昨年リリースした“Princess♂”のMVがYouTubeで1300万再生を超え、『ONE PIECE』の作者である尾田栄一郎がフェイバリットに挙げるなど、大きな注目を集めているトップハムハット狂。現在、YouTubeのチャンネル登録者数は16万人を超えているが、そのうち60%以上は海外のユーザーだという。
これまでネットを中心に活動してきたとはいえ、日本語でラップをしてきた彼は、なぜ海外から支持を集めることに成功したのか。一度は音楽をやめて就職しようと思ったという自身の経歴について、「段違いだった」という“Princess♂”でのバズ体験と、それを通して気づいたリスナーへの感謝の気持ちや、“Princess♂”の後日談が綴られた“Mister Jewel Box”を含む新作EP『Jewelry Fish』についてなど、これまでのターニングポイントと現在の心境を聞いた。
日本語ラップへの憧れと、友人との趣味のずれ。インターネットがホームになるまで
―最初に聞いておきたいんですけど、なんてお呼びしたらいいですか?
トップハムハット狂(以下、THHK):AOと呼ばれることが多いですね。もともとAOの名前で活動していたんですけど、僕らみたいなネットで活動するラッパーたちが、ニコニコ動画に活動の場を移すタイミングがあって、そのときに名前を変えるのが流行っていたんです。僕もそのときに名前を変えて「トップハムハット狂」になりました。
―もともとハム職人をされていたことも、名前の由来になっているんですよね?
THHK:そうなんですよ。ハム職人をやっていたことと、好きなキャラクターに由来していて。
―ハム職人には何がきっかけでなったんですか?
THHK:ぶっちゃけ、なんでもよかったんです。とりあえずの社会経験はしておきたかったのと、あとは高校の後半は遊びたかったので、早めに仕事を決めたかったのと。それで、たまたまハム職人の仕事を見つけて。
―ハム職人をしながらラッパーとしても活動していたと。ラップはいつから始めたんですか?
THHK:中学のときにブレイクダンスを教えてくれる知り合いがいて、その人がヒップホップを聴いていたのがきっかけです。当時はKGDR、RIP SLYME、KICK THE CAN CREWとかがメディアに出てきていたタイミングで、中学3年のときに『8 Mile』(2002年)という、エミネムの半生を基にした映画が公開されたこともあって、自分でもやりたいなと思ったんです。
―インターネットを拠点に活動されてきていると思いますが、クラブなど外で音楽に触れることはしていましたか?
THHK:ほとんどしてなかったですね。地元のクラブではウェッサイ系のヒップホップが流行っていたんですけど、僕はMICROPHONE PAGERとかKAMINARI-KAZOKU.とか、当時から日本語ラップが好きだったので、ちょっと合わなかったんです。リアルの友達はラップ好きという感じではなかったし、自分の趣味を押し付けることもしたくなくて。地元に自分と似た好みを持つ人がいなかったから、インターネットに音楽を楽しむ場を見つけていました。だからホームはインターネットです。
音楽をやめて就職しようと思ったときに「ちゃんとお金になる動きをしてみない?」と引き止められた
―ネットで活動しながらハム職人を経て、上京したのは何かきっかけがあったんですか?
THHK:地元が仙台なんですけど、仙台から出たいとずっと思っていて、当時Underground Theaterz(ネット上の音源投稿サイト、現在は閉鎖)をメインに活動していたんですが、そこで知り合ったネット上の仲間が次々と上京して、「ズルい! 俺も行く!」みたいな感じで僕も上京したんです。
―音楽で食べていこうと思って、ではなく。
THHK:音楽を仕事にしようとは思ってなかったですね。憧れはありましたけど、それより地元を出たい気持ちと、好きな仲間と音楽を楽しみたい、という気持ちで。実際、お金になることも全然やってなかったですし。だから24~25歳のときに、さすがにもう音楽はやめて就職しようと思ったんですよ。でも、そういう話を仲間にしていたら、DYES IWASAKIが「それはもったいないんじゃない?」「やめる前に、一回ちゃんとお金になる動きをしてみない?」って誘ってくれて、彼とFAKE TYPE.を結成したんです。
それで最初に自主制作のCDを出して、宣伝用にMVを公開したら、Rambling RECORDSから「一度お会いできませんか?」という連絡が来たんです。そんなことは初めてで、「もしかしてレコード会社からCDを出せるのでは?」と思って会いに行ったら、本当にそういう話をしてもらって。そこからバイトもする必要がなくなって、音楽で食べていけるのかも、という気持ちが少しずつ出てきました。
―3年間FAKE TYPE.として活動をして、今はソロですよね。それはどういう経緯で?
THHK:ペースが合わなくなってきたことと、やりたいことを出し尽くした感がお互いに出ちゃって。このままダラダラ続けてもいいものができないんじゃないかと思ったんです。2017年に一旦休みましょうということになって、その1年後にソロでアルバムを出しました。
―ソロ活動は順調にできました?
