画家・庄司朝美が語る。直感を信じた行動が見えない壁を超える時

半透明のアクリル版に油彩で描かれる、真夜中の夢のような不思議なイメージ。東京郊外の自然豊かな土地で制作を続ける庄司朝美の絵画は、作家本人の「作品とそれを取り巻く世界をつなげたい」という想いが、この新たな手法と必然的に結びついたもののように見える。でも、その始まりは自身の仕事=描くことが思うように進まない悩みの時期に生まれた、ふとした「思いつき」だったという。

直感を信じた行動が、見えない壁を超えていく瞬間がある。その先に生み出された彼女の作品が、今回『FACE2019』(損保ジャパン日本興亜美術賞)のグランプリに輝いた。受賞作が展示される『FACE展2019』を機に、庄司朝美のインタビューを彼女のアトリエからお届けする。

豊かな自然に敏感に反応できるなら、それは都市とは違う「情報量」にあふれた世界。

—今日は東京郊外にある庄司さんのアトリエ兼住居におじゃましています。周囲の豊かな木々や近くの川の清流など、とても落ち着いた環境ですね。このアトリエでの暮らしのよいところを挙げるとしたらどんなところでしょうか?

庄司:よい部分は、ふだんから自然が豊かで、情報量が多い世界にいられること。田舎は情報が多いの? と不思議に思う人もいるかもしれません。よく散歩に出かけるのですが、今年は梅の花が去年より少し多く咲いているなと気づけたり、鳥の種類の違いが見分けられるようになったり、ほんの些細なことかもしれませんが、その微差が次々と見えて来る。そういうものに敏感に反応している状態を情報が多い、と捉えているわけです。夏は近くの川で泳いだり、冬は焚き火をしたり。そうした中で周囲の環境が、あるがままに見えてくる感覚があります。

庄司朝美

—都心の「情報量」とは質が違うのでしょうか?

庄司:もちろん都心にも情報は溢れていますが、強い刺激や感情に直に訴えるようなものだけが知覚されて、そのリズムから少しでもズレてしまうと、見えなくなるものが多い気がします。そのせいか、以前都心にいた頃の私は、制作においてもずっとバランスが悪い面がありました。

必要に迫られるとガッと集中して制作するけれど、そのあとしばらくは何もできなかったり、描いてもどこか荒かったり。でも、プロであればどんな職種でもそうだと思いますが、常に自分の仕事に向き合える状態でいるべきだし、自分もそうありたいと思っていました。だからここで暮らすという選択には、そういった環境を変えたいという気持ちがあったと思います。

ときどき外からの刺激をもらいながら、自分とも向き合えるこの環境がとても気に入っています。

—アーティストとして環境との向き合い方も変わりましたか?

庄司:そうですね。もともと私はエスキース(下絵)を描かずに、まず一本の線を描く、絵の具をそこに置く、ということから始めます。そこで何が起こっているかを感じながらイメージを形にしていく、いわばイメージの種のようなものから始める作りかたです。ここでは、制作中「作品に起こっていること」がたくさん聞こえてくるんです。

—逆に、ここでの暮らしで悩ましい部分はありますか?

庄司:ムカデが出ること(笑)。しかも手のひらを広げたくらい大きいのが出るんです。特に暖かい時期はあまりにしょっちゅうなので「ムカデ日記」をつけたほど。でも、ムカデがいる気配を察知できるようになってから、割と冷静に対処できるようになりました。他にも、熊が人里に降りてきたと町内放送があったり、軒先にできた蜂の巣を自分たちで駆除したり、そういう洗礼が日々いろいろありました(笑)。でも、そうした状況に対応していくのが生きるということでもあり、自分にとっての「作る」ことにもつながっていると今は思います。

アトリエにて
『16.12.2』(2016年) 撮影:加藤健

—一方、田舎暮らしに慣れると、都心に出かけたときの感覚も変わるでしょうか?

庄司:先程の話とも繋がりますが、感覚が敏感になる分、一つの展覧会を観ても、得られたり気がつけたりする要素が増えたように感じます。機会を見逃さずにつかむ感覚は、前より鋭くなった感じがあります。あとは、都市の刺激をそんなに浴び続けなくても、ちょっとで十分楽しめるようになったというか。

でも同時に、アトリエで作品と向き合い続ける生活をしていると、「気が狂うかも」と思うところがあって。友人には「いっそ、狂っちゃえば?」と冗談で言われたりもしますが(苦笑)、ときどきは都市部にも出て外からの刺激をもらいながら、自分と向き合えるこの環境がとても気に入っています。

—アーティストに限らず、田舎暮らしを考えている人に何かアドバイスがあるとしたら?

庄司:常に都会的な刺激が欲しい人には向かない気もするし、それぞれの仕事の事情なども関わってくるので、誰にでもおすすめできるものではないとも思う。でも、もしもその人が自分の生きるスピードを調整したいと思っているときや、自身と向き合う必要を感じているようなときには、こうした暮らしはよい転機になるのではと思いますね。

アトリエ前のキッチンにて

ここ数年、いろんな物事がパズルのピースのようにつながってくることがよくあります。

—そうした暮らしから生まれた庄司さんの作品が、今回『FACE2019』グランプリを受賞されました。改めて、おめでとうございます。このコンクールに応募したきっかけは何だったんでしょう?

