イスラム教徒の自宅を訪問、初対面とは思えないほど話が弾む
奇しくもその日は、東京の桜の開花日、前日だった。
ミュージシャンと共に、「東東京エリアを舞台に種を蒔くように多様な人々に出会い、水を遣るように土地の歴史を深く学び、いつか大輪の花を咲かせようと取り組む」――そんなコンセプトを掲げたリサーチ型のアートプロジェクト「BLOOMING EAST」に携わるコムアイ(水曜日のカンパネラ)。彼女は2019年3月、本格的な春の到来の予感に満ちる東東京の地に降り立った。
コムアイと「BLOOMING EAST」のリサーチチームは、昨年にも一緒に東東京の各地を訪ね歩いた。外国人が泊まるホステル。エチオピア人や、ジャイナ教徒のインド人が営むレストラン……その様子は前回のルポを見てほしい(参考:特集記事 コムアイの東東京開拓ルポ 多国籍な移民との出会いから始まる調査)。その後も継続して行われていたリサーチに今回、約1年ぶりに同行した。
コムアイ:えーっ!? ラマダン(断食月)で太るんだ!(笑)
そんな驚きの声があがったのは、東京の足立区綾瀬の一角にある、インドネシア人のアウファ・ヤジッドさんの自宅。日本で出会ったインドネシア人の両親のもとに生まれたアウファさんは、生まれも育ちも生粋の東京っ子だ。
イスラム教徒(ムスリム)のアウファさんは、豚肉ではなく鶏肉を使った美味しいミーゴレン(甘みのあるソース「ケチャップマニス」の風味が特徴的)をふるまってくれながら、イスラム文化と、東京に住む自身の思いについて語ってくれた。
アウファさんは、髪や肌を隠す布である「ヒジャブ」や、体のラインが見えにくいイスラム女性のファッションをベースに、自分らしい着こなしを発信するプロジェクト「Aufa TOKYO」を手がけている。クールな写真が投稿されるインスタグラムは、約4万人のフォロワーがいるほどの人気を誇る。
取材に同席した兄のグフロンさんは、フローラルデザイナーとして活躍。「Aufa TOKYO」のSNSにあげられている、アウファさんが颯爽と東京を闊歩する映像の多くは、グフロンさんが撮影と編集を務めているという。コムアイと2人の会話は、20代同士と年齢も近いとあって、はじめて会ったとは思えないほどに弾んだ。そしてその内容は、これまで知らなかったイスラム文化との出会いとなった。
アウファ:イフタール(ラマダン期間中、日没後の食事)の時間になると、みんなで一緒になってご飯を食べるんですよ。この家も、ラマダン期間の土曜日はオープンハウスにしていて、何十人という人と一緒に食事をするんです。もうね、1か月間のお祭り騒ぎ(笑)。
グフロン:モスク(イスラム教の礼拝堂)だと毎日食事を提供していて、何百人もの人とご飯を食べるんですよね。ラマダンって修行だから、「大変だね」といわれることもあるんだけど、実はムスリムコミュニティの中でとても賑やか……というか、激しい期間なんですよ(笑)。
コムアイ:すごいね、パーティーじゃん!(笑)
アウファ:イスラム暦にとって、ラマダンの最終日が日本の大晦日のようなもので、ラマダン明けの日が新年を迎える元旦みたいなもの。その日が一番のドンチャン騒ぎですね。
コムアイ:そうか、デトックスして新年を迎えるんだね。
グフロン:そうそう、本当にリフレッシュした状態で、水一滴でも美味しく感じるんです。でも、ごちそうばかりの深夜ご飯だから、もう、太る太る!(笑)
こんなやりとりが、先述のコムアイの驚きにつながった。同じ東京に暮らしていても、全く知らない文化やコミュニティのあり方がそこにはあった。コムアイを驚かせたエピソードのもうひとつは、アウファさんのお姉さんの結婚式。祖国での結婚式は伝統的な形で行われ、計3日間で1500人もの関係者(!)が集まったという。
イスラムのラマダンや結婚式、お祭りに参加したこともあるアウファさんだが、「イスラムのお祭りよりは、浅草の『三社祭』のほうが知ってるかも」という。「『三社祭』かあ、やっぱり東東京の人なんだね!」とコムアイが笑いながら納得したように、イスラム教の文化に触れながらも彼らは東京で育ち、これからも生活していこうとしている。プロジェクト「Aufa TOKYO」にも、そんなルーツを持つ者だからこその思いが込められているようだ。
