チェリストの徳澤青弦とピアニストのトウヤマタケオによるデュオ、Throwing a Spoonが、約5年ぶりとなる2ndアルバム『Bored to death』を4月17日にリリースした。
徳澤はくるりやRADWIMPSなど数多くのアーティストの作品やライブでサポートを務め、トウヤマはいくつかのプロジェクトの活動を展開している。それぞれが異端の音楽家であり奏者である、そのことに敬意を持って認め合いながら、この二人だからこそ形象化できる音楽像を描いていく。クラシックではなく、ポストクラシカルでもない、極めてナチュラルで生々しい美しさと緊張感に満ちたインストゥルメンタルがここにある。
二人のバックグラウンドやデュオが結成された経緯、そして「人間ドラマのようなニュアンスを帯びた」今作が生まれるまでの背景を語ってもらった。
(徳澤)青弦くんの作るものに対して「壊れた感」を感じるんです。(トウヤマ)
—『Bored to death』を聴いて、お互いが音楽家、奏者として尊重し合って敬意を持って対峙し、交錯していることが音から感じられました。あらためて、お互いどういうところに惹かれているかについてお聞きしたいです。
トウヤマ(Pf):僕は単純に、合うと思っていますね。ある種、ロックっぽいというか。青弦くんの作るものに対して「壊れた感」を感じるんです。
—ちょっとはみ出ているというか。
トウヤマ:そう。「ざらついた感」というか。
—それはチェリストとして?
トウヤマ:いや、チェリストというよりは作曲者として彼を見てますね。それは僕の好みでもあって。それで言うと今作はちょっとドラマチックになりすぎたのかなとも思うんだけど。
徳澤(Vc):もうちょっと壊せる余裕があったほうがよかったかもしれないですね。そういう余裕もなかったので。
—青弦さんのロック感というのはすごく合点がいく表現です。以前、青弦さんにインタビューしたときに「初めて観たライブはLOUDNESS(日本のへヴィメタルバンド、1981年結成)でした」と言っていて。
徳澤:ああ、そうですね(笑)。
—特に日本だと出自がクラシックにある方はどうしても堅いイメージを持たれやすいと思うんですね。
徳澤:そうですね。
—青弦さんにはそういうパブリックイメージを作曲者としても奏者としても人間としても超越しているものを感じるんですよね。
徳澤:ああ、なんでもありみたいな?(笑)
—そうですね。ドラムンベースのDJをやっていたことがあるというバックグラウンドも納得できるというか。
徳澤:(笑)。僕とトウヤマさんはルーツが違うんですよね。世代もトウヤマさんが若干上だし。小さいころに聴いていた音楽も違う。幼少期からピアノを習っていたかもしれないけど、僕ほどクラシックな畑ではないし。
それにもかかわらず、アートを見る目線が近いと思うんですよね。好きな映画が共通していたり。あと、トウヤマさんは許容量がすごく大きいんです。トウヤマさんが今まで出された作品も、ビッグバンドがあればソロもあって、音楽の振れ幅がすごく広い。
—ドラマーのワタンベさんと組んでいる8ビートにこだわるデュオ、PATO LOL MAN(読み方は「ぱとろーるまん」)はまさにロックですよね。
徳澤:あれもすごくカッコいい。トウヤマさんはなんでもありな面が大きいので、僕も安心して付き合えるというのはあるかもしれないですね。ほっといてもいい存在というか(笑)。お互いそう感じているかもしれないです。
—最初に音を合わせときからそれを感じられた?
徳澤:元々僕はトウヤマさんのファンでした。繋げてくれたのは、今Throwing a Spoonが所属しているレーベルの方で。その方が「二人でやってみたらどうか?」って提案してくれたんです。
トウヤマ:僕も青弦くんの存在は以前から知っていました。
徳澤:最初にうちの実家で演奏したんですよね。
トウヤマ:そのときはジャズ的なセッションではなく、音合わせ的な演奏をしました。
徳澤:リハーサルスタジオではなく、うちの実家でやったというのもよかったですよね。時間に追われることもないし、ディレクターが見張っていることもなく(笑)。
—着地を想定しなくていい。
徳澤:そうそう。
トウヤマ:そのときに僕が好きなミュージシャンとして、ギャヴィン・ブライアーズ(イギリスのコントラバス奏者)の話をしたら「作品、全部持ってます」って青弦くんが言って。
徳澤:共通の好きなものを見つけられて、そこからいろいろ膨らんでいきました。
「このバンドで自分はどう弾いたら面白いか?」ということを考えるのが楽しかったんですよね。(トウヤマ)
—トウヤマさんはどういう流れでピアノを始めたんですか?
