自分以外の誰かと一緒に、何かものを作るということ。それは私たちの身の回りに溢れている営みだ。でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。どうして人は、他の人と共に、ものを作るのだろう。どうやったら、手を取り合い、同時に刺激を与え合いながら、まだ見たことのない地平を目指すことができるのだろう。
元SAKEROCKのベーシストである田中馨のバンドHei Tanakaが、1stアルバム『ぼ~ん』を4月3日にリリースした。生きる、ということをエネルギッシュに、6人編成のバンドで表現する楽曲たちを聴いていると、そんな問いが頭に浮かんでくるのだ。
そして記念すべき1stアルバムの大団円となる1曲“アイムジャクソン”は、田中と親交の深い劇作家・演出家・俳優であるノゾエ征爾が作詞を手がけた。あの世へ旅立ったマイケル・ジャクソンを引き合いに出しながら、これからこの世に生まれ来る赤ん坊を言祝(ことほ)ぐ、祝祭的なナンバー。バンドとして新たな一歩を踏み出した田中と、主宰する劇団「はえぎわ」結成20周年を迎えたノゾエが、ものを作る「共同体」について語り合った。
録音しても面白いものができるんじゃないかと感じたので、今回アルバムを制作しました。(田中)
—Hei Tanakaは「オルタナティブ・アバンギャルド・パンクロックバンド」だとプレスリリースにもありますが、アルバム『ぼ~ん』全体も、リードナンバーである“やみよのさくせい”も、今まさにこの世界に生まれること、生まれ直すことへのエネルギーに満ちていますね。そもそも、どんなバンドなのですか。
田中:7年前にはじめたバンドで、最初はベーシストの僕とドラム2人でした。一時期の活動休止を経て、2016年に、ベース、ドラム、ギター、サックス3人という今の形になって再始動しました。
当初から「CDとして音源を録音する」という音楽の作りかたとはまったく違う方向に進んでいったバンドなんです。音源のことは考えずにライブだけを集中してやってきて、それでどこまでいけるんだろう、どんなことが生まれるのだろう、という個人的な興味があって。
それから、今の6人の編成になって改めて動きはじめる中で、「僕がやりたいこと」だけではなく、バンドとして「一緒に作っていく」というように、6人の気持ちの矢印が集まっていって。これなら、録音しても面白いものができるんじゃないか、と感じたので、今回アルバムを制作しました。
—アバンギャルドかつポップな音は、ジャンルというよりは、「みんなで一緒に作る」という音楽のありようを表現しているということなのでしょうか?
田中:そうですね。このメンバーで、それぞれミュージシャンとして活躍してきた経験値とか、音楽的な考え方を、どうしたらひとつの机に一緒に並べられるかな、と考えたんです。まず僕たちが音楽に対しての固定概念を取っ払って一緒になれないと、ライブでお客さんにも伝わらないし、場を共有できないよなって。そんなことを考えていたら、こういう音楽になっていきました。
—記念すべき1stアルバムに、田中さんが舞台音楽の制作でこれまで何度も共にしてきたノゾエ征爾さんが、“アイムジャクソン”の歌詞を書いた、と。
Hei Tanaka“アイムジャクソン”を聴く(Apple Musicはこちら)
ノゾエ:去年も、僕が手がけていた演劇作品の音楽担当として馨くんに入ってもらったんですけど、その現場で、いきなり依頼されたんです。本当にフラッと、「ちょっと歌詞を書いてもらいたいんだけど?」って。
