レオス・カラックスやアッバス・キアロスタミ、フランソワ・オゾンなど、日本ではまだ無名だった監督の作品を数多く紹介し、1980年代の「ミニシアター・ブーム」を牽引してきた渋谷で最も古いミニシアター「ユーロスペース」。その後も『死刑について考える映画週間』や『トーキョー ノーザンライツ フェスティバル』など、ユニークで良質なイベントやトークショーを次々と開催し、およそ40年もの間、渋谷カルチャーの発信源の一つとして存在感を発揮してきた。渋谷で最も古いミニシアターであるユーロスペースは、日々刻々と変わりゆく「渋谷」をどう見ていたのか。また、新型コロナウイルスの感染拡大により、映画館が軒並み休館を余儀なくされる状況に何を思ったのか。支配人の北條誠人さんに話を伺った。
YOU MAKE SHIBUYA連載企画「渋谷のこれまでとこれから」
新型コロナウイルスの影響で激動する2020年の視点から、「渋谷のこれまでとこれから」を考え、ドキュメントする連載企画。YOU MAKE SHIBUYA クラウドファンディングとCINRA.NETが、様々な立場や視点をお持ちの方々に取材を行い、改めて渋谷の魅力や価値を語っていただくと共に、コロナ以降の渋谷について考え、その想いを発信していきます。
映画だけでなく読書や音楽、ファッションなども楽しむ人たちが、渋谷という街を元気にしてくれているのだなと思います。
―「ユーロスペース」の特徴から教えてもらえますか?
北條:ユーロスペースは渋谷で一番古いミニシアターですが、来館されるお客様の年齢層は若い劇場だと思います。上映作品は日本映画も海外映画もありますし、アニメーションやドキュメンタリーなどジャンルや国籍にはとらわれずに選んでいます。ただし傾向として、若い監督の作品や、あまり知られていない国や文化の作品を上映したいと思っています。
―どんなお客様が多いですか?
北條:平日はシニア層の方が多いですが、土日・祝日になると本屋さんやCDショップ、アパレルの袋を持ったお客さまがたくさんいらっしゃいます。映画だけでなく読書や音楽、ファッションなども楽しむ人たちが、渋谷という街を元気にしてくれているのだなと思います。
―これまで数多くの作品を上映し、ユニークかつ有意義なイベントも開催されてこられましたが、何か印象に残っているエピソードはありますか?
北條:ひとつ上げるとしたら、2017年の春休みに上映していたアニメーション映画『この世界の片隅に』に、制服を着た中学生の女の子4人が観に来たことです。「よく円山町にあるユーロスペースまでたどり着けたな」と思うのと同時に、この中学生グループをミニシアターに導いた『この世界の片隅に』という作品の力に改めて驚きました。
中学校を卒業した彼女たちが、それぞれの進路に進んでからあのときみんなで観に行った渋谷の映画館とアニメをどう思い出してくれるのか、ちょっと興味がありますね。
―渋谷で開館して良かったことは?
北條:「若者の街である」ということでしょうか。映画や音楽などカルチャーの発信地であり、とりわけユーロスペースが開館して2000年代半ばくらいまでの渋谷は「映画の街」「ミニシアターの街」だったと思います。
―確かに、今はもう閉館してしまった「シネマライズ」や「シネセゾン」「シアターN」(元ユーロスペース劇場跡に開館)など、渋谷には良質なミニシアターが今よりもたくさんありました。学生時代は僕もミニシアターをハシゴしていましたね。
北條:渋谷で働くようになって35年が経ちますので、すでに無くなってしまった映画館で観た思い出はたくさんあります。まだ「タワーレコード」が「東急ハンズ」の近くにあった頃、その路地のような場所でお店を出していたCDショップ。道玄坂の看板建築だったか、その近所の古本屋、駅の近くの焼鳥屋……。上を向いて歩くのではなく、下を向いて歩いていましたね、今もそうですが(笑)。
―渋谷にまつわる思い出はたくさんあるのでしょうね。
北條:「染みついた」と言ってもいいかもしれないですね。そうそう、昔の「ユーロスペース」があった桜丘町に、大和田小学校がありました。夏のある夜、その校庭で星空映画館(野外上映会)が開かれて、地面にゴザを敷いて缶ビールを飲みながら、『天空の城ラピュタ』を観たことがありました。夜風がゆっくりスクリーンを揺らす光景を、映画のひと場面のように思い出します。……なんか、渋谷の端のことばかりですね。
―素敵なエピソードです。渋谷のお気に入りスポットというと、どこになりますか?
