Serphによるディズニー楽曲のカバーアルバム『Disney Glitter Melodies』が完成した。“A Whole New World”や“When You Wish Upon a Star(星に願いを)”といった古典から、実写版『アラジン』の挿入歌として話題を呼んだ“Speechless”に至るまで、新旧の楽曲が幅広く収録され、“Let It Go”にはゲストボーカルとして声優 / 歌手の牧野由依が参加。さらに、アートワークにはSerph作品でお馴染みの河野愛の描き起しによるミッキーマウスが使われるなど、特別な一枚に仕上がっている。
Serphとディズニーの共通点といえば、「ファンタジー」。映画でも漫画でもディストピアを描いた作品が数多く作られ、現実とのリンクが語られがちな昨今において、この両者はあくまでユートピアを描き、それによって現実の世界をよりよいものにしようとしている。ディズニー作品のグリッターな、輝くようなメロディーの数々は、まさにその象徴だ。今回の取材ではアルバムを企画したユニバーサルミュージックの関口蔵人にも話に加わってもらいながら、Serphとディズニーの親和性を掘り下げていった。
「ディズニーのファンタジーは、ポジティブな信念や心が最終的に困難な現実に打ち勝つことを描いている」(Serph)
―まずはユニバーサル制作担当の関口さんから、今回の企画が実現した経緯を話していただけますか?
関口:僕から熱烈オファーをさせていただいたのがはじまりです。10年以上前にディズニーの制作をしていたときにSerphさんの『accidental tourist』(2009年)を聴いて、「この人に頼みたい!」と思ったんです。これまで実現できなかったんですけど、2019年にこの企画を提案したところ「やりましょう」ということになりました。
―関口さんからすれば、10年越しの企画が遂に実現したと。
関口:そうなんです。
―Serphさんは今回の依頼を受けて、どう思いましたか?
Serph:びっくりですよ。ちょっと前まで顔出しをしていなかったこともあって、どちらかというと、日の当たらないところでやってきた感覚があったんですけど、それがユニバーサルミュージックとディズニーから仕事をいただいて、一気にお日様燦々というか(笑)。
Serph“A Whole New World”を聴く(Apple Musicはこちら)
―作り手として、ディズニーの作品からはどんな影響を受けていると言えますか?
Serph:ディズニーは地球上でファンタジーの一番大きい存在ですからね。音楽や映画、文学っていうアート全般含めて、ファンタジーって「想像力や自由な心が現実を変える」っていうことだと僕は思うんです。そこはSerphにとって切っても切れないことで。
―具体的に、お好きなディズニー作品を挙げていただけますか?
Serph:『トゥモローランド』(2015年)っていう映画がすごく好きで、音楽面でも影響を受けてますね。公にされてない進んだテクノロジーを持った「Plus Ultra」っていう秘密組織があって……。
―あ、ベスト盤のタイトルはそれに由来しているわけですか?
Serph:そうです。その「Plus Ultra」のメンバーに歴史上の天才たちがいて、テクノロジーを使ってユートピアを築いているっていう設定の作品で。最近、ディストピア系のSFは山ほどあるけど、ユートピアをちゃんと描いてる作品はめったになくて、あの映画はすごくワクワクしますね。
―確かに、SFだとディストピア系の作品と現実とのリンクが語られがちですよね。
Serph:僕は圧倒的にユートピア系の作品に惹かれます。『トゥモローランド』のテーマもそうなんですけど、世の中に溢れるネガティブな情報に注目するんじゃなくて、ポジティブな情報に触れること、その可能性を信じることで、実際に世界がよくなっていくと僕は思っていて。あらゆる文化のあり方、情報のあり方はそうあるべきだと思う。僕が影響を受けやすいのもあるんでしょうけど、ディストピア的な作品って現実をその流れに押し進めてしまうこともあると思うんです。
―わかります。
Serph:そういう意味で言うと、ディズニーのファンタジーは、ポジティブな信念や心が最終的に困難な現実に打ち勝つことを描いているんですよね。ファンタジーとして描いていても、それって人生の基本だと思うんです。Serphの作品も初期の頃と比べると楽観的になってきたというか。ネガティブなものにはフォーカスしたくなくて……ワガママなのかもしれないですけどね。
Serph“Part of Your World”を聴く(Apple Musicはこちら)
―初期のSerphは現実からの逃避願望が強かったけど、ファンタジックな世界観はそのままに、近年は現実に作用するポジティブな作風に変わってきましたよね。それはまさに、ディズニー作品が持っている感覚とも通じるんだろうなと。
Serph:そうですね。今回の話をいただけたのは、Serph自身の変化も大きかったんだろうなと思います。
ディズニー音楽の魔法のようなメロディーに触れて。今回、Serphは楽曲全体をリードするメロディーに導かれてカバーアルバムを作り上げた
―『Disney Glitter Melodies』というタイトルどおり、全体的にディズニー楽曲の素晴らしいメロディーを活かした作風になっていますね。
Serph:メロディーを主役にして、それを引き立てるためにトラックを作りました。ディズニーの明るくて楽観的なメロディーは、自分一人の力ではなかなか出せないので、かなりリードしてもらいましたね。のびやかで、大らかなメロディーなんだけど、コード進行がカチッと決まるパートが随所にあって、すごく複雑な転調も織り込まれていたり、20世紀の偉大な作曲家たちが譜面の前で悩んだんだろうなと思い知らされました。
Serph“When You Wish Upon a Star”を聴く(Apple Musicはこちら)
―普段の曲作りとは作業の工程も全然違いましたか?