田中:「お昼食べにいかない?」みたいな感じで……(笑)。
ノゾエ:「えええっ!?」ってビックリして(笑)。僕の演劇作品には馨くんに入ってもらいたいんだけど、僕が馨くんの作品に入っていくのはちょっとおこがましいような気もして、恐れ多いなあと。
僕は言葉を扱う仕事をしていますし、学生の頃は友人とバンドを組むこともあって、音楽作りも歌詞を書くことも、趣味としてはやっていたんですけど……お願いされた時は、(ファイティングポーズをとりながら)脳みそも体もガッチガチになって、「ああ、どうしよう」と思いながらも、引き受けたんです(笑)。
どこにいきつくかわからない歌詞のほうが、馨くんに対して誠実だと思ったんです。(ノゾエ)
—そこから“アイムジャクソン”が生まれたんですね。西城秀樹、松方弘樹、フィリップ・シーモア・ホフマン、樹木希林、江波杏子へ「そう言えば君も死んじゃったね」と言いながら、夢に出てきた「アイムジャクソンと名乗る奴」について歌うという、本当に破格の名曲です。
田中:一緒にお仕事をしていた舞台の稽古中、一番ぐっちゃぐちゃになっている期間中に、突然メールでポロンと歌詞が送られてきたんですよ。「ええっ、こんな状況で!?」ってビックリして(笑)。読んだら、「んん? これは……歌詞?」というような長い文章で。普通に朗読しても5分くらいかかるんじゃないか? って(笑)。
ノゾエ:歌詞を依頼されて、ガッチガチになってたんですけど、「いや、もういいじゃないか」と思って。今僕が書ける言葉たちを、普通に書こう、と。歌詞という枠にとらわれず、リズムを踏んでようが何だろうが、どこにいきつくかわからないような歌詞のほうがむしろ、今の自分にとって自然体だし、馨くんに対しても一番誠実かもしれないな、と思ったんです。だからもう遠慮なく書かせてもらいました。
田中:そもそもお願いした経緯としては、アルバムを作るにあたって、ノゾエくんに歌詞を書いてもらえれば、この作品がもっとよくなるし、世界が広がるという……思いつきのような、でも確信めいたものがあったんです。ノゾエくんが扱う言葉の感覚は大好きだったし、言葉を扱う人の強度のある言葉が欲しかったんです。
歌詞を読んだ瞬間に、「全部ノゾエくんの日々のことだ」っていうのがすぐにわかって、めちゃくちゃ嬉しかったですね。ノゾエくんにとって大事なことを、言葉にしてもらえたんだ、って。
—後半に<不意に電話 妻から電話 腹の子の性別が告げられる>と歌われて、<そうかそういうことか 30年後の君が握手しながら言うのだ アイムジャクソン>と盛り上がっていきますね。この赤ちゃんのエピソードは、ノゾエさんの……?
ノゾエ:はい。まさに稽古の時期に、妻のお腹の中に赤ん坊がいるときに書いたものです。先ほどからお伝えしている、馨くんと一緒だった去年の舞台は、「ゴールド・アーツ・クラブ」(彩の国さいたま芸術劇場による、60歳以上のための芸術クラブ活動)のお年寄りのみなさんと一緒の現場だったんです。
そういう時期だったので、生まれてくる赤ん坊のことを思いながらお年寄りのみなさんと接していたら、自然と「命」のことを考えるようになっていて。それが『ぼ~ん』というアルバムのテーマともリンクしていたのは、後日知ったときにすごく感動しました。
「無謀な歌詞でしょう。でも、田中馨でしょ? 天才が出てくるんじゃないですか?」って(笑)。(ノゾエ)
—歌詞に対して、バンドメンバーのテンションの高い演奏が一緒くたになり、かつみんなでコーラスも歌うような音は、どういう思いで作ったのですか?
