ビョークのアートワーク、ジル・サンダーのロゴ、ロエベのグラフィック。世界中の人々の記憶の中に生き続けるアートディレクションを手がけるM/M(Paris)。彼らが追い求めるのは、「感情の対話」だという。インタビュー中、「Do you understand?」と優しく尋ねるその姿は、彼らの哲学を象徴しているようだった。そして、インタビュアーの目を見つめ、手元のノートにさまざまなデッサンを描きながら、ゆっくりと話してくれた。
そんな今回の対話は、渋谷パルコの新しいビジュアルにまつわる話をスタート地点にして、最終的に現代を生きる私たちに必要な思想、行動に行き着く。彼らの言葉を借りるなら、こうなるだろう。「今ここで語っているのは、あなたの人生についての物語です」と。
デザインの巨匠2名が感じる、日本文化とパルコの価値
―お二人は日本の文化に影響を受けたと過去のインタビューで話されていますが、どういった部分に魅力を感じるのか、お聞かせいただけますか?
マティアス:文化が日常生活の一部になっている点が、特に好きですね。少なくともわたしたちにはそう見える、ということですが。さまざまなディテールに文化の存在を感じます。物質的なものだけでなく、人々の思考や行動、そして「消費」にも文化的な視点が関わっているという印象です。
ミカエル:たとえば、日本に来るたびに、文化と生活をつなぐショップが増えていて驚きます。僕が見てきた世界中のどんな国よりも文化との接点になるような店がたくさんある。ビジュアルのディテールが作り込まれていくみたいに、街に店が増えています。
M/M(Paris)がジャケットを手掛けたビョーク『Biophilia』を聴く(2011年 / Apple Musicはこちら)
マティアス:これは私たちの受け取る感覚で、どこに焦点を当てるか、という話でもあるから、一般論ではないかもしれません。ただ、日本について知るほどに細部が大切にされていることに気づきます。日本の人々の目は鍛えられているからこそ、コンセプチュアルなアート作品が受け入れられているし、生み出されているのかな、と。創作する上での余白が許されているので、日本の仕事はとても楽しいです。
―パルコとの取り組みのきっかけには、いまお話しいただいたようなクリエイティブにまつわる姿勢への共感がありましたか?
マティアス:そうです。パルコのはじまりは、ファッションとともにありました。COMME des GARÇONS(コムデギャルソン)の川久保玲、Yohji Yamamoto(ヨウジヤマモト)の山本耀司という、芸術、ファッション、文化を混ぜ合わせる創造的な人物たちと特別な関係を築いて、ただ物が買えるだけの百貨店とは違う、有機的な生態系を生んできたのです。そこにシンパシーを覚えます。流行でもなく、着飾るためのものでもない。ファッションとは、食事をしたり、演劇や映画を観たり、通りを歩いたり……そういった現実世界の登場人物が着る服を提案するということです。その壮大なビジョンを体現しながら、パルコは、パルコになっていったのです。
―パルコとM/M(Paris)の関係は2014年からはじまっています。そこから、パルコのイメージを決定づけるようなアートワークを手がけていますね。今回制作されたビジュアルは、過去との繋がりを感じさせながら、全く新しい感覚をもたらしています。
マティアス:素朴さと新しさを両立するために試行錯誤を重ねました。変わらないけど新しい。一度消えて、復活するようなイメージです。パルコのロゴをもとに、抽象化してアルファベットを表意文字に戻していったんです。文字でアニメーションを作るような感覚ですね。その表意文字には、パルコの内側にあるプログラムを表すキャラクターを当てはめています。Pはファッション、Aがエンタテインメント、Rはアート、Cはフードで、Oがテクノロジー。これは、パルコの本来的な価値を明示しています。
ミカエル:また、ロゴは、クリスマスに飾るツリーと同じような役目を持っています。たとえばキリスト教にとっての十字架は、本来の意味が変化して伝統的な記号となりましたね。宗教的な意味合いではなく、ロゴは「象徴」になりうるものということです。
二人の考える成功、それは作品の背後に宿る物語を届けること
―心は見えないものですが、お二人が手掛けたビジュアルには、形がないはずの「感情」に直接触れられるような感覚がありました。そこに、意図や狙いはありますか?
