台湾インディーズミュージックの頂点を決める『金音創作獎(Golden Indie Music Awards)』の授賞式が10月27日、国立台北大学体育館にて開催された。これは、「台湾のグラミー賞」といわれる『金曲賞』を主催する行政院新聞局(現・文化部影視及流行音樂產業局)が、2010年から新たにスタートさせたインディーズ創作音楽賞。有名アーティストやヒット曲を対象とした『金曲賞』とは異なり、新世代のアーティストを中心に取り上げていることで注目されている。
中でも最大の特徴は、選考対象がCD作品だけでなく、インターネット上に配信された音源や、ライブパフォーマンスにまで及んでいること。スマホやSNSの普及によって、音楽のあり方や音楽との関わり方がドラスティックに変化している昨今の音楽シーンを反映した画期的な試みと言える。
そこで今回『金音賞』の審査委員長である陳珊妮(Sandee Chan)と、今回『金音賞』に連動する形で開催された『Asia Rolling Music Festival』に、外国人アーティストとして招聘されたインドネシアのシティポップバンド、ikkubaruのメンバーとの座談会を敢行。1990年代にデビューし、以降は台湾ミュージックシーンの中核として活躍し続けてきた陳珊妮と、インターネットを通じて日本でも着実にファンベースを築いているikkubaruに、アジアのインディーズシーンの現状や、音楽活動におけるインターネットの重要性などについて語り合ってもらった。
クリエイターは、曲を作るときに「自由」であるべきだし、いろんな意見、「多様性」を取り入れることがものすごく重要なんです。(陳珊妮)
—陳珊妮(Sandee)さんは審査員として、ikkubaruはライブアクトとして参加した今年の『金音創作獎(Golden Indie Music Awards)』(以下、『金音賞』)の授賞式では、複数のミュージシャンが11月の選挙への投票を訴えるなど、政治への関心を強く持っている印象がありました。
陳珊妮:そうですね。台湾の若者たちは政治的な関心が強いと思います。中でも、最近注目されているトピックは「同性婚」です。11月の選挙の結果によっては、結婚制度が変わるかもしれない。先日、台湾では大きなデモ行進があって、賞にはデモに参加したミュージシャンも少なくありませんでしたね。11月の選挙によって、同性婚がアジアで初めて法律で認められ、それがほかの国々にも良い影響として波及することを願っています。
—インドネシアはどうでしょう。特にミュージシャンの間で政治的な関心はどのくらいありますか?
Banon(Dr):インドネシアでは多くの国民が貧しい生活を強いられています。そのため、パンクミュージックやレゲエ、フォークといったジャンルでは、政治的なメッセージを強く打ち出しているバンドは多いですね。
Muhammad(Vo,Gt,Key):ただしikkubaruでは音楽に政治的メッセージを込めることは滅多にないですね。僕らが歌っているのは「愛」についてです。自分たちのやっている音楽の方向性に、政治的なメッセージが似合うと思わないですし。
Banon:そう。僕らは単純に良い音楽を作りたい。それが動機になっています。
—インドネシアの若者たちは、どんな政治トピックに関心が強いのですか?