田中:Hei Tanakaとして積み上げてきたものを全部ぶちこんだら、何かうまくいくんじゃないか――そうしたら、Hei Tanakaとしてこの曲をやる意味も出てくるかなあ、と。演奏もみんなで歌うことも、6人の力をぶちこんで、そこから見えた光に突き進んでいく……というような作業でした。
ノゾエ:この曲に限らずなんですが、馨くんと何度も一緒にやってきたから言えることがあるんです。それは、「無茶ぶりすればするほどハネる」ということ!(笑)
田中:ハハハハ!(笑)
ノゾエ:そこが最高に面白いんですよ。「ポテンシャル、ハンパねえ!」というか、何を振っても最終的に想定を越えてくるんです(笑)。
初めて一緒にやったのが2013年で(『続・世界の日本人ジョーク集』)、音楽の生演奏がある舞台だったんです。稽古中に舞台上で台本を考えながら、馨くんも横にいてもらって、同時に音楽も作ってもらう。「よくわかんないけど、ここは何となくこういうシーンだから……何かあります?」みたいな相談ばかり(笑)。あらかじめ地図があるわけでもないまま、振る、応える、という「創作の対話」をしていったんです。それこそが楽しいんですよね。
だから“アイムジャクソン”の歌詞も、理解したうえで振っているんです。「なかなか無謀な歌詞でしょう。でも、田中馨でしょ? ハネるんじゃないですか? また天才が出てくるんじゃないですか?」って(笑)。仕上がりにはシビれましたね……!
田中:(笑)。ノゾエくんの舞台で僕は、「音楽をやってきて、今までこんなふうに(球を)投げてもらったことがない!」という経験をしたんです。ノゾエくんが投げてくれる、それを何とか考えて返す。返したものに対しても、もっとよくなる可能性を一緒に探っていける。そういうやりとりが、楽しくてしょうがなかった。
ノゾエ:馨くんと何かを作るとき、血管がもう1本増えるような感覚なんですよね。血流がもう1本、自分の体に新たに流れはじめるような……そんな興奮があるような気がします。
田中:バンドでも、投げかけて、応えて、という楽しさや喜びがあるはずなんです。ノゾエくんとの共同作業は、そんな作り方もアリなんだと思わせてくれたので、Hei Tanakaに大きな影響を与えています。
—なるほど。そんなシビれる感覚を、それぞれのバンドや劇団ではどうやって味わうのでしょうか。たとえばHei Tanakaでは?
田中:そうですね……たとえば全力を出したテイクでもいいんだけど、もう少し違うやり方を試したいんです。例えば、『ぼ~ん』の収録中にスタジオで、みんな全裸になったことがあります。
ノゾエ:ええっ!? 全裸って本当の全裸? パンツも脱いだの!?
田中:はい(笑)。11曲目の“淡い記憶の中”のときなんですが。ソロを演奏するあだち麗三郎に「裸のあだち麗三郎を見せて」と言ったら、本当に裸になって、それじゃあ僕もって裸になって、その後メンバーのほとんど、エンジニアさんも裸になって……(笑)。それで収録したら「これだね!」っていうテイクができたんです。全裸になったことで、メンバーみんなで共有できた瞬間があったんですよね。
Hei Tanaka“淡い記憶の中”を聴く(Apple Musicはこちら)
田中:あと、AメロBメロもなく、拍子も音程感もむちゃくちゃで、物理的にも演奏するのに無理があるような「演奏できない譜面」を用意して、メンバーにこれでやってくださいと言ったりしたこともあります。それこそが僕からの投げかけだったんですよね。
そこからメンバーは考えて演奏をしてくれて、そのうちに、気持ちよく演奏できる方法を見つけたり、曲の解釈が腑に落ちるようになったりしながら、もっとよくするアイデアが出てくるんです。
自分が今できる一番力強い「飛び方」に挑戦している、そんな顔をしていたんです。(田中)
ノゾエ:収録した音源って、舞台の脚本でいうと「決定稿」のようなものじゃないですか。そこからまたライブで曲たちは変わっていくの?
田中:4月からはじまるツアーで、収録した楽曲がどうしたらもっと面白くなっていくかということを、メンバーそれぞれの欲をもとに考えていきますね。
ノゾエ:その欲っていつ出すの? 本番で一人ひとり勝手に出るものなんですか?
田中:そうなんです、みんな勝手にやるんですよ。
ノゾエ:ライブの稽古はするけど、お客さんの前に出たときにまた変わるであろう「余白」は残しておくわけですよね?
