能町みね子が『ヨコトリ』で考えた、わからない物事との対峙

千々に揺らいで、ひとところにとどまらず移ろう。そんな「光」のあり方を表したように見えた『ヨコハマトリエンナーレ2020 「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」』。新型コロナウイルス感染症の影響により、会期の短縮を余儀なくされながらも、日時指定制による入場者数制限、検温などのさまざまな感染予防対策のもと、10月11日まで開催中だ。

インド・ニューデリー在住の3人組アーティスト、「ラクス・メディア・コレクティヴ」をアーティスティック・ディレクターに迎えた今回の『ヨコハマトリエンナーレ』。世界に対して常に問い続ける状態を示す自身による造語「動的熟考」という言葉を活動の核とするラクスの思想を反映するように、流動的な思索を促す企図が会場全体に満ちていた。

今回、そんな同展を巡ったのは、文筆家、イラストレーターとして活動する能町みね子。世界を類型化・単純化することに抗うように言葉をつくしてきた彼女は、どのようにこの展覧会を観たのだろうか。

(メイン画像:ファーミング・アーキテクツ 『空間の連立』 2020年)

作品を観ているときには自分も「わかる」ことをゴールにしていたんだと気づかされました。

『ヨコハマトリエンナーレ2020』の会場となっているのは、横浜美術館とそこから7分ほど歩いた場所に位置するプロット48。30以上の地域から全67組のアーティストが参加しており、その半数以上が日本での作品発表が初めて。長時間の映像作品も多く、少し駆け足で2会場を巡ったあと、横浜美術館主任学芸員で、『ヨコハマトリエンナーレ2020』の企画統括を務める木村絵理子にも同席してもらい、話を聞いた。

ハイグ・アイヴァジアン 『1,2,3 ソレイユ!(2020)』 2020年 ©Haig Aivazian
能町みね子(のうまち みねこ)
北海道出身。近著『雑誌の人格(全3巻)』(共に文化出版局)、『結婚の奴』(平凡社)、『逃北』『言葉尻とらえ隊』(文春文庫)、『ときめかない日記』(幻冬舎文庫)など。ほか雑誌連載多数、テレビ・ラジオにも出演。

―2つの会場を回ってきましたが、いかがでしたか。

能町:作品を観たあと、自分の中である程度意図が見えたり、しっくりくる結論が出るとほっとするんですけど、今回はどの作品においても結論めいたものがほぼ見えないまま放り出されて、「あれはなんだったんだろう」ともやもやしながら、次の作品を観ていくような感じでした。わかりやすいものばかりが求められていることに対する批判は最近、結構多いと思いますし、自分もその批判には同調しているつもりだったんですけど、こうして作品を観ているときには自分も「わかる」ことをゴールにしていたんだと気づかされましたね。

今回は先に作品を観てから掲出されているキャプションを読むようにしていましたが、作品を観ながら身体がものすごく作品に対する説明を求めているような感覚になってしまって、悔しかったです(笑)。かといって、「考えるな感じろ」的に、ただ感じたままに好きだの嫌いだの言うのはあまりにも安易ですし。

ジェイムス・ナスミス『「ザ・ムーン:惑星、世界、衛星としての月」挿図より』、1903年

―キャプションも「わかる」ためではなく、さらに思考を促すように詩的な表現がされていたのが特徴的でしたね。

能町:普段、展覧会を観るときは、作家の年齢やどこの国の人であるかなどをなんとなく把握しつつ観ていたんですけど、今回はそれがわからないままだったので、全体に特定の国や地域の印象があまりないんですよね。そこがすごく新鮮でした。

木村:今回、キャプションにおいて生まれ年や出身地などの情報を作家名の隣に書かなかったのは、それらによって自分のアイデンティティを語られたくないというアーティストが少なからずいたからなんです。そんな中で何か一つのフォーマットに統一しようとすると、どうしても齟齬が起きてしまいますし、作品と直結する形でそうした情報を出さないのも、一つの方法だと思いました。

木村絵理子(きむら えりこ)
横浜美術館・主任学芸員、ヨコハマトリエンナーレ2020 企画統括

能町:とはいえ、例えばボコ・ハラム(イスラム教過激派組織)によって荒らされたナイジェリアの学校を題材にした作品(ラヒマ・ガンボ『タツニヤ(物語)』)がありましたけれど、そのバックグラウンドがわかったところで、作品に対してどう思えばいいのか、そこから先、結論のようなものまでの距離がすごく長くて、投げ出されている感じがするんですよ。その投げ出された部分について自由に考えることを楽しめる展示でもあると思います。

