2019年3月1日より始動した「Dentsu Craft Tokyo」は、総勢31名のクリエイターやプロデューサーが会社の枠組みを超えて集結した「クリエーティブハウス」。テクノロジー、デザイン、プロデュース各領域のヘッドに各社のトップクリエイターを据えることで、これまでの広告コミュニケーションにはなかった新たな表現方法や制作体制、そして人材育成のあり方を模索していくという。
フリーランス人口の増加やインフルエンサーの台頭を背景に、個人が強い力を持つ「個の時代」と呼ばれるようになっているが、その一方で課題も浮き彫りに。どれだけ優秀な人であっても、予算の大きなプロジェクトを個人で請け負うことはなかなか難しいだろうし、活動の規模も一気にシュリンクしがちだ。
その中において、「Dentsu Craft Tokyo」の動きは「個」ではなく、「チーム」の価値を再定義するものになっている。彼らはどのような未来を見据えているのだろうか。今回、「Dentsu Craft Tokyo」でヘッドを務める菅野薫、徳井直生、鎌田貴史、カワシマタカシの4名にお集まりいただいた。
世の中はどんどん変わってきているじゃないですか。変化に対応して、もの作りの姿勢も柔軟に変えていくべきだと感じたんです。(菅野)
―「Dentsu Craft Tokyo」を結成するにあたり、菅野さんが主導して動かれたと聞きました。どのような問題意識から今回の合流を考えたのでしょうか?
菅野:プロジェクトを進めるときに、関わるそれぞれの会社という組織の枠組みや、扱う領域の定義に関して、不便だなと感じることが多々あって。例えば、いまの広告の制作体制って、雑誌や新聞を含む紙媒体と、TVなどの映像媒体が、マスメディアとしてコミュニケーションの覇権を握っていた頃の制作プロセスが最適化されて生まれたじゃないですか。
でも、すっごく当たり前のことを言いますが、世の中はどんどん変わってきている(笑)。WebやAI(人工知能)が世界を大きく変えたのは言うまでもないですし、さまざまなテクノロジーによって新しいメディアがどんどん誕生しています。そういったメディアの変化に対応して、もの作りの姿勢も柔軟に変えていくべきだと感じたんです。
―たしかに、広告会社の組織形態は昔から変わらないままという印象があります。
菅野:とはいえ、企業内で慣習化された仕組みってそんなに簡単には変えられないじゃないですか。スタッフィングに関しても、ある程度社内で座組みが決まってしまう。あえて言えば元広告会社で独立したクリエイターとチームを組むくらい。でも、いまの時代ってどこにも属していないけどすごい技術や知識を持った個人がたくさんいて、彼らと業界や組織の壁を超えて、もっと自由にチームを組める状況を作りたかったんです。
―電通という巨大企業ではできないことに取り組もうと考えたのですか?
菅野:どちらかというと、大きな会社と小さな会社のいいところを両獲りしたいなと。例えば、予算が数十億円にもなるプロジェクトは大きな会社でなければ受けきれないですよね。制作期間もそれなりになるので数か月間は収入がない状態を覚悟しないといけないし、問題が発生したときのリスクも小さな会社だとカバーしきれないですから。その一方で、クリエイティブに対する徹底した美学を維持していくのであれば、小さな会社の方が小回りが利くからいい。
―「Dentsu Craft Tokyo」は、背後に電通という大きな看板もあるし、その一方でクリエイティブブティックのようなフットワークの軽さもある、と。
菅野:クリエイティブブティックどころか、個人で活動することのよさすら内包できる。あと、離れていても全然仕事ができてしまう環境が整っている時代だからこそ、あえて、みんなで集まって同じ建物で仕事をするのもいいかなって。近くにいるから生まれることって全然馬鹿にできないと思うんです。
だから、中目黒に作った新しいオフィスを「クリエーティブハウス」と呼び、みんなで物理的に場を共有することを強くコンセプトとして押し出しています。
―とはいえ、発足に至るまでにはさまざまな苦労があったのではないかと推測します。ハードルはありませんでしたか?