北條:昔あった「東急プラザ」の前は、待ち合わせ場所によく使っていましたね。待ち人はすぐに見つかるし、本当に便利だったんですよ。今だと「ジュンク堂書店」と「タワーレコード」です。放っておかれれば一日中います。仕事のネタも探しますが、何かを探している人と一緒にいると心が落ち着くんですよね、たぶん。
1月は「良いスタートが切れた」と思っていただけに、その後の状況は考える力を奪っていきました。
―新型コロナウイルスの感染拡大は、「ユーロスペース」にどのような影響をもたらしましたか?
北條:最初に影響を感じたのは2月中旬、10年近く行っている特集上映『死刑について考える映画週間』の時でした。ラインナップには例年以上に自信があったのですが、近年の3割減になりました。その後、週を追うごとにお客さんが減っていき、政府による「自粛要請」「休校要請」があった2月下旬はさらに加速しました。今年1月の興行収入は、前年比107%で「良いスタートが切れた」と思っていただけに、その後の状況は考える力を奪っていきました。
―渋谷の雰囲気が「変わった」と感じた出来事はありましたか?
北條:志村けんさんの訃報が、一気に街の雰囲気を変えた気がします。その後、ミニシアター、シネコンともに動員が減っていき、ユーロスペースでも集客が1回数人、あるいはゼロということが起きてしまいました。劇場スタッフは「通勤途中で感染するのではないか」と口にするようになったのもこの頃です。いくつかのミニシアターが、自主的に休館措置をとり始め、「このままズルズルと上映を続けていてもいいものか」と、私たちの不安が限界近くになった4月7日、ついに「緊急事態宣言」が発令されました。
―翌日から全国の映画館が休館となりましたね。
北條:4月に営業できた7日間の興行収入は、前年比わずか3%でした。映画館が名付け親と言われている「ゴールデンウィーク」と春休みのある3~5月は「かき入れどき」ですが、売上のことだけでなく、勝負をかけて仕込んでおいた作品が初日を迎えられずに塩漬けになっていくことが、気持ちを憂鬱にさせました。
―全国のミニシアターも、ユーロスペースと同じような状況だったのでしょうね。
北條:劇場運営は「映画が好き」という気持ちだけで続けているところがほとんどで、蓄えも少なく、やっと操業しているところが圧倒的に多いですからね。諏訪敦彦監督らを中心とする「SAVE the CINEMA ミニシアターを救え!」プロジェクトや、クラウドファンディングによる「ミニシアター・エイド基金」は、いずれも「自粛要請」を出しながら損失に対する補填や支援が政府から全くないことに対する、民間の人たちの支援と応援の輪です。これがなければ、資金よりも先に、私たち運営者の心が崩壊していたと思います。
「SAVE the CINEMA ミニシアターを救え!」プロジェクトのメンバーにより、政府に対して損失補填と収束後の集客回復、復興のための支援を要請しました。「持続化給付金」や「雇用調整助成金」「感染拡大防止協力金」だけでは負債はまかない切れないし、今、そしてこれからも補償が必要です。
―現在は、コロナに対してどのような対策を行なっていますか?
北條:換気の徹底と、飛沫防止用ビニールを受付に展開すること、市松模様の座席販売(定員の50%)、お客さんへのアルコールなどの消毒、座席の消毒といったところでしょうか。クラウドファンディングなどはしておりません。
―特に困っていることはありますか?
北條:劇場にシニア層が戻ってこないこと、客席の半分しか販売できないことでしょうか。日に日に増える感染者数も心配です。
―アフターコロナの渋谷はどんなふうに変わっていると、北條さんは思っていますか?
北條:渋谷の変化についてはわかりませんが、私たち映画館以上にライブハウスやクラブ、舞台芸術のひとたちは大変です。渋谷の音楽を楽しむ人々がいなくなってしまい、本屋さんやCDショップ、飲食店やデパートもお客さんが減っています。渋谷にオフィスを構えていたIT産業の人たちも、テレワークで街から姿を消してしまいました。果たしてどう戻るのか、皆目見当がつきません。
―守りたい渋谷の魅力を、最後にお聞かせください。
北條:渋谷はいい具合に品があって若くて、自由な風が吹いていて、格式張っていないところが魅力だと思います。それを守るには、「守ろう」と思わず自然に人と会話して街の中に入っていくことじゃないでしょうか。
- サイト情報
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- 『YOU MAKE SHIBUYAクラウドファンディング』
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23万人の渋谷区民と日々訪れる300万人もの人たちが支えてきた渋谷の経済は“自粛”で大きなダメージを受けました。ウィズコロナ時代にも渋谷のカルチャーをつなぎとめるため、エンタメ・ファッション・飲食・理美容業界を支援するプロジェクトです。
- プロフィール
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- ユーロスペース
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1982年より渋谷・桜丘町で営業を開始した映画館。1980年代のミニシアターブームの一翼を担い、2006年に渋谷・円山町に移転。2014年には同ビル2Fでライブホール「ユーロライブ」をスタート。
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