柴田聡子は、歌詞を書くとき「油断しないように、心してかかっている」のだと言う。その「油断しない態度」は、彼女が書く歌詞の世界にもまた、当てはまるように思う。隣にいる友人や家族や恋人が、本当にはどんなことを考えているかなんて絶対にわからないし、なんなら自分だって、誰にも見せない顔を持っている。柴田聡子の歌にいつもはっと立ちすくんでしまうのは、私たちを取り囲む世界がいかに親しげであったとしても、いつだって他者であるということ、そして自らも誰かにとっての他者として、ときに世界に対して多かれ少なかれ悪の要素をはらんで関わっている可能性が、愛と明るさと真摯なユーモアをもってあらわにされているからなのだと思う。
そんな柴田聡子による、先行配信の“変な島”を含む全4曲が収録されたチャーミングな新作EP『スロー・イン』。<どうしてひとりにしてくれるの / 私は泥棒かもしれないのに / どうしてなにもかもの蓋を / ちゃんと閉めてないの>と歌う“どうして”にあらわれるような、無防備なまでの生身の感覚や瞬間を、柴田聡子はどのように言葉とメロディでたぐり寄せているのだろうか。『スロー・イン』や、全13回の生配信ライブ、4月にSoundCloudにアップした楽曲“テラハ”などについて言葉を交わしながら、その一端に触れた。
エゴサしても、百のいい意見より一つの辛い意見がいつまでも心にこびりついちゃうんですよね。
―新型コロナウイルスの影響で弾き語りツアーが延期になってから、『柴田聡子のインターネットひとりぼっち'20』として生配信を行われていましたね。予定されていた公演のスケジュールにのっとってライブを配信するという取り組みで驚きました。配信はすべて一人でやっているのですか?
柴田:配信の30分前にマネージャーさんにつないでサウンドチェックをするんですけど、基本的に全部一人でやっています。
―背景も毎回、その日ライブ予定だった場所にゆかりあるものに変えていましたね。
柴田:背景用のグリーンバックを友達に貸してもらったんです。私から見えている風景は自宅なんですけど、画面だけ見ると本当にその場所にいるみたいですよね。毎回その土地のことを思いながらやっていました。
『柴田聡子のインターネットひとりぼっち'20』広島風の様子
―見ている方からはどんなコメントがありますか?
柴田:それがですね、演奏中にコメントを見ているとそっちの方が気になって間違えちゃったりするので、演奏が終わったあとの「パチパチパチ(拍手)」っていうコメントしか見られていないんです(笑)。もし地味に傷つくようなコメントがあったら嫌だなとも思うし。エゴサとかしても、百のいい意見より一つの辛い意見がいつまでも心にこびりついちゃうんですよね。
―そうですよね。
柴田:配信では昔の曲も積極的にやっているんですけど、それに気づいてくれる人がいるのは、めちゃくちゃ嬉しいです。自分は何も積み上げてこられなかったのかもしれないと思っていたから。
―それはなぜですか?
柴田:どうしても新しい作品に対する意見の方が目に入ってくるから、昔の曲が誰かに今も大事にされているかどうかってよくわからないんですよね。だんだんライブでもやらなくなってくるし。だからコメントで反応してくれているのを見ると「わあ」って嬉しくなるんですけど、大体は「パチパチパチ」しか見られない(笑)。
―弾き語り配信以外では、最近はどんな風に過ごされていましたか?
柴田:自粛期間前から自粛中って感じで、家中心の生活を送っていたので、ライブはなくなったものの、がらっと変わることはなかったんです。家にいて配信の準備をしたり、曲を作ったりしていたら結構時間が経っていて。とはいえやっぱり制作も思うようには進まなかったんですけど。あとは育てている植物と会話したり、散歩や自炊をしていたかな。
―Instagramにも植物の写真をアップされていましたよね。
柴田:事務所で捨てられそうになっていたモンステラをもらってきて、伸び過ぎた部分を切って別の鉢に植えていったら、部屋中モンステラだらけになりました(笑)。すごく元気で、切ったら切っただけ生えてくるから捨てるのも忍びなくて。本当にすごいです。
気をつけていないと空を飛びたくなっちゃうというか、地上のことを忘れてしまうときがあると思うんですよ。
―そんななか『スロー・イン』が7月3日にリリースされますが、まず『スロー・イン』というタイトルはどこからきているのですか? 柴田さんといえばバスケかな、と思ったのですが。
柴田聡子『スロー・イン』を聴く(Apple Musicはこちら)
柴田:これはバスケじゃなくて「スローイン・ファストアウト」からきているんです。
―スローイン・ファストアウト?
