鋭敏なアンテナで時代と交信している人の話は楽しい。そのアンテナでキャッチした世界の空気と、自らのクリエイションを深く対話させている人なら、なおさらだ。
8枚目のフルアルバム『Nulife』を12月11日にリリースしたDÉ DÉ MOUSE。エキゾチック、そしてニューディスコがコンセプト。持ち前のボイスのカットアップは、よりジェンダーレスな声色へ、そして憂いを帯びながら熱くもあるラテンのパーカッションサウンドも織り込まれた、大人のダンスミュージックという趣の1枚となった。
インタビューからわかってきたのは、DÉ DÉ MOUSE自身もまた、瑞々しい感性のままに大人になった、ということ。彼はリアルとファンタジーの間の世界を、まさにネズミのように駆け続けている。
SquarepusherやAphex Twinのようにマイウェイを突き進んで見える人でも、「今」はちゃんと意識しているんですよね。
―『Nulife』、とてもソウルフルなアルバムに感じました。DÉ DÉ MOUSEさんはアルバムごとに世界観に変化がありますが、今作はどういう意図があったんですか。
DÉ DÉ MOUSE(以下、D):実は当初ひとりで作っていたときは、もっと展開も多くハードで、わりと押し出しの強いことをやっていたんですよ。アルバムごとにつくり方もテーマも変えているんですが、今回は定期的にスタッフと集まって話し合う方法をとる中で、だんだん自分が本来好きだった音が見えてきた。
最近だとトッド・テリエ(ノルウェーのDJ)がやっているようなエキゾチックなディスコだったり、それこそ昔から好きだったYMOだったり。ラテン音楽が入ってきているのも、故郷の群馬県太田市に住んでいた頃、地元の自動車メーカーや工場で多くのブラジル人の人が務めていて、毎日のようにあいさつしていた思い出が蘇ったからで。20歳くらいのときにはMBP(「ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ」の略、ブラジルのポピュラー音楽)をめちゃくちゃ掘っていた時期もあったんですよ。
そうやってだんだんアルバムの音を変えていって、派手さを少しずつ抜くことで、「今っぽさ」を自分なりに表現していったんです。
―アゲアゲじゃなく落ち着いているほうが今っぽいというのは、どういうことですか。
D:多幸感でアゲていくEDMがひと段落した、というか。最近はダンスミュージックのドロップ(最も盛り上がるサビにあたる部分)とかでもひと昔前のサイケトランスをやるのが増えて来たり、ニューディスコやローファイなハウスのようにテンポを下げていくものも受けいれられていて。あとはシティーポップや昭和グルーブ、フューチャーファンク、ヴェイパーウェイヴが注目されていますよね。
もちろんアゲアゲな熱血物が好きな人もいるけど、派手派手でなくても盛り上がれるものも増えているし、音楽が細分化されていっている印象を受けます。
―ものすごく冷静に、同時代の状況をマッピングされているんですね。クリエイションするときもそうしてコンセプトを決めていくんですか、それとも動物的な嗅覚で決めるんでしょうか。
D:どちらかというと後者で……直感でやっていくから、基本的には説明は後付けなんですよ。こうやってインタビューなどで自分の音を言葉で表現するときに、きちんと文脈や場所を作っておいたほうがいい、という意識はありますね。でも、基本は飽き性だから、ここから先に自分がどうなるかはわかりません。
―飽き性なんですか?
