「偶発的な出会い」をコンセプトに、Ginza Sony Parkにて開催されているライブプログラム『Park Live』。毎回、ジャンル、世代、国境を超えた様々なアーティストが出演するこのイベントに、去る3月8日、蓮沼執太が出演した。
多くの人が見守るなか蓮沼が披露したのは、即興演奏。去年、「資生堂ギャラリー」にて開催した『蓮沼執太: ~ ing』展が『第69回 芸術選奨 文部科学大臣賞』も受賞した蓮沼。多岐に渡る活動のなかで、いま、彼が即興演奏にかける想いとは? 「鳴らしてみないとわからない」と言う様々な楽器で鳴らす偶発的な音楽との出会いを、終演後の本人インタビューと共に振り返っていきたい。
鳴らしてみないとどんな音が出るのかわからないものの方が好きなんです。
会場である「Ginza Sony Park」の地下4階には、ビールや食事を楽しむことができるイートインスペースもあり、演奏が始まる前から、集まった人たちが飲食を楽しみながら大いに賑わっている。そんな、お客さんたちに取り囲まれるような形でセッティングされた機材。ざっくばらんに置かれた楽器は、アナログシンセサイザー、トライアングル、カリンバ、カセットプレイヤー、様々な形状のスティック、ゴングプレートなどなど(「うちわ」や「石」もある)。どんな音が奏でられるのか、一切予測ができないまま開演時間が訪れ、そっと会場に現れた蓮沼。
この日は、ユニット「正直」のメンバーであり、蓮沼執太フィルのリミックスなども手掛けるアーティストの時里充と、蓮沼のイベントのフライヤーなども手掛けるグラフィックデザイナーの石塚俊もステージに参加。音と映像、照明が絡み合う即興演奏。蓮沼は、この空間の空気をじっくりと読んでいるようだった。
—今日の演奏はいかがでしたか?
蓮沼:最近のライブは蓮沼執太フィルであったり、タブラ奏者のU-zhaanと一緒にやったりすることが多いので、ソロの演奏をやることが少なかったんですよね。即興は、去年ニューヨークでU-zhaanとふたりでやって以来、約1年ぶりだったんですよ。即興演奏に向かう姿勢というのは、つねに「生きている」というか、その瞬間瞬間で、音楽に向かい合っている感じがして、やってみて面白かったです。
—今日、音を出すために使われた楽器は、どのように選ばれたのでしょうか?
蓮沼:なんとなくで選んだんですけど(笑)。今日は、木や金物が多かったですね。フィルの印象が強いからかもしれないですけど、僕はピアニストだと思われることも多いんですよ。でも僕自身は、自分がピアニストだっていう感覚はありません。鍵盤は、ドを弾くとドの音が当然のように出るじゃないですか。その予定調和よりも、鳴らしてみないとどんな音が出るのかわからないものの方が好きです。
—今日のライブでは、途中でピアノの音も聴こえてきましたけど、あれはカセットから流していましたよね?
蓮沼:そうですね。「ピアノの音」といっても、フィールドレコーダーを、ピアノを弾いている場所からかなり遠くにおいて録音したものなんです。なので、厳密に「ピアノの音」というよりは、自宅の家電の音とか、それ以外の雑音とか、あのカセットテープにはもっといろんな音が入っているんですよ。
—事前に、時里さんと石塚さんのおふたりと、打ち合わせなどはしたのでしょうか?
蓮沼:いや、まったくしていないです。今日、僕がなにを持ってくるかも他のふたりは知らなかったですし。時里くんなんて、19時20分くらいに来ましたから(開演は20時)。
—すごい……。終わり方も決めないんですか?
蓮沼:はい、なんとなく「これで終わり!」ってなったので、終わりました(笑)。即興って、ずっと音が「続いている」という状態なんです。持続している時間に急に終わりが訪れるニュアンスです。いきなりシャットダウンするように音楽的時間が終わるんです。
—蓮沼さんにとって即興演奏の面白さとは、どのような部分にあるのでしょう?