ラヒマ・ガンボ 『タツニヤ(物語)』 2017年(2020年プリント) ©Rahima Gambo を見る

今回、大きな特徴となっているのが、「ソース」と呼ばれるテキストが基盤になっていること。一つの大きなテーマに収斂していくのではなく、日雇い労働者として横浜・寿町に住みながら独力で哲学を学んだ西川紀光のインタビューや、大正時代にベンガルから日本の貿易商のもとに嫁いできたホリプロバ・タケダの手記といった5つのテキストを共有し、そこから導き出された「独学」「発光」「友情」「ケア」「毒」というキーワードを参加アーティストそれぞれが読み解きながら制作するという手法がとられている。

能町:悪い意味じゃなく、全体に散漫な印象を持ったんですよね。みんなで一つにまとまろうとするんじゃなくて、ソースの言葉を使うと、それぞれがばらばらに発光していて。散漫に光っているという意味で一貫性があるように思いました。

木村:今回、ソースそのものが、いわゆる「公」ではない歴史に注目していることもあり、腑に落ちやすい起承転結のようなものがない作品が集まっていると思います。

能町:まさに脈絡がないものからスタートしているんですね。私は基本的に、似たもの同士が集まっているよりも、まったく関連性のないものがポツンとあるほうに魅力を感じるんです。

大学生の頃、語学の授業を取るときに、たいていの人はまず英語を選ぶんですけど、私はアルファベットが世界征服している中で、そのほかの言葉たちがアルファベットに置き換えて書かれていることに当時から抵抗があって。アルファベットじゃない言葉を知ろうと思って、アラビア語や韓国語、中国語、広東語などを学んでいたんです。

マックス・デ・エステバン『赤い印 (「20の赤信号」より)』、2017年、CGAC Collection, Santiago de Compostela

動物はどこへでも行けてしまうのに、人間だけが行ってはいけないと諦めているんですよね。

均質化を促すグローバリゼーションに抗うようなテーマ性を持った作品として、能町が気になったと話すのは、鍋や花柄のファブリックといった「家庭的な」小道具に囲まれ、スポーツには適さない服装の女性たちが器械体操に取り組む、ニルバー・ギュレシの写真作品『知られざるスポーツ』(参考:コムアイ×ドミニク・チェン ヨコトリで考える孤立と共生の感覚)。

ニルバー・ギュレシ『鞍馬』(「知られざるスポーツ」より) (部分) 2009 © Nilbar Güreş, Courtesy of Galerist

能町:あの作品からはオリンピックを想起しました。オリンピック側は「多様性」というキーワードを打ち出そうとしているように感じますけど、実際はオリンピックってグローバリゼーションそのもので。でこぼこしているものを平たくして、世界を一つに集約させようとする行いだと思うんです。そうしたものに対峙して、散漫にしようとする意図をあの作品からは感じました。

同じくスポーツを題材に、個人をある種の「正しさ」の側から規定しようとする不気味さを描いた作品に、タウス・マハチェヴァの『目標の定量的無限性』がある。器械体操に使われる器具を取り囲むように置かれたスピーカーからは、「姿勢よくしなさい」「子どもはまだなの?」など、個人の身体や生き方を裁くような言葉が流れ続ける。これらの言葉は、最初にウクライナで作品を発表したときに現地のパフォーマーから集めた言葉と、今回の日本版を作るにあたって日本の体操選手などから集めた言葉が混じっているのだという。

タウス・マハチェヴァ 『目標の定量的無限性』 2019-2020年 ©Taus Makhacheva

ニルバー・ギュレシと同じ展示室に置かれた、ズザ・ゴリンスカの作品『助走』も、能町が印象的だったと話した作品の一つ。いくつもの段差が設けられた真紅の絨毯の上を歩いて体験することができるこの作品からは、十年前に旅行で訪れたグリーンランドを思い出したのだそう。

能町:子どもの頃から地球儀の上のほうにあるグリーンランドを見て、なんとなく行ってみたいなと思っていたんですけど、行ってみてびっくりしたのが、仕切りがどこにもないということで。

―仕切り、ですか?