田中:そうですね、リハでは余白は残しつつ、洗練させておくんですが、でもライブになるとみんなテンションが変わって、全然違うことをし出す。僕も、リハで決めたことを何もしないって言われます(笑)。
ノゾエ:なるほど。いや、バンドでどんなふうにアルバムを作っているのかというのは、舞台をやる人間としては謎なんです。演劇の場合は、基本的に稽古でしっかり作って、本番はそのままやるという感じなので。
—20周年を迎えた劇団はえぎわでは、ノゾエさんはどうメンバーと一緒にものを作っているのでしょう。
ノゾエ:基本的に、僕の中にある設計図を伝えすぎないようにしています。細かく注文することもありますが、なるべく最小限のことしか言いませんね。「もう少し面白く」とか……(笑)。というのも、俳優が受動的にならないようにしたいし、お互い発信者であり続けたいんです。明確な注文が入ってから作るのではなく、あいまいな注文のときに何を作るのか。いわば、「アグレッシブな料理人」でいてほしいと、ずっと思っているんです。
田中:先日、「はえぎわ」20周年作品の『桜のその薗』を観せていただいたとき、俳優のみなさんが、自分たちが今できる一番力強い表現の「飛び方」に挑戦している、そんな顔をしていたんです。説得力のある顔にグッときちゃったんですよ。
ノゾエ:そうなんだ……いや、自分たちではわからないんですけど(笑)。でも、似たような感覚は、Hei Tanakaのメンバーのみなさんとご一緒した時に感じました。何かよくわからない、闇雲な冒険に繰り出したけど、たしかな手ごたえをみんなが感じられているんだな、という匂いですね。
田中:バンドとしては7年経ちましたが、『ぼ~ん』ができたことで、ある意味、生まれたての赤ん坊のようなものです。これからどうなるかはわからないけど、やっぱり、みんなの欲がさらに出てきて変化していくことが楽しみですね。そこにこそ、僕たちが歩いていく道があるような気がします。
Hei Tanaka『ぼ〜ん』を聴く(Apple Musicはこちら)
- リリース情報
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- Hei Tanaka
『ぼ~ん』 -
2019年4月3日(水)発売
価格:3,024円(税込)
DDCK-10601.やみよのさくせい
2.ぼ~ん
3.南洋キハ164系
4.意味はない
5.富士山
6.goodfriend
7.ミツバチ
8.Sprite
9.愛のスコール
10.SORANOKOTOZUTE
11.淡い記憶の中
12.アイムジャクソン
- Hei Tanaka
- イベント情報
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- 『ぼ~んツアーだい!』
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2019年10月19日(土)
会場:愛知県 名古屋 TOKUZO2019年10月20日(日)
会場:大阪府 梅田シャングリラ2019年10月22日(火・祝)
会場:東京都 渋谷WWW
- プロフィール
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- Hei Tanaka (へい たなか)
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元SAKEROCKの田中馨がリーダーの唯一無二のオルタナティブ・アバンギャルド・パンクロックバンド。2012年に、2ドラム、1ベースの編成で初ライブ。2014年1月のライブ後、一時活動を休止。2016年に、ベース、ドラム、ギターにサックス3人という現在の編成で再始動。2018年にカクバリズムから7インチシングル「やみよのさくせい」をリリース。遂にリリースされる1stアルバム「ぼ~ん」は、歌ものあり、インストありの、エネルギーの塊のような楽曲をそのままパッケージした、大傑作です。
- ノゾエ征爾 (のぞえ せいじ)
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俳優、脚本家、演出家。劇団「はえぎわ」主宰。99年にはえぎわを始動以降、全作品の作、演出を手掛ける。12年、『◯◯トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞受賞。5月18日(土)〜6月2日(日)KAAT神奈川芸術劇場プロデュース舞台『恐るべき子供たち』(ジャン・コクトー原作/白井晃演出)の上演台本を執筆。4月13日(土)より毎週土曜23:15〜放送スタートのテレビ朝日土曜ナイトドラマ「東京独身男子」に出演
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