Serph:今回、メロディーの魅力を損なわないことが大前提だったので、アレンジャー / リミキサーみたいな感覚で、自分のエゴに悩まされることはなくできました。普段は、鍵盤から入ることもあれば、サンプルから下地を作っていく場合もあるんですけど、メロディーはトラックができてからがほとんどで。メロディーを主体に曲を作るというのは全然違う感覚でしたね。かなりメロディーに引っ張ってもらったので、逆に、自分がいかにメロディーを二の次にしていたかを思い知りました(笑)。
―選曲に関しては、どのように決めていったのでしょうか?
Serph:ヒット曲やファンの多いものを優先的に選んでいますね。
関口:アーティストの方って、多くの場合、ディズニーのスタンダードな曲をやりたがるんですけど、今回はスタンダードな曲もありつつ、“True Love's Kiss(真実のキス)”とか“Let It Go”とか、新しいものも多く選ばれていて僕からすると意外でした。あと、“On My Way(ぼくの旅)”と“Good Company(いつでも一緒)”は絶対にやりたいとおっしゃっていただいて、こだわりも見えましたし。
Serph:“Good Company(いつでも一緒)”ってそんなに有名ではないのかもしれないけど、すごくメロディーが好きで、直感的に自分の音楽性と相性がいい気がして。
関口:こだわりの強い方だと、ディズニーが好き過ぎて全部マイナーな曲を選んだり、逆に「派手な曲だけ」みたいなときもあって。でも今回はスタンダードな曲も、最近の曲も、Serphさんご自身がお好きな曲も入っていて、すごくバランスがいいと思います。
Serph“Good Company”を聴く(Apple Musicはこちら)Serph“On My Way”を聴く(Apple Musicはこちら)
「『これは一生に一度の仕事だ』と考えたときに、牧野由依さんが思い浮かんで」(Serph)
―“Let It Go”ではゲストボーカルに牧野由依さんを迎えて、本作では唯一の歌ものになっていますね。
Serph:“Let It Go”はオリジナルがもともとすごく好きで、絶対収録したいと思っていました。最初はインストでもいいってお話だったんですけど、ボーカリストを入れたら面白いんじゃないかと思って、「これは一生に一度の仕事だ」と考えたときに、牧野さんが思い浮かんで。
―こんな機会はめったにないから、自分にとっての特別な人にお願いしようと。「歌ものを全く受け付けなかった頃に唯一響いたのが牧野由依さんの歌でした」とコメントもされていましたね。
Serph:まだ20歳とかの頃はダンスミュージックばっかり聴いていて、当時はJ-POPにあまり馴染みがなかったですけど、牧野さんの歌は声質がすごく特別に感じたんです。甘い声というか、癒されるんですよね。
1stアルバム(2006年発表の『天球の音楽』)に入っていた“ジャスミン”とか“アムリタ”が特に好きで、アレンジやトラックもメジャーなJ-POPではあまりないリリカルさがあったんです。でもまさか、今回の話が本当に実現するとは思ってなかったですけど。
Serph“Let It Go Japanese Version (feat. 牧野由依)”を聴く(Apple Musicはこちら)
―関口さんにとってSerphのカバーアルバムは念願だったし、Serphさんにとっても牧野さんとのコラボは念願だったわけですね。アレンジに関しては、どう進めましたか?
