先日リリースされ、全米アルバムチャートで1位を獲得したポール・マッカートニーの新作『Egypt Station』には、アデルやベックなどを手掛ける売れっ子プロデューサーのグレッグ・カースティンが参加していたように、アーティストとプロデューサーの関係性は世界的にも改めて注目されている。
そんな中、堀込泰行が2年ぶりにリリースするフルアルバム『What A Wonderful World』は、蔦谷好位置とGENTOUKIの田中潤をそれぞれプロデューサー / 共同プロデューサーとして迎えた意欲作。昨年末に発表されたEP『GOOD VIBRATIONS』はD.A.N.やtofubeatsといった若手とのコラボレーションにより新境地を切り開いた作品だったが、EPが企画色の強い「コラボ作」という印象だったのに対し、今回はプロデューサーからの刺激をあくまで自分の作品として消化しているのは、大きな違いであるように思う。
泰行が新作で時代性と向き合いつつ、自分の核を改めて見つめ直したことは、ソロのキャリアにおいて非常に重要な出来事だったと言えよう。「まだ途中経過なんでしょうね」と語る堀込に、ソロ5年目の現在地を聞いた。
自分が満足できるところまで持っていければ、他人も楽しませられるだろう、という仮説でやっているんです。
—『What A Wonderful World』でのプロデューサー起用は、『GOOD VIBRATIONS』(2017年)での若手とのコラボレーションの延長線上にあると言えるかと思うのですが、前作での手応えをどのように感じて、新作の構想へとつなげたのでしょうか?
堀込:前作はせっかくコラボするなら相手のテイストをできるだけ出してほしいと思って、デモテープをあまり作り込まずに、そこから広げてもらったり、意見の交換をしながらできた作品集でした。それで、できあがったものを聴いてみたら、自分の曲なんだけど、自分の想像してなかった魅力が引き出されているのを感じたんです。
—まさに、非常に新鮮な作品でした。
堀込:なので、次のアルバムを作るときも、単純に、プロデュースを手伝ってもらいたいという意味合いもあって。ごく自然に、また自分以外の人を入れてみようと思いました。結果的に、音楽的な完成度においては、『One』(2016年)以上のものになったんじゃないかと思います。
堀込泰行『What A Wonderful World』ジャケット(Apple Musicで聴く)
—『GOOD VIBRATIONS』が「コラボ作」というイメージだったのに対して、『What A Wonderful World』はコラボによるフレッシュさもありつつ、あくまで泰行さんのソロアルバムだなという印象を受けました。
堀込:ありがとうございます。確かに、いい化学反応を求めつつ、だからといって、完全なるお任せにはしたくないと思っていて。その人のよさを求めつつも、いろんなものを削ぎ落としたときに残る、曲そのものの魅力は損なわれないようにということは気にしていました。ただ、実際に作業を始めてみたら、蔦谷さんは特に、今日的なサウンドにしつつ、僕の意向もちゃんと汲んでくれて、ありがたかったですね。
—蔦谷さんとGENTOUKIの田中さんというプロデューサーの人選はどのように決まったのでしょうか?
堀込:蔦谷さんは一度番組に呼んでいただいたときにお話をして、キリンジの音楽を聴いてくれていたとおっしゃっていたんです。今回、プロデューサー候補の名前がいろいろ挙がっていく中で、ある程度、僕のことを知ってくれている人がいいなと思っていたのもあり、お願いしました。
田中くんに関してはずっと前から知り合いなんだけど、2年前に出たGENTOUKIの10年ぶりくらいのアルバム(『誕生日』。参考:リオ五輪閉会式に感服したゲントウキ、表現者としての焦りを吐露)がすごくよかったんですよ。それまでのゲントウキとは違って、サウンドがすごくコンテンポラリーで、でもポップスのよさもちゃんと残してて。あれを聴いて、一緒に仕事をしてみたいと思っていたんです。
—『GOOD VIBRATIONS』からの流れもあって、コンテンポラリーな要素というのは欠かせなかった?
堀込:そうですね。単純に、音楽としての完成度を高めてくれるというよりは、自分にないものを持っている2人だと思います。特に、蔦谷さんはアンテナの張り具合も僕とは全然違うでしょうから、そういうところも求めました。あとは、とにかく「聴いた人を楽しませる」っていうことを第一に考えてる人なんだろうと思ったんです。テレビでの発言とか、以前お会いしたときの印象も含め、お願いするなら蔦谷さんかなって。
—泰行さんの今のモードとしても、「聴いた人を楽しませる」という意識が強いのでしょうか?
