1990年代後半より、およそ四半世紀にわたってアートとコマーシャルの2つの世界で作品を作り続けてきた永戸鉄也。数多くのアーティストのアートディレクションや映像、デザインなどを手がけ、その一方でコラージュを用いた作品を作り続けてきた彼の、最新個展『Kawaeye: Beyôn by Tetsuya Nagato』が、2020年1月25日より中目黒のギャラリー「104GALERIE」と「Warszawa」の2会場で開催されている。
個展名の『Kawaeye』とは、「カワイイ」と「eye=目」を融合させた造語。永戸が「カワイイの未来」を表現したという『Kawaeye』の世界は、シンプルなイメージでありながら、観る人を複雑な思考へと誘う。
永戸が「コラージュ」という手法にこだわる理由と、クリエイティブな発想の源はどこにあるのか? 「104GALERIE」を運営する彼の朋友、ENZOと共に紐解いていく。
ネットで拾った女の子の画像を開いて、なんとなく目の部分を選択してビヨーンって拡大してみたんです(笑)。(永戸)
―今回の個展『Kawaeye』は、どんなきっかけから始まったんでしょうか?
永戸:3年前に『Paper Show』という展示をここ(104GALERIE)でENZOくんとやったんです。その『Paper Show』を踏まえた上で、今度は「Oil Show」をやりたいな、というところから展開していったプロジェクトです。『Paper Show』の時も今回『Kawaeye』もプロセスに紆余曲折があり、それが楽しくて、ギャラリーと僕との共作っていうところは変わってないですね。
―「Oil Show」とはつまり、油絵ということですか?
永戸:そうです。大量の油絵具を用意して、それをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたものを瞬間的に乾燥させたらおもしろいモノができるんじゃないか? っていうイメージがまずあった。油絵具って、実際にはなかなか乾燥しないんです。
色のバターを巨大なバターナイフでこねくり回す、みたいなイメージで(笑)。「そんなことって可能なんだろうか」「自分が小さくならない限り不可能だよねえ」みたいな話をENZOくんとしていました。
そうこう言いながら、自宅でオイルペインティングを始めていたんです。日々ほんの少しずつ続けていることの積み重ねが、作品になっていかないかなっていう思いがあった。
根本にあったのは、「自動生成」への憧れです。ずっと作曲し続ける装置とか、ずっと上映され続ける映画とか。日々作品が勝手にどんどんでき上がっていくようなことをオイルペインティングでできないかっていう発想につながっていったんです。
―オイルペンディングと自動生成を組み合わせるとは、面白そうですね。
永戸:もう1つのアイデアは、街の中の「疵痕(きずあと)」。アスファルトのヒビや、ガードレールのヘコみ、人通りの激しい駅構内にある、丸い柱が擦れて塗装が剥がれた痕とか。あれって、人類による「無意識のドローイング」とも捉えられる。そういうところに魅力を感じていたんです。
―ドローイングを「疵痕」と考えると、確かにそう捉えられますね。
永戸:そういう「無意識のドローイング」の感覚と、自動生成と、油絵っていう、3つの要素が頭の中でグルグルしていた。で、ある時ネットで拾った女の子の画像を開いて、なんとなく目の部分を選択してビヨーンって拡大してみたんです(笑)。それこそ、何も意識せずに。
それを見た瞬間「カワイイ!」と思ったんですよ。「これ、コラージュ作品としてメチャクチャいいんじゃないか」という確信もあった。
永戸さんがInstagramに上げてたのを、たまたま見かけて「カワイイ!」と思ってすぐ連絡したんです。(ENZO)
―既存の素材に手を加えているという意味では、一種のコラージュであると。
永戸:今までの自分のデジタルコラージュって、ものすごく手を動かす回数が多かった。なのに、ただ目の部分を延ばすだけで「すごくいい作品」と思えたことが、自分でも衝撃だったんです。
これはすごいところに行けたぞって。そこからいろんな女の子の画像の、目の部分だけをビヨーンって伸ばすことを毎日やっていました。僕の中での「最小限の手数のコラージュ」(笑)。