Banon:うーん、インドネシア人は豊かじゃないぶん「セルフィッシュ(自分勝手)」な人も多くて(笑)。基本、自分の生活に直接関わることにしか興味がないというか……。以前、インドネシアで震災が起きたときも(2018年9月28日に発生したマグニチュード7.5の「スラウェシ島地震」)、「自分たちの暮らしがどう保証されるのか」が最大の関心ごとでした。
—台湾の人たちは、「自分ごと」ではないかもしれない同性婚に、なぜ大きな関心を寄せているのでしょう。
陳珊妮:それは、多くの台湾人が「自由」と「多様性」を大切にしているからだと思います。特にクリエイターは、曲を作るときに「自由」であるべきだし、いろんな意見、「多様性」を取り入れることがものすごく重要なんです。それがないとクリエイトすることは不可能ですから。
Banon:そうですね。陳珊妮さんのおっしゃる通り、「自由」というのは人として基本的なことであり、それがなければ音楽が作れないって僕らも思います。
時間が経てば経つほど、変化は難しくなっていきます。(陳珊妮)
—今年の『金音賞』では、最高賞である「最佳專輯獎」をLeo王と春艷によって結成された夜貓組によるアルバム『健康歌曲』(2017年)が獲得し、呂士軒が最多ノミネートで受賞も多数と「ヒップホップの躍進」がとても印象に残りました。
陳珊妮:確かにこの数年は台湾の音楽シーンでヒップホップの勢いが増しています。いまおっしゃった2組のうちLeo王は特にユニークで、ヒップホップでありながらほかのジャンルのアーティストとも積極的にコラボレーションを行ない、ジャンルの垣根を壊し続けています。そこが今回はとても評価されましたね。
—欧米でも、たとえばトラヴィス・スコットが新作『Astroworld』(2018年)でTame Impalaとコラボを行なったり、フランク・オーシャンがThe Beatlesを意識したアルバム『Blonde』を制作し、そこでバート・バカラックの“Close to You”をカバーしたりしていますし、ヒップホップによるジャンルの溶解はキーワードなのかもしれないですね。
陳珊妮:呂士軒はかなりオーセンティックなヒップホップのアーティストですが、音楽界全体の動きとしてはそう感じています。
—そうした音楽界の現在を反映しようとする『金音賞』の動きは、今年から審査員の選び方を変えたところにも表れているのでしょうか?
陳珊妮:私は1990年代の初めにシンガーソングライターとしてデビューし、作詞作曲はもちろん、CDジャケットのデザインも自ら担当してきました。以降は自分の作品だけでなく、ほかのアーティストのアルバムを手がけたり、イラストレーターやエッセイストとしての仕事も行なったり、多岐にわたる現場を経験してきました。今回、文化庁の推薦で審査員になったのも、そうした経歴を買われたものだと理解しています。ならば私の役割は、従来のやり方を踏襲するのではなく、大胆に改革を行うべきだと判断したのですね。
そこで、まず手始めに審査員のメンバー構成を変えることにしました。これまでの審査員は、台湾の音楽シーンでいわゆる「重鎮(ベテラン)」と呼ばれる人々が牛耳っており、同じようなアーティストばかりが受賞していたんです。そこで今回はベテランだけでなく、たとえばDJやフェスのオーガナイザー、レーベルオーナーなど、ユースカルチャーの第一線で活躍している人たちも登用することにしました。
—文化庁の反応はいかがでしたか?
陳珊妮:大変驚いていたようですね(笑)。あまり時間がない中、なんとか体裁を整えることができました。とにかく、このタイミングで大きく変えることが必要だったんですね。時間が経てば経つほど、変化は難しくなっていきます。まず、審査員のシステムを変える。そうすることで、パフォーマンスやビジュアルなども変えていかなければならない。そうやって次に繋がっていくであろうと考えました。
原住民の音楽は確かにいま流行していますが、若者たちの間で最も主流なのは、やはりヒップホップなんですよね。(陳珊妮)
—また、今年は少数民族であるサオ族のミュージシャン、瑪蓋丹が「審査員特別賞」と、「最優秀フォークミュージック部門」をダブルで受賞しました。先日、上野公園で開催されたイベント『Taiwan Plus 2018 文化台湾』の主催者で、文化総会副事務総長であり、『FOUNTAIN新活水』編集長でもある張鐵志氏に取材をしたとき、彼から「いま、台湾では原住民の音楽が注目されている」という話を聞きました。実際、今年の『金音賞』では、『Taiwan Plus 2018 文化台湾』にも出演されたシンガー、阿爆もプレゼンターとして登場しましたね?
