ウォーリー木下×しりあがり寿 分断する時代のフェスティバルとは

社会や芸術など、あらゆる場面で分断が起こっている今。静岡に拠点を置くSPAC(静岡県舞台芸術センター)芸術総監督である宮城聰は、以前CINRA.NETのインタビューでこう語っていた。

さまざまな分断が芸術や社会にはありますが、そこに一石を投じるものとして「フェスティバル」は機能するかもしれないと、僕は思っているんですね。(中略)お祭りは、人間の社会に必ず生じてしまう分断を縫合するために編み出された「人間の知恵」と言えるでしょう。

SPACが主催する国際演劇祭『ふじのくに⇄せかい演劇祭』が今年も開催される。劇場で上演される多彩な舞台に加えて行われるのが、静岡市街地を使った野外演劇フェスティバル『ストレンジシード静岡』だ。観客が劇場に来るのではなく、演劇が街中に出て行くことで、市民と演劇との分断を埋める本フェスティバルは、今回で4回目の開催となる。

フェスティバルのプログラムディレクターで演出家のウォーリー木下と、関連企画『ずらナイト』のホストを務める静岡出身の漫画家・しりあがり寿に、分断を縫合するフェスティバルの意義を語ってもらった。

制約のない、とにかくいろんなものが混ざった場が好きなんです。(しりあがり)

—しりあがりさんは、先日のプレス発表会の際に『ずらナイト』のテーマを「反分断」とおっしゃっていましたね。

しりあがり:分断をなくしたいという気持ちは以前からありました。僕は10年ほど前から、音楽やお笑いなどをとにかくごちゃ混ぜにした『さるフェス』(『さるハゲロックフェスティバル』)というイベントを主催しているんですけど、それも分断をなくしたいという気持ちから始めたものです。

僕は普段、漫画を描いたり、ちょっとアートをやったりしているんですけど、ずっとひとつの産業の中だけでものを作ることに不自由さを感じていて。例えば漫画は、だいたいA5版の中で表現しなきゃいけないでしょ。本屋さんの棚を考えれば当たり前なんだけど、僕はそれがもう、けっこうしんどい(笑)。

左から:ウォーリー木下、しりあがり寿

—ある意味、漫画家として活躍されているのがすごいです(笑)。

しりあがり:だから、そういう制約のない、とにかくいろんなものが混ざった場が好きなんです。そういう場所にこそ、新しくて面白いものが生まれると思っているので。

—『ストレンジシード静岡』の関連企画である『ずらナイト』も、そういったあらゆるジャンルが交わり合う場所ですね。

しりあがり:『ずらナイト』ではジャンルだけではなく、イベントの1日目と2日目、アマチュアとプロ、見る人とやる人といったあらゆる「分断」をなくして、それら全部を「つなげる」ような場所を作ろうと考えています。

ウォーリー:もともと、夏の夜に駿府城で『さるフェス』みたいなイベントをやろうという話が出ていたんですよね。

しりあがり:でもそれだと大規模になるし、自信なくてさ(笑)。それで『ストレンジシード静岡』の夜のプログラムに組み込んでもらったんです。出し物はトークとお笑いと音楽を予定していて、カフェでそれらを見ながら、飲んでしゃべる。静岡の夜は集まれる場所が少なくてさみしいから、とにかくいろいろなものが混ざる場所になれば。

ウォーリー:フェスティバルバーのようになるでしょうね。

これだけ情報が溢れてしまったら「分断やむなし」とも思います。(しりあがり)

—宮城聰さんが以前、CINRA.NETの取材で、演劇界においても「分断」があると話していますが(参考記事:『東京芸術祭』は現代の人々に生じる分断を解消する「お祭り」)、ウォーリーさんはそういった「分断」を感じることはありますか?

ウォーリー:僕が神戸で劇団(劇団☆世界一団)を旗揚げした翌年に、阪神淡路大震災が起きました。復興記念フェスティバルを行うことになり、東京や地方から多くの出演者に神戸まで来てもらって、朝から晩まであらゆるジャンルの出し物をしてもらったんです。一見、異なる表現のステージなのに、見続けていると共通点が見えてきたりするんですよ。それって、たくさんのものをいっぺんに見たから感じたことだと思うんですよね。自分が興味のあるジャンルだけ見ているのでは、そうはならないと思うから。

ウォーリー木下(うぉーりー きのした)
演出家・劇作家。神戸大学在学中に演劇活動を始め、現在は「sunday」の代表として全ての作品の作・演出を担当。外部公演も数多く手がけ、役者の身体性に音楽と映像とを融合させた演出を特徴としている。

—固定されたジャンルの枠の中にいたら、頭も固くなってきますよね。

しりあがり:ただ僕は、これだけ情報が溢れてしまったら「分断やむなし」とも思います。好きな情報だけでお腹いっぱいになっちゃう人たちに、興味がないものまで見せるのは相当無理がある。あるいは、もともと分断していたのがインターネットが登場したことで、みんなの眼に明らかになっただけかもしれない。だから分断前提でそこから混ぜていけばよい気がします。

—それは漫画家としても感じることでしょうか?

