天才の頭の中を、一度でいいから覗いてみたい。そんなふうに考えたことがあるのは、きっと筆者だけではないはずだ。なぜデヴィッド・ボウイは、作品を出すたびに変化し続けることができたのか。なぜホーキング博士は、ブラックホールや相対性理論に関する画期的な研究を推進できたのか。なぜダライ・ラマ法王は、チベット民族の国家的・精神的指導者として今なお圧倒的な支持を受けているのか。
「Why Are You Creative?(なぜ、あなたはクリエイティブなのか?)」10月12日から公開される映画『天才たちの頭の中~世界を面白くする107のヒント~』は、そんなシンプルな問いをおよそ30年近く投げ続けてきた、ハーマン・ヴァスケ監督によるドキュメンタリー映画である。カメラとスケッチブックを抱えたヴァスケが、世界中を訪ね歩いて取材をしたのは1000人以上。本作は、その中から厳選された107人によるインタビュー映像で構成される。登場するのは、上に挙げた3人はもちろん、映画監督のクエンティン・タランティーノやジム・ジャームッシュ、北野武、「Yohji Yamamoto」デザイナーの山本耀司らと、錚々たる顔ぶれ。彼らが明かす「クリエイティブ」についての自説は十人十色だが、そこには共通する要素もある。元々は大手広告代理店で、一流企業のコマーシャルにも携わってきたヴァスケ監督。果たして彼は、この長い旅路の末にどんな答えを見つけたのだろうか。
職場や学校、日常の暮らしの中で、クリエイティブな視点を持つにはどうしたらいいのだろうか。本作は、そんな疑問を持つ私たちにも生きる勇気とヒントを与えてくれるだろう。すでに次回作も構想中だというハーマン・ヴァスケ監督に話を聞いた。
アイデアを口に出すことができたとしても、まだクリエイティブとは言えない。アイデアを形にする力を持っているか否かが重要なんだ。
―世界中の著名人に「Why Are You Creative?(なぜ、あなたはクリエイティブなのか?)」を尋ねるという取り組みを、そもそもなぜ始めることになったのでしょうか。
ヴァスケ:1980年代、私は世界大手の広告代理店「サーチ&サーチ」に勤めていた。そこでポール・アーデンという素晴らしいクリエイティブディレクターと出会い、一緒に仕事をして、たくさんの影響を受けたんだ。
ある日、彼と仕事の話など色々しているときに、「そもそも私たちは、なぜものを作っているのだろう」とシンプルな疑問が湧いてきてね。それで、ふと夜空を見上げると「Why Are You Creative?」というフレーズが降ってきた。それ以来、ずっとこのクエスチョンが脳裏から離れず、長い冒険へと旅立つことになった。
ヴァスケ:結果、この映画が完成し、映画だけでなく本や展覧会などさまざまな形に発展していった。来年はSNSでも大きなキャンペーンを張る予定だよ。
さらに、先日の『ヴェネチア国際映画祭』で私は次回作の構想も発表した。「Why Are You Creative?」に対し、次は「Why Are You Not Creative?(なぜ、あなたはクリエイティブではないのか?)」という質問を投げかけていくもの(笑)。私たちのクリエイティブを阻止する存在について、深く取り上げた映画になる予定だ(日本での公開時期は未定)。
―とても興味深いです。一般的にクリエイティブといわれている人と、そうでない人の差はどこにあるのでしょう。
ヴァスケ:例えばアイデアを持っていて、それを口に出すことができたとしても、その時点ではまだクリエイティブとは言えない。そのアイデアを形にする力を持っているか否かが重要なんだ。デヴィッド・リンチ(アメリカ出身の映画監督。映画『ワイルド・アット・ハート』やテレビドラマ『ツイン・ピークス』などを監督)もこの映画の中で話していたね。「抽象的なものを具現化するプロセスを取ってきたかどうかだ」と。その違いなんじゃないかな。
―では、クリエイティブではない人は、なぜ行動に移せないのだと思いますか?
ヴァスケ:ダミアン・ハースト(イギリス出身の現代美術家)がBBCの取材を受けたとき、記者から「この作品は私もできそうです」と言われると「しかし君は作ってないよね」と返した。「『自分でもできるはず / できたはず』という考えにどう抗い、どう乗り越えるべきなのかをいつも言い聞かせている」と。
行動できない人の心の中には、おそらく「恐れ」があるのだろう。友人に何を言われるか、周りにどんなことを言われるか、メディアにどう扱われ、国からどう圧力がかかるか。そういったことへの「恐れ」がクリエイティビティを殺し、最も危険な「自主規制」へと向かうのだと思う。
フィルターができると必ずそこを抜けていくための道を、人々は創造性を持って模索していくものだ。
―日本でも多くの取材をしているヴァスケ監督はご存知かもしれませんが、日本人は特に「自主規制」が働きやすい国民性なのかなと思います。
ヴァスケ:自主規制については世界的な問題だと私は認識しているが……どうだろう、日本はそんなにひどいのかな?