トウヤマ:子どものときにピアノ教室に通っていたんですけど、2、3年で辞めちゃって。そこからはバンドで弾いてましたね。ど素人バンドでしたが(笑)。
徳澤:簡単に言うとパンクですよね。
トウヤマ:パンク世代でもあるので、パンクが好きでした。でも、キーボードのいるパンクバンドってあまりないじゃないですか。
—オリジナルパンクの系譜だったら特にそうですよね。
トウヤマ:基本的にバンドはギターとベースとドラムがいれば成立するので。僕はサポートが多くて、自分のバンドを持つことはずっとなかったんですよ。ある程度バンドが成立しているところに入ることが多くて。「このバンドで自分はどう弾いたら面白いか?」ということを考えるのが楽しかったんですよね。
—どう壊そうかみたいな?
トウヤマ:寄り添うのか、反発するのかとか。
徳澤:言ってることはわかります。サポートだとシロタマ(全音符)を弾いてもハマるわけじゃないですか。
トウヤマ:パッとサポートで誘われるときって、「空間を埋めて欲しい」や「シロタマを弾いて」的なことを要求されるんですよ。でも、僕はそれだとイヤなので。そこでいろいろ考えますね。
—青弦さんもサポート仕事をする中でシロタマ的な要望を壊すという意識があるんじゃないですか?
徳澤:うん、そうですね。自分もそういうところがあります。
—そこにトウヤマさんも自分と共通したロック感を感じられると思うんですよね。
徳澤:じゃあ3枚目のアルバムは壊すところから始めようかな(笑)。
—でも、今作も1stアルバム『awakening』に対して、壊しているとも言えるわけじゃないですか。
徳澤:そうですね。Throwing a Spoonは毎回そうなるのかもしれない。
やっぱり尾道は行くと楽しいんですよ。そこでいいバイブレーションを感じるところはあります。(徳澤)
—トウヤマさんは今、広島県の尾道在住なんですよね?
トウヤマ:そうですね。大阪から移ってきて6年が経ち、7年目に入った感じです。
—移住のきっかけは?
トウヤマ:きっかけとしては東日本大震災が大きかったですね。直接的な被害があったわけではないけど、先行きを考えたときに、ちょっと都会はしんどいなとも思いまして。あと、靴職人をやっているうちの奥さんの工房や僕のスタジオが欲しいと考えたときに、単純に家賃が安いところがいいなとも思って、尾道に移りました。
徳澤:ちなみに今回のアーティスト写真は尾道で撮影したんですよ。
—トウヤマさんのアトリエで?
トウヤマ:そうなんです。
—Throwing a Spoonを始動させたときは大阪が拠点だったんですよね。青弦さんはトウヤマさんが尾道に移住されると聞いたときはどう思いましたか?
徳澤:遠いなぁと思いました(笑)。でも、特に問題はなかったですね。活動的にも頻繁に動くスタンスではなかったというのもあるし。
あと、僕も傍から見ていて尾道って今すごく面白いコミューンが広がってるという印象があって。それがすごくいいなと。最近、若い人が増えたんです。新しいパン屋やカフェができたりして。宿のオーナーになっている人もいますね。
—青弦さんから見て、トウヤマさんが尾道に移られてからThrowing a Spoonとしての変化を感じるところはありますか?
徳澤:単純に二人で作るものが積まれているだけなので、音楽的な影響は特にないと思います。でも、やっぱり尾道は行くと楽しいんですよ。そこでいいバイブレーションを感じるところはあります。
—今作は前作『awakening』をリリースしたときにライブを行った場所でもある、東京の本郷にある求道会館で録音されたということですが、尾道でレコーディングするという話は出なかったんですか?
トウヤマ:実はそういう話もあったんですけど、外の音が結構うるさいんだよね。
徳澤:線路が目の前にあったりして。暮らすにはすごくいいところなんですけど、録音の環境で言うとちょっとネックがあるんですよね。
トウヤマ:でも、探せば尾道で録音できる場所もあるとは思います。四国まで繋がる「しまなみ海道」の始まりの地でもあるので、島のほうに行くといいかもしれない。
—このデュオはレコーディングする場所も、旅をするように探すのはありかもしれない。
徳澤:そう思います。
作品が人間ドラマみたいなニュアンスを帯びているのは偶発的なんですよね。(徳澤)
—前作からこの5年というのはお二人のタイム感で言うとどういう感覚ですか?
徳澤:あっという間に5年経っちゃいましたね。でも、録音は2年前にしていたから、ようやくリリースできるという感じで。
トウヤマ:2016年の秋かな? 2年半前か。
—リリースまでにそこまで時間がかかった要因は?