しりあがり:そうですね。漫画やメディアの仕事をしていると、「現実とファンタジー」の間の「分断」を感じることが多々あります。だけどファンタジーがリアリティーを求めて現実をお手本にするだけでなく、現実の側もファンタジーからよりよいビジョンを持ち込むような。

一概にファンタジーにハマる=現実逃避のような一方通行としてとらえるのでなく、もっと両者にダイナミックな交流があってもいい気がします。コスプレなんてその先駆けかもね(笑)。

しりあがり寿(しりあがり ことぶき)
1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年単行本『エレキな春』で漫画家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグ漫画家として注目を浴びる。

しりあがり:演劇やダンスは生身の身体で表現をするわけなので、漫画やアニメのように空を飛んだりできない。ファンタジーは死んだって生き返れるもんね。そういう「現実とファンタジー」がどう混ざっていくか楽しみです。

ノイズを許容する演劇があってもいいんじゃないかっていうことはずっと思っていました。(ウォーリー)

—例えばステージに立つということは、一般の人からしたら普段あまりないことだと思います。『ストレンジシード静岡』はストリートシアターなので、ある意味、見物客も通りすがりの人も、誰もが演劇に参加できてしまう。ある種、ステージに立つ人と立たない人の分断がない。

ウォーリー:それは、このイベントのいちばん面白いところだと思っています。それこそ「ハレ(非日常)の日」になるんですよね。

しりあがり:「偶発性」がありますよね。街中だから、遠くから救急車の音が聞こえたり風が吹いたりするし、思うようにならないじゃないですか。それを受け入れてパフォーマンスをする。完璧にコントロールしようなんて思ってないところがいいですよね。

ウォーリー:もちろん携帯電話も切らなくていいし、写真を撮ってもしゃべってもいい。劇場って、どうしてもノイズを排除しようとしますからね。ノイズを許容する演劇があってもいいんじゃないかっていうことはずっと思っていました。

今の世の中、何においてもノイズを許さない風潮がありますよね。本来、世界はノイズだらけだし、そもそも自分の体こそノイズなのに。そのアンコントロールなものをもっと楽しんだらいいのにな、とは思います。

しりあがり:とはいえ、コントロールできるものが悪だということではないと思うんです。『ストレンジシード静岡』と同時開催している『ふじのくに⇄せかい演劇祭』では、きっちりとコントロールされた演劇をやっているので、「コントロールはそっちに任せて、コントロールできない面白い部分は任せとけ!」みたいな気持ちがある(笑)。

ウォーリー:そうですね(笑)。誤解がないように言っておけば、『ストレンジシード静岡』に参加しているアーティストには、劇場でコントロールされた作品に参加している方もたくさんいます。だからこそ、1ミリ単位のバミリ(舞台上の役者や道具の位置を示すために貼るテープ)で動いているようなダンスをするカンパニーが街中に出て、風が吹いたり雨が降ったりしたときにどんなものを見せてくれるのかというのは、スリリングでとても楽しみなんですよね。コントロールされた身体が街中にさらされる、それはそれでとても美しいんですよ。

しりあがり:コントロールする意思と、そうはさせないという環境のバランスが面白いんですよね。

静岡の人は街中で何かが起こることに対してとても寛容なんです。(ウォーリー)

—しりあがりさんは静岡出身ですが、フェスティバルの舞台である静岡の街をどのように見てきましたか?

しりあがり:静岡って生ぬるいんですよ。世界の中の日本みたいな感じで、競争が激しくない。NOと言わなくても、いやなことは相手がおもんぱかってくれますし。

静岡にいるときは、家に友達が来ても、いい感じのタイミングで「じゃ、帰るわ」って帰ってくれたんだけど、東京にきたら「帰れ」って言うまで友達がずっと帰らないんだよね。東京に出てきて初めて「帰ってくれ」って言ったもん(笑)。

—(笑)。

しりあがり:富士山も見えるし、なんか呑気になっちゃうんですよね。静岡からは偉い人も出てこないしさ、もう、リニアが開通したら静岡で降りる人なんていなくなるんじゃないかって心配してますよ。

ウォーリー:じつは静岡には、25年近く毎年秋に開催されている『大道芸ワールドカップin静岡』というフェスティバルがあるんですよ。そのクオリティーがものすごく高い。世界の中でも3本の指に入る規模の大道芸フェスなのに、意外と知られていないでしょ?

—知りませんでした!

ウォーリー:でもそのおかげで、静岡の人は街中で何かが起こることに対してとても寛容なんです。それは静岡が「まちは劇場」というスローガンを掲げて、地道にプロジェクトを続けてきた成果ですよね。SPACもあるし、あと10年くらいすれば、静岡はパフォーミングアーツの聖地になると僕は思います。ただ、静岡の人たちって遠慮がちなのか、ダンスカンパニーも劇団もたくさんあるのに、なかなか名乗りを上げないんですよ(笑)。

しりあがり:そういうことを言わない人の方が、うまく生きていけるような風土なんですよ。僕なんて、静岡の中でもさらに気が弱い方だもん(笑)。

街中を歩いているうちに、勝手にいろんなものが作品に見えてくる、みたいなフェスになればいいなと思っています。(ウォーリー)

—演劇祭を街中でやる意義はどういった点にあるとお考えでしょう?