アウファ:ここで、やりたいことがあるんです。日本ではまだ、イスラム文化が認知されていないし、浸透していない。自分のルーツや持ち味を生かして、いろんな人に日本にも多くのイスラム教徒が暮らしていることを伝えていきたいですね。
多様性という心地よさに触れて、笑顔を浮かべるコムアイ
それぞれアーティスティックな活動に取り組む3人が語ったことは、このリサーチプロジェクトにとって、重要な内容だった。音楽を含めたアートの営みは、人を魅了しながら、軽やかに人々の認識自体を揺さぶる力を持っている。
グフロン:僕たちはインドネシア人だけど、日本で生まれて、みんなと同じように生活をしている。イスラム教徒は、豚肉が食べられなくて、お酒が飲めなくて、という制限もありますが、決して窮屈なわけではないんです。
こうやってアーティストとして活動しているムスリムの姿を見せることで、イスラムのイメージが変わったっていう人がいるといいな、って。多様性を知ることは、お互いが豊かになることだと思います。
アウファ:私は写真撮影やファッションが好きなので、そうしたアートの世界からどんどん多様なムスリムの姿や生き方を広げたいです。
コムアイ:アウファさんとグフロンさんはきっと、日本とイスラム、どっちの目線にも立って、マインドセットできるんだよね。
3人の会話の中で、「マインドセット」という言葉がこぼれたのが印象的だった。コムアイは前回のリサーチ時、日本社会や東京における閉鎖的な空気に「居心地の悪さ」を感じている、と語った。このリサーチプロジェクトには、偏見や思い込みといったものがほぐれて更新され、東京にある多様な生き方や視点に触れていくことの期待と予感が満ちている。
ふと身の回りを見渡せば、インバウンド(訪日外国人)として訪れる人々は増加し、一方では技能実習制度による外国人労働現場の問題が取りざたされ、入管法改正によってさらなる状況の変化が予想される社会に、私たちは生きている。
だからこそ、この東東京のリサーチから得るものは多いだろう。何よりも、多様性という風通しのよさ、その心地よさに触れて、絶えることのないコムアイの笑顔こそが、この社会にとっての大きなヒントになるはずだ。取材の最後、アウファさんはコムアイにヒジャブの巻き方を教えてくれた。
コムアイ:ヒジャブって、かわいいですよね。しかも人によって、自分に似合う位置や形を調整するじゃないですか。アウファさんもおでこのてっぺんをちょっと尖らせてますよね。
アウファ:私は丸顔なので、ヒジャブをこうやって涙型にして小顔に見せてるんです(笑)。柔らかく巻いたり、キツく巻いたりもできるし、長い布なので、三つ編みっぽく簡単に巻いて上に持ち上げることもできるんですよ。
コムアイ:髪型と同じですね、前髪をどう切るかっていう感じで。
アウファ:まさに前髪パッツンみたいな感じにすることもできます。あと、髪の毛にも楽しみがあるんですよ。ヒジャブをはずした後の、自分だけのお楽しみ(笑)。
コムアイ:わあ、それってめっちゃいいなあ。セクシー……!
アウファ:私はベレー帽とか帽子を使ったコーディネートが好きです。髪が長かったころは、お団子結びにしていたんですけど帽子を被る時にちょっと違和感があって、バッサリ切っちゃいました(笑)。今度は金髪にしてみたいなあって思っています。
インド帰りのコムアイはインドの食料品店に大興奮
アウファさんとグフロンさんに別れを告げ、リサーチチームは葛西方面へと移動。途中に立ち寄ったのが、「リトルインディア」と呼ばれる西葛西エリアに位置するインドの食料雑貨品店「バップバザール」。ニューデリー出身のギートゥさんが出迎えてくれた。
折しもコムアイは、プライベートで1か月間のインド旅行に行ってきたばかり。インドから直輸入された食材の数々に、「ヤバイ!」を連発していた。新大久保の「イスラム横丁」に普段から出入りしている彼女にとって、多種多様な食材が溢れる空間は、玉手箱の中のようなものかもしれない。
コムアイ:ええっ、イドゥリ(米粉などからつくった蒸しパン)用のミックス粉があるの!? モチモチとして、カレーやスープと混ぜるとホロホロと崩れていって……それが本当に美味しいの!
