小谷実由と考える、暮らしにアートを求める理由 服と共通する熱量

「好きな洋服を選ぶように好きなアートを選ぶようになれたなら」。これはモデル・小谷実由さんが取材のなかでふと洩らした言葉。最近ではバンクシーのゲリラ的な活動や、海外オークションにて超高額で名画が落札されたなど、アートに関するニュースをふつうに耳にする機会は増えました。けれども、やはりアート=高価で難しくて自分の手には届かないもの、というイメージはまだまだ強くあります。そんななかで、洋服とアートを同じ目線で選ぶことは可能でしょうか?

10月12日、13日の2日間にかけて、JR新宿駅直結のLUMINE0が会場となる異色のアートフェア『LUMINE ART FAIR -My First collection』を手がかりに、あらためてアートと人と暮らしの距離を考えてみたい、というのがこの記事の主旨。小谷実由さん、パートナーの写真家・島田大介さん、そして『LUMINE ART FAIR』に出店するTOMIO KOYAMA GALLERY代表の小山登美夫さんに、それぞれが考える「アート」のあり方、付き合い方を聞きました。

ポップカルチャーを通したアートとの出会い。老舗ギャラリーを営む、小山登美夫と振り返る

島田さんはのちほど合流ということで、最初に訪ねたのは六本木にあるTOMIO KOYAMA GALLERY。まずは小谷さん、小山さんにそれぞれのアートとの出会いを聞いてみましょう。

小谷:よくアートは敷居が高いと言われますけど、私の場合は子どもの頃から絵を描くのが好きだったりしたので、わりとハードルを感じことはなかったんですよ。とは言っても、やっぱりギャラリーに足を運ぶのはいまでも少し緊張しちゃいますけど(笑)。

小山:緊張しちゃいますよね。特にいまはニュースなんかでアートが金融商品みたいに紹介されることも多いですから、「直感的に好き」だとか「自分の部屋に置いてみたらどうだろう?」って軽めの気持ちを持って接するのは難しくなってるかもしれません。

左から:小谷実由、小山登美夫

小谷:真っ白で静かな空間に包まれると、自分がどこにいるか分からなくなる感じもしますしね。私が比較的こういう場所に慣れているのって、親の影響が大きいと思うんです。めちゃくちゃ音楽好きの両親で、英才教育的に小さな頃からライブに連れて行かれたし、家にもCDがたくさんありました。

そのうちに自分でもアルバムジャケットのアートワークを熱心に見るようになって、同じ時代、例えば1960年代のファッションが気になるようになり、その資料として同じ時代の映画を掘るようになって。そこから写真もアートも好きになったんです。周囲にいる憧れの大人もみんなアートやカルチャーが好きでしたから、いま言った全部が私の憧れのコンテンツなんですよ。

小谷実由(おたに みゆ)
ファッション誌やカタログ・広告を中心に、モデル業や執筆業で活躍。一方で、様々な作家やクリエイターたちとの企画にも取り組む。昭和と純喫茶をこよなく愛する。愛称はおみゆ。

小山:それは分かるなあ。僕は中学生くらいから美術館の展覧会に足を運ぶようになったんですよ。実家が人形町だったから、昔の山種美術館(1966年に開館した日本画専門の美術館。現在は広尾に移転)も近くにあったしね。一方で現代美術に関しては、学校の落語研究会の先輩がそっち方面を大好きな人だったので影響を受けました。中高の自分を形成していたのは、映画と演劇と絵画。

小山登美夫(こやま とみお)
1963年東京都生まれ。西村画廊、白石コンテンポラリーアートという、日本を代表する現代美術画廊の勤務を経て、1996年にTOMIO KOYAMA GALLERYを開廊。村上隆、奈良美智といった同世代の日本人アーティストの展覧会を多数開催するだけでなく、海外のアートフェアにも積極的に参加して国外のアーティストも取り扱うなど、ワールドワイドな展開を行う日本のギャラリーの先駆けとなる。

―ポップカルチャーや古典を楽しむなかで、アートに興味を持ったということですね。

小山:そうそう。音楽的な素養は僕にはあまりないんだけど、奈良(美智)くんも村上(隆)も世代的に音楽大好きだからね。ロサンゼルスのアーティストがバンドやってたみたいに、僕が大学のときの日本の美術家はほとんどみんなバンドやってたんだよ。

