新緑のまぶしい季節に信州のキャンプ場「こだまの森」にて、毎年開催されていた『TAICOCLUB』が2018年で最後を迎えた。ほどよくコンパクトで快適な環境と、ヒネリの効いたラインナップでリピーターを増やし続け、映画『モテキ』の舞台としても一躍有名になった、この良質なイベントがなくなってしまうのは、なんとも寂しいものがある。
……と、思っていたところに朗報が。なんと、来年から同じく「こだまの森」で、『TAICOCLUB』創設メンバーによる新イベントがスタートするという。その名も『FFKT』。『the Festival Formerly Known as TAICOCLUB』(=かつてTAICOCLUBと呼ばれたフェスティバル)と名付けられたこの新しいイベントは、『TAICOCLUB』とどこが違って、どこが変わらないのか。なにより、なぜ装いも新たに再スタートを切らなければならなかったのか。
今回、『FFKT』の開催にあたって、その資金をクラウドファンディングでも募るという。『TAICOCLUB』終了から新イベント発足への経緯にまつわる「真意」を伺うべく、『TAICOCLUB』創設メンバーであり、『FFKT』主催者である森田健太郎に会いに行った。
環境の変化や、組織内のコミュニケーションの問題によって、自分の思うようなイベントがしづらくなった。
—2006年からスタートした『TAICOCLUB』ですが、惜しくも今年が最後の開催となりました。まずは、やめることになった経緯から率直にお聞かせいただけますか?
森田:まず、共同で運営してきたパートナーとビジョンが異なるようになってしまったこと、それにつきます。13年一緒にやってきたので、彼にはとても感謝していますが、彼がフェスティバルをやめたいと言い出したことに対して、もはや反論できないほど、ビジョンや価値観を共有できなくなっていたんです。
—この13年間で、『TAICOCLUB』を取り巻く状況はどのように変わってしまったのでしょう?
森田:本当に、いろんなことが大きく変わりました。まず、海外アクトのギャランティーがすごく高くなってしまった。発足当時は、今よりもギャラが格段に安かったんです。今や世界中で毎週のようにフェスがありますが、当時は世界的に見てもそんなにフェスがなかったし、アーティストを呼びやすかったんですよ。今は海外アーティストのギャラが桁違いに高くなってしまって、『TAICOCLUB』の動員と売上げではとても太刀打ちできない状況になってしまった。
そうした対外的な環境の変化や、組織内のコミュニケーションの問題という対内的な理由によって、自分の思うようなイベントがしづらくなってきたというのがあります。必然的に「僕らしさ」を少しずつ出しにくくなってきて。
—「森田さんらしさ」を出しづらくなったのは、フェス市場だけでなく『TAICOCLUB』自体の規模が大きくなっていったから、というのもありますか?
森田:それもあるかもしれません。なによりも組織内のコミュニケーションの問題が大きかったように思います。人間が複数集まれば考えが違うというのは当たり前の話で、決定事項に従って動くのは大人としての最低限のマナーですから、それで大きく衝突したとかではないんですけどね。自分としても当然、折り合いをつけてやってはきたのですが、そうすることで、当初『TAICOCLUB』にあった「らしさ」というものは、どうしても薄まってしまったと感じていました。
フェスでなければできないこと、『TAICOCLUB』の経験を経た僕にしかできないことがある。
—『TAICOCLUB』が終わることが決まった時点で、すぐに『FFKT』を立ち上げようと思い立ったのですか?
森田:いや、最初は「この先どうしようか?」という感じでした。やめることが決まってから7~8か月くらい経って、「もう1度やろうかな」「またできるかもしれないな」と自然に思えるようになって。そうしたら、少しずついろんなアイデアも浮かんできたんです。「こんなことしたら楽しいだろうな」「ひょっとしたらこんなことができるかも」という具合に。そしてそれは、フェスでなければできないことで、『TAICOCLUB』の経験を経た僕にしかできないことだと思えるようになりました。
—再出発するにあたって、森田さんが最もやりたいことというのは?
