日本のサブスク元年を突破するには? LINE MUSIC×TuneCore

ストリーミングサービスは、世界中の膨大な音楽アーカイブにアクセスできる扉のようなものだ。リスナーはシングルCD1枚分の金額を支払い、その扉をあける権利を得る。アーティストは、楽曲が再生された回数に応じて報酬を受けとる。

定額制のコンテンツ配信システム「サブスクリプション」の登場によって、音楽の聴き方は大きく変わった。受け手と作り手の関係を変え、ビジネスとクリエイション双方に影響をもたらし、そしてその変化はリアルタイムで続いている。

今回の対談には、そうした変化の「仕掛ける側」に立つ二人のキーパーソンが登場。アプリダウンロード数は3,000万を超える日本発の音楽ストリーミングサービス「LINE MUSIC」取締役COO・高橋明彦と、アーティストとプラットフォームをつなぐディストリビューションサービス「TuneCore Japan」代表の野田威一郎の対話が行われた。その中で明らかになったのは、「楽曲が遊ばれながら広がる」音楽の新しい聴かれ方の道筋と、ガラパゴスの度合いを強める日本における音楽市場の今と未来である。

日本のサブスクの盛り上がりは、圧倒的に世界に追いつけていません。(野田)

—TuneCore Japanのサイトには「誰でも自分の曲を世界185カ国以上の配信ストアで配信販売できるサービスです」とありますが、具体的にはどのように使用されているのでしょうか?

野田:TuneCore Japanは、デジタル上で音楽のディストリビューションを行うサービスです。LINE MUSICやSpotify、Apple Musicをはじめとするサブスクリプション(以下、サブスク)や、iTunesなどの配信ストアへ、誰でも自分が作った楽曲を届けることができる、仲介サービスです。TuneCore Japan自体で楽曲の販売は行わず、「楽曲を流通させる」ことが役割になります。

これまで、個人で活動しているアーティストにとっては、自分の楽曲をさまざまなプラットフォームに配信するためのコストが高かったんですけど、TuneCore Japanを使えば誰でもあっという間に自分の楽曲を流通させることができるんです。

高橋:実際にLINE MUSICには、インディーズで活動しているアーティストがTuneCore Japanを通して多数の楽曲を配信しています。楽曲の再生回数をレーベルごとにランキングにすると、メジャーレーベルに並んでTuneCore Japanさんがトップ10に入るんですよ。

左から:野田威一郎(TuneCore Japan代表)、高橋明彦(LINE MUSIC 取締役COO)

野田:10年くらい前までは、音楽がヒットするには、CDショップで取り上げられて、CDが売れて、CMを打って、ドラマの主題歌に……という流れがありました。限られた枠の中にどう乗せていくかの戦いだったので、必然的にメディアや流通とのリレーションが強い大手レコード会社のほうが、ヒットを生み出しやすかったんです。

TuneCoreは、サブスクやダウンロードのモデルに着目しながら、そういった過去のやり方とは全く違う方法論を選択しています。

高橋:LINE MUSICでも、TuneCore Japanさん経由の比率は毎年上がっていますね。日本の音楽業界にも明らかにシフトチェンジが始まっています。

—まさしくゲームチェンジャーですね。日本では、サブスクリプションを取り巻く環境はどのように変わっているのでしょうか?

野田:日本の音楽産業のマーケットは、世界でも2番目に位置するくらい大きいんです。けれど、サブスクの盛り上がりは圧倒的に世界に追いつけていません。

高橋:やっぱりCDがまだまだ強いですし、デジタルでもダウンロード販売が根強く利用されていて、サブスクはまだまだ多くの人に聴かれていない状況です。

野田:ストリーミングサービスによって、音楽産業自体は復活しているんですよ。世界人口が増えていく中で、音楽業界は当面明るいと言われています。欧米に限らず、アジアや南米にもサブスクのユーザーが増えているんです。人口が多い地域が市場全体を押し上げているんですね。世界を見れば、そういうストーリーがたくさん出てくるけど、日本はその流れに取り残されている。

高橋:世界で見れば、音楽マーケットはみんなハッピーモードですよね。まだまだいけるぞ、みたいな。

高橋明彦(LINE MUSIC 取締役COO)

—そういった流れを決定づけたアーティストとして、Chance the Rapperが象徴的です。既存の流通に乗らず音源の有料販売を行わずに大ヒットしました。その結果、『グラミー賞』の「有料販売の作品のみを対象にする」というルールを変更させ、受賞するにまで至っています。