庄司:作品をずっと見て下さっているギャラリーのオーナーに「あなたは作家としてちゃんと頑張っているのだから、こういうものに応募してみたら?」と勧められたのがきっかけです。なので、受賞はその助言のおかげでもあり、ありがたく思っています。

FACE2019グランプリ作品 庄司朝美『18.10.23』(2018年)

—環境も人間関係も、都会と田舎の暮らしそれぞれから、自分にとってよい部分をうまく生かしているのですね。

庄司:結果的に、そうなっていると思います。ここ数年、これまでは「果たしてこれが役に立つのかな」「意味があるのかな」と思っていたいろんな物事が、パズルのピースのようにつながってきている感覚があります。

私は大学で銅版画を6年間学んだのですが、じつは「もっと他のことがやりたい」というフラストレーションも抱えながら試行錯誤していました。それで卒業後はドローイングや油絵に取り組んできたのですが、線の美しさや強さが大切な銅版画を学んだことは、今の制作にも生きていると感じます。

『FACE2019』グランプリを受賞した『18.10.23』の前で

—受賞作『18.10.23』は、半透明のアクリル版に油絵の具で描くというユニークな手法によるものです。近年の庄司さんに特徴的な取り組みですね。これもそうした試行錯誤のなかで生まれたものでしょうか。

庄司:3年前、展覧会が迫るなかで、絵が全然描けなくて行き詰まったとき生まれた手法です。大きなドローイングを描くつもりで、前もって額も買ってあったのですが、肝心の絵が描けない。しかもサイズが大きく、それにまず自分で紙をそのサイズにカットしなくてはいけないとか、絵が描けないことに加え、いろいろ準備が必要なのもストレスになっていました。

でも、ふとそこにあった額から作品保護用のアクリル板を外してみて、「これに直接描けば紙を切ったりする必要がないな」と思った。それで、表面を少しサンダーでヤスりがけしてみたら、トレーシングペーパーのような半透明になって、まず鉛筆で線を引くことができました。それから、絵の具を乗せたらよい感じで色ものびるし、描く腕が自然といろんなところへ動く。「体」が柔らかくなったような感覚があったんです。

アクリル板に直接、油絵の具を乗せて描き進めていく

—これまで思いもしなかったようなやり方を見つけたとき、その人の中には「とにかくやってみよう」「いやいや、それはナシでしょう」という、相反する気持ちも生じるのではと想像します。庄司さんはそんなとき、どんな行動指針で自分を動かしているのでしょう?

庄司:「思いつき」というものを信じているので、インスピレーションが降りてきたときはごく自然に行動に移します。アクリル板に描き始めたときにも、迷いはありませんでした。とにかく、自分の「思いつき」の結果を早く見たいと思いましたね。描き始めると、想像を超えた手応えにワクワクしました。私の場合、そんな風にピンときたことを疑わずに行動すると大抵良い結果が出るので、その積み重ねがあって「思いつき」を信じています。

—この手法で生まれた庄司さんの作品がさらに特徴的なのは、展示する際は、描いた面とは反対の面を表にして見せるというスタイルです。これも透明のアクリル版に描くからこそ、できたことかと思いますが、なぜそうしたのでしょう?

庄司:最初は描いた面を表にして展示していたのですが、ふと引っくり返してみたとき、テレビのモニターのように思えたんです。今、私たちの得る情報の多くは液晶モニター越しだと思います。鮮明すぎる画像・映像はときに、自分の経験そのものとして記憶されます。そういった構造と繋がったことと、あとは単純にその発色の鮮やかさにも惹かれました。

『16.4.2』(2016年) / アクリル板に鉛筆、油彩、アクリル 119×84cm 撮影:神宮巨樹

—単純な反転ではなく、見る人は庄司さんが描いた絵そのものの「裏側」を目にすることになる。これも面白いですね。

庄司:絵の具を溶かしながら描いていくので、積層していく感じではないのですが、それでも最後に反転させてみたら、描き始めの筆跡や絵具を布で拭った跡などが思いがけずモヤのようになっていたり、想定していなかった見え方があって、そこで認識が変わることはあります。

描き続けるモチベーションとなるのは、作品とそれを取り巻く世界をつなげること。

—作品名『18.10.23』は描いた年月日を示すもの。このアトリエで1日1枚描くような形で生まれた、一連の絵画のひとつだと聞きました。

庄司:毎日ではないのですが、ここで日記のようなものとして描き続けている絵からの1枚です。なので、私にとっては1点だけで語るというより、そうした連なりのなかにあるものです。多くはこのアトリエで、アクリル板に乗せた絵の具や、イメージの新鮮さが乾ききらないうちに完成させます。

—庄司さんの作品からは、真夜中の夢の世界も連想します。以前の個展タイトルに『夜のうちに』というのがありました。

庄司:寝ているうちに、色々なイメージや抽象的な体験が言葉になったり、違う経験になる、そういうことも私の制作に関わっています。「夢は現実のコラージュだ」という言葉もありますが、私のなかでは『夜のうちに』起きることをカオスなままで引き寄せて見るような感覚です。