陳珊妮:実は瑪蓋丹さんは、原住民を対象としたテレビ局に勤めていて、そのかたわらで音楽を作っているんですね。しかもサオ族は台湾に700人近くしかおらず、言語もほぼ使われなくなってきています。そうした状況で、サオ族の言葉を用いたアルバムを作ったということが評価され、「審査員特別賞」を受賞したのだと思います。
そして「最優秀フォークミュージック部門」に関しては、純粋に「フォークミュージック」としてのクオリティーが高かったから受賞できた。原住民の音楽は確かにいまとても増えていますが、若者たちの間で最も主流なのは、さきほど話したようにやはりヒップホップなんですよね。
—ここでikkubaruのみなさんにお聞きしたいのですが、インドネシアでは少数民族が自らの言語を使って表現するような現象は起きていますか?
Banon:インドネシアには、300を超える民族が暮らしていて、総人口は2億5千万と言われています。自分たちの言語で歌っているミュージシャンももちろんいますが、多くのインドネシアのミュージシャンは、公用語であるインドネシア語か英語を使っていますね。
Muhammad:ちなみに僕らがいま作っているアルバムは、2曲がインドネシア語、2曲が日本語、あとは英語という割合です。
もしネットがなかったら、いまの自分たちはなかったと思います。(Banon)
— 『金音賞』は、配信リリースのみのアーティストも選考対象になっていますよね。なぜ選考対象をそのように設定したのでしょう?
陳珊妮:『金音賞』が『金曲賞』と最も異なるのはそこです。『金音賞』が対象としているアーティストは、インディーズも含まれるので作品を発表する手段もさまざま。特にここ数年は、配信限定リリースが当たり前のようになってきました。
そこもきちんと網羅しないと、インディーズシーンの「いま」を捉えることができないわけです。そのため『金音賞』では、きちんとレコーディングされた状態でネットにアップされたものに関しては、基本的にすべて受賞対象作品としました。
—昨年、配信リリースしかしていないチャンス・ザ・ラッパーが『グラミー賞』で「新人賞」などを獲得しましたし、今後もインターネットの影響は大きくなっていくのでしょうね。今回、『金音賞』のメイン司会をユーチューバーが務めていたのも象徴的でした。日本でもいま、ユーチューバーは若者の間で絶大な人気がありますが、インドネシアではどうですか?
Banon:インドネシアでもユーチューバーは大人気ですね。テレビのタレントよりも影響力は大きい。ユーチューバーのみならず、ミュージシャンもSNSや動画サイトを利用し有名になったケースがたくさんあります。ユーチューバーからテレビタレントになる人もたくさんいますね。リッチ・チガ(ジャカルタ出身のラッパー、現在は「リッチ・ブライアン」名義で活動)をご存知ですか? インドネシア出身で、ネットで人気に火がついて現在はロサンゼルスに活動の拠点を移したミュージシャンなのですが、彼の人気もものすごいです。
—たとえば今回、「最優秀シンガー・ソングライター部門」と「最優秀エレクトロ部門」を受賞した邱比(Chiu Pi)は、賞のスピーチで、「StreetVoice(台湾の音楽サイト)街聲の投稿がきっかけとなって、注目を集めることができた」と語っていました。若い人たちの表現の幅、方法が広がり、それに対応する形で変化したということですね。
陳珊妮:インターネットの影響は、すでに10年くらい前から少しずつあります。最も素晴らしい効果は、世界中の音楽がリアルタイムで聴けるようになったこと。そのおかげで、たとえば「これはヨーロッパの音楽」「これはアジアの音楽」のような垣根もなくなってきているように思いますね。
Banon:僕らは、台湾のバンドでは落日飛車(サンセット・ローラーコースター)や大象體操(エレファントジム)が好きなのですが、彼らのこともインターネットで知りました。サンセット・ローラーコースターはAORやシティポップっぽくて僕らと似ているから親近感を持ちましたね。エレファントジムはもう少しポストロック寄り……日本のtoeに通じるところがある気がします。
—そうやって、国と国の垣根がなくなり「音楽で繋がる」ようになったのも、やはりインターネットの力は大きいと思いますか?