Serph:オリジナルは特に解放感や勝利感みたいなニュアンスが強くて、でも日本語の歌詞を見て、<私は自由よ><幸せになれる>って歌われるところのトラックをちょっとリリカルでせつなくしたら、牧野さんの歌がより引き立つんじゃないかと思って、2回目のサビからコードを変えてるんです。歌に関しては基本的にお任せで、実際レコーディングもすごくスムーズでした。レコーディングの合間にブースから声が聴こえてくるだけで、空間がフワッとするんですよ(笑)。
―比較的新しい曲で言うと、実写版『アラジン』(2019年)で使われた“Speechless”も収録されています。
Serph:この曲もメロディーがすごく立っていて存在感があるし、ディズニーの曲では珍しくマイナー調なので、そういうのも1曲あっていいかなって。
Serph“Speechless”を聴く(Apple Musicはこちら)
関口:“Speechless”は新しい曲なので、カバーされたのは珍しいことだと思います。逆に、1曲目の“A Whole New World”は普遍的な曲ですけど、この曲を聴いたときに、ピアノのアガる感じとか、声ネタの散りばめ方とか、「Serphさんに頼んで間違いなかった」と思いました。
Serphさんの作品は基本インストで、声を楽器として扱っていらっしゃるので、「そういう人がディズニーの歌ものをやったらどうなるんだろう?」っていう自分の興味と、「間違いなくいいものができるはず」っていう確信と、両方あったんですけど、“A Whole New World”を聴いて、「これだ!」と思って鳥肌が立ちましたね。
「Serphさんが持つファンタジー、ディズニーの持つファンタジーがかけ算になって化学反応が起きている」(関口)
―Serphさんがアレンジ面で特に気に入っている曲を挙げるとすると、いかがですか?
Serph:“True Love's Kiss”かなあ。これが一番ダンスミュージック寄りの仕上がりで、展開があったり、テンポが変わったりもするので、Serphらしい刺激があるかなと思います。
Serph“True Love's Kiss”を聴く(Apple Musicはこちら)
―Serphらしさを散りばめつつ、どの曲もコンパクトに仕上げられていますよね。
Serph:すごく広い世界に触れると思ったので、あんまり我は出さないように、癖を強くし過ぎないようにって意識はありましたね。
―関口さんにも、個人的なお気に入りを挙げていただけますか?
関口:そうですね……でも本当に全編素晴らしいですよね。“A Whole New World”もそうですし、“Main Street Electrical Parade”は初期Serphに近い感じがしたので、昔からのファンの人にも楽しんでもらえると思いますし、“Let It Go”ももちろんいいですし、最初の3曲で一気に掴まれます。
最後の“It's a Small World”で終わりを迎えるまで全編通して聴けて、リラックスもできるし、気分を盛り上げることもできる。ディズニーのメロディーをとても素敵に調理していただいたなって思っています。
Serph“Main Street Electrical Parade”を聴く(Apple Musicはこちら)
―序盤にSerphの代名詞的なサウンドが並んでいて、逆に“On My Way”や“Under the Sea”は生楽器感が強めで、また別のSerphの持ち味が出ているし、これまでの作品の美味しいとこ取り、みたいな言い方もできるかもしれないですね。
関口:あとは、足し算じゃなくて、倍々になっていて、「ファンタジー×ファンタジー」だと思ったんですよね。Serphさんが持つファンタジー、ディズニーの持つファンタジーがかけ算になって化学反応が起きているというか。
それは楽曲だけじゃなくて、アートワークにしてもそうで、このミッキーはスタンダードなミッキーをトレースしているんですけど、いつもSerphさんの作品でイラストを描かれている河野愛さんがパンツや靴の部分を描き下ろされていて。アートディレクターも普段のSerph作品を担当されている方ですし、あらゆる面でSerphとディズニーが一緒に作り上げた作品になってるんです。
―Serphさんとしては、ディズニーの世界観との融合をどう意識されましたか?
Serph:自分の世界観を混ぜることで、ディズニーの楽曲を自己流にアップデートすることを考えていましたね。
関口:僕がディズニーのカバーを企画するときは「この映画が現代で公開されたときに、誰が音楽をやったら効果的だろう?」っていう発想を念頭に置いているんです。それは今回も同じで、「もし2020年にこれらの映画が公開されて、映画のなかで流れてたら素敵な音はどんなものだろう?」っていう考えからSerphさんにお願いしたいと考えたんですよね。
―じゃあ、Serphさんがおっしゃった「アップデート」っていうのはまさに、ですね。
関口:そうです。古い曲のなかにはミュージカル要素が強いものもあって、映像から歌だけ抜くとおかしなことになる場合があるんですけど、「曲単体として成立させられるのは誰だろう?」っていうのも考えるポイントでした。
Serph“Under the Sea”を聴く(Apple Musicはこちら)
自由な心に立ち返ることのできる日常使いのサウンドトラックとして
―Serphさんは今回のアルバムについて、「ウルトラスムースなイージーリスニングアルバムになりました」ともコメントされていて、映画の世界観から離れて、家のなかでイージーリスニング的に聴く音楽としても機能する作品になっていますよね。
Serph:そうですね。ディズニーファンの方にはもちろん聴いていただきたいですけど、ディズニーのことを考えなくても聴いてもらいたいし、独立したものとしても機能してほしいって気持ちはあります。
Serph“Beauty and the Beast”を聴く(Apple Musicはこちら)
―ラストの“It's a Small World”のなかで足音が聴こえますが、あれにはどんな意味合いを込めているのでしょうか?