堀込:もちろんそう思って作っているんだけど、僕の場合は、自分がかっこいいと思うものを磨きに磨いて、自分が満足できるところまで持っていければ、他人も楽しませられるだろう、という仮説でやってきていて。そのときに「今の時代はこうなんだ」とか「サウンドの流行はこう」っていうことに関して、あんまり興味がなかったわけです。
ただ、蔦谷さんや田中くんみたいに職業的な仕事もしている人たちは、その辺の考え方がまた違うだろうから、そういう人の力をちょっと借りたかったというか。そう思えたのはやっぱり『GOOD VIBRATIONS』があったからで、あれがなかったら、もっと渋い人にお願いしていたかもしれないです。
『GOOD VIBRATIONS』を聴く(Apple Musicはこちら)(ポール・マッカートニーは)遠慮しない人とやってるときの方が、面白いものができている気がしますけどね。
—ポール・マッカートニーの新作『Egypt Station』(2018年)は聴かれました?
堀込:いや、まだ聴いてないですね。リードトラック1曲だけ聴いて、結構面白そうだとは思いましたけど。
—最近のポールはそこまで熱心に追っているわけではないですか?
堀込:正直言うと、ある時期からあまり追ってないです。もちろん聴いてはいて、前作の『NEW』(2013年)も買ったけど、あんまり面白いとは思わなかった。それよりも、そんなにメジャーじゃないジャズの曲をポールがシンガーとして歌って、プロデューサーが入って作ったアルバム(『Kiss On the Bottom』2012年)の方が面白いと思ったり。
—『NEW』にはポール・エプワースやマーク・ロンソンが、『Egypt Station』にはグレッグ・カースティンが参加しているので、自分より年下のプロデューサーとのコラボレーションという意味で、『GOOD VIBRATIONS』や『What A Wonderful World』とも比較できるかなって思ったんですよね。
堀込:そっか、『NEW』もプロデューサー入ってたのか……あんまりクレジット見ないで聴いちゃうからなあ。でも、ポールの最近の作品を聴くと、プロデューサーの人が遠慮してるように僕は感じちゃって。それよりも、エルヴィス・コステロと組んだやつ(『Flowers In The Dirt』1989年)の方がずっと面白いと思うんですよ。スティーヴィー・ワンダーと一緒にやった曲(“Ebony and Ivory”)もよかったし、ああいうポールに遠慮しない人とやってるときの方が、面白いものができている気がしますけどね。
—なるほど。
堀込:例えば、今回僕が田中くんとやった“砂漠に咲く花”は、ポール・サイモンがイタリアの若いアーティストとやったアルバム(『Stranger to Stranger』2016年。イタリアのClap!Clap!が参加)を聴いて、「こんな感じで」みたいな話をしてて。曲自体はオーソドックスなんだけど、ビートが打ち込みで新しい、そういうのが面白いんじゃないかって話をしましたね。元の曲をしっかり作ってあれば、どんなアレンジになっても、リズムパターンが変わっても、ちゃんと自分の音楽になるんだなって気がしました。
堀込泰行“砂漠に咲く花”を聴く(Apple Musicはこちら)今出すとしてどっちが面白いかって考えると、これまで自分がやってきたものとは違う方がいいなって。
—蔦谷さんプロデュースの“WHAT A BEAUTIFUL NIGHT”にしても、曲調はあくまで泰行さんらしいですけど、声ネタなどを用いたコンテンポラリーなトラックになっていて、今回の組み合わせならではの楽曲だと思いました。
堀込:最初は1980年代のシティーポップみたいなのをイメージしていて、蔦谷さんからデモが返ってきたら、まさにそういう仕上がりになっていて、さすがだなと思いました。それから後日、「こんなパターンもできました」って、今の感じのデモが来て、「こっちもいいな」って思って。
—じゃあ、どっちでいこうか悩みました?