D:飽き性ですねえ……(笑)。すぐにやりたいことが変わっちゃうからこそ、「自分はこういう立ち位置にいて、こういう理由があるからこれをやろう」と意識しておかないと、と戒めているところもあります。
Squarepusher(スクエアプッシャー)が2020年1月に出すアルバム『Be Up A Hello』から先行して“Vortrack”を発表しましたけど、あれを聴くとすぐ「アシッドやりたいな」なんて思っちゃうんです(笑)。でも興味深いのは、彼のようにマイウェイを突き進んでいるような人でも、「今」はちゃんと意識して音にしていくんだな、というところなんです。イギリスでは今グライムが強くて、Aphex Twin(エイフェックス・ツイン)が2018年に出した『Collapse EP』も、インストグライムなアプローチがあったし。
単純にその音がカッコイイからやっているのではあるでしょうけど、「俺は別に周りとかカンケーねーから!」と、周囲からは見えるような人でも、実はちゃんと時代を意識しているんですよね。
Squarepusher “Vortrack”を聴く(Spotifyを開く)Aphex Twin『Collapse EP』を聴く(Spotifyを開く)
―今作のテーマのひとつでもある「ジェンダーレス」というのは、どういった意識から出てきたんですか。
D:ジェンダーレスという言葉はまさに今の時代のものだ、と感じます。『Nulife』は、この時代で生活していくときに流れる音楽のようにしたかったんですよ。
今は、多様な可能性の中で生きる時代だと思っています。
―『Nulife』は、ジェンダーレスの時代で生きる日々のバックトラックでありたい、と。
D:今回のジャケットに描かれた人物も、男か女かわからないようにしたくって。後にお話しするように、前作『be yourself』(2018年)の世界観が背景にもあるので、アートワークは引き続きTOKIYA SAKBA(7ZEL)さん(『ファイナルファンタジーXI』『LORD of VERMILION』や『ポケモンカードゲーム』などのキャラクターデザイン、イラストを手がける)に担当いただいています。
ジェンダーレスという言葉には、「多様な可能性の中で生きる時代」という感覚も込めています。みんながより自由に生きることができる時代になってきていると思うんです。それでも、乗り越えなきゃいけない壁はあるし、不安な気持ちになることもあるし、覚悟が必要なこともある。そうして生きていく、生活を送っていくときに流れていく音、という感じなんですよね。
―より縛られないで生きられる可能性のある時代だからこそ、強さと弱さの間で揺れる生活のテーマソングにしたかったわけですね。
D:カットアップするボイスサンプルも、これまではピッチを上げていたのを、今回は下げて、男の人か女の人かわからないような声にしているんです。元からセクシャルなものを求めて表現しているわけではなかったですが、この世を支配している性みたいなものからもうちょっと解き放たれたものにしていった感覚はあります。
子どもから大人になっていく人物をイメージしているところもあって。たとえば誰かと一緒に住んでいて、ブロークアップして、また新しい生活を始める……というとき、誰しも不安な気持ちを抱くじゃないですか。そうしたイメージの中で、憂いがあるラテンの要素とか、今まであまりクローズアップしていなかったもの、いろんなテーマが一気に入ってきている感じは、自分でも新鮮なんですよね。
DÉ DÉ MOUSE『Nulife』を聴く(Spotifyを開く)
僕、音楽は大好きだけれど、音それ自体にはあまり興味がないんです。
―1stアルバム『tide of stars』のリマスタリングを手がけられた砂原良徳さんに、以前お話を伺ったとき、自身の制作にかんして「音が消える瞬間をデザインする」といったことを語っていました。DÉ DÉ MOUSEさんは音のあしらいで注意している点はありますか?
D:僕はそんな、砂原さんみたいなことはいえないんですが……。ボイスのピッチが落ちるということは周波数帯も落ちていく、要は声が聞き取りにくくなるので、ダンスミュージックの中でピッチを下げて聞こえにくくなった声をどれだけちゃんと聞こえさせるようにするか、という点には気を配りました。
しかも、ただ単純に音を大きくすればいいわけじゃないんです。普通の状態だったら耳障りじゃなかった音が、ピッチを落とすことで聞こえるところ、耳障りなところまで落ちてくる。それを取り除きすぎると今度は、トラックに紛れて音が出てこなくなってしまう。このあたりのさじ加減は、特に4曲目の“Regret”という曲では大変でしたね。
うるさいな、と思った音はスッキリさせる。でも、すごく今っぽくするんだったら、まだ音が多いんですよ。DÉ DÉ MOUSEらしい音、しかもDJとしてフロアでも機能させるために、スッキリしているんだけどノレる音……そのバランスはどこがいいんだろう、って考えていました。