―「出る杭は打たれる」ということわざがあるくらいで(笑)、個を重んじる欧米の国々に比べて同調圧力も強く、「右に倣え主義」だと事あるごとに指摘されますし、私自身もそう思わざるを得ない局面に何度も遭遇しています。
ヴァスケ:それが本当ならとても興味深いな。次回作『Why Are You Not Creative?』を、日本に届けるのがますます楽しみになってきた(笑)。そしてそのときは、「自主規制」をテーマに日本のオーディエンスたちとディスカッションをしてみたいと思う。
―ジャンヌ・モロー(フランス出身の女優。映画『死刑台のエレベーター』『夜』などに出演)は映画の中で、「創造的でいられる環境を維持することは大事。自由な発想ができれば人は健全でいられる。強大な権力を持つ独裁者が現れたら、私たちは自由な意見など一言も言えなくなる。災害などが起きたときも同じ。人々は言葉を失う」と言っていました。
思えば日本人の「自主規制」は、東日本大震災以降さらに強まった気がしています。もちろんそれだけでなく、SNSの普及によりお互いを「監視 / 干渉」し合うようになるなど、さまざまな要因があるとは思うのですが。
ヴァスケ:たしかに君の言う通りだが、その一方でSNSの普及により生まれた「クリエイティビティ」もあるのではないかな。例えば今、香港では「民主化」を求める若者たちの大規模なデモが起きているが、彼らはインターネットを通じて自分たちのメッセージを世界に発信し賛同を求めたり、国内でもAirDropを使ってメッセージを広めたりしているね。
フィルターができると必ずそこを抜けていくための道を、人々は創造性を持って模索していくものだ。いつか彼らが中国の「全体主義」という牙城を崩す日が来ればいいと思っているよ。もちろん政治にもクリエイティビティが必要で、それがあるかないかで打ち出す政策も全く違ってくるだろう。
私がこの映画で行なったのは、偉人たちが残した偉大な「落書き」を、アーカイブして伝えていくことだと思っているよ。
―たしかに。こうやってひとつの物事に対し、さまざまな角度から検証するのはとても大切なことだなと思います。ジム・ジャームッシュ(アメリカ出身の映画監督。映画『コーヒー&シガレッツ』『ブロークン・フラワーズ』などを監督)も映画の中で、犬が首をかしげる仕草を例にとって話していましたね。「(犬は)ああやって、物事を違う角度から見ようとしているのだ」と。
ヴァスケ:ジャン=ピエール・ジュネ監督(フランス出身の映画監督。映画『アメリ』『天才スピヴェット』などを監督)はBBCの取材を受ける際、「ただの対面取材では面白くないから」と逆立ちをして語り合うことを提案していた。それに感化された私は、デヴィッド・ボウイへのインタビューで、お互いに全く違う方向を向きながら会話することを提案してみたんだ。
とにかく私は驚きたいし、意外性というものを大切にしている。話の結論を急ぎ、全てが予定調和に収束してしまうことが多い中、何か自分を驚かせてくれるものに出会ったときの「興奮」を求めているのかもしれないな。
―映画のクライマックスでホーキング博士が、「どこかへたどり着くよりも、希望とともに旅を続けたい」と話していたことにも通じる気がします。安易に結論を出すのではなく、さまざまな可能性を検証してみることが、クリエイティビティをより豊かにするということでしょうか。
ヴァスケ:ホーキング博士のインタビューは、ケンブリッジ大学にコンタクトを取って実現した。当時はまだインターネットがなくて、事前に質問をファックスで送ったのを覚えているよ。当日は、その場で思いついた質問も幾つかさせてもらえて、彼が答えを導き出す過程を目の当たりにすることができたのはラッキーだったな。
クリエイティブというと、多くの人はアートや音楽、映画などを連想するかもしれないが、実は「科学」の分野でも大切な要素だと博士は言っていたよ。
―博士が亡くなってしまったのはとても残念です(2018年3月14日に逝去)。
ヴァスケ:以前、一緒に仕事をしたことのあるデニス・ホッパー(アメリカ出身の俳優、映画監督。出演作品に映画『地獄の黙示録』、監督作品に『イージー・ライダー』など)はこう言っていた。「私たちがこの世にいるのはほんの一瞬でしかない。生きているうちに、壁に落書きを残して消えていくようなものだ」と。私がこの映画で行なったのは、ホーキング博士のような偉人たちが残した偉大な「落書き」を、しっかりとアーカイブして伝えていくことなのだなと思っているよ。
プッシー・ライオットはクリエイティブを「社会変革」のための手段として使っていて、常にユーモアやアイロニーがあるよね。
―ところで、この映画を作るにあたり「この人には絶対にインタビューしたい」と思ったのは誰ですか?