野田:そうですね。アメリカでは2015年から、サブスクの普及の後押しもあって、音楽業界は回復傾向にあります。Chance the Rapper擁するThe Social ExperimentがiTunes Storeで、アルバム『Surf』を無料ダウンロード配信した年ですね。

高橋:その一方で、日本においては「サブスク元年が来るぞ」って、毎年言われ続けているんですが、本格的にサブスクの時代が来た、とはまだ言い難いです。「サブスク元年」を何回も繰り返しているんです(笑)。

楽曲を使って自由に遊ばれながら広まる時代が来ていると思います。(高橋)

—海外と日本で大きな状況の違いが生まれているのは、どうしてなのでしょうか?

高橋:日本は海外に比べるとCDが売れる市場なので、主にレコード会社側がダウンロード配信やサブスクへの移行に前向きでなかった、という事情があります。また、MUSIC FMのような無許諾アプリや、YouTubeのようなフリーの視聴体験が浸透していて、課金に対するハードルが高いです。そしてJ-POPのビッグアーティストがまだサブスクに進出していないということもありますね。そういった要因が掛け合わさっていると見ています。ただ、去年あたりからやっとビッグアーティストが入ってきたので、ようやく雪解けなのかなと。

野田:2018年は、日本でも10代などの若い層がサブスクを使い始めました。TuneCore利用アーティストの売り上げの推移を見ていると、これまでに比べて低年齢層や地方のリスナーに届き始めていることがわかります。

高橋:LINE MUSICでも、日本のヒップホップだったり、ボカロ系だったり、そういったジャンルがランキング上位に入ってきています。この2年でずいぶん状況が変わりました。まだまだと言いつつ、サブスクのユーザー数自体は毎年かなりの勢いで増えています。

—サブスクが普及しつつある中で、リスナーと音楽との関わり方にはどのような変化があったのでしょうか?

高橋:音楽との出会い方が大きく変化してきていますね。「楽曲を使って自由に遊ばれながら広まる時代」が来ていると思います。TikTokやYouTubeで、ユーザー自身が楽曲を使って遊びながら、ソーシャルネットワークの中でどんどん伝播して広まっていく。

LINE MUSICは若いユーザーが多いので、TikTokとの相性もいいんです。ラッツ&スターの“め組のひと”(1983年)を倖田來未さんがカバーしていますが、それがTikTokで流行ったとき、LINE MUSICの再生回数が急激に伸びたりもしていました。音楽とリスナーとの新しいタッチポイントが生まれているんですよね。

野田:昨年だと、King Rabbitsの“イイ波のってん☆NIGHT”という楽曲がTikTokで流行っていましたね。実はTuneCoreから配信しているんですけど、僕もTikTok経由で初めて聴きました。

野田威一郎(TuneCore Japan代表)

—デジタルならではの広がり方で音楽が流行していくんですね。そういった流れの中では、権利的な部分が課題になってくると思うのですが、現状ではどのような取り決めがあるのでしょうか?

野田:レーベルが許諾を出している場合もあれば、ユーザーが勝手に使ってしまう場合もまだありますね。TikTokをはじめ、様々なプラットフォームと共にルールを整えよう、と今動いているところですが、環境の変化が速すぎてルールが追いついていないという部分はあります。

高橋:UGC(User Generated Contents=ユーザー生成コンテンツ)と呼ばれる、ユーザー自らがコンテンツを投稿できるサービスって、場合によって権利的にグレーな部分が多いんですよ。そこは既存のルールでは対応できていないのですが、著作権などの法律を変えるのには、とにかく時間がかかります。

TuneCoreさんはもちろん正規のディストリビューターとしてさまざまなプラットフォームに配信しています。ステークホルダーと協同し、新しい利用方法にあわせたルールを作りながら、アーティストに還元されるように進められていますよね。LINE MUSICも共に、業界全体で取り組んでいかなければなりません。

野田:アーティストに還元して、アーティストの権利を守るためにどうすべきか。それを第一に考えていますね。

今は家にCDを再生する環境を持ってない人も多いですからね(笑)。(高橋)

—今後、アーティストが商業的な成功を考える上で、こういった環境の変化に適応していくということが必要になるのでしょうか。

野田:セルフプロデュースがうまい子たちが、ツールをうまく駆使して成功している傾向はあります。でも、それぞれのスタイルでいいと思いますよ。やらない、って振り切るのもひとつのスタイル。そういう選択肢も含めて、自由にやれる時代なのかなって。

