8月20日に「台湾の音楽のいまが体験できるイベント」として『2018 TAIWAN BEATS』が渋谷WWW Xで開催され、今年の『SUMMER SONIC』にも出演したクラウド・ルー(盧廣仲)とFire EX.(滅火器)に、Sunset Rollercoaster(落日飛車)を加えた3組が熱演を繰り広げた。こうしたイベントは、中国や韓国、タイなども含めた日本とアジアの音楽市場の接近を示す一例であり、最近は日本のバンドがアジア圏でライブをする機会も非常に多くなっている。
そんな現状を紐解くべく、国内外のフェスに多数出演している台湾を代表するメタルバンドCHTHONICのドリス・イエと、ライブハウス・新代田FEVERの店長・西村等との対談を実施。ドリスは台湾最大級のロックフェス『Megaport Festival』のオーガナイザーでもあり、国内のバンドの海外進出を手助けする活動をしてきた台湾音楽界のキーパーソンの1人。一方の西村も、近年アジアの各地へ積極的に足を運び、今年3月には日本のバンドを連れて、『FEVER TOURS in Thailand 2018』を成功させている。2人の対話から、「国」と「個人」がダイナミックに絡み合う、アジアの今を感じてもらいたい。
バンドによっては、地方よりも台湾のほうが聴かれてるケースもある。(西村)
—ドリスさんはどのように『TAIWAN BEATS』に関わるようになったのでしょうか?
ドリス:私は大学生のときからバンド活動をする一方で、ライブハウスの運営など裏方としてもいろんなことをやってきたんです。『TAIWAN BEATS』には、5年前に政府から声がかかって関わるようになりました。当時、台湾のバンドをどうやって海外に広めていくかを悩んでいたようで、すでに海外で活動していたCHTHONICのメンバーとして、アドバイスを求められました。
近年は国内で『Megaport Festival』に関わりつつ、台湾のバンドが国外のフェスに出演するための手助けをしています。日本では、『FUJI ROCK FESTIVAL』や『SUMMER SONIC』、今年は『SYNCHRONICITY』と実績はいろいろありますね。
—台湾のフェス市場は現在どのくらいの規模感なのでしょうか?
ドリス:近年の台湾のフェス市場は非常に活発で、規模も内容も多様化してきていて、参加者も数百人から数万人まで幅広くあります。ロックフェスだと、『Megaport Festival』はインディーズファンにウケがよくて、参加者は3万人以上。そのほか、『Spring Scream』は台湾国内のインディーズアーティストがメインで、参加者は1万人以上、政府開催の『Ho-hai-yan Rock Festival』は、ポップカルチャーとアーティストコンテストを売りにしています。
—西村さんがアジアの動きに興味を持つようになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
西村:新代田FEVERは来年で10年目なんですけど、営業が安定してきた3年目くらいに、たまたまタイの方から「ライブハウスを個人で経営していることに興味がある」っていう相談を受けたんです。タイって、それまでライブハウスがなかったみたいで。喫茶店とか街中とか、どこでもライブをやっちゃうから、「ライブハウス文化」っていうものがなかったんです。
でも、個人でライブハウスをやってる人って、日本でもかなり少ないんですよ。だから僕のところに話が来て。そういうことがきっかけで、アジアのライブハウス事情が気になって、それからいろんな国に行ってみるようになりましたね。
『FEVER TOURS in Thailand 2018』より。演奏しているのはタイのポストロックバンド、Inspirative。会場はバンコクのRockademy
—ドリスさんは近年の日本と台湾のバンドの往来について、どのような変化を感じていますか?
