昨年、結成30周年を迎えたバンド、THE COLLECTORS。そのギタリストである古市コータローは、ギターをはじめ、洋服、食べ物に至るまで、さまざまな「こだわり」の男として知られている。昨年12月には、自らのルーツでもあるグループサウンズや昭和歌謡を、独自のセンスとアートワークによって一枚にまとめたコンピ盤『ピラニア通りのブルース』をリリースするなど、こだわりの男である彼の原点には、ある人物の漫画があったという。それが、『孤独のグルメ』の原作者として知られる久住昌之だ。
そんな古市のラブコールによって実現した今回の対談。いわゆる「懐古主義」ではなく、あくまでも「いま」の感覚で古きを尋ね、新しきを知る2人の男たちが語る「こだわりの美学」とは? そして、それがいまの我々に気づかせる、「本当に大事なもの」とは何なのか? 古市のいきつけの店であり、久住にとっても馴染み深いという東京・中野の名店「第二力酒造」で、酒を酌み交わしながら大いに語ってもらった。
自分ならではの「こだわり」を真面目に語るのが面白いんだって、久住さんの漫画を読んで知ったんです。(古市)
—古市さんは、久住さんの漫画の大ファンだそうですね。
古市:そうなんですよ。1980年の半ば頃、THE COLLECTORSのレコーディングをしていたスタジオに、たまたま泉昌之(泉晴紀と久住昌之のコンビ名)さんの『かっこいいスキヤキ』という漫画が置いてあって。僕は、昔、漫画家になりたかったぐらい漫画が好きだったんだけど……これを読んだとき結構ショックだったんですよね。
—どのあたりにショックを受けたのですか?
古市:表紙の絵を見る限りは、劇画だと思うわけです。で、ハードボイルドな感じの人物が出てきて、パッとページをめくると、いきなり弁当箱を上から見た絵が、丸々1ページ載っていて……。
久住:ははは、そうだね。
古市:それが結構、ショッキングだったんですよね。それ以来、ずっとファンで追っていて、持ってない漫画は一冊もないと思います。
左から:古市コータロー、久住昌之。ビールで乾杯からスタート。
久住:それはすごいですね。そういう人、久しぶりに会いましたよ。
古市:だから、考え方とか物事の見方の部分では、相当影響されていると思います。それこそ、スキヤキの食べ方のローテーションとか(笑)。そういう、自分ならではの「こだわり」を真面目に語るのが面白いんだって、久住さんの漫画を読んで知ったんです。
—古市さん自身も、かなり「こだわり」を持つ人として知られていますよね?
古市:そう、その原点になっていると思うんですよね。
(昭和は)いわゆる「あこがれ」みたいなものが、いまよりも強い時代だったと思うんです。(古市)
—昨年12月に出たコンピレーション盤『ピラニア通りのブルース』も、グループサウンズや昭和歌謡への古市さんの「こだわり」を感じます。
『ピラニア通りのブルース』(Amazonで見る)
久住:これ、僕も聴かせてもらいましたけど、すごく面白かったです。
古市:ありがとうございます。必ずしも、自分がリアルタイムで聴いていたというわけではないんですけど、「自分が本当にかっこいいと思っている音楽って何だろう?」って考えたら、やっぱりこの頃のサウンドになるんですよね。それを素直に集めてみました。
久住:これ、当時の面白い曲を、すごく面白い順番で並べていますよね。グループサウンズの流れのなかに、内田裕也や日野皓正が混じっていたりして。
—久住さんは、このへんの曲をリアルタイムで聴いていた世代になるのですか?