小谷:いいな。かっこいい。自分のなかでは音楽やってる人と美術をやってる人は文系 / 理系みたいにちょっと温度感違う理解なんですけど、混ざっていたんですね。

私にとって「この服を買いたい!」と「このアートを買いたい!」の直感ってほとんど同じなんです。(小谷)

小山:今日は小谷さんにぜひ聞きたいと思ってたことがあるんですけど、音楽や洋服の世界っていまはどうなってるんですか? ギャラリーの若いスタッフや海外のアーティストに話を聞くと、恐ろしいくらいに多様化してると聞いたんですよ。1年前に流行したものはもう古くなっちゃって、アルバムを作ることも稀になってるらしいでしょう?

でもアートって、わりと長く続くじゃないですか。僕の解釈では、例えばゴッホという作家の人生が終わったところで一つの大きな作品が完結する、というイメージなんですよ。そんな風に、死ぬまで続くっていうロングタームで音楽やファッションは考えられてないはずで、そういう環境でアートってどう消費されるんでしょう?

小谷:その話、なんだか衝撃的です。たしかに消費されてなんぼの社会では、モデルをしてる私だって消費されていくんだな、って当たり前に思ってるんですけど、「アート」と「消費」は考えてもいなかった言葉です。

―永遠性や、いつまでも価値のあるものっていうイメージが強いですしね。

小山:つまり、僕が『LUMINE ART FAIR』に抱いている興味もそこなんですよ。このフェアには若いギャラリーもたくさん参加していて、いわゆる国際基準のアートフェアとはだいぶ雰囲気が違う。5万円以下で買える作品を集めたコーナーがあったり、出品作の最高額も100万円以下になっている。これは100万円までの美術品であれば、法人・個人事業主であれば備品と同じ条件で購入できるっていう税制的な話を前提にしてますよね。

いずれにしても、マインドとしてあるのは2、3万円するワンピースを買うように、近い価格帯のアートも買ってみよう、そういうアートの環境を作ろうということ。

TOMIO KOYAMA GARALLEYから出品される作品の一部。左から佐藤翠による花のペンイティング、蜷川実花の写真作品、桑原正彦のペインティング

小谷:なるほど。これは個人的なアートの感じ方なんですけど、私にとって「この服を買いたい!」と「このアートを買いたい!」の直感ってほとんど同じなんです。洋服を買うときにいちばんに考えるのは「ずっと着られるものであること」なんですけど、もしも着られなくなったとしても大切にクローゼットに入れておきたいと思うんですよ。コレクションとして。

小山:服のコレクション!

小谷:時代の流行が変わったり、年齢的にちょっと無理だなと思うものでも、持っているだけで勇気がもらえる服っていうのがあるんですよ。逆に、いまの自分には似合わないけれど、いつかは着てみたい憧れの服や靴というのもある。例えばCELINE(セリーヌ)とか。それって、美術品と同じ感覚じゃないでしょうか?

―昔はよさが理解できなかったけれど、年を重ねると不思議と沁みる作品ってありますね。

小谷:そういう自分にとって特別なものって、自分のなかで何か大きな変化が起きたら買おうとか、新しい家に引っ越したら飾ろうとか、漠然としたイメージがあるんですよね。それは誰しもそうで、その変化っていつ来るかも分からない。

小山:ファッションだと、例えば雑誌で着こなし方の指南があるじゃないですか。この年齢になったらとか、特別なシチュエーションだったらこれ、みたいな。アートにはそういうものがなかなかないんだけど、そういうセクションがあるといいなと思います。

今回のフェアでは、そのアドバイスをする人、お客さんとギャラリーをつなぐ人として「コンシェルジュ」っていう役割があるそうですよ。ギャラリースタッフをやっていた人がいたり、なかにはインテリアコーディネーターの人もいる。そういった人たちとおしゃべりしながら、自分に合ったアートを見つけてみるのも楽しい。

小谷:考えてみれば10万円くらいする服は普通にあるわけで、価格で見ればアートも近いですよね。そしてちょっとだけ背伸びして買ってみるのがよいと思うんですよ。そうすることで自分がパワーアップするかもしれない、仕事を頑張れるかもしれない。そこも洋服とアートの似たところですね。

