去年、オーディション企画『BANDWARS』でグランプリを受賞し、LINE RECORDSより配信シングル『歓喜』をリリースしたバンド、ab initio(アブイニシオ)。その“歓喜”のミュージックビデオが公開されているのだが、さりげなく聴く人の心に浸透してくようなこの曲に見事にマッチした、優しくて、幸せで、なのにどこか切ない、素晴らしい映像作品に仕上がっている。
本作の監督を務めたのは、これまで家入レオやUru、MONKEY MAJIKのミュージックビデオやテレビCMも手掛けてきた映像ディレクター、稲垣理美。そして、モデルのJuan演じる書店員と共に物語を紡ぐ女性を演じたのが、My Hair is Bad“真赤”をはじめ様々なミュージックビデオ出演でも知られるモデルの武居詩織。
今回、CINRA.NETではab initioのフロントマンであり“歓喜”の作者である宮崎優人、そして稲垣と武居の鼎談を実施。このミュージックビデオ誕生の裏側から、それぞれの表現論に至るまで、じっくりと語り合ってもらった。
「音楽って、人の記憶につながるものなんじゃないかな」って思い至って、MVのテーマを「記憶」に決めました。(稲垣)
—今日は、ab initio“歓喜”のミュージックビデオ(以下、MV)について語り合っていただくべく、ab initioの宮崎さん、監督の稲垣理美さん、そして主演の武居詩織さんに集まっていただきました。まず、宮崎さんから、“歓喜”がバンドにとってどのような曲なのか、解説していただけますか?
宮崎:自分で言うのもなんですけど、この曲は「自分たちの気持ちだけを歌う曲にはしたくない」っていう気持ちがあったんですよね。
この曲は、僕らが去年『BANDWARS』でグランプリを獲ったことで生まれた曲で。正直、僕らは今年結成10年目で、去年の時点で「この先、バンド活動を続けていくのは厳しいかもしれない」と思っていたんです。最後のチャンスのつもりで『BANDWARS』に出場して、グランプリを獲ることができた。そうやって生まれた曲だからこそ、なおさら、僕らが提示したストーリーをみんなが見るんじゃなくて、この曲を聴いた人の、それぞれの心のなかでストーリーができ上がるような曲にしたいなと思って。
なので、明確なメッセージやストーリーが描かれていないぶん、MVのプロットを考えるのも、もしかしたら難しかったんじゃないかと思っていて。(参考記事:『BANDWARS』優勝のab initio 苦労の9年と喜びの瞬間を語る)
—実際、いかがでしたか?
稲垣:MVを作るとき、その曲を何度も聴く、というところから始めるんですけど、“歓喜”を聴いて最初に感じたことは、友人のように、隣に座っている人が弾き語りで歌ってくれているような雰囲気があり、聴き手との距離が「近い」曲だと思いました。それから何度も聴いていくうちに、なぜかお母さんのことを思い出したんですよね。「不思議だなぁ……」と思っていたんですけど、だんだんと「音楽って、人の記憶につながるものなんじゃないかな」って思い至り、今回のMVのテーマを「記憶」に決めました。
宮崎:打ち合わせで、「記憶」というテーマを聞かせていただいたとき、「なんて素敵なんだろう」と思いました。音楽って、基本的には耳からの情報じゃないですか。でも、「記憶」というのは、それ以外の情報も膨らませてくれるテーマだなと。
—武居さんは、“歓喜”をどのように受け止めましたか?
武居:日常に寄り添ってくれるような曲だなと思いました。さっき監督もおっしゃっていたように、ステージの上から鳴らされているものというよりも、日常のふとした瞬間に沁みわたってくるような、優しい曲だなっていう第一印象があって。MVのお話をいただいたときも、監督のイメージを資料で見せていただいて、「素敵な作品になりそうだな」と思って、お引き受けさせていただきました。
—武居さんはバンド系のMVにたくさん出演されていますけど、やはり感じる空気は各現場で違うものですか?