ギートゥ:よくご存じですね(笑)。
コムアイ:わあ、イドゥリ用の蒸し器まである! もう、どうしよう……(笑)。
最終的にコムアイは、イドゥリの粉、そしてクレープのように焼いて食べるドーサの粉、スープに入れるマスール豆をお買い上げ。「私、カレーが食べたいばかりに炭水化物を摂りすぎてる……(笑)」と笑う彼女の姿から、世界を知るには胃袋からという言葉が思い浮かぶ。
「全然英語が話せなくても、日本語を喋りつづけたほうがいい気がする」(コムアイ)
最後にたどりついたのは、東葛西にあるインドの家庭料理店「レカ」。1階が食堂、2階は「江戸川印度文化センター」となっている。
マトンやチキンを使った美味しいビリヤニやジーラライス(クミンで香りをつけたライス)に舌鼓をうちながら、清水果苗さんにお話を伺った。彼女が所属する「ひらがなネット株式会社」は、「外国人と日本人をつなぐ」をテーマに、さまざまな多文化共生事業を手掛ける会社。東京都国際交流委員会が2018年3月に取りまとめた「東京都在住外国人向け情報伝達に関するヒアリング調査報告書」の調査を請け負っている。
東京の在住外国人に必要な情報はどのようなもので、その情報をどのように得ているか、といったことは、これまであまり検証が進んでいなかったという。今回、100名の在住外国人への丹念なヒアリング調査に携わった清水さんに、さまざまなエピソードをを交えて、在住外国人の現状についてレクチャーしてもらった。
清水:彼らの困りごとの中で多かったのが、役所の手続きやお金の手続きに関する事柄でした。在留カードと住民票で表記ルールが違ってしまうこともありますし、カタカナで自分の名前を表記しなければいけないことがあるのも大変。自国以外の国で「自分自身を証明する」ということは、なかなか難しいんです。
医療や教育、子育てで悩んでいる人も深刻でした。病院に行って日本語で「シクシク痛いですか? チクチク痛いですか?」と聞かれても、よくわからないとか。
コムアイ:そうですよね、「ジンジンする?」とか聞かれても……。
清水:擬態語がわからないという人は多くいます。お医者さんの説明もわからないし、自分の状況も説明ができない。症状が重ければ、深刻な事態になってしまうこともあります。
かといって、生活に追われて、日本語を勉強する時間もない、という人も多くいます。たとえば子育て中の人であれば、子供が学校からもらってくる保護者向けのプリントが読めずに、必要な物を持たせられない、ということも起こりえるんです。
コムアイ:プリントを配るみたいにシステム化されていない、もっとラフな社会だったら、周囲がもっと話しかけてくれるかもしれませんよね。
清水:意外だったのが、英語よりもやさしい日本語のほうがコミュニケーションをとりやすい、という人が多かったことです。外国人の方かなと思ったら、私も最初、英語で話しかけがちなんですが、いまはまず「こんにちは!」といって、様子を見るようにしています。
コムアイ:それは素晴らしいですね。外国人を見た瞬間に、「I can't speak English!」っていう人がいますよね。私が海外で同じようなことをされると、とても悲しくなるんですよね。
「これ以上お前とは話さない」っていわれている気がして、私はいわないようにしています。全然英語が話せなくても、日本語を喋りつづけたほうがいい気がする。
解決すべき課題は、たくさんある。その上で、コムアイがリサーチの前半で取材したアウファさんとグフロンさんへ語った言葉があった。
コムアイ:少しずつ、東京で頑張るっていうか……多様な文化のなかでの摩擦があるからこそ、東京でやることにやりがいがあるのかな。
東京から発信を続けようとしている兄妹のことを語ったこの言葉は、この東東京リサーチプロジェクトの核心を表現しているように感じられた。
取材の最後、コムアイはレストランの2階にある「江戸川印度文化センター」に置かれた祭壇の前に座り、ヒンドゥー教の神ガネーシャの像が見つめる中、結婚した女性が額につける紅いビンディーをちょっと着けて、いたずらっ子のように笑った。
この紅いビンディーのような色どりの花々を、このプロジェクトは東東京に咲かせることができるかどうか。多様な文化や人々のあいだで境界線が揺れ動く不定形の「私たち」にこそ、未来は託されている。
- プロジェクト情報
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- BLOOMING EAST x コムアイ サーヴェイ
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本サーヴェイは、これからも続きます。今後も東東京を軸にして、多様な価値観や文化と出会いながらプロジェクトを進めていくにあたって、お話を伺わせていただける方や訪問場所についての情報を募集しています。現在東京に住まわれている(または過去に住んでいたことがある)外国にルーツを持つ方、様々な文化や背景を持つコミュニティ、外国籍の方々と一緒にプロジェクトを実践されている方、関連するイベント情報など、メールにてお寄せください。
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- BLOOMING EAST
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「BLOOMING EAST」は、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、NPO法人トッピングイーストの三者共催により「東京アートポイント計画」の一環として実施されています。
- プロフィール
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- 水曜日のカンパネラ (すいようびのかんぱねら)
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2012年の夏、初のデモ音源“オズ”“空海”をYouTubeに配信し始動。「水曜日のカンパネラ」の語源は、水曜日に打合せが多かったから……と言う理由と、それ以外にも、様々な説がある。当初グループを予定して名付けられていたが、現在ステージとしてはコムアイのみが担当。「サウンドプロデュース」にKenmochi Hidefumi、その他、「何でも屋」のDir.Fなどが、活動を支えるメンバーとして所属。以降、ボーカルのコムアイを中心とした、暢気でマイペースな音楽や様々な活動がスタートしている。
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