ENZO:それを永戸さんがInstagramに上げてたのを、たまたま見かけて俺も「カワイイ!」と思ってすぐ連絡したんですよね(笑)。
永戸:「目がビヨーンってなった女の子の絵を集めて何かやろう」という話になり、とりあえずたくさん作ってみることにしたんです。仕事の合間にビョンビョンやって(笑)。
100人くらい選抜メンバーができたところで改めてENZOくんに観てもらい、じゃあどうやって展示しようかということになった。インクジェット出力するか、アクリル貼りにするか……? っていうときに、さっきのオイルペインティングと繋がった。
中国で贋作村(大芬油画村。深センから近い8000人の画家が集まる絵画の村)って言われている村の話を思い出した。ゴッホとかモネとか、有名な油絵の複製品をここで何万枚も描いて、それが世界中のお土産物屋とかで売られているそうなんだけれど。そこに描いてもらったらどうなるだろう? って発想が出てきたんです。
―それもある意味、自動生成というかコラージュのプロセスの一つになるわけですね。
永戸:そういうことです。自分の手すら動かさないコラージュ(笑)。
ありとあらゆるモノが好きなんです。たとえクズやゴミであっても、人によって、あるいは見る角度によっては様々な意味を持つところが面白い。(ENZO)
―2016年の2人の初めての共作展『Paper Show』でも、コラージュが用いられていますね。ベルリンの街中で収集したポスターを素材に、手作業により作られたコラージュ、インスタレーションを展示したものでした。
ENZO:ベルリンに行った時に、街の至るところにポスターが貼ってあるのが目に入ったんですよ。いろんなポスターを、古いものも剥がさずどんどん重ねて貼っていくんですね。
しかも適当な糊を使っているから、ちょっと雨が降るとごそっとまとめて剥がれちゃって、まるで壁が剥がれ落ちたみたいになっている(笑)。それを道端で拾って永戸さんに見せたらすごく面白がってくれて。
永戸:最終的に150キロくらい送ってもらった(笑)。それを全部ギャラリーに集めて1つずつ水でふやかして。1枚ずつ剥がして乾燥させて……っていう、ちょっと異常なプロセスを踏みながら仕上げていきました。あれはなかなかハードだったな。
ベルリンから送られた何枚も貼り重ねられたポスター束をふやかし剥がし乾燥させてからそれをコラージュしていく。そのプロセス込みで作品という感じがしましたね。アートでありながらエンターテインメントでもある。それで「紙のショー」、つまり『Paper Show』というタイトルをつけたんです。
ENZO:僕は2013年にこのギャラリーをオープンしたのですが、明確に「これをやる」というようなことは決めていなかった。その時から考えていたのは「モノをちゃんと見る」「ちゃんと扱う」こと。というのも、ずっとモノが好きなんです。ありとあらゆるモノ……たとえクズやゴミであっても、見る角度によっては様々な意味を持つところが面白い。
―そもそもお2人が知り合ったのは、ENZOさんが美術、永戸さんがディレクターとして関わったミュージックビデオの仕事だったそうですね。
永戸:RADWIMPSの『おしゃかしゃま』(2009年)ですね。そこでENZOくんにセットを作ってもらったのがきっかけだった。紙の集積所が近所にあって、そこでバンドショットを撮りたかったんだけど、あまりにも突然思いついたものだから許可が取れなかったんです。
それを再現して欲しくて、その集積所の写真を彼に何枚か渡したら、もうほぼそのままっていうくらい忠実なセットを作ってくれた。その衝撃は今でも覚えています。
ENZO:その時の僕の印象としては、「とにかくこの人は紙に執着しているんだな」ということ(笑)。
永戸:『おしゃかしゃま』では「紙」の持つ儚さや、自分がライフワークとしているコラージュ、その手作業の「無意味さ」みたいなものを引っくるめて映像に込めたかった。そこで力になってくれたのがENZOくんだったんです。
もし僕が油絵に描き起こしたら、そこには思い入れが映り込んでしまうと思うんです。(永戸)
―永戸さんが長年続けている「コラージュ」という手法には、どのような魅力があるのでしょうか。