菅野:それはきっと電通が日本で一番大きな広告会社であり、古い歴史を持つ会社だから、新しいことに踏み切れないじゃないかという類推からきていると思うのですが……。意外かもしれませんが、反対するような意見はなかったですね。むしろ、面白がってくれる人の方が多かったというか。
―それは驚きです。
菅野:それこそ、クリエイターやプロデューサーが電通から独立することって以前からあるんですけど、定期的にそういうことが起こっているからこそ、大企業に属しているからこそ得られる恩恵がすごく大きいことも感覚的にわかっているんだと思います。どちらにもいい部分があることを否定する人はいない。
そんなことよりも、前例のない組織体系なので、契約形態を発明するのが難しかったですね。あと、ここで何か問題が起こったときに誰が責任を取るのかとか。そういう決め事を整えていくことに時間がかかりました。
帰属意識を持たずに個として働いていると、会社のアイデンティティが揺らいでくるんですね。(鎌田)
―この「Dentsu Craft Tokyo」は、電通クリエーティブXを運営母体にしつつも、徳井さん率いるQosmo、鎌田さんのspfdesign Inc.、そしてカワシマさんのStudio Kawashimaといったそれぞれに独立した会社が参画しています。実際に働いてみていかがですか?
徳井:ここで仕事をしていると自然発生的に会話が生まれるんですね。例えば、新しい技術のプロトタイプみたいなものを作っていると「それ、何ですか?」みたいに聞かれることも多くて、そこから話が広がっていくことで着想を得る場合もあるんです。
―異なる専門性を持つ人が集まることで、アイディアの幅が広がっていくんですね。
鎌田:一緒にいる仲間が30人ちょっといるのはすごく刺激になります。それでいてシェアオフィスと決定的に違うのは、「いつか仕事をするかもしれない人」ではなく「そのうち絶対に仕事をする人」が集まっていることなんです。だから、すごく会社に近い感覚で働くことができるし、一緒に成長したいと思える。
カワシマ:それぞれがインデペンデントでありながら、このチームをどう動かしていくかを同じ視座で考えているんですね。しかもプロジェクトに応じてフレキシブルに形を変えられる柔軟さもあるっていう。
―このメンバーはどのように決まったのでしょうか?
菅野:徳井くんと鎌田さんとは、これまで何度も一緒に仕事をしていて、僕らと連動するとすごくいいシナジーが生まれるんじゃないかと感じてDentsu Craft Tokyoにお誘いしました。両社とも面白いスタイルで仕事をしている会社なので、いろんなタイプの人やチームと結びつくといいなと。
カワシマさんに関しては全く逆で、プロジェクトを一緒にやりたいと思ったのが先でした。彼がまだGoogle Creative Labに在籍しているときに一緒に仕事しないかとお声掛けしたのですが、その大きなプロジェクトを一緒に動かしていくために、こういう組織が必要になると感じてDentsu Craft Tokyoにお誘いしたという手順です。なので、一緒に組織をやると面白そうなものができるんじゃないかという予感があってお誘いしたケースと、必要に迫られてというケースがありますね。
―いまの菅野さんの話を受けて質問したいのですが、徳井さん、鎌田さん、カワシマさんはどういった気持ちで参画を決めたのでしょうか?
徳井:すごくありがたいなと思ったのが正直なところです。Qosmo自体、AIや機械学習にフォーカスすることでやることが先鋭化し、それによっていいチームになっている感覚はあるんです。その一方で、研究者気質の人が多いので、社会との繋がりを持ちにくくなっているというか、世の中への発信が難しいなと感じることもあって。そういう息苦しさのあったタイミングだったので、少数精鋭のよさがありつつも、いろんな人と組んで仕事ができるのはいいなと思いました。
鎌田:会社のメンバーが3人だった頃、3人で1つのプロジェクトに取り組むこともあるんですが、おのおの違うプロジェクトに呼ばれることもありました。そうやって社外の人たちと臨機応変にチームを組んで働いていると、メンバーが自分の会社にいることの意味が揺らいでくるんですね。会社への帰属意識の有無とは関係なく、個人として仕事をやっていくスタイルが成立していくので。
そんなときに組織の壁を超えてチームを作りたいという話を菅野さんから聞いて、自分が言語化できないでいたけど意識していたことをやってくれた気がして。そこにすごく共感しましたね。
カワシマ:僕はこれまでアメリカにいて、いつかは日本に拠点を移したいなという思いがありました。でも、どこかの会社に帰属したいというわけでもなく、かといって1人でやっていくのもどうなんだろうって。だから、同じような世界で活躍しているクリエイターと机を並べて働けることにすごく刺激を感じるし、新しいチャレンジになる予感がありました。
1つの会社ですべてをカバーしていくのではなく、得意な領域が違う人たちとアライアンスを組んでやっていくのはすごく合理的。(徳井)
―これまでは「個の時代」という言葉が使われることが多かったですが、その揺り戻しとして「チームの時代」になりつつあり、「Dentsu Craft Tokyo」もその流れの中で誕生した印象がありますが、いかがでしょうか?