堀込:そうですね。最初にリクエストした1980年代っぽい方が、自分の思い描いている感じに近かったので、そっちに惹かれる気持ちもありました。ただ、今出すとしてどっちが面白いかを考えると、後から来た方が、これまで自分がやってきたものとは違うから、一緒にやった甲斐があるなと思って、「こっちの方向でお願いします」って。
—そこはあえて挑戦的な方を選んだと。
堀込:あとは単純に、自分にないテイストがいっぱい入っているから、自分の曲なんだけど、他人の曲みたいに聴けたのが楽しくて。「こういうサウンドはどうやって作るんだろう?」と思いながら、自分でも未だに飽きずに聴けています。最初は「僕がこれやっちゃって大丈夫かな?」って思ったりもしましたけど、最初にリクエストしたテイストも残してくれたし、聴いているうちにどんどん好きになりましたね。
—一方の田中さんは「共同プロデュース」という形で参加されていて、もともと旧知の関係だったこともあり、より密なコラボレーションになったのかなと。
堀込:彼もすごく献身的に、自分のカラーをしっかり出してやってくれました。元々友人でもあるから、お互い言いたいことを言い合って、「こっちの方がいいよ」「いやいや、こっちの方がいいでしょ」みたいな(笑)。
そういう、サウンドの揉み合いはすごくありました。なので、蔦谷さんとのコラボの仕方ともまた違って、より密に作ったし、意見の交換はすごくしましたね。例えば、“home sweet home”なんかは、僕が作ったシンプルなデモを田中くんが発展させてくれたり。
堀込泰行“home sweet home”を聴く(Apple Musicはこちら)
—ビッグなコーラスが印象的な仕上がりですが、元は違ったんですか?
堀込:僕の作ったデモはピアノと歌くらいの簡素なもので、クラシックの小作品みたいな仕上がりでした。それはそれで気に入っていたんだけど、田中くんからデモが返ってきたら、コードも変わっていて。最初はびっくりしたけど、聴いてるうちに「これもいいな」って思ったんです。
—“WHAT A BEAUTIFUL NIGHT”のときとも近いですね。いい意味で、遠慮がないというか、ちゃんと自分のカラーを出してくれた。
堀込:自分1人でやるとこじんまりしがちなんだけど、スケールが大きくなって返ってきたから、田中くんのアイデアが正解かもしれないと思って、それに乗っかりました。フルートのアレンジも彼がやっていたり、力量がすごく表れてると思います。
—コードまで変わっちゃうっていうのは、泰行さん的にアリだったんですか?
堀込:前作でWONKと一緒にやった“Dependent Dreamers”は、コードがかなり変わって返ってきて、それは彼らがジャズの人だから、コードをいじるのも当たり前だと思ったんですけど、確かに、一緒にポップスを作る者同士でコラボして、コードが変わっていたのは最初は「え?」と思いましたね。
コードとメロディーは一体なので、作曲者としてはいじってほしくない。でも悪くなっているわけじゃなくて、自分が想像できてなかった広がりが表現されてたし、その先で自分の音楽的な意見を反映させることもできたので、これでよかったと思っています。
「今の時代だから」ってことを考えたわけではなく、「これは古くならないだろう」という気持ちを持ちながら作れたんです。
—歌詞に関してはいかがでしょうか? 『GOOD VIBRATIONS』のリリース時に行ったD.A.N.の(櫻木)大悟くんとの対談の中で、「言葉の面白味っていう部分に関して、自分が呼び戻された感じもあったんです」とおっしゃっていて、今回の“HIGH & LOW”を聴くと、実際に言葉の面白味が戻ってきたような印象を受けました。(参考:堀込泰行×D.A.N.櫻木対談 影響し合う二人による「歌詞」談義)
堀込:『One』はキリンジをやめて最初のアルバムだったので、シンガーソングライター然としていたというか、自分の心情とか気持ちが真ん中にあって、それを言葉にしていった曲が多かったんです。
今回はプロデューサーが入ったこともあって、『One』のときより曲を突き放して見れたというか、「この曲がもっと面白くなるには」っていう目線の割合が増えた気がしますね。なので、シンガーソングライターというよりは、ポップミュージシャンの作ったものというような感触が強いと思います。
—『What A Wonderful World』というタイトル含め、作品全体としてはアップリフティングで、開かれた印象も受けました。
堀込:そうですね。それを意識して作ったわけではないですけど、できあがった曲を並べてみたら、風通しのいいものになっていたので、それはよかったです。
—やはり、プロデューサーも含めて、外部のミュージシャンを招いたことが風通しのよさを生み、それが作品全体のフィーリングにも繋がったんでしょうね。
堀込:それはあると思いますね。前半に2人のプロデューサーとの曲をやって、その後にセルフプロデュースの曲に取り組んだんですけど、つまりは最初のリスナーがプロデューサーの2人だから、歌詞を書くにしても、独りよがりなセルフプロデュースで陥りがちなところにいかずに済んだ。最初がそうだったので、その後の歌詞にも影響を与えたと思います。
—セルフプロデュースの楽曲の中で、今の泰行さんのモードを一番よく表している曲を1曲挙げるとしたら、どの曲になりますか?