柴田:教習所で習ったんですけど、車を運転していてカーブに入るとき、スピードを落とすんだけど、出るときはカーブだからといってのろのろしていたらだめで、速く出なければいけないらしいんです。だからなんだということでもないんだけど、でっかいカーブにふーっと入っていくときの快感ってあるなと思って。今回はなんとなくリラックスした感じのタイトルにしたいと思っていたので、ぐっと遠心力がかかっていくような感じがいいなと思ってつけたんです。
―ジャケットも面白いですよね。珍しく柴田さんが不在で、開いたスナック菓子の袋がぽつんとある。
柴田:これは、内田有美さんという方のイラストなんです。
―そうなんですか。写真だと思っていました。
柴田:超絶リアルな作風の方で。前回のライブ盤からデザインを手がけてくれている藤木倫史郎さんに、今回はなんとなく自分の写真じゃない方がいいかもと伝えたら、内田さんを提案してくれて。藤木さんの名采配ですね。
―制作はいつ頃から始めたのですか?
柴田:本来は弾き語りツアーで販売するために、今年の頭くらいから作りはじめていたんです。結果、ツアーが延期になって、このタイミングに発売することになりました。
―今回はギターを中心にストリングスやドラムなどが入ってくる構成ですが、どのようなメンバーで制作されたのでしょう?
柴田:“変な島”のアレンジが最初に決まって、そこに弦を入れたかったので、RYUTistに提供した“ナイスポーズ”という曲でチェロを弾いてもらった橋本歩さんに入っていただきました。弦の方々は、リーダーがほかのメンバーを集めるやり方が主なので、今回はコントラバスとチェロでやりたいと橋本さんに話をしたら、コントラバスの山田章典さんという方を連れてきてくださって。
―ストリングスはご自身でアレンジされたそうですね。
柴田:恥ずかしながら自分でやってみたら、楽しかったですね。あと、今回ピアノと、ドラムのテックや音色はイトケンさんに制作と監修をしてもらって、レコーディングとミックスにはエンジニアの宮﨑洋一さんに入っていただきました。宮﨑さんはサウンドの中ですごく重要な役割を果たしてくれています。
―EPには収録されていないですが、4月に“テラハ”という曲もSoundCloudにアップされていましたね。
柴田聡子“テラハ”をSoundCloudで聴く
柴田:あれは「やっぱり“テラハ”みたいなタイトルの曲を作れるかどうかだよ」って友達に言われて作ってみたんです。
―「テラハみたいな」というと?
柴田:私は、気をつけていないと空を飛びたくなっちゃうというか、地上のことを忘れてしまうときがあると思うんですよ。地上から浮いちゃってもいいと思うんですけど、多分そういう状態の私を見てそう言ったんじゃないかな。格好つけずに、本当に好きで、夢中になってて、心から離れないものを歌にしてみろよ、ってことだったのかもしれないです。
―「テラハ」は地上的なものの象徴ということでしょうか。
柴田:実感のあるもの、って感じがしますよね。でも「聖なる存在」っぽく見えるものが、本当に聖なるものなのか、よく考えるんですよね。一見悪そうに見える人が本当に悪いかというと、必ずしもそんなことないじゃないですか。悪いやつがいい人そうな顔をしていることなんて全然あるし。
ずるさってねずみ小僧みたいな感じがします。
―いまの話で思い浮かんだのが、“どうして”の<私は泥棒かもしれないのに>という歌詞で。『がんばれ!メロディー』の“いい人”でも<私は悪い人で / とびきり悪いやつ>と歌われていたように、柴田さんの歌詞には、世界に対して自分自身が悪として関わっているかもしれないという疑いの眼差しがあるように思います。
柴田聡子『がんばれ!メロディー』収録曲“いい人”を聴く(Apple Musicはこちら)
柴田:うん。自分はどちらかというと悪い方の人間かもしれないと考えるようにしているんです。
―それはなぜですか?