Banon:そう思います。僕らは山下達郎さんが大好きで影響をものすごく受けているのですが、彼をはじめ1980年代の日本のシティポップなどを知ることができたのも、インターネットのおかげですから。
—バンドが知られるようになったきっかけも、インターネットだったそうですね。
Banon:はい。友人に勧められてバンドの音源をネットにアップしていたら、それを聴いたレーベルから声がかかりました。もしネットがなかったら、いまの自分たちはなかったと思います。
—陳珊妮さんは、インターネットの普及には全面的に賛成ですか?
陳珊妮:メリットとデメリット、両方あるとは思っています。たとえば、サブスクリプションなどで気軽に音楽が聴けるようになりましたが、リスナーはアルバムをじっくり聴くよりも、好きな曲でプレイリストを作って聴くことを好むようになりました。その結果、シングル配信という形が急増しています。
私はアナログレコーディングの時代から活動していますが、当時はレコードを1枚作り上げるのにものすごく時間がかかりました。1990年代の初めは日本の音楽が台湾にたくさん入ってきて、いわゆる「渋谷系」が席巻していましたね。そんな中、さまざまな音楽から影響を受け、時間をじっくりとかけて深みのあるアルバムを1枚作ることに情熱を注いでいました。
しかしネットが普及したいまは、アーティストが出したいと思えばその日のうちに曲を作って世界中に配信することができるのです。そのスピード感はものすごく魅力的ですが、一方でかつてのアルバム作りのような深みはなくなってしまいました。ストーリー性のようなものが重視されなくなってきたというか。
—ikkubaruのみなさんは、その辺りをどう考えますか?
Rizki(Vo,Gt):確かに、アルバムよりもシングルが聴かれるようになって、ストーリー性を生み出しにくいというのはあると思います。ただ、僕らにとって最も重要なことは、「バンドの存在を知ってもらうこと」。なので、一つひとつのシングルを積み重ねていくことで、ストーリーを作っていくことができればいいなと思いますね。
—確かに、配信シングルでも連続リリースにしたり、そこでコンセプトやテーマを決めて全体でストーリーを作ったりすることは可能ですし、実際に試みているアーティストもいますよね。そういう工夫は、これからの表現スタイルには重要なポイントになってくるかもしれません。インターネットの普及によって思想や価値観も、音楽と同じように他国と共有しやすくなっていくかもしれないですね。
陳珊妮:今後、台湾ミュージックにとってインターネットの影響力はさらに大きくなり、『金音賞』もどんどん変化していくと思います。今日のお話でもあったように、国境を超えて音楽がつながっていく中、今後はikkubaruさんのような海外のアーティストを積極的にお呼びできるようにしていきたいです。
Rizki:インターネットのおかげで世界中の音楽を聴き、インターネットのおかげで世界中に音楽を発信することができたikkubaruにとって、インターネットは今後も「なくてはならない存在」であり続けると思います。
- イベント情報
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- 『金音創作獎(Golden Indie Music Awards)』
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2018年10月27日(土)
台湾のグラミー賞でもある『金曲賞』を主催する行政院新聞局(現・文化部影視及流行音樂產業局)が、2010年から新たにスタートさせた、台湾インディーズシーンの音楽賞
- プロフィール
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- ikkubaru (いっくばる)
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インドネシア・バンドン出身のシティ・ポップ・バンド。すべての楽曲を手掛けるMuhammad Iqbalを中心に、2011年12月に結成。バンド名の“ikkubaru”は“Iqbal”の名前を日本語の発音に合わせて表記したもの。山下達郎や角松敏生ら80年代の日本のシティ・ポップに影響を受けたアーバンなポップスを構築。tofubeats「水星」をカヴァーしたEP『Hope you smile』が日本で話題となった後、2014年10月に1stアルバム『アミューズメント・パーク』をリリース。
- 陳珊妮 (さんでぃー ちゃん)
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台湾のミュージシャン。シンガーソングライター、音楽プロデューサー、作曲家、作詞家、イラストレーター、エッセイスト。1994年から始めてのアルバムは、全ての作曲と作詞から、CDジャケットのイラストまで自ら担当する。その後、自分のアルバム以外にも、他のミュージシャンのアルバムを手がけ、現在、中華圏では高い評価を受けている。
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