蓮沼:あまりルールや制限を設けないのが即興のベーシックな面白さだと思うんですけど、とは言いつつも、僕にとっては家で音楽を作るのも即興的な感覚なんですよね。もちろんロジカルに作曲する場合もありますが、「こういうメロディーで、こういうハーモニーにして……」みたいなことを頭で考えるよりは、パッとレコーダーを回して何か音を入れていくことが多いんです。
なので、今日みたいな即興演奏は、「日々の制作をパフォーマンス化してみた」っていう感覚の方が強いかもしれないです。スタジオでの風景を見せている感覚、というか。
—なるほど。
蓮沼:普通にライブ演奏をしていても、誰かと演奏している場合、相手の出している音を聴いていないっていうことはないですよね。相手の出している音と、自分が出している音の駆け引きは、音楽を作るうえでつねにある。それに、たとえ、ひとりでの演奏であっても、聴いている人が増えたり減ったりする、みたいな環境の変化によって、出す音も変わっていくと思うんですよ。
—音楽を鳴らすというのは、どんな場合においても即興的な側面を持っているんですね。
音って「接触」なんですよ。接触することに、いまはすごく興味があるんです。
演奏が始まると、まるで心臓の音のような重低音が響きわたり、そこから電子音、カセット音、机に打ち付けられる金属の音、石をこすり合わせる音、時里による、養生テープをビリビリビリッと剥がす音(この音が強烈だった!)など……様々な音が、空間に立ち現れては消えていく。水分補給のために用意されていたであろう、水の入ったペットボトルですらも、机に叩きつけて音を生み出していく蓮沼。金属のスティックを打ちつけながら、ファンキーなビートを生み出す姿も印象的だ。
—今日の会場となった「Ginza Sony Park」はいかがでしたか? 人が飲食している空間でこうした即興演奏をやるのも、かなり特殊な体験ではあると思うのですが。
蓮沼:こういうバーのような空間は、どうしたってザワザワしているんですよね。なので今日は、最初の3分くらいは音を出さなかったんですよ。むしろ僕が会場の音を聴いている時間でした。「この空間の基本の音は、こんな感じだ」っていうものを、みんなにも聴いてもらおうと思って。そこから自分たちの音をチューニングしていくっていう感じでした。
—蓮沼さんにとって、「音楽を奏でること」は、「空間を生み出すこと」と密接に関わっているのでしょうか。
蓮沼:空間のことは非常に考えますね。建築家のように目に見える空間を作っているわけではないので、強いて言えば「常々変わっていく空間」というか。「伸縮していく空間」と言ってもいいと思うんですけど、そういうものを生み出せることは、音楽の面白いところだと思います。
—去年は蓮沼執太フィルとしてアルバム『ANTHROPOCENE』(2018年)のリリースもありましたけど、近年、フィルでの活動や展覧会などを精力的に行ってきた、その次のモードとして、今日のようなミニマルな編成での即興演奏があるのかな、とも思いました。
蓮沼執太フィル『ANTHROPOCENE』を聴く(Apple Musicはこちら)
蓮沼:それはあると思います。自分のモードってありますからね。去年1年を通して、フィルをやったり、展覧会を行ったりしてアウトプットが多かったぶん、自分と向き合う時間が少なかったと思うんですよ。去年の後半くらいからやっと勉強し直すような時間が取れるようになったので、今年は少しモードを変えてやってみようかっていう感じになっています。
—現時点での蓮沼さんは、どのような視点にフォーカスが当たっているのでしょう?
蓮沼:音って何かと何かの「接触」なんですよ、こういうふうに(と言いながら、机をたたく)、「接触すること」に、いまはすごく興味があるんです。人間もそう同じように思うんです。「あいつ、いいやつだな」とか、「あいつ、嫌なやつだな」とか、そういうことは接触することで関係が生まれてきますよね。
もちろん、ダイレクトな接触ではなくても、映画を観ることも映像との接触だと思うし、面白い映画を観て感動して「自分も何か作ろう!」って思うことも、接触だと思う。そういうなかでも、音はプリミティブな「接触」ですよね。今日、鳴らした音も、そういうものだと思うんです。
—それって、フィルのような大所帯で鳴らす音のあり様を模索するところから、より視点が「個」へと向かっていく、ということでもあるんですかね?