ヴァスケ:もちろんホーキング博士もそのひとりだし、デヴィッド・ボウイには絶対に出てほしかった。ボウイやイギー・ポップ(アメリカ出身のロックミュージシャン、The Stoogesのボーカル)、イアン・カーティス(イギリス出身のロックミュージシャン、Joy Divisionのボーカル)は、私がベルリンでDJをやっていた頃から憧れの存在だからね。
サーチ&サーチのポール・アーデンもそう。そういう人たちと出会ったことで、私の物事を見る視点は変わったし、そうした経験を、より多くの人と共有したいという思いでこの映画を作っている。
―実に30年分のインタビューがアーカイブされている映画ですが、時代によってクリエイティブの捉えられ方も変化したと感じますか?
ヴァスケ:ここ数年は特に、活動家のクリエイティビティが変わりつつあるように感じているよ。映画の中にも登場するプッシー・ライオット(ロシア出身のパンク集団。音楽活動や無許可のゲリラ演奏を行っている)は、自分たちのクリエイティブを「社会変革」のための手段として使っていて、パフォーマンスには常にユーモアやアイロニーがあるよね。2018年の『FIFA ワールドカップ』ロシア大会決勝でピッチに乱入したのも、まさに先ほど話した「何か驚かせてくれるもの」だった。彼女たちのクリエイティブには「勇気」も必要だ。
ヴァスケ:最近は、地球温暖化についての話題が大きく取り沙汰されている。もちろん、我々が取り組んでいくべき重要項目だが、それをどう訴えていくか? というところでグレタ・トゥーンベリさんのスピーチには感銘を受けた。彼女の行動は非常にクリエイティブで、人々の関心を引きつけたと思う。先ほど話した香港デモの件もそう。中国の全体主義に対抗するため、若者たちは抵抗の仕方をとてもクリエイティブに考えている。
アーティストは自分の「宿命」を受け入れるしかないし、作り続けることで問題に対処する以外にないのだろうね。
―先ほどヴァスケ監督は、「政治にもクリエイティビティが必要だ」とおっしゃいました。それには同意するのですが、「社会変革」を目指す活動家のクリエイティブと、社会を「維持すること」が職務である政治家のクリエイティブが、ぶつかり合うことなく共存することは可能だと思いますか?
ヴァスケ:君の言わんとしていることはよく分かるよ(笑)。もしひとつ例を挙げるとしたら、『ノーベル平和賞』を受賞したヴァーツラフ・ハヴェルのエピソードが適切だろう。彼はチェコの劇作家であり、大統領も経験した人物で、「ビロード革命」(1989年にチェコで勃発した民主化革命)のときは市民フォーラムの代表も務めている。作家時代は投獄までされた人物が、後に大統領となって自らのクリエイティブを政治に持ち込み大きな影響力をもたらしたんだ。文字通り国を引っ張っていったわけだよね。
彼のような人物が、政治の場にもっと出て行けば世の中はよりよくなっていくと思う。今はポピュリズムが台頭していて、なかなか難しいことだとは重々承知しているけどね。
―多くのアーティストが自身のクリエイティブを「幸福なもの」とは考えていないことにも衝撃を受けました。イザベル・コイシェ(スペイン出身の映画監督。映画『死ぬまでにしたい10のこと』『エレジー』などを監督)も、「クリエイティビティはウィルスと一緒。否応なしに巻き込まれる。クリエイティビティのある人は幸せになれない」と話していますし、デヴィッド・ホックニー(イギリス出身の画家)も「それ(クリエイティビティ)しかなかったから仕方ない」「やむを得なくてアーティストになった、そうしないと人生に耐えられない」と話しています。
ヴァスケ:「なぜものを作るのか?」という原点の話だね。人によってそれは親の影響であり、性的衝動であり、野心や恐れからくる場合もある。そんな中、ホックニーは「突き動かされるようにアーティストになった」と話していて、山本耀司も「強迫観念から作り続けていることの辛さ」について語っていたと思う。「やめたくてもやめられない」「スイッチ・オフができない」と、多くのアーティストが打ち明けてくれた。彼らは自分の「宿命」を受け入れるしかないし、作り続けることで問題に対処する以外にないのだろうね。
なぜ私はクリエイティブなのか。それは「執着」だね。
―僕も映画を観たり、今日こうして監督のお話を聞いたりしながら考えていたのですが、「なぜクリエイティブなのか?」と問われたら「他者に何かを伝えたい、他者と繋がりたいから」と答えると思います。つまり、「クリエイティブとはコミュニケーションである」と。もしこの世界に「他者」がいなかったら、人はクリエイティブである必要はないでしょう。
ヴァスケ:以前、フォルカー・シュレンドルフ監督(ドイツ出身の映画監督。映画『ブリキの太鼓』などを監督)とベルリンで対談したとき、彼も君と同じように「クリエイティブとはコミュニケーションを求めることだ」と話していた。「作家は誰しも、たったひとりで真っ白なページを埋めていかなければならない」と言ったのはガルシア=マルケス(コロンビア出身の作家。『百年の孤独』などを執筆)だが、しかしそれは、最終的に誰かに読まれることを求めている。口から言葉を発することだけがコミュニケーションではなくてね。
―おそらく多くの人が、職場や学校などで、クリエイティブでいるためのヒントを求めてこの映画を観に来ると思います。そういう方たちに、何かアドバイスはありますか?