武居:違いますね。まったく曲を聴かない状態で撮影して、仕上がったものを見て「こういう曲だったんだ」って知るものもありますし。映像を撮るなかでも、MVって、また特殊な世界だと思うんです。曲の世界観に合わせていくのか、それとも、作り手がまったく別の解釈を加えていくのか……。
そういう部分でも、監督やアーティストによって考え方は違うと思いますが、今回のMVって、曲自体もそうですけど、「これが正解です」っていうものがあるわけではないですよね。見た人の心が入っていける余白があるし、終わったあとの余韻を楽しめる作品だなって思います。「この先、どうなったんだろう?」って考えさせるような……それこそ、さっき宮崎さんがおっしゃっていたように、見た人がそれぞれの物語を作っていけるような作品だなって。
宮崎:このMVは、終わり方もすごくいいですよね。
稲垣:そうですね(笑)。武居さんが仰っていた通りで、決めつけたくないですよね。感じ方も解釈も人それぞれだと思うので。
「SNOW SHOVELING」はオーナーさんの「好き」が詰まっている世界。(稲垣)
—このMVは、今日の取材の撮影現場でもある書店「SNOW SHOVELING」がメインの舞台となっていますけど、この場所を選ばれたのは、なぜだったのでしょう?
稲垣:「いつか撮影場所として使ってみたいな」と思っている場所がいくつかあるんですけど、「SNOW SHOVELING」も、そのなかのひとつでした。今回、MVを作る上で考えていたことと、「本屋」という場所がリンクしたんですよね。「SNOW SHOVELING」は、古本とかも置かれていて、オーナーさんの「好き」が詰まっている世界がそこにあると感じたんです。
私自身、年代を感じさせるものや、人が愛着を持ってきたものが好きなんですけど、そういうものが、「SNOW SHOVELING」には詰めこまれているような気がして。それに、光も綺麗に入るし、ここを舞台にするのがいいんじゃないかなと思いました。
宮崎:実際に行ってみて、「こんな場所あったんだ!」と思いました。すごい、隠れ家的な……。
武居:ね。目の前を通っても気がつかなそうな場所にありますよね。そこがすごく素敵で。見つけたら「あっ!」ってワクワクするような、秘密の場所、というか。
稲垣:今回のMVは「記憶」がテーマだったので、「思い出す」ためのアイテムがほしいなと思って、まず本屋が出てきて。私のなかの設定としては、この本屋さんで働いている男性の「僕」は、本が好きで働いているというよりは、古いものが好きで働いているんです。そこに、武居さん演じる女性がフラ~っと、「なんだろう、ここ?」みたいな感じでやってきたところから、「僕」はなんとか気を引くアクションを起こそうと、その辺にざっくばらんに置いてあった栞を手渡すことで、会話が始まっていく……。ここまで考えたとき自分の中で映像がみえて、「これはいける!」と思いました(笑)。
武居&宮崎:(笑)。
—「栞」というのも、記憶を連想させるモチーフですね。
稲垣:あと、武居さんのお名前も「詩織」なんですよね。「これはピッタリだ!」と思いました。武居さんをキャスティングすることが決まった後、企画書を書いているときに気づいたんですけど(笑)。武居さんは、可愛いだけではなくて、独特の「空気」を纏っている方なので、出演していただけてよかったです。
宮崎:僕も出来上がったMVを見て、武居さんは本当に、“歓喜”のフワっとした雰囲気にフィットしている方だなと思いました。フィットしているというか、「寄せてきてくれた」っていうことなのかもしれないけど。
—実際、MVでの演技って、セリフがないからこその難しさがありそうですよね。武居さんのなかで、MVに出演される際に意識することはありますか?