堀込:1曲は難しいですけど……“Cheers!”かなあ。打ち込みのドラムが鳴っているんだけど、2人のプロデューサーからよく出てた「今の音楽はこう」っていう、ちょっとしたミックスの加減の流行とか、そういうのとは関係なく作ったんですよね。
堀込泰行“Cheers!”を聴く(Apple Musicはこちら)
堀込:ただ、『GOOD VIBRATIONS』のときもそうだったし、今回も2人の優秀なプロデューサーのテクニックを見た上で、僕は僕なりに自分の表現をできたのがポイントというか。特に「今の時代だから」ってことを考えたわけじゃないけど、「これは古くならないだろう」っていう気持ちを持ちながら作れたんです。
—流行と切り離されて作るわけではなく、それを感じた上で、自分なりの表現をすることが重要だったと。
堀込:「自分らしいな」って感じはしますね。彼らの真似をするんだったら、一緒にやればいいわけだから。一緒にやった人たちの影響を還元しつつ、自分のできる手段の中で作ったという感じです。
「自分らしい」って自分で言うのも変だけど、コーラスの面白味とかも入ってるし、そういった意味で“Cheers!”は気に入ってます。やっぱり、時代を感じながら、その一方で自分の音楽をいいバランスでやっていたい。時代を全く無視してしまうのではなく、わかっていながら、自分は自分の音楽をやる。そういう感じでいられたら一番いいなと思いますね。
—タイプの違う2枚のアルバムを作り終えて、「ソロアーティスト=堀込泰行」の輪郭がだいぶはっきりしてきたと言えますか?
堀込:最終的には、コラボレーションの経験を自分のものにして、自分で仕上げるのがゴールだという気持ちはあります。『GOOD VIBRATIONS』も面白かったし、今回2人とやって、すごく勉強になったし、かなりいい刺激をもらったけど、常に他の人が入ってる状態がニュートラルっていうのは、僕の場合は目指していない。
もちろん、何枚か作ってくうちに、自分自身でマンネリを感じたら、また誰か新しい人とやってみるとか、古くからの知り合いに手伝ってもらうとか、そういうこともあるとは思うんですけど、気持ちとしては、自分で仕上げるというゴールに向かっているのかなと思います。
—なるほど。
堀込:ただ、そう自分では思っていても、プロデューサーが入ってる方が面白い作品ができるっていう現実が続いたとしたら、「自分のあり方はそっちなのか」って思うのかもしれない。
だから、やっぱりまだ途中経過なんでしょうね。人とコラボするよさもわかって、じゃあ、ここから自分はどうしていくのか。完全にいちシンガーに徹して、全部の曲をいろんなプロデューサーに振るみたいなアルバムを作ってみたいって気持ちもあったりはするし、まだまだ途中なんだと思います。
- リリース情報
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- 堀込泰行
『What A Wonderful World』(CD) -
2018年10月10日(水)発売
価格:3,240円(税込)
COCP-404881. WHAT A BEAUTIFUL NIGHT
2. スクランブルのふたり
3. HIGH & LOW
4. home sweet home
5. Destiny
6. 砂漠に咲く花
7. 足跡
8. 泥棒役者
9. Cheers!
- 堀込泰行
- プロフィール
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- 堀込泰行 (ほりごめ やすゆき)
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97年キリンジのVo / Gtとしてデビュー。2013年4月12日「キリンジ」を脱退。以後、ソロアーティスト/シンガーソングライターとして活動を開始。2014年11月19日ソロデビュー・シングル「ブランニューソング」をリリース、2015年までにライブツアー、客演参加、楽曲提供などを行い、現在に至る。代表曲は「エイリアンズ」「スウィートソウル」「燃え殻」など。希代のメロディメーカーとして業界内外からの信頼も厚くポップなロックンロールから深みのあるバラードまでその甘い歌声は聴くもの魅了し続けている。またキリンジ時代より提供楽曲も多く「ハナレグミ」「安藤裕子」「畠山美由紀」「杉瀬陽子」などに楽曲提供している。これまで「馬の骨」名義のソロアルバム2枚、キリンジとしてはオリジナルアルバム10枚を発表。2016年4月20日に堀込泰行としての初の洋楽カバーアルバム「Choice by 堀込泰行」(Billboard Records)をリリース。2016年10月19日に堀込泰行名義の1st Album「One」をリリース。2017年11月22日にアーティストとのコラボレーション作品、EP「GOOD VIBRATIONS」をリリース。2018年10月10日に待望の2ndフルアルバム「What A Wonderful World」をリリース予定。
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