小谷実由と島田大介の「アートのある暮らし」。自宅の作品も紹介

TOMIO KOYAMA GALLERYで作品を見せてもらった後、一行は小谷さんのパートナーである島田大介さんと合流。場所を移して、今度はふたりの「アートのある暮らし」について聞くことにしました。

―今日は、実際に家に飾っている作品の写真も持ってきていただきました。

島田:コレクターでもなんでもないので、体系立てて買ったりはしてないんですよ。大事にしているのは直感と、家に飾ったときのバランス。しらすって名前の家猫と暮らしているので、「しらすはグレーだから、このあたりに赤みのあるものが欲しいな」くらいの感覚で、ぱっと選んでる気が。

小谷:猫がいる家はわりと猫中心になるよね(笑)。というか、絵や作品がいちばん偉いわけではないと思うんですよ。

左から:小谷実由、島田大介
ふたりがともに暮らしている、猫のしらす

そう言ってまず見せてくれたのが、タムくん(ウィスット・ポンニミット)の本当にラフなドローイング。

小谷:タムくんが大好きで、彼はよく六本木で個展を開くんです。大きい作品も展示するかたわらで、ノートとかに試し描きしていたものも売ってたりして、これは3,000円くらいかな? とか、普段の作品の形式とは違うラフな感じが、また別の特別感があっていいですよね。

タムくんの代表作である、マムアンちゃんのイラスト

―額はおふたりが持っていたものですか? 味わいのある素敵な額ですね。

島田:古道具屋で見つけたんだっけ。何度も色を塗り重ねていて表面はぼこぼこなんですけど、この味わいはなかなか出るものじゃないですよね。タムくんの絵はしばらくクリアファイルに入れたままだったんですけど、この額の存在感とのギャップが楽しいと思って入れてみました。

島田大介(しまだ だいすけ)
映像ディレクターとしてキャリアをスタートし、数々のCMやMUSICVIDEOなどを演出、カンヌ広告祭をはじめ国内外数々の賞を受賞する。2018年、代表を務めた映像制作会社コトリフィルムを解散。現在は映像作家、写真家としての制作を中心に活動中。

小谷:それと……これは、いでたつひろさんという作家さんが描いた百合の絵。これもちょっと猫ファーストなチョイスで、猫が苦手な花もあるので、しらすと暮らすようになってあまりお花を生けなくなったんですね。そのかわり、というわけではないんですけど(笑)。

―吊り下げられた絵の隣に、ドライフラワーが吊ってあるのが粋ですね。

小谷:これは私が気づかないうちになってましたね!

島田:花つながりということで(笑)。ジャンル分けは、作品を飾るうえでけっこう重要なんだよ。

いでたつひろによる作品

―こういうのって、家だからできるアートとの付き合い方ですね。ちょっと擬人化して表現しちゃいますけど、作品を家にお招きして「ここか?」「あれ、ここじゃなかった?」と対話するように飾る位置を試してみたり。画家のアトリエを訪ねたりすると、ちょっとした洒落みたいな並べ方してるのがけっこう楽しいです。

島田:そうですね。以前、ものすごく好きなんだけどサイズ的にちょっと大きすぎるものを買ったことがあって、飾る場所に悩んだ末にしまってしまったことがあるんですよ。それは作品にとっても悲しいことだし、だから飾った後のイメージは重視してます。

アーティストやその作品と真剣に向き合っていると、「価値を生む」ってことの責任の重さと覚悟を感じるんです。(島田)

―島田さんは写真家ですし、小谷さんも文筆などで自分の表現を外に出す機会がありますよね。そのときに、アートが身近にあることで受ける影響ってありますか?

小谷:影響される?

島田:作品そのものや、表現の手法に影響されることはないかな。自分も作り手なので。だけど、作家の考え方とか、作品との向き合い方は大いに学びますね。実際の作品を間近で見る経験のよさって、例えば絵を描く人であれば、その人の絵のとらえ方や世界との接し方が作品から伝わってくることです。

アートと人の関わり方って本当に千差万別でしょう? すごく気軽にアートをやってる人、本当にそれしかやってない人、仕事とアートをはっきり分けて活動している人、それぞれに違うと思うんですけど、そこにはそれぞれの創作の意欲や向き合い方がある。自分自身、写真家として悩むこともあるから、その学びは助けにもなります。

―島田さんの悩みって、例えばどのようなものですか?