久住:グループサウンズは、僕が小学生の頃に流行っていましたけど……僕はあまり聴かなかったですね。むしろ、大人になって改めて聴いてみたら、面白かったという感じです。やっぱり、歌詞がヘンだなあとか(笑)。結構へんてこりんな歌詞のものが多いですよね。
—たしかに。この頃の歌詞や音楽のセンスって、どういう感じだったんでしょうね。
古市:やっぱり、いろんな部分でまだまだ未熟だったというか、情報が少なかったんだと思うんですよね。ただ、そうであるからこそのよさもあると思っていて。(昭和は)いわゆる「あこがれ」みたいなものが、いまよりも強い時代だったと思うんです。
このコンピ盤にも入っているジャッキー吉川とブルー・コメッツには、『ヨーロッパのブルー・コメッツ』(1968年)というアルバムがあって……それは、リスナーを疑似外国旅行に連れていくコンセプトのアルバムなんです。それぐらい外国に対するあこがれは強かったんだと思います。
久住:普通の人は、外国に行ったりしない時代だからね。海外に行くなんて、夢のような話だったから。でも、だからこそ、その分、想像力が働いて面白いんだよね。
古市:きっと、そうなんでしょうね。
久住:いまはYouTubeで何でも見れちゃう時代だし、実際に行くことも簡単じゃないですか。そうすると、「あこがれ」力みたいなものが出ないんですよね。
古市:このコンピ盤に入っている楽曲より少しあとの話になるけど、1975年に『Made in USA Catalogue』(読売新聞社)というムック本が出たり、そのあとに雑誌の『POPEYE』が創刊されたり(1976年、平凡出版 / 現マガジンハウス)とか、特にアメリカに対するあこがれが、当時はすごく強かったですよね。
昔をありがたがるような話をするのは、あんまり好きじゃないんですよ。(久住)
—そういう「あこがれ」力みたいなものが、いまは失われているというか……。
久住:いや、僕はね、そうやって、昔をありがたがるような話をするのは、あんまり好きじゃないんですよ。それよりも、いま面白いことをしたい。
この『ピラニア通りのブルース』を聴いて僕が面白いなって思ったのは、昔を懐かしんでないところなんです。そうではなく、あくまでもいまの感覚で、ちゃんと面白いものになっている。
—なるほど。
久住:さっき、古市さんが僕のデビュー作『かっこいいスキヤキ』の話をしてくれたけど……僕は、泉晴紀さんと一緒に「泉昌之」という名義でデビューしたんだけど、彼の描く絵は、その頃からすごく昔っぽい感じのする絵だったんですよね。いまどき、こんなに古い絵を描くなんて……だから逆に言ったら、これはもうこれ以上古くならないと思って。
古市:ちょっと、貸本時代の匂いがする絵ですよね。
久住:そうそう(笑)。で、この古い感じの絵のまま、いま面白いことを描いたら、きっと面白いんじゃないかと思ってやったのが、あの漫画なんですよ。
当時から僕は、どうしても流行りっていうものが好きじゃなくて。流行りは、いつか必ず終わってしまうでしょ? で、「こういう漫画の話を書いたんだけど」ってコンテを見せたら、泉さんも面白がってくれたんですよ。「これを俺がきっちり劇画にしたら、絶対面白い」って。それでデビューできたんです。
古市:それが『夜行』(泉昌之のデビュー作。『かっこいいスキヤキ』収録)になるんですか?
久住:そうです。友だちと飲んでいるときに、「俺、飯食うときに、食べる順番とか考えちゃうんだよね」みたいなことを話したことがあって。たとえば、カレーライスだったら、このペースで食べていくと、ご飯が余ってカレーが足りなくなるから、福神漬けでご飯を食べて、ちょっとご飯を減らしたりとか……。
—すでにその頃から、『孤独のグルメ』のような(笑)。
久住:そうそう(笑)。「そういうこと考えるよね?」って友だちに言ったら、「バカ、何くだらないこと言ってんだよ」って言われたりして(笑)。だけど、その翌日に「あれをきっちり漫画にしたら面白くないかな?」ってそいつに言ったら、「面白い」って言ってくれたんですよね。
で、しばらく経ってから泉さんが描いた絵を見て、それを思い出したんです。「この絵で、あれをやったら面白いんじゃないか」って。
古市:ほぉ~! そういう発想から始まっていたんですね。
「いい店・やれる店」とか、星がいくつとかじゃない食べ物の漫画が描けないかって話がきたのが『孤独のグルメ』の始まり。(久住)
—『孤独のグルメ』は、どういう発想からスタートしたんですか?
久住:バブルの終わりかけにグルメブームというのがあったんだけど、編集者がそれをすごく嫌がっていたんですよね。「いい店・やれる店」とか、星がいくつとか、ホントに嫌な流行だって言っていて。で、そうじゃない食べ物の漫画を描けないかっていうので、僕のところに話がきたんです。
—連載当時のリアクションは、どんな感じだったんですか?
久住:『かっこいいスキヤキ』も『孤独のグルメ』も、一部の人がすごく面白いって言ってくれたけど、あとは冷たいもんでしたよ。何が言いたいのかわからない、ものすごく地味な漫画だ、みたいなことを言われたり。最初はもう散々でした。
—それが長いときを経て、2012年にはドラマ化されて……この4月からはシーズン7が始まるほどの人気シリーズになりました。それについては、どのように感じているのですか?