森田:とにかく「僕のテイスト」を盛り込もうと思いました。それを失ったというのが僕なりの『TAICOCLUB』の反省点だし、そもそも主催者の顔がはっきりと見えて、アイデンティティーをしっかりと感じてもらえなければ、面白いイベントを作ることはできないと思います。そして、そうすることが「なぜまたやるのか?」というみなさんの疑問への、真正面からの回答だと思うんです。
具体的には、たとえば、知名度が低いアーティストでも『FFKT』としてプッシュしたいアーティストに出てもらいたいと思っています。フェスを運営していると、どうしても「お客さんが期待するアーティスト」「集客の見込みがあるアーティスト」に頼ってしまいがちなのですが、もっと初期衝動に忠実に物事を決めていきたいなと。
森田とともに『FFKT』に携わる、元『TAICOCLUB』メンバー。左から:大谷飛太、岡田彰、森田健太郎
—主催者目線でキュレートしていくような。
森田:そうです。今まで2つだったステージを4つにして、小さなステージを設ける予定です。そうすることで、よりインディペンデントなアーティストを増やそうと考えています。いいところは残しつつ、変えられるところはどんどん変えて、『TAICOCLUB』をアップデートしたフェスにしていきたいと思っていますね。
本来出会うはずじゃなかった人たちが、『FFKT』を起点として出会っていく。そういうのが、ロマンティックというか(笑)。
—『FFKT』のオフィシャルサイトにて公開されたステートメントによると、現代アーティストにフォーカスをあてるというのも、『TAICOCLUB』からの変化ですよね。今年は今津景さんの作品を、メインビジュアルとしてフィーチャーしています。
森田:彼女にお願いすることが、まさに「自分の初期衝動に忠実に」という『FFKT』の方針の象徴です。実は、数年前から今津さんの作品のファンだったのですが、作品以外の情報はなにも知らなくて。でも、『FFKT』を開催することになって、彼女のホームページから突然メールを送ったんです。いきなりのお願いにも関わらずご快諾くださって本当に感謝しかないのですが、文脈もなにもなく、「ただ彼女の作品が好きだから」お願いする、ということがなにより重要でした。
そもそも、現代アーティストの作品を見る機会って、なかなかないじゃないですか。今津さんの作品は、海外の美術館にも所蔵されていたり、大規模なアートフェアに招聘されたりもしているのですが、なかなか彼女の作品にたどり着くまでにはハードルがあると思うんです。それを、自分たちのフェスで紹介することで、より多くの人に偶然知ってもらえるようにしたいなと。今後ともいろいろなアーティストの方とご一緒させていただければと考えています。
『FFKT』メインビジュアル。今津景の作品を起用している(サイトを見る)
—『FFKT』を「出会う場」として設計したかったと。
森田:そうですね。アジア圏のアーティストを呼びたいと思ったのも、同じ理由からです。僕らは日本に住んでいて、「海外の音楽」といえば欧米の音楽に偏重しているのはおかしいんじゃないか? という気持ちが前々からあったんです。韓国はもちろん、タイやベトナムなど、他のアジア圏にも素晴らしいアーティストはたくさんいます。
フェスだけじゃなく、これからMixcloudで始める「Radio FFKT」でも、アジアのアーティストをできるだけ紹介していきたいと思っています。たとえばベトナム人DJの音源を聴きに「FFKT Radio」のサイトをベトナムの人が開くと、今津さんの作品が背景に使われていて、その絵がベトナムの音楽ファンの目に留まる。本来出会うはずじゃなかった人たちが、『FFKT』を起点として出会っていく。そういうのがなんだか、ロマンティックというか(笑)、やっていて嬉しいなと思える瞬間なんですよね。
自分がお客さんの立場だったときに、どういうフェスだと居心地よく感じるかを想像して、愚直にやるしかない。
—『TAICOCLUB』を発足した当初は、森田さんの描くロマンが実現できていたといえますか? もともとは森田さんが25歳のときに、友人と3人で始めたそうですね。
森田:当時、僕らが好きで遊びに行くフェスというと『METAMORPHOSE』くらいで、あとはレイヴサイズの200~300人規模のものしかなかったんです。「もっとフェスに行きたいよね」「多分、みんなそう思ってるよね」「じゃあ作っちゃえ」みたいな、割と軽いノリで。今考えるとちょっと恐ろしいですけどね(笑)。
その前にも僕は、代官山UNITなどで海外のアーティストを呼んでイベントを主催したことがあったんです。なので海外のエージェントとも付き合いがあったし、若干のノウハウはあって。もちろん、有名なアーティストを何組もまとめて呼ぶなんてことは初めての経験でしたけど。
—ラインナップに関しては、当時、どういう理想を持っていたのでしょう?