柴田:自分を最大級の悪だと仮定してみることで、自分が思ったより悪魔になれないこともよくわかるんですよね。悪としても三流だなって(笑)。
―(笑)。
柴田:それによって一流の悪魔がどれだけ悪であるかもわかるし、同時に、自分が大した悪魔じゃないという事実によって、本当の悪魔も天使もめったにいないってわかるんです。
―絶対的に悪な存在がそんなにいないからこそ、極端に善である存在も同じくらいいないだろう、と。
柴田:でも、自分が悪魔みたいに悪い人間だと考えてみることって、すごく健康的な気がしていて。他人からいい人だと思われなくても別に平気だと思えるし。いいことよりも悪いことから考えていくと、本当に悪いことって案外少ないんです。
誰かにとって悪いことは、誰かにとっていいことだったりしますよね。だから“どうして”の中で書かれていることも、誰が誰を信じるかは本当に自由だということで。信じている存在にいつか騙されるかもしれなくても、「あえて本当のことを聞かなくてもいいかな」っていう状態に支えられている関係性もあると思うんです。
「なんでこの人を信じているのか」とか「なんで友達になったのか」って善悪で測れない部分があります。同時に「この人と友達でいると得しそうだな」とか、欲得で測っている部分もあるんですけど。
―“友達”ではまさにそうした状態を歌われていますね。
柴田聡子『スロー・イン』収録曲“友達”を聴く(Apple Musicはこちら)
柴田:友達になる相手ってやっぱりどこかで選んでいるじゃないですか。毛並みが似ているな、とか。子どもの頃は無造作に集められた中から、隣の席の子となんとなく気が合って仲良くなったりすると思うんですけど、そういうことって大人になってからはなかなかないですよね。
―<友達がいれば>とあくまで仮定であったり、<呼べばすぐに来てくれなくもない / そう思えなくもない>と濁していることで、「友達」であるかもしれないその対象に好意はあっても、絶対的に信じているわけじゃないという距離感があるなと思います。
柴田:私は基本的に臆病なので、身体を張ってその人の本質を知ろうとはしない方だと思うんですよね。それはずるさでもあると思うし、曲を作るうえでは、そういう感覚を利用している部分があるとも思います。本質的になればなるほど、曲になんてしていられないような必死さや努力感が出てくる気がするんですよね。もし物事へのそういう向き合い方を曲にしていたら、すごくじめっとした、シケた曲を書くような気がする(笑)。
―さきほどの善悪の話でいうと、ずるさって多かれ少なかれ多分誰しもが持っているもので、「巨悪」みたいな大きな物語的な悪じゃなく、日常的な小さな悪ですよね。
柴田:ずるさってねずみ小僧みたいな感じがします。かわいいものですよね。
―ねずみ小僧、わかる気がします。最近は「ずるさ」的なグレーゾーンを許容するより、絶対的に善か悪か、白黒つけることが求められる感じがあるなと思います。
柴田:そういう意味で自分の考え方はマイナーだなと思います。私は大人になってから、人に対しても自分に対してもグレーの部分があることがありがたくて仕方ないから、なるべく存続させていきたいんです。でもいまはみんなすべてにおいて余裕がなくて、いろいろ難しいんだろうなと思うし、それが時代の色なんでしょうね。
―先ほど“どうして”について話していた、裏切られるかもしれない宙吊り状態で信じてみる善悪で測りきれない関係性のように、グレーの部分に属することを飲み込むことって、たしかに余裕がないとできないかもしれません。
柴田:複雑なものを複雑なまま受け入れる余裕がないんだなと感じることも多いですけど、「いちいちそんなことしていられないよ」っていう気持ちもすごくわかる。だからもどかしいなと思いつつ、自分の気持ちは忘れないようにしておきたいんですけど、いつか時代に合ってきて、何事もはっきりしたい人間になるかもしれない(笑)。あっという間に自分が変わってしまうなといつも思います。
最大の悩みは、作っているときに何を考えているか、まったく覚えていないことなんです。
―そうした感覚が歌によってとどめられている部分はありますか?