徳澤:収録曲のチョイスがどうしても定まらなかったんです。本当はもうちょっと違う路線も考えていて……どうしようかなってずっと考えていたらあっという間に時間が経っちゃいました。
1stはもうちょっと曖昧なニュアンスがあったんですけど、この2ndアルバムを作るにあたって、思ったより楽曲がしっかりしちゃったんですよ。それで、これはちょっと寝かしたほうがいいかなと思ったんです。
—曲に曖昧なニュアンスがなくなっていったというのは、お二人の中で前作を経てこのデュオの性格が形成されていったからなんでしょうか?
徳澤:それもあると思うし、あとは僕が東京に住んで、トウヤマさんが尾道に住んでいるという環境の違いの影響もあると思います。異なるバイオリズムで生きていて、相手がどういうスタンスかわからないままで会うから。そこでどちらかが脱力していたらいいんですけど。
トウヤマ:たしかになあ。1stは模索してるところから始まっていったけど、今回はお互いのイメージがそれぞれできていたというのはあるかもしれない。
—あらためて、どういう作品になったと思いますか?
徳澤:まだなんとも言えないんですよね(笑)。どうでしたか?
—ストーリー性を感じましたね。人の営みの尊さや厳しさのようなものも感じつつ、最後にはささやかな希望を抱けるイメージが浮かぶ。ある意味では非常に人間くさい作品でもあると思いました。
徳澤:そうなんですよ。人間くささがありますよね。1stを作っているときはその場の空気感を大事しようというムードが二人の中であって。それはこのデュオのコンセプトでもあると思うんですね。二人がそこにいる空気感を録音するというか。
前作も「せーの」で録ったんですけど、今作も求道会館でやったライブの日とお客さんがいない日の2日間で録音したんです。なのでほとんどライブ盤と言えるんですね。今作は「二人の空気感を録音する」というコンセプトがブレなければいいと楽観視していたところがあって、作品が人間ドラマみたいなニュアンスを帯びているのは偶発的なんですよね。
—結果的に人間くさい作品になったことに必然性は感じませんか?
徳澤:必然とは思わないけど、1stと2ndは二人でやれることの両極の作品になったと思いますね。
—でも、音楽像としてもうひとつの表情であり性格を出せたとも言えますよね?
徳澤:そうそう。2ndを作るときに3rdのことも考えていたので。これはこれでありだなという状況ではあるんですよ(笑)。
—トウヤマさんはどうですか? 今作の感触は。
トウヤマ:言い方が変わるだけかもしれないけど、「曲だな!」という感じですね。「ええ曲あるなぁ」みたいな感触が自分の中であります。
徳澤:本当はあと数曲入れたかったんですけど、ちょっと作品として詰まりすぎちゃって曲数を減らしたんですよ。
—徳澤さんは以前、コンサートのMCで「踊れるような曲を作りたい」と言われていましたが、“Pew, Mew, Drink, Brink”はまさしくそういった曲に仕上がっているように感じます。
徳澤:その発言、責任感ゼロのたわごとです。ごめんなさい(笑)。この曲は、その発言は関係なく、今回のアルバムを作るにあたって出来た曲のひとつです。だけど短時間の作曲で勢いよく産まれてきた曲なので、「踊れる曲」と受け止められたのは、あながち間違いではないかもしれません。
トウヤマ:僕もこの曲を「踊れる曲」という解釈をしたことはありませんが、そう言われればそうですね。でも、どの曲でもそうですが、グルーヴ感は意識しています。
Throwig a Spoon“Pew, Mew, Drink, Brink”を聴く(Apple Musicはこちら)デュオでまだやれることがあると思ってるけど、トウヤマさんとバンド編成でやりたいという気持ちもある。(徳澤)
—青弦さんはたとえばworld's end girlfriendのサポートであったら、大所帯の編成でライブを演奏するわけじゃないですか。一方で、Throwing a Spoonはご自身のユニットでありデュオというミニマムな編成で演奏する。その違いはかなり大きいですよね。
徳澤:world's end girlfriendだったら、(前田勝彦の)ソロユニットなので演奏について話し合うのは一人しかいないし、たとえばRADWIMPSの現場でも結局話し合うのは(野田)洋次郎くんなんですよね。プロジェクトやバンドのキーマンと話して、僕はプレイヤーとしてそれぞれの編成のプランの組み方を考える。
徳澤:でも、Throwing a Spoonは二人だけなのでそのプランを書く必要がないんですよ。「せーの」で演奏して、できあがったものがどんなにいびつでも「これ、いいね!」という話になる。ただただ曲を作ってるだけとも言えますね(笑)。だから、曲が完成したあとに「う~ん、思っていたものとはちょっと違うものができましたね」と思うこともあるんです。
—それも醍醐味のひとつということですよね。もちろん、自分のコアな部分が音に表出しやすいだろうし。
徳澤:そうなんです。それをとやかく言う人もいないから。
—だからこそ完成した作品を俯瞰で捉えることが難しい。
徳澤:そうなんですよ。そういう場所があるのは本当にありがたいです。毒吐きもできているので。
—トウヤマさんはThrowing a Spoonも、PATO LOL MANも、画家のnakabanさんとのプロジェクト、ランテルナムジカもすべてデュオ編成ですよね。そこには意図があるんですか?