菅野:Dentsu Craft Tokyoの立ち上げをFacebookに投稿したら1000くらい「いいね!」が付いてびっくりしたんですけど、Whatever(dot by dot、PARTY New York、PARTY Taipeiの3社が合併してできた新しいチーム)の富永勇亮さんが「素敵な試み。仕組みは違えど、思想はきっと同じだから、共感します。」とその投稿をシェアしてくれたんです。それを見て、やっぱり、今このタイミングに、同じような課題意識を持っている人はいるんだなあと。とても嬉しかったです。
菅野:あと佐藤ねじさんのブルーパドルや深津貴之さんのTHE GUILDなんかもフリーランスの集団になっていると聞きました。それぞれのチームのやり方を詳しく知っているわけではないのですが、才能のある個人が緩やかに連合するというか、一緒にいる素晴らしさはなんとなく感じていると思うんです。だから、個人の能力と組織のチーム力、その両方のよさを発揮できる場所が求められているのかもしれないですよね。
Dentsu Craft Tokyoは、構想して1年半くらいかかって実現しましたが、同時期に立ち上がったCHOCOLATE inc.もそういう感じですか? 違う? 詳しくないくせに、勝手に仲間を増やそうとしてすみません(笑)。
徳井:いまって技術の進化がどんどん早くなっているから、1つの会社ですべてをカバーしていくのではなく、得意な領域が違う人たちとアライアンスを組んでやっていくのはすごく合理的な気がします。
「Dentsu Craft Tokyo」は広告を作るためのチームではないんですよ。(菅野)
―先ほど、これまでに前例のない組織体系になったという話がありましたが、いままでの広告の枠にとらわれないことにも挑戦していく予定なんですか?
菅野:それで言うと「Dentsu Craft Tokyo」は広告を作るためのチームではないんですよ。
もちろん電通グループが作ったチームですから、商流的には広告の枠組みで請け負う依頼もたくさん来ると思います。でも、それがクリエイティブとして従来の広告の仕事の延長のように世の中に出すかと問われるとちょっと違う気がします。
そもそも、どうやって定義すればいいのかわからない、いい意味で手に負えない仕事が来るんじゃないかな。もちろん依頼は広告じゃなくても構わないです。アイディアや技術が領域を超えるのは言うまでもないですが、交渉ごとだったり、進行管理だったり、広告制作におけるプロジェクトマネジメントの能力だってすごく汎用性が高いので、広告で培った技術を別のもの作りに活かせるようになればいいなと思っています。
徳井:僕たちが作っているAIの仕組みやシステムを広告に応用することは大いにあると思います。生まれた発明を社会化したり、ビジネス化するときに広告会社の窓口が役立つ場合もあるだろうし。
菅野:法務的なことや営業的なことって、クリエイターだけで運営している会社だとうまくいかないことも多いんですよね。でも、電通であればグループ全体で2000人とか3000人の規模で営業担当がいるので、「Dentsu Craft Tokyo」で生まれた発明を営業していくこともできます。
シンセサイザーの誕生で新しい音楽表現が生まれたように、機械学習によって新しい表現が生まれる土壌が、作られている。(カワシマ)
―「Dentsu Craft Tokyo」を通じてこれから取り組んでいきたいことはありますか?