THHK:そうですね。特に不満に感じることもなく。やっぱり自分のペースでやれるのがいちばんいいなって。音楽は好きなものなのに、その好きなものを介して苦しい思いをするのは嫌だなと思ったんですよ。だから、まわりからちょっとユルいペースだと思われようとも、自分のペースでやっていこうと決めてました。
段違いのバズ体験。自身の体験をネタにした“Princess♂”が海外から人気を集めたのはなぜか
―去年発表した“Princess♂”がYouTubeでめちゃくちゃバズって、現時点でMV再生数が1300万を超えています。これまでネット上で活躍してこられた中でも、一段階レベルが違う体験だったんじゃないですか?
THHK:一段階どころじゃなかったですね(笑)。いままで経験したことないくらい段違いでした。海外の視聴者がめちゃくちゃ増えたんですよ。いまYouTubeのチャンネル登録者数は、半分以上が海外の人なんです。この前YouTubeのチャンネル登録者の内訳を見たら、日本人が37%で、次がアメリカ合衆国で18%、その次がロシアで6~7%くらい。これは英語を覚えなきゃいけないかなと感じてます。
―基本的に日本語でラップしていますけど、どういうところが海外から評価されたと感じてますか?
THHK:アニメーションが大きいと思います。描いてくれたDEMONDICE(カレン)ちゃんは、日本在住のアメリカ人なんですけど、それが海外にうけるテイストだったんじゃないかと。トラックはFAKE TYPE.のDYES IWASAKIが担当しているんですが、エレクトロスウィングにEDMやトラップの要素を足した物珍しいトラックになっていて。僕のラップもあんまり日本語っぽく聴こえないと言われるし、いろんなことがうまく噛み合ったんじゃないかなと思ってます。
それと意図していたわけではないんですが、MVの内容にも反響がありました。かわいい女の子のキャラクターが出てくるんですけど、曲名に「♂」マークがついているから、「女の子なの? 男の子なの?」っていうコメントがたくさん書き込まれて。考察の余地があって、それが話題になったことも大きいと思っています。
―「オタサーの姫」がテーマの曲ですけど、“Princess♂”というタイトルにはどういう意図があったんですか?
THHK:元ネタは僕自身なんですよ。以前僕を巡ってまわりがケンカするっていう経験が何回かあったんですよね。それを客観的に見て「オタサーの姫っぽいな」と思ったので、その経験を誇張して、ファンタジーにして、みんなが楽しみやすい形で曲にできないかなと思って、アニメMVを作ったんです。
―アニメーションの展開も、歌詞にすごく忠実でしたよね。
THHK:依頼する時点から、歌詞に合わせて細かく注文してて。それを自分が思っていた以上の表現力でカレンちゃんが返してくれたんです。いろんなものが噛み合って出来上がった作品だと思っているんですが、正直こんなに聴いていただけるとは思っていなかったですね。
「自分の生み出したものに殺される」バズを経験した心境を面白おかしく表現した新曲“Mister Jewel Box”
―“Princess♂”は公開してすぐ反響があったんですか?
THHK:(2019年10月に公開してから)1か月くらいで100万再生は超えて、そのあとにTikTokでもちょっと流行ったんですけど、12月くらいに尾田栄一郎先生が『週刊少年ジャンプ』の「最近ハマっているものベスト3」というコーナーで、金銀銅の「金」に「トップハムハット狂の“Princess♂”」と書いてくださったんです。
最初、友達から画像が送られてきたんですけど、誰かが合成したイタズラだろうと思ったんですよ。でも、『ジャンプ』を買ってみたら「本当だ!」って。めちゃくちゃビックリしましたね。尾田先生のおかげもあって、さらに広まってくれたんだと思います。
―そのヒットを経て、今年7月には“Mister Jewel Box”を発表されましたけど、これは“Princess♂”の続編というか、後日談的な楽曲になってますよね。
THHK:そうなんです。“Princess♂”のバズを経験した自分の心境というか。それをまた誇張して、ファンタジーにして、面白おかしく表現した曲です。ただ、自分のなかではギャグテイストな感じなんですけど、ちょっと自虐的すぎたのか、公開したら「大丈夫?」みたいな心配するコメントがたくさん来ちゃいまして……。
―<俺というかキャラクターが好きなだけじゃん>という歌詞を読むと、リスナーが心配になる気持ちもわかります。
THHK:自分のなかではめちゃくちゃポジティブな曲なんですよ。だけどコメントを見て、聴いてくれる人は僕が思っている以上にピュアなんだなって。勘違いをされるのは本意じゃないので、すぐYouTubeの固定コメントに真意を書きました。この曲は全然ネガティブな曲じゃないですよ、むしろ心配してくれるくらい曲をしっかり聴いてくれるみんなが愛おしいですって。
―それだけ“Princess♂”の影響が大きかったということですよね。
THHK:MVに出てくる男の子は僕をモデルにしてもらったんですけど、ラストで“Princess♂”の女の子の手で、宝石箱に入れられて、立場が逆転しちゃうんです。自分の生み出したものに殺されるというオチですね。現実でも(自分よりも)“Princess♂”のほうが先行で有名になって、立場が逆転しちゃってるんです。これだけ話題になることは初めてだったので、気づかないところで作品作りに影響を受けていて、何%かはネガティブな気持ちもあるんだと思います。でも、うれしい気持ちのほうがはるかに大きいんですよ。世界中でこんなに曲を聴いてくれる人がいるっていう事実のほうが心を満たしてくれているので。
「自分で自分をラッパーと言っていいのかも迷ってるんですよ。ラッパーの本質とは全然違うところにいると思うので」
―AOさんのラップは聞き取るのが難しいほど言葉の量が多いですよね。リリックを書くときには何を重視しているんですか?