―DÉ DÉ MOUSEさんのトレードマークであるボイスのカットアップという手法ひとつとっても、細心の注意が配られているんですね。
D:とはいえ砂原さんのように、彫刻というか、空間デザインのようなこだわりの音楽とはまた別で、……そうか、今こうやって話していて、自分で気づきました。語弊があるといけないんですが、僕、音楽は大好きだけれど、音それ自体にはあまり興味がないんです。曲を作るのだって、ほぼMacBookに内蔵されているスピーカーだけでやっていますから(笑)。
―えっ!? 本当ですか。
D:家にあるスピーカーも、自分が20歳くらいのとき、今から20年くらい前に買ったコンポしかないですし(笑)。
今回も、フリーソフトのピアノ音源はたくさん使っているんですよ。ニューディスコっぽい音にしようと思ったら、あまり変に上品で高級な音だと嫌味っぽくなってしまうので、あえて音が悪いピアノを使っているんです。
―面白いですね。DÉ DÉ MOUSEさんといえば、多摩を中心にした郊外をずっとテーマにしていますが、先ほど群馬県太田市の話が出たように、人が溢れる大都会に憧れるのではなく、「東京の郊外」に魅かれているのも不思議です。
D:ですよね。DJでこんなことやっている人って、あまりいないですよね……(笑)。初めて東京に遊びに来たときも、若い頃に住んでいたのも新宿なんですが、でも考えてみると、やっぱり郊外が好きな理由があるんですよ。
DE DE MOUSEの音楽は「郊外のサウンドトラック」である、というのは一貫しています。
―郊外に魅かれる理由がある、と。
D:子どもの頃に見ていた、石ノ森章太郎先生が原作の特撮テレビドラマ、特に『美少女仮面ポワトリン』(1990年 / フジテレビ系列)には光が丘の集合団地が出てきたり、スタジオジブリの『耳をすませば』(1995年 / 近藤喜文監督)の舞台である聖蹟桜ヶ丘に憧れたり。もっと遡ると、『おしいれのぼうけん』という絵本(著者:古田足日、田畑精一 / 1974年 / 童心社)ですね。押し入れを抜けた先で、誰もいない大都会に出る。首都高のような道路の遠くにビル街があるんですが、白黒の絵本なのに、照明灯がオレンジ色に感じたものでした。
東京に出てきて、多摩の郊外の景色を見たときに、まるでそうした夢の世界にいるように感じました。整然とした街並みの中、人影はなくても団地に明かりだけはついていて、次元が違う世界に迷い込んだような……20代前半、「自分が作った曲を聴きながらここを歩けたら」と思ったのが、1stアルバムのきっかけなんです。そこからDÉ DÉ MOUSEの音楽は「郊外のサウンドトラック」である、というのは一貫していますね。
DÉ DÉ MOUSE『tide of stars』を聴く(Spotifyを開く)
―原風景が夢と現実が合わさったような場所なんですね。
D:前作の『be yourself』は、多摩川にかかる是政橋という、僕の散歩コースが通学路になっている女子高生が主人公のアルバムだったんです。毎回アルバムのストーリーを作るときは神話や民話のイメージをベースにするんですが、前回はその通学路からちょっと外れたところでダイナーがあって、でも翌日にはもうなくて……という物語。
そうしてイメージを膨らましていると、不思議なことにその女子高生が、だんだん実在する人物に思えてきまして。「これから彼女がどうなるんだろう」ということが気になって、初めて続編というものを作ってみたのが『Nulife』なんですよ。
DÉ DÉ MOUSE『be yourself』を聴く(Spotifyを開く)
―なるほど、それで子どもから大人への変化がひとつのテーマになっていたわけですね。
D:成長といったら、壁にぶち当たるよな、どうするんだろう、という。そんな女の子が学校帰りに出会うのが、男でも女でもない、ダンスの化身のようなキャラクターなんですね。“Heartbeat”という曲のPVも、このふたりが登場します。
実は『be yourself』のジャケットで女の子の手に乗っていたネズミでもあって、『Nulife』の男の子か女の子かわからないジャケットの顔は、あのネズミが擬人化しているところもあるんです。さらにベースになっているのは、新美南吉の『子どものすきな神様』という童話で。『be yourself』の女の子を、異なる人物の側から切り取っていくようなところもあって……(と、留まることなく裏設定の話が続く)。
僕はゲームだと賢者タイプなんですよ。
―……現実の郊外を見ていても、DÉ DÉ MOUSEさんのファンタジックな想像力がそれを上回っていくということ、音よりも想像を膨らませて生むストーリーに関心があることがよくわかりました(笑)。それにしても、作品自体も「大人」にシフトしましたが、ご自身も変わりましたよね。10年くらい前のライブでは、マイクを掴んでギャーギャー騒いでいらした記憶があります。