高橋:アーティスト自らが0→1を作るわけですが、それを発見してプラットフォームへ繋ぐのがTuneCoreさん。たくさんの1を見つけ出してくる存在ですよね。その1を10にするのはLINE MUSICなどのサブスクの役割。そこから先の10を100にするにはメディアやYouTubeを用いることが必要になってきます。

これは、音楽が0から100(ヒット)に至る新しいルートが生まれている、ということです。無理して流行のセルフプロデュースする必要はなくて、自分に合ったやり方を見付け出せばいいと思います。まだ誰も知らない方法論があるはずなんですよ。今は環境が固まる前の段階なので、それぞれのやり方で攻めてほしいなって。ただ、やるなら早い方が絶対にいいです、ライバルが少ないので。

野田:ミュージシャンを目指している子の中には、いまだにCD-Rを焼いて渡してる子もいるんです。TuneCoreでいうと配信のコストは年間で1,410円(税抜)。CD-Rを大量に作るよりも、安上がりだということにまだ気づいていないんですよね。

高橋:サブスクに出してもサービスを使ってない人に届けられないから……と言われることもありますが、皆さんスマホは持っていますし、逆に今は家にCDを再生する環境を持ってない人も多いですからね(笑)。だから、インディーズのアーティストには、CDを配布するより、サブスク配信してQRコードやURLで伝える方がいいよって話してます。

—ちなみに、今現在、日本国内でサブスクリプションモデルによって生計を立てているアーティストってどのくらいいるのでしょう?

野田:1か月に数百万ぐらいの収益に繋がっているアーティストはたくさんいますよ。正式には発表していないんですけど。

高橋:LINE MUSICだけで数百万を超える収益につながっているアーティストも多数いますから、他のサブスクの売上を合計すれば、もっと収入は多いでしょうね。

野田:アーティストの生きる道のバリエーションは確実に増えてきています。音楽を生業にして、それで生活ができているっていうのは健全な形。そういうアーティストがこれからもっと増えていくといいですね。「今、何が起きているのか」がもっと広まることを期待しています。

—最後に、お二人の今後の展望について教えてください。

高橋:日本発、そしてLINE MUSICだからこそできることを、もっともっと突き詰めていきたいです。いろいろなサブスクサービスがある中で、我々は「LINE」を利用する7900万人のユーザーに対して、リーチを広げていく試みを行って、もっと音楽を楽しんでもらえるような仕組みを広げていきたいと思っています。

LINE MUSICには、自分のプロフィールにBGMを設定する機能があるのですが、今度この機能が拡張して、トークルームにもBGMを設定できる機能が実装されます。そうすると、恋人同士や友だちとのグループのトークルームに設定できるようになり、そこで思い出の曲を共有しながら、同時にLINEでやりとりができるようになるんです。そんなアプローチで昔の着うたのように、コミュニケーションの中に音楽を組み込んで、音楽をもっと楽しくしたいと思っています。

野田:いいですね。楽しみです。そういう仕掛けも含めて、みんなで一緒に市場をつくっていく、ということが大切ですよね。自分たちの役割を全うしたいです。

TuneCore単体としては、2019年は世界に視野を広げていきます。アジアの配信先をいくつか仕込んでいるので、中国と東南アジアの辺りにダイレクトに日本の音楽を送り出すということを実現したいですね。あとは、先ほども話に上がりましたが、日本のサブスクを代表するようなビッグアーティストの登場を待っています。

高橋:我々も、LINE RECORDSという独自レーベルを持っていて、トライアンドエラーをしながら共に成長しています。TuneCoreさんやLINE RECORDSから出たアーティストが日本に限らず、世界のメインストリームに立つことができれば、ついに元年が終わって、本当のサブスクの時代が来るんじゃないかなって思います(笑)。

プロフィール
高橋明彦 (たかはし あきひこ)

LINE MUSIC 取締役COO。2000年 ヤフー株式会社入社。その後、リクルートを経て、2011年にネイバージャパン(現:LINE株式会社)へ。新規事業を担当する事業戦略室に所属し、LINEスタンプの立ち上げを経て、2013年より音楽事業を担当。2014年のLINE MUSIC株式会社を設立し、2015年 同社取締役に就任。現在に至る

野田威一郎 (のだ いいちろう)

東京出身。香港で中学・高校時代を過ごし、慶應義塾大学卒業後、株式会社アドウェイズ入社。2008年に独立しWano株式会社を設立。2012年にはTuneCore Japanを立ち上げ、2012年10月にサービスを開始。



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