島田:僕はずっと商業映像を作ってきたから、自分の作ったものを作品として考える回路があまりなかったんですよね。

だけど、アーティストやその作品と真剣に向き合っていると、「価値を生む」ってことの責任の重さと覚悟を感じるんです。作る人がいて、それを受け取る人がいる。顔の見える距離でのコミュニケーションで、作品が作られて、手渡されていく。こういう、1対1の関係のなかで生じる作り方って理に叶っていると思います。

―集団や組織のなかで作られる商業・広告の仕事とはだいぶ違う?

島田:もちろんクライアントが求めることに応える責任はあります。だから「作る」という意味では同じ。でも、それを自分の作品とは言い切れないところがあります。

―小谷さんはいかがでしょうか?

小谷:モデルという仕事はかたちを作るものではないので、なかなか置き換えて考えることが難しいんですけど……。それでも共通するのは熱量じゃないかなって思います。

島田:うん、熱量ね。

小谷:アーティストって、やっぱりそれが好きだから作り続けている。だから自然と作品にはたくさんの気持ちが注がれる。この熱量を持ち続けるって姿勢を私もずっと持っていたいと思う。

たまに自分でものを作って、買ってくれる人がいたりするでしょう? それを大事にしてくれる人がいるのは嬉しいことで、だとしたら私も1日でも長く大事に思えるもの、その人にとっての大事なものになりえるものを作りたいと思う。そういう熱量って、作品を通してポジティブな影響を人に与えるものだから。

―その熱量って、熱血というよりも、もうちょっと温もりのある熱かもしれないですね。

小谷:深いものかもしれないですね。静かな熱さ。アートって、事務的なプロセスで生まれるものではないと思うんですよ。だからそこには深くて静かな熱が宿るのだと思います。

イベント情報
『LUMINE ART FAIR -My First collection-』

5万円以下の作品を紹介する「アフォーダブルエリア」、ニューヨークで活躍する若手アーティストの作品を集めた「From New Yorkエリア」、国内有数の11のギャラリーがおすすめ作品をセレクトする「ギャラリーセレクトエリア」の3つのエリアに会場を区分し、アート作品の展示・販売を行う。そのほか、トークショーやライブペインティングの実施や、アートの購入方法や飾り方のアドバイスをしてくれるアートコンシェルジュサービスも。

2019年10月12日(土)11時~19時、10月13日(日)11時~18時
会場:
LUMINE 0(ルミネゼロ)NEWoMan SHINJUKU 5F
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目24‐55

料金:無料
出展ギャラリー:
hpgrp GALLERY TOKYO
TOMIO KOYAMA GALLERY
GALLERY KOGURE
EINSTEIN STUDIO
HARMAS GALLERY
s+arts
EUKARYOTE
LAD Gallery
KOMIYAMA TOKYO
Röntgenwerke AG
TEZUKAYAMA GALLERY

プロフィール
小谷実由 (おたに みゆ)

ファッション誌やカタログ・広告を中心に、モデル業や執筆業で活躍。一方で、様々な作家やクリエイターたちとの企画にも取り組む。昭和と純喫茶をこよなく愛する。愛称はおみゆ。

島田大介 (しまだ だいすけ)

映像ディレクターとしてキャリアをスタートし、数々のCMやMUSICVIDEOなどを演出、カンヌ広告祭をはじめ国内外数々の賞を受賞する。2018年、代表を務めた映像制作会社コトリフィルムを解散。現在は映像作家、写真家としての制作を中心に活動中。

小山登美夫 (こやま とみお)

1963年東京都生まれ。東京藝術大学芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテンポラリーアートという、日本を代表する現代美術画廊の勤務を経て、1996年に小山登美夫ギャラリーを開廊。村上隆、奈良美智といった同世代の日本人アーティストの展覧会を多数開催するだけでなく、海外のアートフェアにも積極的に参加して国外のアーティストも取り扱うなど、ワールドワイドな展開を行う日本のギャラリーの先駆けとなる。



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