—そうなのですね。

庄司:ただ、たとえば『18.10.23』には骸骨や、何かをしているように見える人、どこか不穏な森など、具体的なものが描かれているけれど、私がこれを見て特定の日を思い出す、といった類のものではありません。

一方で、これを見る人の側で何かが立ち上がる、沸き起こってくる仕掛けがあると思う。見る人のアバターのようなものが作品に入っていき、絵の中で迷子になるような、そしてまた戻ってきて外界とつながるという……。作品とそれを取り巻く世界がつながり、行き来が生まれるような営みに、私は関心があります。

『18.10.23』部分

—そのお話は、半透明の板に描いたうえで表裏反転、というこの作品の構造と考え合わせると、なお興味深いですね。つながりや行き来ということでは、美術の歴史と自分の関係はどう考えていますか?

たとえばガラス板に描いてより鮮やかな反対側を見せる「ガラス絵」は古くから世界各地に伝わっています。絵画を「描く行為の痕跡」とみれば、キャンバス一面に絵の具を滴らせたジャクソン・ポロックのような人もいました。あるいは異形の身体を描いて感覚に訴えるような絵画を残した、フランシス・ベーコンのような先達もいます。

庄司:美術史を引き継いで作るというのは、潜在的にはもちろんあると思いますが、私にとってはこの時代に生きる一人の人間として時代にどう反応し、何を作れるのかと問うことが重要です。先人達もそのように作品を作ってきたのではないでしょうか。私の作品の場合、頭ばかり働かせて身体が置き去りにされている、またはその逆もありますが、そうした状況に対して、各々が持つ身体の可能性を取り戻そうという意図があります。

—なるほど。

庄司:私が描こうとしているのは、どちらかというと抽象画のような何かだと思っています。たとえばバーネット・ニューマンの『アンナの光』(ほぼ赤一面で描かれた、幅約6mの巨大抽象画)を前にすると、崇高さを感じます。私の場合は具体的なイメージを描いてはいますが、何か特定のストーリーを表しているのではなく、絵がそこに置かれたことで生まれて来る状況や環境自体を作りたいと思っています。それは、やはり見る人と作品との循環のようなものに興味があるからです。

これは作品の展示についても同様です。会場で私自身が画材を広げてドローイングをしたり、「劇場」というキーワードでの個展では作品に加えて短い戯曲を書いたこともあります。またその際、会場で詩人がポエトリーリーディングをしてくれたのですが、そのパフォーマンスは出展作家の私でもほとんど理解できなかった。そうした要素も興味深いです。

『劇場の画家』(ミッドナイトストアー刊) / 展覧会場で起こる空想上の物語を戯曲として刊行。いつか上演される際に入場できるチケット付き

—そうした考え方も、最初に伺ったような暮らしの変化のなかで熟成されてきた?

庄司:加えて、30才という今の年齢もあるかもしれません。バラバラに見えたいろいろなことが、まとまってくる年齢だとも言われたことがあって。そう思うと改めて、30才までの6年間をこの場所で過ごせたのは大切な経験だったし、よかったと思います。

3月7日~24日にかけてgallery21yo-jにて開催される個展『明日のまみえない神話』に向けて制作中

—最後に、今後の創作について今考えていることがあればお願いします。

庄司:今回の『FACE2019』受賞を励みにしつつ、今後は外国での滞在制作などを経験してみたい気持ちもありますが、しばらくこの暮らしのなかで作り続けられたらと思います。そこで、この場所をベースに、より自分に合う環境を手に入れることも考えていけたらと思っています。

また、3月から始まる個展では、一度に視界に納められないような大きさの作品を展示します。一番大きなもので3×4mあり、このサイズは初めて描いたのですが、自分の身体のスケール感も変わってきて、できることや挑戦してみたいことがまた増えました。描かれた絵画と描き手がどのような関係性にあるのか、また、作品がどのような働きかけを鑑賞者にするのか、そんなことを考えながら制作を続けたいです。

『18.9.6』(2018年)アクリル板に油彩
イベント情報
『FACE展 2019 損保ジャパン日本興亜美術賞展』

2019年2月23日(土)~3月30日(土)
会場:東京都 新宿 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館

時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜
料金:600円
※ 高校生以下、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方と付添の方1名、被爆者健康手帳を提示の方は無料

『庄司朝美展 −明日のまみえない神話−』

2019年3月7日(木)~3月24日(日)
会場:東京都 自由が丘 gallery21yo-j
時間:13:00~18:00
休廊日:月、火、水

トークイベント
3月24日(日)16:00~
出演:庄司朝美、中尾拓哉(美術評論家)

プロフィール
庄司朝美 (しょうじ あさみ)

1988年、福島県出身。2012年に多摩美術大学美術研究科絵画専攻版画領域を修了。2015年にトーキョーワンダーウォールでトーキョーワンダーウォール賞を受賞。東京を拠点に活動中。



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