Serph:一人ひとりの人生を考えたときに、すごく広い世界を生きてるわけじゃなくて、みんなスモールワールドのなかで、クヨクヨしたり、ハッピーになったりしてるわけじゃないですか。だから、「自分のサイズの人生を大事にしよう」みたいことを楽曲に込めたくて取り入れた演出ですね。
―「ファンタジーの世界から、日常に戻って行く」みたいな感覚もありました。
関口:各映画から切り抜いた楽曲たちなわけですけど、この『Disney Glitter Melodies』っていう作品が、誰かの人生のサウンドトラックになってくれたら一番素敵だなって思います。
Serph“It's a Small World”を聴く(Apple Musicはこちら)
―Serphさんは今回の作品について、「ディズニーの作品は心和むし勇気や希望をもらいました。トゥモローランドに心を飛ばすための音楽です」ともコメントされていますが、現在はコロナの影響もあって、なかなか明日を見出しにくい状況です。そんななかにあって、この作品が聴き手にどう作用してほしいと考えていらっしゃいますか?
Serph:僕は自由な気持ちと心がいい状態であるってことが、現実に先立つものであるという考えを持っているので、音楽を聴いてる少しの時間だけでも自由な気持ちになってほしいなと思います。そうすることでよりよい未来が見えてくると思うし、もっと言えば、よりよい人生を歩むきっかけになれば嬉しいですね。
―この数か月は、Serphさんも気持ちのアップダウンがありましたか?
Serph:自粛がはじまったばかりの頃はスランプで、全然にっちもさっちもいかない状態だったんですけど、でもそれも慣れてくるもので、むしろ「選択肢は制作しかない」って迷いが消えたんですよね。最近はスタジオに籠ってバリバリやってます。外の世界が不自由になればなるほど、音楽の重要性は高まっていくわけで、だからこそ、もっといい音楽を世にもたらしたいなって思いがありますね。
Serph『Disney Glitter Melodies』を聴く(Apple Musicはこちら)
- リリース情報
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- Serph
『Disney Glitter Melodies』初回生産限定盤デラックス・エディション(CD) -
2020年9月16日(水)発売
価格:5,500円(税込)
UWCD-90221. A Whole New World
2. Main Street Electrical Parade
3. Let It Go Japanese Version (feat. 牧野由依)
4. True Love's Kiss
5. Part of Your World
6. Beauty and the Beast
7. On My Way
8. Under the Sea
9. Speechless
10. Good Company
11. When You Wish Upon a Star
12. It's a Small World
13. Let It Go English Version (feat. 牧野由依)[Bonus Track]※Tシャツ同梱キラキラBOX仕様
- Serph
『Disney Glitter Melodies』通常盤(CD) -
2020年9月16日(水)発売
価格:2,970円(税込)
UWCD-10781. A Whole New World
2. Main Street Electrical Parade
3. Let It Go Japanese Version (feat. 牧野由依)
4. True Love's Kiss
5. Part of Your World
6. Beauty and the Beast
7. On My Way
8. Under the Sea
9. Speechless
10. Good Company
11. When You Wish Upon a Star
12. It's a Small World
- Serph
- プロフィール
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- Serph (さーふ)
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東京在住の男性によるソロ・プロジェクト。2009年7月にピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させたアルバム『accidental tourist』を発表。以降、コンスタントに作品をリリースしている。より先鋭的でダンスミュージックに特化した別プロジェクトReliqや、ボーカリストNozomiとのユニットN-qiaのトラックメーカーとしても活動。自身の作品以外にも、他アーティストのリミックスやトラックメイキング、CMやWEB広告の音楽、連続ドラマの劇伴、プラネタリウム作品等の音楽なども手がける。2020年9月16日、ディズニー公式カバーアルバム『Disney Glitter Melodies』をリリース。
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