D:初期の頃はそうでしたねえ(笑)。DJは喋らずに淡々とやるもの、という価値観に対するアンチテーゼがありました。曲はポップなのに、それをぶち壊すような表現でもあったんです。ゼロ年代半ばには、懐メロでもテクノでも盛り上がれればなんでもいい、という東京のアンダーグラウンドのごちゃ混ぜカルチャーがあって、僕はアニソンやらゲーム音楽やらも入れながらそれを引き継いだところがありました。
それからメジャーも含めてレーベルを移っていく中で、立場も変われば反応も変わるし、いろんな変化があって……SNS上やプレイの現場で心ない言動に出くわすこともありました。そうしたタイミングで、すべての照明を消した真っ暗闇のフロアでやりたいことをやっているAutechre(オウテカ、イギリスのテクノユニット)のライブを観て、やっぱり僕らしく、一本筋の通ったことをやりたいと気づいたこともあるし、その中でバンドセットやプラネタリウムでのプレイにもチャレンジして。2015年あたりからは作品性と現場のプレイをどう一致させていくのか、ということにも取り組んできました。
いまは肩の力が抜けて、余裕が出てきましたね。よくいうんですが、僕はゲームだと賢者タイプなんですよ。バランスをオールマイティーにうまくとるんだけど、成長が遅いからなかなか前に進めないんです(笑)。だから人よりも頑張らなきゃいけない。
―DÉ DÉ MOUSEさんご自身も「大人」になったわけですね。
D:いまは若い人たちとどんどん交流するようにしています。自分が知らない音楽で盛り上がっていることもあるから、「いまはなにが流行ってるの?」といろんな若いDJに聞いてはメモしてるんですよ(笑)。DJは単にディグるんじゃなくて、文脈も含めて掘りますから。
最近面白いのは、局所的な音楽が交流して、世界的にとんでもないものが生まれているということで。日本では「サブカルト(SVBKVLT)」という上海のレーベルが知られていますが、中国にはインストのグライム、通称「シノグライム」と呼ばれるシーンがあるんですよ。そのアーティストである33EMYBWと、ケニアのSlikbackというDJがコラボして、“ZENO”という不思議なジューク曲が生まれたりしている。めちゃくちゃ面白いですよね。
いまの僕は、そういうお勉強の時期です。でもやっぱり飽き性ですから、今回はスタッフの意見も取り入れて作りましたけど、次は孤高の「THE 俺」みたいな音楽を作るかもしれない(笑)。ここから先は、自分でもわからないですね。
Slikbackと33EMYBWのコラボソング”ZENO”を聴く(Spotifyを開く)
- リリース情報
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- DÉ DÉ MOUSE
『Nulife』(CD) -
2019年12月11日(水)発売
価格:2,420円(税込)
NOT-00271. Nulife
2. Magic
3. Heartbeat
4. Regret
5. Moment
6. Breath
7. Growing Up
8. Free
9. Stay (With Me)
10. You Are Right
- DÉ DÉ MOUSE
- イベント情報
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- 『DÉ DÉ MOUSE “nulife” tour infomation』
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2019年12月24日(火)~12月29日(日)
中国5都市ツアー(杭州、上海、南京、鄭州、北京)2020年1月18日(土)
会場:福岡県 Kieth Flack
料金:前売2,500円 当日3,000円2020年1月26日(日)
会場:京都府 CLUB METRO
料金:前売3,800円 当日4,300円2020年2月15日(土)
会場:東京都 渋谷 WWW X
料金:前売3,800円 当日4,300円2020年2月22日(土)
台湾公演
- プロフィール
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- DÉ DÉ MOUSE (でで まうす)
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遠藤大介によるソロプロジェクト。作曲家、編曲家、プロデューサー、キーボーディスト、DJ。他作品のプロデュース / 楽曲提供 / remixも行う。メロディカットアップの手法とキャッチーで不思議なメロディ / 和音構成は、国内外問わず多くのフォロアーを生み、以降のシーンに一つの発明とも呼べる功績をもたらす。トラックメイカー / プロデューサーとしてのライブの追求にも積極的であり、バンドシーンとクラブシーンの枠組みを超えた縦横無尽なライブパフォーマンスは人々を魅了し続ける。
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