蓮沼:去年から継続してきたフィルのレコーディングも今年はあるんですけど、もう少し「自分のこと」をやりたいっていうのはあるかもしれないですね。だけど、自分のことはとても時間がかかるんですよねぇ……。
人と一緒にやると、相手の意見を聞いたり、それによってこっちの意見を引いたりしながらやっていかざるをえないじゃないですか。そういう駆け引きをしていくうちに、段々とゴールが見えてくるものなんですけど、「自分の作品」となると、自分と対峙するしかない。なので、相手との兼ね合いで着地点を見出すっていうことがないんですよね。「できるかなぁ……」っていう(苦笑)。
違う時代に生きていたら、もっと気楽に音楽をやっていたかもしれないけどね。「楽しけりゃいいじゃん!」みたいなさ。
演奏時間はおよそ45分ほどだったか。先でも語られているように、今回の即興演奏には、どこかフィルでの活動などを経過したうえでの、蓮沼執太の現在地があるようにも感じられた。時を経るごとに姿形を変えていく蓮沼の音楽は、この先どこへと向かうのだろうか。
—僕はこれまで何度か、この『Park Live』の記事を書かせてもらったんですけど、「怒り」に対するそれぞれの音楽家のアティチュードが垣間見える瞬間があったんですよね。なので、ちょっと乱暴な訊き方になってしまうのですが、蓮沼さんの音楽に「怒り」はあるのかどうか、という点を伺いたくて。
蓮沼:あると思いますよ。感情論ではなく、問題意識として「怒り」はあると思う。よく「怒らなそうですね」って言われるんですけど(笑)。でも、日本って普通に生きていても、理解出来ないことが多いですよね。
僕の家はいまブルックリンにあるんです。なので、日本とは置かれている環境とも違うので、日本のことをある程度は距離をとって引いては見るんですけど、ニュースを見て「これはおかしいな」と思うことは多いです。日本に蔓延する均一的な「空気」に対する怒り、というか。たとえば、忌野清志郎さんのようにダイレクトにそれを歌えることも音楽のすごさですけど、僕は作曲家という側面が大きい人間なので、違った形でそういう気持ちを表しているかもしれません。
—なるほど。
蓮沼:「怒り」って、僕にとっては、ちょっと人間的すぎるというか、ロゴス的すぎる。生きているのって、人間だけじゃないですからね。動物も生きていれば、植物も生きていますよね。
—たしかに、そうですよね。
蓮沼:社会に対して自分はどのように活動していくか? そして、それをどう音楽にしていくのか? こういうことは、ベーシックには考えているんだけど、それだけでは、僕は満足できない。
もっと根本的に、「なぜ、自分はそれをやるのか?」ということが、自分にとってはすごく重要なことだと思うんですよね。たとえば、いまは移民の問題があったりするけど、僕もアメリカに行けば移民だし、アメリカでは「日本人」というよりは「アジア人」として認識されることの方が多いです。そういう部分って、すごく複雑なんです。
—たしかに、個々人の当事者性というのは、「○○人だから」とか「性別が○○だから」ということだけでは収まらない、もっと複雑なもののなかに成り立ちますよね。
蓮沼:だからこそ、今日の即興演奏のように「瞬間瞬間で、どう自分が反応するか?」「どういうふうに音作りをするか?」っていうことを、自分はやっているんだと思います。あくまでも、環境との対話によって成り立っていくもの、というか。そういう意味でも「接触」は大事なことだなと思うんですよね。
—「接触」を問う、というのは、いまの時代に対してとても批評的な試みのように聞こえます。
蓮沼:だと、いいですけどね(笑)。生きていれば世の中の考え方や流れもどんどん変わっていくし、時代は変わっていくなって、目に見えて思うじゃないですか。日本だけを見ても、震災から8年近くが経って、次はオリンピックが控えています。
そういう変化のなかに生きているんだっていうことに対しては、意識的でありたいですよね。もし、違う時代に生きていたら、もっと気楽に音楽をやっていたかもしれないけどね。「楽しけりゃいいじゃん!」みたいなさ。
—……。
蓮沼:……やってなさそうですね(笑)。
- イベント情報
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- 『Park Live』
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2019年1月27日(日)
会場:Ginza Sony Park 地下4階ライブハウスともクラブとも一味違う、音楽と触れ合う新たな場となる"Park Live"。音楽との偶発的な出会いを演出します。
開催日:毎週 金曜日20:00 - 、不定期
- リリース情報
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- 蓮沼執太フィル
『ANTHROPOCENE』 -
2018年7月18日(水)発売
価格:3,300円(税込)
COCP-40486︎1. Anthropocene – intro
2. Meeting Place
3. Juxtaposition with Tokyo
4. the unseen
5. 4O
6. off-site
7. centers #1
8. centers #2
9. centers #3
10. TIME
11. Bridge Suites
12. NEW
13. Anthropocene – outro
- 蓮沼執太フィル
- プロフィール
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- 蓮沼執太 (はすぬま しゅうた)
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1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなど、多数の音楽制作をする。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーションを発表し、展覧会やプロジェクトを行う。2013年にアジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)、2017年に文化庁東アジア文化交流史に指名されるなど、日本国外での活動を展開。主な個展に『Compositions』(ニューヨーク・Pioneer Works 2018)、『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。最新アルバムに、蓮沼執太フィル『ANTHROPOCENE』(2018)。『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)では、『平成30年度芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。
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