ヴァスケ:とにかく、心を開いて観てほしい。先日ミュンヘンに行ったとき、ひとりの若い学生から「私はずっと自分の進むべき道に迷っていましたが、この映画からヒントをたくさんもらいました」と感謝の言葉をいただいた。作り手としては、そういうフィードバックが一番嬉しい。ここに集めた著名人たちの言葉が、何かしら皆さんのヒントになることを願っているよ。
―では最後の質問です。おそらく、何度も聞かれていると思いますが……。
ヴァスケ:「Why Are You Creative?」だね。来ると思っていたよ(笑)。なぜ私はクリエイティブなのか。それは「執着」だね。このプロジェクトも、そして次回作の『Why Are You Not Creative?』も、私が心から作りたい作品であり、とにかくやり続けるしかないとの思いでここまで来られた。もちろん、楽しいこともたくさんあった。こうやって日本に来て色々な人と話せるのも、映画を作り続けてきたからこそだしね。
―僕も「執着」や「しつこさ」は、クリエイティブにとってとても大事な要素だと思います。
ヴァスケ:イギリスのウィンストン・チャーチル元首相が、母校であるハーロー校で卒業生に祝辞を贈る際、壇上に上がるなり「Never, never, never give up(決して、決して、決して諦めるな)」とだけ言って去ったという都市伝説のような逸話があるけど(笑)、「決して、決して、決して諦めない」ということが大切だと私も思うよ。
- 作品情報
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- 『天才たちの頭の中~世界を面白くする107のヒント~』
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2019年10月12日(土)から新宿武蔵野館ほか全国で順次公開
監督:ハーマン・ヴァスケ
出演:
デヴィッド・ボウイ
クエンティン・タランティーノ
ジム・ジャームッシュ
ペドロ・アルモドバル
Bjork
イザベル・ユペール
スティーヴン・ホーキング
マリーナ・アブラモヴィッチ
ヤーセル・アラファト
Bono
ジョージ・ブッシュ
ウィレム・デフォー
ウンベルト・エーコ
ミハイル・ゴルバチョフ
ミヒャエル・ハネケ
ヴェルナー・ヘルツォーク
サミュエル・L・ジャクソン
アンジェリーナ・ジョリー
北野武
ジェフ・クーンズ
ダイアン・クルーガー
スパイク・リー
ネルソン・マンデラ
オノ・ヨーコ
Pussy Riot
ほか
上映時間:88分
配給:アルバトロス・フィルム
- プロフィール
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- ハーマン・ヴァスケ
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ドイツ・ベルリン出身の映画監督であり作家でありプロデューサーである。監督としては、ハーヴェイ・カイテル、デビ・メイザー、スーパーモデルのナジャ・アウアマンが出演の短編映画『Who Killed the Idea?(原題)』(2003年)、マリーナ・アブラモヴィッチ、スラヴォイ・ジジェク、エミール・クストリッツァ、アンジェリーナ・ジョリーらを出演に迎えた『Balkan Spirit(原題)』(2012年)を手掛ける。近年は、ダイアン・クルーガー、ヴィム・ヴェンダース、ジュリアン・シュナーベル、マイケル・マドセン、エド・ルシェ、フランク・ゲーリー、クリス・クリストファーソン、ハリー・ディーン・スタントンら出演の『Dennis Hopper: Uneasy Rider(原題)』(2016年)を手掛けた。これまで、グリメ賞(ドイツのエミー賞に匹敵する賞)受賞をはじめ、カンヌライオンズなどを含め1000以上の賞を受賞している。ドイツ・アート・ディレクターズ・クラブの会員であり、トリーア応用芸術科学大学で教授として教鞭をとり、ヨーロピアン・フィルム・アカデミー(EFA)の会員でもある。
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