永戸:コラージュには作家性よりも、さっき話したような自動生成的な感覚があるんですよね。自分が装置になって、目の前にある様々な素材に触れることで作品が生まれるような。見えない磁力、というのか……基本的にはどんなものに触れても作品にすることができるのでは、と思っています。
ただ、今回の個展『Kawaeye』は、コラージュではなく絵画作品として完結しています。例えば、もし僕が油絵に描き起こしたら、そこには文脈に対する思い入れが映り込んでしまうと思うんです。
永戸:でも、贋作村に委ねたことで、文脈への思い入れみたいなものが一切排除された絵が上がってくるんですよ。つまり、めちゃくちゃ上手いんだけど、そこには「想い」が一切入ってない。とても奇妙で、少なくとも僕自身は今までにない感覚を味わいました。最初に見たときは思わず笑ってしまったし。
ENZO:コピー商品としての絵を描いている村にすれば、できるだけ短時間で効率よく仕上げていきたいんですよね。それで流れ作業みたいにして数をこなしていく。その効率性が絵にしっかり出ているんです。でも模写として質の高いものを作ろうという意識はあって、描き込み具合とかがすごいところもある。それがすごくおかしな感じで見えてくる。
永戸:この贋作村自体がそもそもは大量生産、大量消費社会が生んだ歪みと言えます。そういう角度で見ると、この絵はオリジナル作品なのか、コピー商品なのか、という問いも生まれてきますよね。そもそもネットから拾った画像のコラージュが大元で、それが油絵に複製されているという、この状況は何なんだ? っていうことです。
ENZO:全てが本物で、全てが偽物。
―その、空虚な感じが現代っぽくもありますよね。
永戸:そうなんです。今回の展示はとても異質なものになっています。僕の作風としても異質だし、皆さんがこれまで観てきたどの絵画とも違うという意味でも異質。ただ、アートだけど決して難解ではないから、子供から老人まで楽しめると思います。
笑って観てもらえるエンターテイメント性もあるし、じっくり読み解いていけば、現代社会への様々なメッセージが込められています。いろんなレイヤーで楽しめるので、多くの人にぜひ足を運んでいただきたいですね。
- イベント情報
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- 永戸鉄也
『Kawaeye』 -
2020年1月25日(土)~3月15日(日)
会場:東京都 池尻大橋 Warszawa、104GALERIE
時間:11:00~18:00(入場は閉場の30分前まで)
休廊日:日、月曜
- 『Kawaeye Special Talk: 永戸鉄也 × 三宅正一』
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日時:2020年2月28日(金)20:00〜21:00
会場:東京都 池尻大橋 Warszawa
入場料:無料
※当日のギャラリー営業時間は11:00〜21:00 です。トークショーへはご自由にご参加ください。
※対談の模様は撮影いたします。ご了承ください。
- 永戸鉄也
- プロフィール
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- 永戸鉄也 (ながと てつや)
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アートディレクター。1970年東京生まれ。広告、パッケージデザイン、ミュージックビデオ、ドキュメンタリー映像、展覧会キュレーション等。音楽、ファッション、アートの領域でディレクションを行う。
- ENZO (えんぞ)
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セットデザイナー / アーティスト 1972年生まれ。R.mond inc.主宰。PVやCMなどのムービー撮影、雑誌や広告等のスチール撮影、店舗デザイン、展覧会などのオブジェ制作など、あらゆるメディアにおける美術制作を手掛ける。
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