能町:例えばいまいるこの場所から、まっすぐ向こうのほうへ行きたいと思っても、車も走っているし、どこかで建物にぶつかるし、建物に入るまでにも柵があって、勝手に入ったら不法侵入になる。でもグリーンランドでは、車が通る道路は別として、ちょっと郊外に行くとひたすら岩場が続いている場所が多くて。その間はどうにか見つけた平地に家が建っているような状態で、家と家の間にも塀がないんです。

北のほうにある国だから、芝しか生えていないし、森がなければ、川もない。岩場といってもなだらかなので、切り立った崖もほとんどなくて、歩こうと思うとどこまでも行けてしまう。私にはそれが衝撃的で。仕切りがないのってこんなに気持ちいいことなんだと感じたんです。本来大地ってそういうもので、動物はどこへでも行けてしまうのに、人間だけが行ってはいけないと諦めているんですよね。道路にあるたくさんのでこぼこや、行ってはいけない場所を柔らかくならしたような表現が、グリーンランドの大地にすごく似ていると思いました。

木村:作家と話していたときに、あの作品は「家」を意識していると言っていたんです。作品自体、ポーランドの一般家庭の平均的な広さにサイズを合わせて作られています。

能町:へええ。

木村:『助走』というタイトルがついていますが、家という見えない仕切りから出ていく意味も読み取れます。ポーランドでも「家」というものを意識していることに驚きましたが、まさに能町さんがおっしゃられていたグリーンランドのお話とつながるように思います。

エリアス・シメ ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景 ©Elias SIME Courtesy of the artist and James Cohan, New York

性って人間にとってはアンタッチャブルで、神聖なものであったりしますけど、動物はおそらくなにも思っていないはずです。

海老の生殖をテーマにした東京在住のアーティスト、エレナ・ノックスによるプロジェクト『ヴォルカナ・ブレインストーム』は、能町が特にじっくり見入っていた作品。日光を当てるだけで生態系を自己完結できる「エコスフィア」と呼ばれる環境システムの中に入れられた海老が生殖をやめてしまうという現象に対し、海老のためのポルノグラフィーを、40名ほどの参加者とともに数か月かけてワークショップでディスカッション。それぞれが考えたアイデアを作品として発表するというスタイルで作られている。

エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』 2019 , 2020年 ©Elena Knox 2020 Courtesy of the artist and Anomaly Tokyo

能町:これ、面白かったですね。「海老にエロスを感じさせる」というテーマは、最初ちょっと笑っちゃうんですけど、真面目に考えると、そもそも海老の自由なんですよね。個人がエロスを感じても感じなくても、子どもを作っても作らなくても自由です。

一方で世間には古い家制度をキープしたい人たちもいますし、少子化が騒がれていますけど、保育環境の悪さや、経済的な苦しさといった産まない理由には触れられていても、肝心の男と女がセックスしないと子どもが生まれないという核心については、こわごわとしか触れられていない感じがするとずっと思っていて。例えばクローンのように、人工的に子どもを増やすことだって、やろうと思えばできるわけですけど、議論しないで「タブー」の一言で済ませている感じがする。そこにすごく欺瞞があると思っているんです。

エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』2019 / 2020年の一部

―生殖や性を「神聖なもの」にしておきたいという感覚がどこかあるのかもしれません。

能町:私、動物の交尾の動画を見るのがすごく好きなんです。性って人間にとってはアンタッチャブルなものであったり、神聖なものであったりしますけど、動物はおそらく人間が思うほどの意味は見出していないはずで。シンプルで楽しそうに見えるんです。一方で、人間と動物でやっている行為自体はたいして変わらないのに、人間が性行為をしている動画はYouTubeにアップしたらいけないものとされています。そんな風にいろんなことをこの作品を観ながら考えられて、楽しかったですね。

エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』2019 / 2020年の一部

簡単にタイトルをつけたり、パッケージングしたくないと、なにを書いていても思います。

個人の生を他者が規定したり、出来合いの言葉で語ることの暴力性について思いを巡らせたのは、コロンビアに出自を持ち、フィリピンとも縁の深いインティ・ゲレロがキュレーションした「熱帯と銀河のための研究所」。石内都、ポール・ジャクレーら横浜美術館の所蔵作品と、招待作家による作品で構成されたこちらの展示では、アメリカの軍事的影響下にある日本を含む太平洋地域やミクロネシア地域における、支配者と被支配者の関係性が浮かび上がるような作品群が展示されている。