森田:その頃から「垣根を超える」みたいなことは意識していたと思います。たとえばクボタタケシさんのDJなんて本当に垣根もなにもないし、最後にはとてもハッピーな気分になれる。DJって、この曲とこの曲を繋げて、こういう流れを作って世界観を提示する……ということをしているわけじゃないですか。僕はそれを、フェスのタイムテーブルで作ってみたんだと思います。レコードとレコードではなく、「アーティストとアーティストをどう繋げて、どんな世界観を見せるか?」という感じでしょうか。
—それこそが、他のフェスでは出せない「森田さんのテイスト」であったと。
森田:そう思います。自分のいいところも悪いところも、能力の限界もすべて出ていたと思うんです。人の曲を使ってDJが自分の世界観を描くように。そこがイベント主催の醍醐味といえるかもしれないですね。
—ラインナップ以外での「『TAICOCUB』らしさ」は、どういうところにあったといえますか?
森田:まずはフェスやレイヴのハードルを下げて、みんながもっと気軽に楽しめるカジュアルなフェスにしたいという気持ちがありました。それから、制限もできる限りしたくなかった。飲食物を入口で没収するとか、そういうことも一切しない。持ち込みを許すと、会場内での売上に響いてしまうんですけど、そこはあえて頑張りました。
あと、最初の頃は「業界関係者へのゲスト(無料招待)は絶対に出さない」と決めていましたね。自分がお客さんの立場だったときに、どういうフェスだと居心地よく感じるかを想像して、そこに向けて愚直にやるしかないと思っていたんです。
—会場である「こだまの森」はどのように決まったのですか?
森田:駐車場があって、平面で広い土地があり、しかも緑の多い環境となると、やはりスキー場やキャンプ場になるんですよね。よさそうなロケーションを見つけては、片っ端から電話をしていきました。100軒近く連絡した記憶がありますが、13年も前なので忘れました(笑)。
音楽フェスって、新しい文化かもしれないけど、昔からあった祭りと地続きなのだと考えているんです。
—13年前に一から『TAICOCLUB』を立ち上げたときと、今回『FFKT』を立ち上げるときとでは、初心に戻るような部分もあれば、コンセプトが違うところもあるといえそうですね。
森田:そうですね。ただ、初心に返る部分が大きい気がします。コンセプトが違うというよりも、自分自身のコアの部分は変わらないけど、年齢も重ねていますし、環境の変化にもあわせてやり方を変えるという感じでしょうか。
垣根を超えることを意識していたと言いましたが、『TAICOCLUB』でしかできなかったことは「この手の音楽が好きな人たちが集まる」という空間を作ることではなかったなと。もちろん僕はそういうイベントも好きでよく行きます。でも、自分にしかできないことはなにかを考えると、やっぱりなにかセッションのような、偶然の出会いのようなものがほしいなと思ったんです。異なる人々が偶然、異なる音楽や、日常とは異なる瞬間に、意図せず出会ってしまうような。『FFKT』も、そういう偶然の機会がたくさん起きる場にしたいですね。
—それがアートと音楽だったり、日本とアジアだったりするわけですね。
森田:そうですね。そもそも「フェスティバル=祭り」を歴史的に考えると、当然のことだと思うんです。「無礼講」とか「ハレとケ」とか、「聖なるものとの出会い」とか、祭りの意義っていろいろあると思うんですけど、既存の価値体系がひっくり返る、日常が活性化される、というのが祭りであって、それは現代のフェスにおける高揚感、ラブ&ピースなどに繋がっていると思います。音楽フェスって、新しい文化かもしれないけど、昔からあった祭りと地続きなのだと考えているんです。
クラウドファンディングを通して、「こだまの森」でのフェスに熱い想いを持ってくださっているお客さんたちと交流できたら嬉しいなと思ったんです。
—今回、クラウドファンディングを実施することにした理由は?