トウヤマ:偶然じゃないかな。PATO LOL MANはギターとベースを入れないと最初から決めていたから、必然的にデュオになったんですけど。
あとは僕にマネジメント能力がないというのもあると思いますよ。3人になるとバンドになるじゃないですか。2人で手一杯というか(笑)。もちろん、デュオじゃないとやらないというわけではないですが。
—本作の資料には「トラディショナルな楽器で古典的な構成だからこそ、作ることができるポップソング」と書かれています。お二人自身、このデュオの音楽がポップソングとしての側面を持つ可能性があることに意識的ですか?
徳澤:それはないです。どういう人に聴いて欲しいという対象が特に決まってないので。ただ、ポップスって要するに聴きやすいということでもあると思うんですけど、僕らは二人だけで音を出してるので聴きやすい側面はあると思うんですね。それぞれのフレーズもパッと聴こえてくるし。
—トウヤマさんはどうですか?
トウヤマ:ポップということに対して考えて作ってないので……。そう言ってもらえるなら「ポップです!」って言いますけど(笑)。
—今、サブスクリプションをはじめプレイリスト単位で音楽が聴かれることが多くなった時代でもあると思うんですけど、それについてはどう思いますか?
徳澤:考えたほうがいいと思うんですけど、全然考えてない(笑)。それで言うと今作はかなり失敗してると思うんですよね。1stは朝起きた瞬間とか寝る瞬間に聴いて心地よいというプレイリスト的な聴かれ方もできると思うんですけど、今作はそういう括りができない曲が入ってる気がしていて。でも、今後もプレイリスト的な考えでは作らないと思いますね。
トウヤマ:そうやってなにかの括りで聴いてもらうことに問題はないですけどね。
徳澤:だけど、そこを狙って作ろうとは思わないという話ですね。
—最後に。今後、このデュオに新たな楽器が加わる可能性はあるんでしょうか?
徳澤:それがあるんです(笑)。実は3rdアルバムでそれができたらいいなと思っていて。編成的にはバンドになってもいいかなと。お互いデュオでまだやれることがあると思ってるけど、トウヤマさんとバンド編成でやりたいという気持ちもあるので、それが叶ったらいいなと思っています。
トウヤマ:バンドっぽい編成で1stくらい形のない感じで作れたら楽しいだろうなとは思いますね。実はすでにプリプロもやってるんですけど、まだモヤモヤしているというか、誰も正解が見えてない感じです(笑)。
徳澤:でも、デモ音源を聴き返すとモヤモヤしているところが一番いいんですよ!
トウヤマ:そうか(笑)。
Throwing a Spoon『Bored to death』を聴く(Apple Musicはこちら)- リリース情報
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- Throwing a Spoon
『Bored to death』(CD) -
2019年4月17日(水)発売
価格:2,160円(税込)
cote0061. Rondeau
2. Epitaph
3. Arp
4. Bored to death
5. Pew, Mew, Drink, Brink
6. Quartet
- Throwing a Spoon
- イベント情報
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- 『Bored to death リリース音楽会』
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2019年5月10日(金)
会場:岡山県 城下公会堂2019年5月11日(土)
会場:広島県 なかた美術館2019年6月14日(金)
会場:石川県 shirasagi / 白鷺美術2019年6月15日(土)
会場:福井県 ataW2019年7月5日(金)
会場:東京都 求道会館2019年7月6日(土)
会場:愛知県 JAZZ茶房 靑猫2019年7月7日(日)
会場:大阪府 島之内教会
- プロフィール
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- Throwing a Spoon (すろーいんぐ あ すぷーん)
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チェリストの徳澤青弦と、ピアニストのトウヤマタケオによるデュオ。隙のある曲作りと節度ある即興によって極上の楽曲を構築している。作曲と演奏にボーダーレスな二人だからこそ生まれる独自の室内楽。静かな衝動と美しさと隙。
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