マティアス:そういってもらえてとても嬉しいです。いつも見る人の心に触れるということを試みているんですよ。率直な会話がしたい、と願いながら、長い間作品を作り続けてきたんです。このビジュアルは伝統的な村を想像させますよね。これは日本の村かも知れないし、どこか遠い国の村かも知れない。それぞれの起源を思い起こすような感覚を持たせるということが、個人的な内面・感情の領域に通じると思っているんです。
ミカエル:今回のプロジェクトは、理性主義的な文化の豊かさを、「理想郷」という場所によって表現しようという意図を持っています。そこにあるのはファンタジーの空間であり、自分たちをも驚かせるような新しいなにかが生み出される場所です。視覚言語は遊び道具のようなもので、一度「理想郷」のアウトラインを作れば、そこにディテールを当てはめていくことができます。その過程はとても楽しいものですよ。日本での作品づくりは、こういう実験が完璧に上手くいくんですよね。
―「理想郷をつくる」というのは、ただ一枚の絵ではなく、そこに奥行きのある「物語」を立ち上げるということですよね。
マティアス:理想郷というのは、夢であると同時に現実でもあり、それはおっしゃる通り物語そのものです。私たちの考える成功とは、この理想郷を信じることのできる物語として成立させる、ということにあります。それができるのは、パルコがある種の理想郷だからだと思います。パルコが始まる前は、「物があって、買えて、さらに夢を見られる」、そんなお店は他になかったんですよ。このことを芸術的な手段でたくさんの人に伝えたいと最初に思いました。
ミカエル:あなたはここに来る。それは現実世界で起きている。けれど、ただただ現実の中で終始するわけではない。パルコという現代のショッピングビルが与えてくれるのは、具体的な物質以上のものなのです。それは、スマートフォンを経由しては決して得られないもの。今ここで語っているのは、あなたの人生についての物語です。
世代も人種も性差も超えて。私たち人間が共有する「感情」を改めて見つめ直したい
―私自身の実感ですが、物語を信じるという力、つまり「想像力」が弱まっている人が増えているように感じます。
マティアス:興味深い話ですね。いくつもの要因が重なっていると思います。私たちが活動をはじめた頃、人が触れる情報の量は今よりもっと少なかった。なので、たくさんの余白があり、そこでは想像力が求められていました。消費と生産が加熱していく中で、私たちは常にあらゆる選択に疑問を抱き続けてきたんです。たとえばこのジュースを飲むときにも、「なぜ?」と問わないといけない。マーケティングによって仕組まれた選択について自覚的になるということです。そうすることで想像力を刺激し続けてきたんだと思います。
また、ここ最近、芸術をただの「物」として見る傾向があって、私たちはこの考えを強く否定しています。アートはあなたになにかを考えさせるために存在します。私自身も、自分の持っているアート作品はアイデアを思いつく大きな手がかりになったりします。そして私が描いた作品を通して、あなたに新しい想像力が生まれ、なにかが生まれることを願っています。これはなによりも素晴らしいこと。人生の再創造といえるでしょう。私たちはそれをずっと信じています。
ミカエル:社会の問題は増えていて、どんどん難しくなってきてはいますが。それでもこの方法を信じているんですよ。今の世の中では、誰かを騙すことはとても難しくなってきているけれど、逆にもし騙されるとしたら、それはすごく巧妙な方法です。だからこそ、私たちは常に想像を巡らせなければなりません。
―そういった思想が、人種や文化を超えて心に触れるようなビジュアルの根幹を生むんですね。
マティアス:私とあなたは、同じ世代ではないし、国籍や人種も違いますよね。似ている部分もあるけれど、考え方は違うと思います。私たちは若い世代とも仕事をしますし、子どももいて、彼らを見ていると自分とは異なる星の人間なのかもしれないとすら思います(笑)。
だけどつながっている部分もあります。誰とでも共有できるのは「感情」です。だから感情は重要なんです。私たち自身を構成しているものがどんどん複雑になっているからこそ、人間らしい感情を見つめ、コミュニケーションすることの重要性を改めて知る必要があります。より直感的であろうとする、ということですね。それが自分を自分たらしめてくれるのです。アルゴリズムやAIが社会の根幹に入り込み、私たちの生活にコミットメントしてきている今だからこそ、宗教や神話とのつながりや、自分がなにを選べば素晴らしい時間を過ごせるのか、なにが不快なものなのか、ちゃんと自覚しなければなりません。それは、誰かに教わることではなく、自分で見つけ出すものです。
―このインタビューを通して、お二人のその温かい姿勢を、強く感じました。
マティアス:どんな壁があっても、感情は同じですよ。あなたがどんな人だっていい。黒人でも白人でもアジア人でも、女性でも男性でもトランスジェンダーでも。さまざまなものを超えて、自然な感情について対話したいんです。
- 店舗情報
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- 渋谷PARCO
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東京都渋谷区宇田川町15-1
営業時間:10:00~21:00 ※一部店舗異なります
- プロフィール
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- M/M (Paris)(えむえむ ぱりす)
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ミカエル・アムザラグとマティアス・オグスティニアックによって1992年に結成された、パリを拠点に活動するクリエイティブユニット。20年以上にわたりファッション、アート、音楽、デザインと多分野において活躍し、象徴的かつ影響力の強いデザイン&アートで世界中の人々を魅了させている。彼らの手掛ける多くの作品でオリジナルのタイポグラフィを用いられることがあり、表現方法の一つとしてタイポグラフィの重要性の高さが窺え、2003、2004、2012年度の東京TDC賞(タイポディレクターズクラブ)も受賞。また、ファッション、音楽関係の仕事が顕著で、これまでのコラボレーションワークとして、A.P.C.、Balenciaga、Calvin Klein、Dior Homme、Givenchy、Jil Sander、Loewe、Louis Vuitton、Missoni、Sonia Rykiel、Stella McCartney、Yohji Yamamoto、Yves Saint Laurentなどのビックメゾンやデザイナーが連なる。音楽の分野でも、2013年にグラミー賞の最優秀レコーディング・パッケージ賞を受賞したビョークの『Biophilia』を代表に、ヴァネッサ・パラディ、カニエ・ウェスト、マドンナといった著名アーティストのアルバムアートワークやミュージックビデオを手掛ける他、『Vogue Paris』、『Purple Fashion Magazine』、『Arena Homme+』、『Interview Magazine』等の雑誌のアートディレクションも手掛ける。また、2012年には、活動20周年記念として500ページを越える作品集を出版した。
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