないと、この先、視野の狭いことしか言えないじゃないですか。
—……緒方さんって、めちゃくちゃしっかりしていますね。
緒方:そんなことないです(笑)。
—今日、お話を聞かせていただいて、「メロウ・イエロー・バナナムーンはこの先、どうなっていくんだろう?」って、すごく楽しみになりました。特に、みなさんがこの先社会人になって、いまのモラトリアムから脱したとき、このバンドの存在は、どう変わっていくんだろう? って。
宮田:やっぱり、いまは「大学生が渋い音楽をやっている」っていう点で、注目してもらえることもあるんですよ。でも、それでこの先やっていけるほど甘くはないだろうってわかっているので。「この先、どうしていこう?」っていうのは、自覚しています。
緒方:……とにかく、いい曲を作ろう! こねくり回すより、結局そこだよ(笑)。
岩井:そうだね。
樋口:まぁ、結局そこだよね。
宮田:大前提だけどね(笑)。いい曲が作れるよう、頑張ります。
- リリース情報
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- メロウ・イエロー・バナナムーン
『かくも素晴らしき日々』(CD) -
2017年11月22日(水)発売
価格:1,620円(税込)
UXCL-1371. かくも素晴らしき日々
2. 夏霞
3. ライカ・デイドリーム
4. 渦
5. 胸の裏
6. cycle!
- メロウ・イエロー・バナナムーン
- イベント情報
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- 『TERMINAL-H』
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2018年1月20日(土)
会場:東京都 渋谷 UNDER DEER LOUNGE
出演:
メロウ・イエロー・バナナムーン
umber session tribe
RAMMELLS
COLTECO
DJ:
樹里
朝岡周
RIKU
Satosh Kan
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- 『会いにいく』
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2018年1月28日(日)
会場:愛知県 名古屋 K.Dハポン
出演:
メロウ・イエロー・バナナムーン
くすり
てら
ノンブラリ
Easycome
- プロフィール
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- メロウ・イエロー・バナナムーン
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2015年夏頃、大学の音楽サークルで出会ったメンバーが「野外フェス出たいね」を合言葉に集合。翌年春より本格的に活動開始。ポップ、中南米音楽、ロック、黒人音楽、ケルト音楽など多種多彩な音楽を聴いたりやったり揉みつ揉まれつしてきたメンバーによる、にぎやかなポップ・ミュージック。りんご音楽祭2016出演。「早稲田大学生が注目する『11人組』アーティスト」として、J-WAVE 81.3FM出演。メンバーは、緒方利菜(Vo.)、宮坂遼太郎(Per.)、宮田泰輔(Gt.)、荒川剛士(Gt.)、岩井百合香(Ba.)、樋口敏寛(Dr.)、斉木麻里衣(Cho.)、石居和人(Trp.)、堀田洋子(Trb.)、原田陽平(T.Sax)。
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