能町:支配 / 被支配の関係がある中で、被支配者はもちろん、誰からも支配されないことが絶対に望ましいのですが、例えば米軍の人と結婚したことによって産まれた子どもがいたり、すべてが解きほぐしづらいぐらいに有機的に絡み合っている状況があると感じました。「支配 / 被支配の関係を絶対に是正すべきだ」とか「米軍があることによって世界はうまくいっている」というのは、どちらも高所から見た意見で。

一方で今回展示されていた作品は、起こっていることとの目線がすごく近いなと思ったんです。だから部外者が高いところから見て、意見を言うことについて、すごく突きつけられるものがありました。私もこんなに冷房の効いた部屋で、あの作品たちが提示していることについて考えようとしているけれど、私は「現場」を見たことがないし、今後も多分見ることはない。なにか偉そうにものを言うときには、現場のことを考えなきゃいけないというのは常に思っていることで。個人の事情に分け入った先にあるものを、無視しちゃいけないと思うんです。

―「現場」の側にしかわからない事情や思いの複雑さを、単純化せず複雑なまま提示するようなあり方は能町さんが書かれているものにも共通しているように感じます。

能町:簡単にタイトルをつけたり、パッケージングしたくないと、なにを書いていても思います。大きなメディアや、なにも知らない部外者は「このタイトルの人はこういう人」とか「この人はこの箱にとりあえず入れておきましょう」とレッテルを貼るようなことをやらないと落ち着かないからやってしまうんですよね。

私自身もそういうことをしている場面があると思いますし、理解するために補助線を引かざるを得ないことはあると思いますけど、当事者はその安易なジャンル分けに、抵抗しなきゃいけないと思うんです。「そんなに簡単なことじゃないんだ」って、たくさんの要素を見せながら話していかなければいけない。最近、遠くから意見を言いたがるカルチャーがすごくある気がしていて。

ラス・リグタス『プラネット・ブルー』2020年

―最近のSNSはまさにそういう状況にありますね。

能町:常に遠くから見ているばかりじゃなくて、自分もなんらかの当事者であるということをきちんと感じてみてほしいなと思います。自分自身が当事者であることを忘れてしまうと、物事を単純化してしまいがちだし、自分はモニターの向こう側から意見を言うだけの存在だと勘違いしてしまうと思うんです。

それと同時に、簡単に誰かに賛同しないようにしないといけないなと、いつも考えています。ずっと支持してきた人であっても、ときには疑ってみたほうがいいし、誰かを神様のように絶対的に信頼しないほうがいいと思っています。

ファーミング・アーキテクツ 『空間の連立』 2020年

―自分の当事者性を引き受けながら思考を続けていく感覚は、まさにラクスが言うところの「独学」だと思いますし、今回の展示全体に通底していたと思います。

能町:私は、展示を観ながら作品そのものから離れて、会場に来ている人たちのことも気になっていて。みんな、トリエンナーレや美術展になにを求めて来ているんだろう? と思ったんです。横浜美術館に入ってすぐ、今回のトリエンナーレのタイトルが書かれたボードがあって、そこで写真を撮っている人たちが結構いましたが、一方で私は普段から美術展に行ってもそうした写真を撮らないし、Instagramにもアップしない。

じゃあいつもなにをしに行っているのかと考えてみると、見たことがないものを見て、新たな経験や発見をしたいという気持ちが第一にあるんじゃないかと思うんです。でも、経験や発見をしたと感じるためには、ある程度腹落ちしなきゃいけないので、今回はすっきりと「わかった」と思えない分、いったん立ち止まってしまう。そうした感覚そのものが、今回の『ヨコハマトリエンナーレ2020』を通じた新しい経験であるように感じました。

イベント情報
『ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」』

2020年7月17日(金)~10月11日(日)
会場:神奈川県 みなとみらい 横浜美術館、プロット48
時間:10:00~18:00(10月11日は20:00まで、10月2日、10月3日、10月8日~10月10日は21:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休場日:木曜(10月8日は開場)
チケット:チケットは、日時指定の予約制です。
料金など詳細は下記をご覧ください。

プロフィール
能町みね子 (のうまち みねこ)

北海道出身。近著『雑誌の人格(全3巻)』(共に文化出版局)、『結婚の奴』(平凡社)、『逃北』『言葉尻とらえ隊』(文春文庫)、『ときめかない日記』(幻冬舎文庫)など。ほか雑誌連載多数、テレビ・ラジオにも出演。



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