ウォーリー:もともとストリートシアターフェスはサーカスや大道芸から来ていて、ヨーロッパはもちろん、今では韓国などでも盛んです。海外では音楽でも演劇でも大きなフェスがあると、だいたいいろんな人たちがやって来て野外でパフォーマンスをする、という伝統があるんですね。

意義という点で言えば、街中での上演には赤ちゃんにも来てもらえます。物理的に劇場に足を運べない、つまり閉ざされた暗い空間に長時間いられない人たちにも伝えることができる。あと、『ストレンジシード静岡』もそうですけど、街中パフォーマンスは無料のものも多くありますから、チケットに手が伸びづらい人にとってもいいですよね。演劇はチケット代の点でもハードルが高いので。

—普段は演劇を目にしない方にも届けられる環境で、どんなものを見せるのが面白いんでしょうね。

ウォーリー:『ストレンジシード静岡』は、ダンスフェスでも演劇フェスでもない、もう少し広い意味での舞台芸術を見せたいと思っています。コンテンポラリーダンスの中でも演劇寄りだったり、演劇の中でも大道芸寄りだったり……今回は、ジャンルに対してボーダレスなことにトライしている人たちを満遍なく呼んでいます。

だから、基本的にステージも客席も作りません。そのままの環境で、なんならパフォーマンスするのが難しいくらいの場所の方が面白い。ここで踊ったら痛いだろうな、とか(笑)。

—出演者にとっても、腕の見せ所というか(笑)。

ウォーリー:屋外なので、天候も読まないといけないですしね。例えば、風が強い場所でパフォーマンスするなら、その風を利用した作品を上演したり。去年「ままごと」は、強風を演出に使っていました。

あとは、お客さんにはステージ間の移動も楽しんでほしいんです。街中での作品を見ていると、遠くにいるおばあちゃんの動きがダンスに見えてきたり……という錯覚もおきますからね。

しりあがり:それ面白いね(笑)。

ウォーリー:街中を歩いているうちに、勝手にいろんなものが作品に見えてくる、みたいなフェスになればいいなと思っています。

—まさに「現実とファンタジー」がごっちゃになるような体験ができそうですね。

しりあがり:そのうちこっちから招かなくても、街中で市民の演劇が始まるようになればいいよね。

ウォーリー:そうなると楽しいですね!

イベント情報
『ストレンジシード静岡2019』

2019年5月3日(金・祝)~6日(月・振休)
会場:静岡市 駿府城公園、静岡市役所、葵区役所など静岡市内
料金:無料

参加アーティスト:
《海外》
Magik Fabrik
HURyCAN
《国内》
ままごと × 康本雅子
梅棒
黒田育世(BATIK)
範宙遊泳
ロロ
山田うん
FUKAIPRODUCE羽衣
ホナガヨウコ企画
KPR/開幕ペナントレース
川村美紀子 × 米澤一平
いいむろなおきと静岡ストレンジシーズ
壱劇屋
オイスターズ
劇団こふく劇場
ブルーエゴナク
カゲヤマ気象台
劇団 短距離男道ミサイル
渡邉尚(頭と口)
突劇金魚
Mt.Fuji
劇団「Z・A」
TEAM 劇街ジャンクション
超歌劇団
富士フルモールド劇場

プロフィール
ウォーリー木下 (うぉーりー きのした)

演出家・劇作家。神戸大学在学中に演劇活動を始め、現在は「sunday」の代表として全ての作品の作・演出を担当。外部公演も数多く手がけ、役者の身体性に音楽と映像とを融合させた演出を特徴としている。また、ノンバーバルパフォーマンス集団「THE ORIGINAL TEMPO」のプロデュースにおいてエジンバラ演劇祭にて5つ星を獲得するなど、海外で高い評価を得る。10カ国以上の国際フェスティバルに招聘され、演出家として韓国およびスロヴェニアでの国際共同製作も行う。2018年、神戸アートビレッジセンター(KAVC)の舞台芸術プログラムディレクターに就任。最近の作品にハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」シリーズ、舞台「スケリグ」、舞台「年中無休!」などがある。6月にはミュージカル「リューン~風の魔法と滅びの剣」再演が開幕予定。

しりあがり寿 (しりあがり ことぶき)

1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年単行本『エレキな春』でマンガ家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年独立後は、幻想的あるいは文学的な作品など次々に発表、新聞の風刺4コママンガから長編ストーリーマンガ、アンダーグラウンドマンガなど様々なジャンルで独自な活動を続ける一方、近年では映像、アートなどマンガ以外の多方面に創作の幅を広げている。



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