ドリス:一昔前は、フェスのブッキングのために日本のバンドに声をかけても、出演を断られていたんです。当時の日本のバンドは「日本のなかだけでいいや」って感じだったのかなって。でも、最近は声をかけるとみんな興味を持ってくれて、アーティストサイドの対応がすごく変わった感じがします。
西村:最近日本でもSpotifyが伸びてきていますけど、Spotifyを使えばどこの国で聴かれているかをチェックできるじゃないですか? なので、自分の周りのアーティストからも「最近台湾でよく聴かれてるみたいで、ライブしに行きたいんですけど、相談に乗ってくれませんか?」みたいな話をされるようになりました。変な話、バンドによっては地方よりも台湾のほうが聴かれてるケースもあるので、ライブしに行ってお客さんが1人もいないってことはないだろうって。
ネットは情報収集のツールで、ビジネスを生んだり、バンドがその国で受け入れられるために必要なのは、やっぱり人とのつながりかなって。(西村)
ドリス:やっぱり、この10年の一番大きな変化はインターネットですよね。今はレコード会社に所属しなくても、自分から発信できるようになった。CHTHONICも以前はユニバーサル・ミュージック傘下のレーベル(「Spinefarm」)に所属していたので、欧米のリスナーにアプローチするためのサポートをしてもらっていて。それは大きなことだったんですけど、今年の10月に出す新しいアルバムは、これまでの人脈を使って、自分たちで出すことにしたんです。逆に、ブッキングをする側としては、興味あるアーティストに直接声をかけられるので、以前よりダイレクトに関係作りができるなと思っています。
西村:アジアではFacebookの力が大きいですよね。日本国内ではちょっと弱い印象があるけど、アジアに行ってるバンドはFacebookでの告知を頑張ってる気がします。
ドリス:ただ、そうやって誰でもマーケットに入っていけるとはいえ、バンドのレベルはかなりバラバラなので、その分目利きが大事になってきていると思います。コーディネーターにしても、なろうと思えば誰でもなれるので、今はいい人材を探すのが難しいんですよね。
西村:たしかに。そこは難しいところですよね。だからこそ、自分のスタンスとして、まずその国に行って、話を聞いて、友達を作るようにしているんです。信頼できる知り合いの紹介だったら、とりあえず会いに行ってみる。最終的に一番強いのは人のつながりだと思うんです。
ネットはあくまで情報収集のツールで、ビジネスを生んだり、バンドがその国で受け入れられたりするために必要なのは、やっぱり人とのつながりかなって。まあ、バンドの場合はそれ以前にやってる音楽がかっこよくないと見向きもされないから、結局そこが一番ですけど。そう考えると、いくら環境が変わったとはいえ、根本は変わってないとも思ってます。
ドリス:西村さんは人に会うだけのために違う国に行ったりもするんですか?
西村:はい。なので、正直コスパは悪いです(笑)。ただ、やる価値はあると思ってます。僕はライブハウスの人間なので、バンドを直接観ないことには評価できないんですよ。ブッキングの相談をするにも、ライブを観てからじゃないと何も言えない。ただ1回ライブを観ただけで判断するのは難しくて、本当は何度か観たいんですよね。そういう意味でも、コスパはよくないです(笑)。
ドリス:台湾の若いバンドを日本に連れていったりもしてるんですか?
西村:いや、まずは1回ライブを観て、それからどうコミュニケーションを取っていこうかってところで試行錯誤していますね。たとえば、実例はまだないですけど、いずれは台湾で集客が20人のバンドを日本に連れていくこともしたいですし、逆に、日本でお客さん20~30人しか呼べなくても、台湾では500人集められる日本人のバンドを育てたい気持ちはすごくあります。
台湾の人たちにとっては、もともと日本語の曲に対して馴染があるんです。(ドリス)
ドリス:この10年くらいで、言語に対する感覚も大きく変わった気がします。前は海外進出するなら英語の曲を作るのが一番早かったけど、今は逆で、母国の言語で歌ったほうが国境を超えていける感覚がある。韓国がいい例ですけど(参考記事:なぜBTSだったのか。全米1位の背景や意義を米Billboardコラムニストに訊く)、日本もそうなんじゃないですか?
西村:英語圏に行くから英語の歌を作ろうっていう発想自体が間違ってるんじゃないか? って議論は昔からありましたよね。そもそも日本人が海外の音楽を当たり前に聴いている状況からも、音楽そのもののクオリティーを上げることのほうが大事だろうって。たとえば、ずっと海外の音楽しか聴いてなくて、英語がペラペラで、英語のほうが作りやすいならそれでいいと思うけど、英語をしゃべれない人が勉強しながら作るのは無理があるじゃないですか?
—たとえば、日本語で歌っているインディーバンドで、最近台湾で人気のバンドというと、どんな名前が挙がりますか?
ドリス:Yogee New Wavesやnever young beachが人気ですね。
—以前からアジア圏では日本のポストロックの人気が高くて、「言葉がないからこそ伝わりやすい」という言説がありました。今年、MONOやenvyといったバンドたちが主催する『After Hours』が初めて台北でも開催されて、すぐにチケットがソールドアウトになったように、今でもポストロック人気は高いのだと思いますが、その一方で、歌モノのバンドも人気が出てきたのは、時代感の表れと言えるのでしょうか?