柴田:結果的にそうなっているかもしれないけれど、歌を作るのは、メロディや言葉に対する原始的な欲望からきているので、自分の思想や思考の代わりだけではないと思います。音楽も言葉も、もっと大きなものの中にあって、自分はそれを取り出す一つのフィルターみたいなものです。それくらい、言葉や音楽があるということを尊敬しています。
私の最大の悩みは、作っているときに何を考えているか、まったく覚えていないことなんですよ。書きながら「これはだめだな」とか考えているのは覚えているんですけど、何を基準にだめだと思っているのかは、全然わからないんですよね。何かしら自分の中で納得して書いてるんだとは思うんですけど。だから「柴田メソッド」がひとつも作れないんです。かといって「言葉が降りてくる」みたいなことではなくて。
―以前のインタビューでも歌詞を書くときの感覚について「芋掘り」とおっしゃっていましたものね(参考:柴田聡子を紐解く5通の手紙。音楽も詩も、子どもが戯れるように)。
柴田:言葉を使いこなせたという自覚を持ったことがないからかもしれないけど、いつも油断しないように、心してかかっているような感じです。どんな風に作っているかがわかれば、もっと曲を作れるような気がするんですけどね。
―「柴田メソッド」が確立したら作品も変わってきそうですね。
柴田:ずっと、「当たって砕けろ」状態で書いてきているから、きっとまた違う何かが出てきそうな気がします。もっといろんなことを想像させられるような幅を持たせた書き方ができるんじゃないかなって。いまはちょっと凝り固まっている気がするし。……いや、そんなに考えてないか(笑)。
―今後のことでいうと、ツアーの振替日程が決まりましたね。
柴田:無事にやれるといいですねえ。自然のことだからどうなるかわからないですけれど、共存したいです。
―ウイルスもそれ自体は善でも悪でもないものですしね。
柴田:「悪さしてやるぞ」って思っているわけじゃなく、ただそこにいるだけですからね。みんな、自分にとってのいいことを行なって生きているだけなんだよな、と思います。そんななか、家で育っていく植物を見てると、ただただ育っていくって大事だよなと思います。ただただ生きるとか、ただただ書くとか、ただただ歌うとか。植物を見習っていこうって、勇気付けられます。
- リリース情報
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- 柴田聡子
『スロー・イン』(CD) -
2020年7月3日(金)発売
価格:1,650円(税込)
PCD-45551. 変な島
2. いやな日
3. 友達
4. どうして
- 柴田聡子
『スロー・イン』(7inch) -
2020年7月3日(金)発売
価格:3,500円(税込)
P7-6248/9
2枚組 4曲入 Wジャケット
完全初回限定生産sideA. 変な島
sideB. いやな日
sideC. 友達
sideD. どうして
- 柴田聡子
- プロフィール
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- 柴田聡子 (しばた さとこ)
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1986年札幌市生まれ。恩師の助言により2010年より音楽活動を開始。最新作『がんばれ!メロディー』まで、5枚のオリジナルアルバムをリリースしている。去る10月にはバンド編成「柴田聡子inFIRE」による、初のバンドライブ盤『SATOKO SHIBATA TOUR 2019 “GANBARE! MELODY” FINAL at LIQUIDROOM』をリリースした。また、2016年に上梓した初の詩集『さばーく』では現代詩の新人賞を受賞。雑誌『文學界』でコラムを連載しており、歌詞にとどまらない独特な言葉の力が注目を集めている。2017年にはNHKのドラマ『許さないという暴力について考えろ』に主人公の姉役として出演するなど、その表現は形態を選ばない。2020年7月3日、4曲入りEP『スロー・イン』をリリース。
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