THHK:メロディーと響きですね。自分が口に出して気持ちいいと感じるフレーズを作りたいんです。曲のテーマが決まれば言いたいことがバーッと出てくるので、自分の口が言いやすいフレーズをはめたり、書いてから崩していくこともあるんですけど、どちらにしても響きを重視してますね。
―気持ちいいフレーズがあった上で、歌詞の内容についてはいかがですか?
THHK:僕自身は心にグサッと響くようなことを書ける人間ではないと思っていて。“Princess♂”のように自分の経験をファンタジーにしたり、何かクッションを挟んだりして届けるのが好きですね。だから自分で自分をラッパーと言っていいのかも迷ってるんですよ。それに、リアル真っ向勝負の人には勝てないというか、そういうリアルを求めている人には、僕の音楽は刺さらないと思います。僕はラッパーの本質とは全然違うところにいると思うので。
―社会的に何かを訴えるのではなく、ファンタジーとして楽しんでもらいたい気持ちが強い?
THHK:そうですね。ただ、自分がリスナーになるときは、ゴリゴリのヒップホップをよく聴きます。最近だと舐達麻さんとか。死ぬほどかっこいいなと思います。僕とは生きてきた環境がまったく違う方たちのラップは、想像しながら聴ける余地があるじゃないですか。だから聴いてると脳が喜ぶんですよね。でも、好きで聴いているラッパーから「お前がラッパー名乗ってるんじゃねーぞ」って言われたら、「いやいや! 違います! ラッパーじゃないです!」って否定しちゃうと思います(笑)。
「ちゃんとありがとうっていう気持ちを伝えていれば、リアルで会ってなくても心の距離感は近づくんじゃないかな」
―YouTubeではMVの配信だけでなくライブ配信もされてますよね。コロナ禍では現実でのライブがなかなかできない状況ですが、ライブ配信をどう捉えていますか?
THHK:そもそも人前でのライブは、あんまり得意ではなくて(笑)。始まったらもちろん楽しいんですけど、それまでは「あー、できるかな、大丈夫かな」って、与えられた役目をちゃんとこなせるか不安があるというか。配信でも見られてはいるんですけど、目の前にはいないので、好きにやれてますね。お客さんがいないと嫌だという人もいると思いますけど、ネット上で活動をしてきた僕には合ってるなと思います。
THHK:それに、応援してくれる人と、コミュニケーションをとる場を設けることは特に今必要だなと思います。やっぱり反応があったほうがうれしいと“Princess♂”を通して気づいたので。自分のペースを守りつつ、もっといろんな人に聴いてもらえるようにこれからも動いていきたいですね。ライブで会えない、インターネット上でしか交流できないご時世だから、ちゃんとありがとうっていう気持ちを伝えたり、リスナーの要望にはできるだけ応えたりしていれば、リアルで会ってなくても心の距離感は近づくんじゃないかなと思います。
でも、お客さんとリアルに接するライブも、やっぱり楽しいんですよ。生で音を聴くほうが気持ちいいですし。だからコロナが収束したら、またライブはやりたいですね。
- リリース情報
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- トップハムハット狂
『Jewelry Fish』(CD) -
2020年9月2日(水)発売
価格:1,980円(税込)
BCSW-11. Frisky Flowery Friday
2. Mister Jewel Box
3. Stress Fish
4. La Di Danimal
5. YOSORO SODA
6. Lofi Hanabi
- トップハムハット狂
- プロフィール
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- トップハムハット狂 (とっぷはむはっときょう)
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1988年12月24日生まれ、宮城県仙台市出身。現在は東京を拠点に活動するMC、トラックメーカー。ソロとしてインターネットを中心に活動後、FAKE TYPE.、RainyBlueBell、魂音泉などのユニットでも活躍。2018年のアルバム『BLUE NOTE』から再びソロでの活動を中心に行ない、以降3枚のEPを発表。2019年11月発表の『Watery Autumoon』に収録された“Princess♂”のMVは、YouTubeで1300万回以上の再生数を記録し、海外からも大きく評価される。2020年9月2日に最新EP『Jewelry Fish』をリリースした。
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