鎌田:僕はこれまでひたすら作ることばかりに時間と労力を費やしてきたので、もっとディレクションっぽいことや、ここに集まってくる若い人たちと一緒にもの作りがしたいですね。あと、WebサイトにAIが導入されたらどんなことができるのかについて、今度飲みながら徳井さんに聞いてみたいと思っています(笑)。
徳井:ぜひ(笑)。自分も若手の育成には力を入れていきたいですね。あと、「Dentsu Craft Tokyo」は、これからもっと多様性のあるチームになると思うので、そのネットワークを活かして仕事をしていきたいです。特に僕たちの会社が得意としているAIの領域はこれからさらに面白くなるんですけど、それも5年後には当たり前になっていると思うので、その先にあるフロンティアを見つけていきたいですね。
「Dentsu Craft Tokyo」では新たな仲間も募集している。(CINRA.JOBで詳細を見る)
カワシマ:僕自身はこれまでずっと海外でキャリアを積み重ねてきたので、その過程で学んできたことを日本のコミュニティにどうやったら還元できるかを考えたいと思っています。
また、僕も同じく機械学習に興味があります。シンセサイザーの誕生によって新しい音楽の表現が生まれたように、機械学習によって、新しい表現が各方面で生まれる土壌が作られている。そこを追求したいです。
―では、最後に菅野さん。
菅野:ディープラーニングやAIの技術はもっと社会に溶け込んで当たり前になっていくと思うんですよね。それこそ「携帯電話がなかったときってどうやって連絡取り合ってたの?」って語り合うくらいのものになるはずなんです。
テクノロジーの最初の段階で、これからの世の中の当たり前がどうなっていくかを明示するプロトタイプを作っていくことに一番興味があります。テクノロジーが生活の中に新しい道具を生み出したときに、そこにエモーションを付加してストーリーをつくるのがクリエイティブの重要な役割なので。
- プロジェクト情報
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- プロフィール
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- 菅野薫 (すがの かおる)
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2002年電通入社。データ解析技術の研究開発業務、国内外のクライアントの商品サービス開発、広告キャンペーン企画制作など、テクノロジーと表現を専門に幅広い業務に従事。主な仕事:本田技研工業インターナビ「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」、Apple App Storeの2013年ベストアプリ「RoadMovies」、東京2020招致最終プレゼン「太田雄貴 Fencing Visualized」、国立競技場56年の歴史の最後の15分間企画演出、GINZA SIXのオープニングCM「メインストリート編」、サントリー山崎蒸溜所「YAMAZAKI MOMENTS」、NTTドコモ「FUTURE-EXPERIMENT.JP」、BjörkやBrian EnoやPerfumeとの音楽プロジェクト等々活動は多岐に渡る。受賞歴:JAAAクリエーター・オブ・ザ・イヤー(2014年、2016年)/カンヌライオンズチタニウム部門グランプリ/D&AD Black Pencil(最高賞)/One Show Automobile Advertising of the Year/London International Awardsグランプリ/Spikes Asiaグランプリ/ADFESTグランプリ /ACCグランプリ/TIAAグランプリ/Yahoo! internet creative awardグランプリ /文化庁メディア芸術祭大賞/Prix Ars Electronica栄誉賞/STARTS PRIZE栄誉賞/グッドデザイン金賞など、国内外の広告、デザイン、アート様々な領域で受賞多数。
- 徳井直生 (とくい なお)
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2009年に(株)Qosmoを設立。Computational Creativity and BeyondをモットーにAIと人の共生による創造性の拡張の可能性を模索。近作にAIを用いたインスタレーション作品群やブライアン・イーノのミュージックビデオの制作など。また、AI DJプロジェクトと題し、AIのDJと自分が一曲ずつかけあうスタイルでのDJパフォーマンスを国内外で続けている。 東京大学 工学系研究科 電子工学専攻 博士課程修了。工学博士。2019年4月より、慶応義塾大学メディア・政策研究科准教授(SFC)を兼務。
- 鎌田貴史 (かまだ たかし)
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1979年神戸生まれ。神戸工業高等専門学校都市工学科卒業。カナダ留学後、都内デザイン会社での勤務を経て、2003年に.SPFDESIGNを屋号にフリーランスとして独立した後、2006年にspfdesign Inc.として法人化。様々な企業のブランドサイト・プロモーションサイト・ECサイトなどの企画・ディレクション・アートディレクション・デザイン・開発を手がける。代表作は、とらや、UNIQLO CALENDAR、多田屋など。2007年カンヌ国際広告祭Young Creatives日本代表、シルバー獲得。カンヌ国際広告祭、OneShow、Clio、New York ADC、AdFest、London International Awards、D&AD、New York Festival、GoodDesign賞、TIAAなど国内外の受賞歴多数。
- カワシマ タカシ
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1981年生まれ。慶應義塾大学卒業後、2004年に渡米。文化庁新進芸術家海外研修員として、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にてメディアアート修士課程修了。アーティストとして作家活動を行う傍ら、AKQAなどのクリエーティブ・エージェンシーにて活動。日本人として初めてGoogle Creative Labに参画。Chrome Experiments、AI Experimentsなどテクノロジーとアートの境界でその可能性を模索する施策を担当する。2019年に帰国、Studio Kawashimaを設立。
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