ドラマ24『孤独のグルメ Season7』©テレビ東京/久住昌之・谷口ジロー・fusosha 2018(サイトを見る)
ドラマ24『孤独のグルメ Season7』©テレビ東京/久住昌之・谷口ジロー・fusosha 2018(サイトを見る)
ドラマ24『孤独のグルメ Season7』©テレビ東京/久住昌之・谷口ジロー・fusosha 2018(サイトを見る)
久住:話を書いてから10年以上も経ってからの話なんでね。書いた直後にドラマ化してくれたら、「おおっ」ってなったかもしれないけど、もう冷静にはなっていましたよね。でも、長く売れ続けていることは、すごく嬉しいですね。
—最初に単行本が出たのが1997年だから、もう20年以上のロングセラーですよね。
久住:ビックリですよね(笑)。ただ、そんなにビッグヒットではないですよ。ちまちま少部数で増刷してるぐらいの感じなので。2000年に文庫化してから、ようやく売れるようになったんです。
『孤独のグルメ』のドラマを作るのは、もうとにかく面倒くさいんですよ。(久住)
—それにしても、『孤独のグルメ』のドラマは、なぜこれほどまで人気が出たのでしょう?
久住:知りませんよ(笑)。みなさんが、どう面白いと思っているかなんて、僕は知りません。僕はただ、自分が面白いと思っているから、やっているだけであって。
ドラマ版は、いまある現役の店でやっているわけですけど、とくに古い店がいいとも別に言ってないですしね。まだ2年しか経ってないような新しい店も登場するし。
—お店はどういった基準で選ばれているんですか?
久住:あの話は、全部、主人公(井之頭五郎)が偶然入る店なんですよね。あらかじめ店を調べてから行くのではなく、どこかの町にいて、腹が減ってどうしようってなって、そのあたりの店を探すっていう。で、そうやって偶然入った店で、小さなドラマが生まれるわけじゃないですか。まあ、主に主人公の頭の中の話なんだけど(笑)。
いまは、みんな調べるでしょう。店があったら、入る前に「ここはどうかな?」ってスマホで検索したりして。僕に言わせたら、そんなの全然勝負じゃないですよ。保険を打って入っているわけだから。
古市:やっぱり、そういう思考に面白さがありますよね。前情報を入れずに、気になるお店に入ったりする「勝負」を面白がれるというか。個人的には、そこにすごく共感してしまうんです。ツアー中、それはもう、毎日のことですから。
久住:『孤独のグルメ』のドラマを作るのは、もうとにかく面倒くさいんですよ。まず店を見つけるのが、すごく大変なんです。スタッフには、「ネットに頼らずに」って言ってあるから、みんな歩き回って必死で探すんですよ。
—ドラマに登場するお店は、全部スタッフが自分たちの足で探しているんですね。
久住:そう、みんな「勝負」してるんですよ。放送が決まると、スタッフ全員でいろんな店を出し合って、よさそうだってなったら、今度はその店に行ったやつが、もうひとり連れて、その店に行くんです。で、またみんなで相談して、「ここはドラマにできそうだ」ってなったら、今度は4人とか5人で行って、いままで頼んでなかったメニューを、とにかく全部頼んで食べてみるんです。
それで、「絶対いける」ってなったら、そこで初めて「実は、『孤独のグルメ』というドラマを作っている者なんですけど……」って言って、お店の人に交渉を始めるんです。
—そんなに手間暇を掛けているんですね。
久住:そうやって店が決まったら、そこに役者を連れて行って撮影をする。普通のグルメ番組だったら、出してくれるものを「うまい!」とか言って食べて終わりなんだけど、『孤独のグルメ』は最後に松重(豊)さんのモノローグを録る。松重さんの台詞だけは、僕が全部直すんです。もう、ほとんど真っ赤になるぐらいに。
古市:へー!
久住:肉が「ジューシー」とか「柔らかい」とか、そういう言い回しは全部ダメ。で、最後にそのモノローグをのっけて、ようやく完成するっていう。そうやって、毎回何重にも、時間と手間を掛けて作っているんです。
古市:そういうのが、見ている側にも、きっと伝わってくるんでしょうね。
久住:そう。そこには流行りとか、昔を懐かしむとかは、まったくないんです。いま面白いものを、みんなで真剣に探しているし、できたらそれが普遍的なものであってほしい。いま面白いとか美味しいと思ったものが、10年経ってもそう見えるようなものを作りたいと思ってやっているんですよね。
僕は、「時短」とかいう言葉も大嫌いで。(久住)
—だから『孤独のグルメ』は、これほどまでに愛され続けているんでしょうね。
久住:だから、さっきも言いましたけど、僕は昔の話をするのが好きじゃないんです。たとえば、The Beatlesの話を一生懸命、難しく解説するおやじとかいるじゃないですか。それよりも、「いま面白いものって何だろう?」って考えたほうが、ずっと建設的だと僕は思うんですよね。
古市:もちろん、僕もこのコンピ盤を「僕の思い出の曲を聴いてください」って作っているわけじゃないんです。それを、「こういう感じで聴いてみたら、面白いんじゃない?」って伝えたいものであって。
だから、今回はアートワークとかも、すごくこだわらせてもらったんです。やっぱり、いまCD屋に置かれて、ちゃんとかっこいいと思えるものにしたかったので。
久住:このジャケット写真はなに?