ドリス:それに関しては、歴史の話とも関わってくるんですけど、台湾の人たちにとっては、もともと日本語の曲に対して馴染があるんです。ほかの国だと、違う言語は最初受け入れられづらいかもしれないですけど、台湾では多くの人が小さい頃から日本語のテレビ番組を見ていて、日本語の曲も聴いているから、意味はわからなくても、何となく馴染みがある。日本のバンドの台湾進出でいうと、もともと日本語に対する違和感がないからこそ、その音楽自体が興味深いかどうかが大事なんですよね。そこは昔から変わってないんじゃないかと思います。
たぶん、アジアでライブをすることが、近年の日本の音楽業界のトレンドになってるんだと思うんです。(西村)
—ドリスさんが『TAIWAN BEATS』に関わるようになったのは政府から声がかかったからというお話でしたが、現在の台湾は行政が文化の振興に力を入れているのでしょうか?
ドリス:台湾はこれまでIT産業に力を入れてきたんですけど、それなりにお金を使っても、あまり上手くブランディングができなかったんです。そこで、もっと文化に、特に音楽に力を入れたほうが効果的なんじゃないかという方向にシフトしてきました。たとえば、私は子どもの頃から酒井法子さんの曲が大好きで、『Megaport Festival』にも呼んだことがあるんですけど、私は彼女の影響で日本にも興味を持ったんですよね。音楽の力ってそれくらい大きい。なので、近年は音楽のための補助金がすごく増えています。
西村:補助金制度は日本でも一部で注目されていて。さっき話にあがった『After Hours』にも出演していたLITEの武田(信幸)くんは行政書士の資格を持っていて、バンドが補助金をもらう方法を得意分野としているんです。LITEの海外での活動も、「いいバンド」だという前置詞がありますが、補助金をもらうことで成り立っているって公言していて、毎年FEVERで講演会もしてもらってるので、日本でも徐々に意識が高まってきていると思います。
ドリス:日本ではそういう例があまりなかったんですか?
西村:アート方面でいうと、演劇や絵画では補助金の文化があるんですけど、音楽で補助金を使う人はあまりいなかったんですよね。あと、いわゆる「クールジャパン」がアニメやアイドルに偏っているから、バンドやシンガーソングライターにはあんまり意識が向いてなくて。でもそれって、バンドには補助金が出ないわけではなくて、ただやっていなかったってだけで、少しずつちゃんとお金が回る実例ができてきています。
ドリス:台湾は人口が少なくて(2018年時点での人口は2357万人)、日本に比べて音楽産業のベースが大きくなかったから、海外の音楽を受け入れる姿勢が強かったと思うんです。でも今は、「自分たちから発信していかないと」っていう流れに変わってきて、だからこそ、補助金の制度もできてきたんだと思います。ただ、台湾も韓国に比べれば、規模は小さいんですよね。韓国は国の方針で大きなお金を動かしているから。何にしろ、今は音楽を通して自分の国をPRできるんだってことを、多くの国が考えているんでしょうね。
—K-POPの隆盛に国のバックアップは不可欠でしたよね。
ドリス:K-POPの影響は、日本にとって大きいんじゃないですか? 途中でも言ったように、フェスのブッキングに対する日本側の態度は明らかに変わってきていて、昔はアサインのためにメールを大量に送っていたけど、最近はパソコンを開けばたくさんのメールが来てる。そうやって日本人の目線が外に向いたのは、K-POPの影響が大きいのかなって思います。
西村:たぶん、アジアでライブをすることが、近年の日本の音楽業界のトレンドになっているんだと思うんですよね。現地でお客さんを集めることはもちろん、そういう活動自体が日本人に対するアピールにもなると思ってるということが、メールの量に表れているんじゃないかな。ただ、やっぱり流行り廃りはあるから、引く手あまたの状況で、本当にかっこいいバンド、リアルなバンドをしっかり見極めることが、今は大事なことなんじゃないかと思います。
自分の国のアイデンティティーをちゃんと認識できていれば、あらゆる業界において、グローバル市場で自分たちの地位が見つかるはず。(ドリス)
—では最後に、日本と台湾の交流をこれからより活発にしていくために、現在の課題と、それに対するアプローチをどうお考えか、それぞれ話していただけますか?