武居:私はいままで、ちゃんと演技をしてきたわけではなくて、この間、初めて演技レッスンに行ったくらいなんです(笑)。なので、本当に感覚でやってきたなっていう感じなんですよね。
ただ、MVであれ、スチールであれ、現場の人たちとひとつの作品を作り上げるのがすごく好きなので、基本的には、自分の我を出しすぎるっていうことは、あまりやりたくないんです。もちろん「ブレない自分」というのも必要だと思うんですけど、現場の雰囲気や、そのときの空気に合わせて自分を変えていくのが楽しいと思うんですよね。
こんなことを言うとマネージャーに怒られるかもしれないですけど(笑)、私自身としては、自分の顔が映っていなくてもいいんです。そのMVに、私の身体の一部だけが映っているだけでも、それが素敵な作品になるのであれば、それでいいなって思う。
宮崎:その感じ、わかります。僕も、自分の顔は出なくていいんですよ。曲が人の心を動かしてくれれば、それでいい。
ab initioは仲がよくてメンバー間の距離が近いので、それ故に、ぶつかり合うことも多くて。(宮崎)
—武居さんや宮崎さんのようなスタンスって、珍しい気もします。大雑把なイメージですけど、モデルやバンドマンって、端から見ると華やかだし、「人前に立って、目立ちたい!」という意識がある人がやる職業でもあるような気がするので。
武居:私は、実は会社員をしていた時期もあるんですよ。なので、いま、人前に出る立場になっているのが自分でも意外なんです。モデルの活動は学生の頃からフリーでやってはいたんですけど、当時は、自分でアクセサリーを作ったりもしていて。
でも、ひとりでものを作ることを、どこかのタイミングで、つまらなく感じてしまったんですよね。ひとりでやっている以上、自分で想像したものを作り上げることはできるけど、人となにかを作ると、同じものを作っているつもりでも、全然違うものができ上がったりするし、一緒にいる人ひとりでも変われば、完成するものも変わっていく……。
自分は、そうやって「みんな」で作品を作り上げることが好きなんだなって、段々と気づいて。それから、撮影の仕事の方が楽しくなっていったんです。みんなで、いいものを作る環境や現場にいることが、私の幸せなんですよね。
—「ひとり」ではなく、複数人でものを作ることに喜びを覚えるというのは、バンドにも共通する話かもしれないですね。
宮崎:そうですね。曲ができ上がったときにわかち合う相手がいるというのは最高ですけど、特にab initioは仲がよくてメンバー間の距離が近いので、それ故に、ぶつかり合うことも多くて。
—ab initioって、4人のキャラクターが見事にバラバラですよね。「話が合わないんだろうなぁ」って、以前インタビューしたときに思いましたけど(笑)。
宮崎:そこまで酷くはないですけど(笑)。……まぁ、そもそも僕自身、家族とかに対しても、あまり喋るタイプではなかったんですよね。会話をするというよりも、スポーツとかを通して人と心通わせるタイプだったんですけど、ab initioも、そういうバンドだと思うんですよ。話し合って「そうだよね!」って合致するのではなくて、一緒にいて、波長が合っているっていう。高校からの同級生だから、そうあれるのかもしれないですけどね。
武居:撮影現場で見ていると、ab initioは、すごいチームワークがあるバンドだなって思いました。宮崎さんひとりのシーンでも、寒いなか、ちゃんと他のメンバー方が全員、最後まで見守っているんですよ。正直、他のバンドさんを見ていても、個性的な人が多くてそういう光景はあまり見ることはないので、「仲いいなぁ」って思いました(笑)。ちゃんと、4人が尊重し合っている気がします。
宮崎:ab initioって、ずば抜けて個性がある人とか、ずば抜けてなにかに長けている人がいないと思うんですよ(笑)。だからこそ、「一致団結して、4人でやっていこう!」っていう気持ちは強いかもしれないですね。
—稲垣さんが映像の世界に進むに至ったきっかけも知りたいですね。
稲垣:音楽と映像が合わさっているMVを見るのが大好きだったんですよ。3~5分くらいの間に、短編集のように、物語が入っているっていうのがすごいなって思っていました。それで、自分も作ってみたいと思いこの道に進みました。
宮崎:僕としては、「好きだ」と思ったことを「やろう」と思う、その行動力がそもそもすごいなって思います。考えこんでしまうんですよね。でも、そういう部分を曲にできたらいいな、とも思っているんです。背中を押す曲というよりは、聴いてくれる人に「一緒に行こう」って言える曲が自分にはしっくりくるなと思うので。
稲垣:考え方がシンプルなんです。「好き」か「嫌い」か。「好き」なら、それを「やりたい」っていう。死ぬ間際に、「あれ、やっておけばよかったなー!」って想像するのがイヤなんです。考え方が極端なんです……切羽詰まっているんですかね(笑)。
武居:でも、カッコいいです(笑)。
光を撮るためには、闇が必要なんですよね。(稲垣)
—“歓喜”だけでなくとも、稲垣さんの作品は、日常のなかに差し込む「光」をとても美しく捉えられていますよね。そこに、とても作家としての意志を感じるのですが、「光」を撮ることに対しての特別な想いはありますか?
稲垣:日常のなかに存在する光が大好きなんです。14時~15時くらいの窓から差し込む光とか、夕方に西日が射し込む瞬間とか……。残したくてすぐに写真を撮ろうとしてしまいます。綺麗なものをまた見たいし、人にも見てもらいたい。押し付けがましいかもしれないですけど、美味しいものとか、美しいものとか、自分の好きなものを、周りの好きな人たちに伝えるのが好きなんですよね。高校時代に、自分の好きな曲のプレイリストみたいなものを作って、友達に渡したりしませんでした?