『ピラニア通りのブルース』(Amazonで見る)
古市:昔、カミナリ族(日本の昭和30~40年代を中心に、オートバイで高速走行することを嗜好していた人達)っていたじゃないですか? この写真は、カミナリ族のチームが海に行ったときの写真なんですよね。
久住:これ、すごくいい写真だよね。当時の感じとか雰囲気が、すごくよく出てる。
古市:結構うまくいったなって、自分でも思ってます(笑)。やっぱり、適当なものは、絶対に作りたくなかったんですよね。こういうコンピ盤って、結構適当なものが多いじゃないですか。
久住:うんうん、わかる。適当に時代で区切っただけのものとかね。
古市:そう。だからこそ、曲順から何から徹底的にこだわりたかったんです。普通の編集盤みたいな感じで捉えられたくなかったんですよね。
久住:そこでやっぱり、いろいろ工夫したり考えたりするわけじゃないですか。そこがいいんですよね。やっぱりさ、面白いものを作るには、それなりに手間暇が掛かるんだよ。
古市:そうですよね。
久住:僕は、「時短」とかいう言葉も大嫌いで。面白いものを作るには、時間が掛かるんですよ。それは、谷口(ジロー)さん(漫画『孤独のグルメ』の作画を担当)が教えてくれたことでもあって……谷口さんの漫画って、たった8ページの『孤独のグルメ』の連載を、アシスタント3人ぐらい使って、1週間掛けて描くんですよ。
そういうふうに時間をかけて丁寧に作ってきたからこそ、いまでも読んでもらえてるんですよね。『孤独のグルメ』の漫画は、いま10か国ぐらいで翻訳されているんだけど、だからこそ、そうやっていろんな人に届いていると思う。
—ドラマも、すごく手間をかけて作られていることがわかりました。
久住:ドラマのスタッフたちは、原作本をものすごく読んでいるから、ちゃんと時間を掛けて丁寧に作ろうっていうところも、きっと無意識のうちに伝わっているんだと思うんです。大事なのは、やっぱりそこなんだと思うんですよね。
- リリース情報
-
- 『ピラニア通りのブルース』
-
2017年12月20日(水)発売
価格:3,240円
COCP-402091.悪魔のベイビー / 寺内 タケシ&バニーズ
2.風とオトコのコ / 弘田三枝子
3.サイケな街 / 万里れい子
4.人生は気まぐれ / ザ・ゴールデン・カップス
5.サイケデリック・マン / ジャッキー吉川とブル・ーコメッツ
6.KISS ~K・I・ダブルS~ / 万里れい子
7.ブラインド・バード / ザ・モップス
8.ラスト・チャンス / 内田裕也とザ・フラワーズ
9.スネイク・ヒップ / 日野皓正クインテット
10.クールな恋 / ザ・ゴールデン・カップス
11.欲ばりな恋 / ザ・モージョ
12.ロンリーガール / ザ・サマーズ
13.イエス・ノー・イエス / ザ・クラックナッツ
14.クレイジー・ミッドナイト / ザ・モージョ
15.電話でいいから / アウト・キャスト
- 番組情報
-
- ドラマ24『孤独のグルメ Season7』
-
2018年4月6日(金)から毎週金曜深夜0:12~テレビ東京などで放送
原作:久住昌之原作、谷口ジロー作画『孤独のグルメ』(扶桑社)
出演:
松重豊
ほか
- プロフィール
-
- 古市コータロー (ふるいち こーたろー)
-
THE COLLECTORSのギタリストとして1987年『僕はコレクター』でメジャーデビュー。以来THE COLLECTORSとして22枚のオリジナルアルバムをリリース。2017年3月1日に行われた初の日本武道館ワンマンライブも大成功を収める。同6月よりキャリア最長となる全国32ヵ所に渡るツアーを行う等、デビュー30周年も精力的に活動。2018年は1月から12ヶ月間渋谷CLUB QUATTROでのマンスリーライブが決定している。
- 久住昌之 (くすみ まさゆき)
-
1958年7月15日、東京・三鷹生まれ。法政大学社会学部卒。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。泉昌之名義では、デビュー作にしてロングセラーの単行本「かっこいいスキヤキ」他、「ダンドリくん」「豪快さんだ!」など単行本多数。谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」は、2012年にTVドラマ化され、season7決定。劇中全ての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-