ドリス:『TAIWAN BEATS』を通して、台湾のバンドが海外のフェスに出演する手助けを5年間やってきて痛感するのは、最終的に出演を決めるのは主催者側ってことなんですよね。やっぱり、主催者側に気に入ってもらえるバンドって決まってきちゃうんです。
ドリス:こちらとしては、もっといろんなバンドを知ってもらいたいんですけど、まだまだ台湾のバンドの量とクオリティーが追いついていなくて、主催者が選ぶバンドは毎年あまり変化がない。私たちがどんなに頑張っても、いいバンドがいなかったら意味がないので、そこは難しいなって感じますね。
—質の高いバンドを輩出していくために、どんなことが大事だとお考えですか?
ドリス:台湾人のアイデンティティーが音楽の創作に影響すると思います。『TAIWAN BEATS』関連の音楽はよく「C-POP」(中華圏のポップスのこと)に括られますが、台湾は単一民族ではなく、多くの民族の血を引いていて、移民国家と南島言語系を融和した民族の国で(参考記事:台湾の音楽シーンが多様な理由 台湾インディーの番長が希望を語る)。こういう認識が文化の「基」になると思っているんです。
そういうふうに自分の国のアイデンティティーをちゃんと認識できていれば、あらゆる業界において、グローバル市場で自分たちの地位が見つかるはずです。そして、さらに独特なカルチャーシーンを作り出して、輸出することで、国際上でより大きな競争力を持てると思います。
西村:最近は日本でも小さなフェスが増えてきてるんですよね。『FUJI ROCK FESTIVAL』に出ることは難しくても、個人規模でやっているようなフェスなら、コミュニケーション次第で出演できる可能性が高いと思うから、そういうきっかけが増えるといいですよね。
自分がやってるのはそういうことで、LCCを使えばコストも軽減できるし、現地に行ってみれば、だいたいコスト以上のものが得られるから、そういうつながりがもっと密になればいいなって。繰り返しになるけど、やっぱり最終的には人のつながりだと思うから。
—CHTHONICも新作はこれまでの人脈を生かして自分たちでリリースするという話があったように、国や大きなレコード会社の動きの一方で、個のつながりがいろんな場面で生まれつつある。今日お話を聞いていて、そこに未来があるように感じました。
ドリス:産業として考えると、巨大で複雑な問題なので、政治の力も必要だと思います。文化面での努力だけでは、どうしても影響力も限られてしまいますから。ただ、たとえそうだとしても、自分がやるべき努力を諦めるわけではありません。微力ながらも一人ひとりが現状を変えていけば、将来の大きな変化につながると思っています。
西村:僕は一番のPRは口コミだってずっと信じています。あと、アジアの国々を回って思ったんですけど、ご飯が美味しい国はまた絶対行きたくなる(笑)。台湾は僕が行ったアジアの国のなかでも断トツなので、個人的に早くまた行きたくて。
—じゃあ、次回は台湾で美味しいものを食べながら話をして、より関係性を密にしていきましょう(笑)。
ドリス:ぜひ、お待ちしてます(笑)。
- プロジェクト情報
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- 『TAIWAN BEATS』
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5年前から始まった台湾の音楽やカルチャーを紹介するイベント「TAIWANDERFUL」がリニューアルして「2018 TAIWAN BEATS」となり、今年も開催されました。台湾と日本のポップミュージック業界が、さらなる発展を目指して開催するイベントです。
- イベント情報
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- 『2018 TAIWAN BEATS』
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2018年8月20日(月)
会場:東京都 渋谷WWW X
出演:
クラウド・ルー(盧廣仲)
Fire EX.(滅火器)
Sunset Rollercoaster(落日飛車)
- プロフィール
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- ドリス・イエ
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台湾のブラックメタル・バンド、CHTHONIC(閃靈樂團) のベーシスト兼リーダー。ベーシストとして、イギリスの専門誌『Terrorizer』と日本のロック雑誌『BURRN!』に最優秀ベーシストの3位に選出、欧米の『Metal Hammer』『Revolver』などの人気ロック雑誌でも幾度も取り上げられている。現在は、ESPベースのアジア地域の広告塔を務めている。1998年から2016年の間、台湾の大型野外ロックフェスである『Formoz Festival(野台開唱)』と『Megaport Festival(大港開唱)』の制作チームに参加し、プロモーションコーディネーターとディレクターを担当。今は『Megaport Festival』の顧問を務めている。
- 西村等 (にしむら ひとし)
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LIVE HOUSE FEVER 店長兼雑用係。19歳の夏に下北沢のライブハウスにてアルバイトを開始。23歳で店長とブッキングを兼任。約10年勤めた後、独立。2009年3月にLIVE HOUSE FEVERを新代田にてオープンさせる。
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