武居:しました!
稲垣:それと同じ感覚を、いまでも持っているのだと思います。
武居:いま、SNSが流行っているのも、そういう思いがずっと人のなかにあるからかもしれないですよね。自分が好きなものを記録して、誰かに見せたいんだっていう。
—「SNOW SHOVELING」も、稲垣さんの「撮影したい場所の引き出し」にあったということですけど、稲垣さんは特に、「自分が好きなもの」や「自分が美しいと思ったもの」を、大切に、ご自身のなかにしまっておくことができるのかもしれないですね。宮崎さんの音楽に向き合う姿勢で、稲垣さんの感覚とつながるものってあると思いますか?
宮崎:う~ん、直接的にリンクしているかはわからないんですけど、自分が知っている感情とか、本当に思っていることしか書けないっていうのはあります。フィクション的な歌詞にも挑戦したいとは思うんですけど、自分が思っていることを言っていないと、聴いている人に「わかる」って言われても、嬉しくないような気がするんですよ。自分の喜びにはならない、というか。
稲垣:宮崎さんの「自分の感情でないと歌えない」というのと通じていることなのかなって思うんですけど、光を撮るためには、闇が必要なんですよね。明るいだけだと、「明るい場所にいる」っていうことにも、人は気づけないかもしれない。光を映すときって、「人に光を当てる」というよりは、「影を撮りたい」という意識の方が強いような気もするんです。
もちろん、モデルの方を綺麗に見せることは必要ですけど、映像として、「すべてが明るく見えなくてもいいのにな」っていうことは、常々思っていますね。「写ルンです」って、あるじゃないですか。昔はみんな使っていたと思うんですけど。
—最近も使う人は多いですよね。
稲垣:現像屋さんによって仕上がりの明るさが全然違うんですよね。勝手に明るくしたりするんですよ……私、現像屋さんで働いたことがあるからわかるんですけど(笑)。そういうのを見て、「なんで勝手に明るくするんだろう?」って思っていたんです。影を、無理やり上げなくてもいいと思う。自然の見たままが、一番美しいと思うので。
—そう思うと、“歓喜”の歌詞も、過去形によって綴られているんですよね。どこか「失われてしまったもの」を想起させる部分もある。稲垣さんはこの曲から「記憶」というテーマを導きましたけど、「明暗」でいうところとの「暗」の部分がほのかに滲むからこそ、この曲の優しさや美しさは際立っているのかなと思います。
宮崎:たしかに。“歓喜”は、過去にあった喜びの瞬間や小さな頃の夢をポケットに入れて進んでいこうっていう曲でもあって。その「過去」という部分を、このMVは、より広げてくれた感じがします。
- リリース情報
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- ab initio
『歓喜』 -
2018年11月28日(水)配信
- ab initio
- プロフィール
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- ab initio (あぶいにしお)
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高校の同級生でもある、宮崎優人(Vo&Gt)、ナガハタショウタ(Ba)を中心に、乃村Nolan(Gt&Key)、中村勇介(Dr)の4人からなるバンド。2009年3月結成。2015年1st mini album「もしもし、奇跡ですか」でインディーズデビュー。2018年1月から始まったオーディション「BANDWARS」にて、見事グランプリを獲得した。2018年11月28日、LINEの音楽レーベル「LINE RECORDS」よりデビュー。
- 武居詩織 (たけすえ しおり)
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ファッション誌、ビューティー誌に定評があるモデル。Aimer『カタオモイ』やKANA-BOON『ランアンドラン』My Hair is Bad『真赤』など、話題のMVに出演。雑誌・SPRiNGでは専属のスプリングラマーとしても活躍。趣味は音楽鑑賞で、FUJI ROCKなど国内のフェスに毎年参加するほどの音楽フリーク。
- 稲垣理美 (いながき さとみ)
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映像ディレクター。2010年柿本ケンサク氏に師事し、2017年に独立。コマーシャルフィルム、ミュージックビデオ、ドキュメンタリーなどを中心に映像演出を手がける。映像作品の多くに、日常の風景に潜んでいる微かな光や、人が本来もっている素朴さがちりばめられている。2016年ACCグランプリ、Epic Awards、Spikes Asia、PRアワードグランプリ受賞。
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