森田:今回、僕が『FFKT』というフェスをなぜ立ち上げたのか、唐突に思う方もきっと多いと思うんですね。僕は人目に付きたいほうではないので(笑)、あまり表立って発信することがなかったんですけど、ここはしっかりメッセージを出さないと、みなさんに届かないんじゃないかと。もちろん、資金という形でみなさんにご協力いただくのも有難いんですけど、まずはメッセージを発信したかったんです。とはいえ、僕が自分のFacebookに書き込んだところで限界がありますし。
—ご自身の思いを発信する目的としても、プロジェクトを立ち上げたと。
森田:そうですね。もちろんそれだけでなく、『TAICOCLUB』以来「こだまの森」でのフェスに熱い想いを持ってくださっているお客さんたちと交流できたら嬉しいなと思ったんです。チケットを販売するだけでなく、「こだまの森」でのフェスを好きでいてくださる方々に、もっと深く関わっていただけたらなと。
こだまの森。『<FFKT>TAICOCLUB創設者による新しいフェス、「こだまの森」で開催決定』(クラウドファンディングプロジェクトページを見る)
—リターンの内容は、どのように考えたのでしょう?
森田:会場で快適に過ごしていただけるよう、近くの駐車場に停めていただけるようにしたり、キャンプ場もよりいい場所を確保できるようにしたり。会場内にコテージがあるんですけど、そこも解放したいと思っています。フードやドリンクも、今までの「フェス飯」を超えるような、まったく新しいものにしようと考えていますね。
—「スタッフパスを付けて運営参加」というリターンもユニークですよね。
森田:これはCAMPFIREさんからの提案だったのですが、是非やりたいなと思いました。というのも、フェスのことを勉強したい若い人が、結構いるらしくて。そういう人たちが、フェスを実際に楽しみながら学ぶ場になったらいいなと。
—若い人たちの音楽への接し方が、「CDを買う」から「ライブやフェスへ行く」というふうに移り変わっていったのも大きいのかもしれないですね。森田さんが、こうやって表立って声明を出す意味や意義も大きくなっている気がします。
森田:がんばります(笑)。あと、これまで以上に女性やLGBTの方、外国の方が快適で過ごしやすい場にしていきたいとも思っているんです。ラインナップもあえて意識しているわけではないのですが、女性アーティストが多くなっていくと思います。ただ、そこをどう打ち出していけばいいのかは今のところ検討中で。あからさまにアピールするのもちょっと違うのかなと思うし。そこは今後の課題ですね。
—日本ではどうしても「政治や社会問題を音楽に持ち込むな」みたいな話になりがちですが、『コーチェラ』(アメリカ合衆国カリフォルニア州にて開催されるフェス。参考記事:ビヨンセがコーチェラで魅せた「Beychella」の歴史的意義。紋章を解読)などでは女性や黒人の権利をパフォーマンスで訴えたりしているし、是非とも『FFKT』が日本のフェスにおける突破口になってほしいなと思います。
森田:そうですね。僕は学生の頃、現代政治哲学を専攻していたので、その辺はいろいろ思うところがあります(笑)。まずは、さっきも話したように、異なるものや価値が出会う場であってほしいし、出会うはずではなかったものが出会うフェスティバルとすることで、世界の多様性に少しでも貢献することができたらと考えています。
『<FFKT>TAICOCLUB創設者による新しいフェス、「こだまの森」で開催決定』(クラウドファンディングプロジェクトページを見る)
- プロジェクト情報
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- 『<FFKT>TAICOCLUB創設者による新しいフェス、「こだまの森」で開催決定』
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クラウドファンディングプロジェクトの支援募集は、2018年8月23日(木)23:59まで。
- イベント情報
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- 『FFKT』
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2019年6月1日(土)、6月2日(日)
会場:長野県 木曽郡木祖村 こだまの森
- プロフィール
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- 森田健太郎 (もりた けんたろう)
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1979年生まれ。25歳のとき『TAICOCLUB』を創設し、ブッキングや音楽ディレクションを担当してきた。『taicoclub'18』をもって同イベントを脱退。2019年6月より長野県木曽郡木祖村「こだまの森」で新しいフェスティバル『FFKT』を創設する。
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