自分が生まれる前の曲を聴いて、なぜか懐かしさや親しみを感じることはないだろうか? この秋、レコードやカセット、CDで発売された無数の名曲たちを、新鮮さをもって蘇らせるプロジェクト「Old To The New」がスタート。LINE RECORDSとCINRA.NETによるこのプロジェクトの第1弾として、女優の松本穂香が松任谷由実の“守ってあげたい”をカバーした。
ウエノコウジ、フジイケンジ、高野勲、あらきゆうこという日本のトップランカーたちが鳴らすバンドサウンドの中心でひとり力強く歌う松本は、歌を通じて何を感じたのか。そして、“守ってあげたい”をはじめ、時代を問わず愛される音楽、映画などの作品に共通するもの、世代を超えて人々の心に生まれていく新鮮なノスタルジーの正体とはなんなのだろう? ミュージックビデオの撮影直後、松本に話を聞いた。
歌うことも、どこか演じていないとできない部分があるんです。
―今しがた終わったばかりですが、“守ってあげたい”ミュージックビデオの撮影はいかがでしたか?
松本:全部まるっきり初めてのことだったので緊張しました。今回みたいにマイクが1本立っていて、その前で歌うというかたちは初めてでしたし、知らない方もたくさんいる中で歌って撮影するのは、最初は少し恥ずかしかったです。でも後半になるにつれて、だんだん楽しくできるようになりました。
―松本さんはこれまでもミュージックビデオに出演していますが、役として出演することと、松本さん自身が主体となって歌うことってやっぱり違いました?
松本:結局一緒なのかなと思いました。どこか演じていないとできない部分もありましたし、逆にお芝居をしている時もそんなに「演じる!」という意識でやっているわけではなくて。ナチュラルとか自然体ってなんだろうなとは思うんですけど(笑)、無理のない感覚でできたかなと思います。
―今回、松任谷由実さんの“守ってあげたい”(1981年)をカバーしたわけですが、もともとこの曲は知っていましたか?
松本:知っていました。母と一緒にカラオケに行くと母が松任谷さんの曲を歌っていて。でも、自分が歌うなんて考えたこともなかったので、すごく貴重な経験をさせていただきました。あと、歌番組の懐メロ特集とかでもよく流れているので、松任谷さんの曲は自然と知っていましたし、聴く機会が多い気がします。
あの時の感情を言葉にしたらこうなるんだと感じられる作品はずっと愛されていくのかなと思います。
―最近は音楽だけでなく、映画やドラマもダウンロードやストリーミングで手軽に見ることができますが、松本さんは昔の作品に触れることはありますか?
松本:たまにあります。映画の現場で監督さんと話すと必ずと言っていいほど、昔の映画の話が出てくるので見なきゃなと思って。それで見るくらいなので詳しいわけではないんですけど、たまに古い作品を見ると、かえってすごく新しいなって思うことが多いです。
そんな大昔の作品ではないですけど、『家族ゲーム』(森田芳光監督 / 1983年)を見た時に、今じゃできないことをやっている印象があって。今はあんまりいないようなタイプの役者さんが出演されていたり、攻めてるなあと思いました。
―時代が変わっても常に新しい発見があることって、長く愛されることのひとつの要因だと思うのですが、松本さんは長く愛される作品の理由ってなんだと思いますか?
松本:いろんな人に共感してもらえることかなと思います。今回歌った“守ってあげたい”は、女性が男性に対して抱いた「守ってあげたい」という思いを描いている曲だと思うんです。立場が逆の曲はたくさん思い浮かびますけど、“守ってあげたい”みたいな曲が他にあるかと言われたら意外と挙げられない。だけど、みんな思ったことのある感情じゃないかなって。
たとえばお付き合いしている人がいたとして、相手が落ち込んだ時に、いちばん側にいる自分は「元気づけてあげたい」とか、歌のとおり「守ってあげたい」って感じると思う。そういう感情を持つ経験ってきっとみなさんしたことがありますよね。そういう、みんなの中にあるけど言葉にはされていない感情を表現している作品、あの時の感情を言葉にしたらこうなるんだと感じられる作品はずっと愛されていくのかなと思います。
松任谷由実“守ってあげたい”を聴く
歌も芝居も、恥ずかしいことだとわかったうえで振り切ってやるのが楽しいんです。
―それは音楽だけでなくお芝居にも通じると思うのですが、松本さんは演じる時に、言語化できない感情を表現することを意識していますか?
松本:そこまでまだ意識してないかもしれないです(笑)。でも、わからないままに演じることはしないようにしています。結局自分の中にあるものしか出せないと思うので、たとえば、「ある人が好き」ということが描かれている作品だったら、「好きってどういうことだろう?」「自分の中にもこういうことあったかな?」って考えています。
―自分の経験や見聞きしてきたものを掘り返してリンクさせることで、役とコミュニケーションを取るというか。
松本:そうですね。まったく経験したことがないことでも、どこかで自分の持っているものや感じたことのある感覚を膨らませてリンクさせるようにしています。周りの人もよく言っているのが、「殺人鬼の役だからって人を殺すわけにはいかない」ということ。そうなったら、人に対するイライラした気持ちを想像力で膨らませるしかないし、役になろうとしてもなれないので、どうにか自分の中から持ってくるようにしています。
―自分の中の感覚を目の前のものとリンクさせるという意味で、ミュージックビデオに役として出演することと自分が主体になることがあまり変わらないという話と今の話は通じている気がします。
松本:そうかもしれないですね。最近は特にそう感じます。お芝居の時も結局自分のいろんなところが出ているんだと思うんです。共通することで言うと、大勢の前で歌うことに恥ずかしい気持ちがありましたが、お芝居自体、きっと恥ずかしいことだと思うんです。
―それは松本さん個人の感覚として、お芝居をしていて恥ずかしいなと感じるということですか?
松本:先輩方から影響されすぎていますが(笑)、「お芝居って本当は恥ずかしいことだから」とおっしゃっていた方がいて。「本当に恥ずかしいと感じて演じているのと、恥ずかしいことだとわかったうえで演じているのでは全然違う」と。たしかにそうだなって思ったし、恥ずかしいことだとわかったうえで振り切ってやるのが楽しいんだと思います。
実際は最近会ったばかりの役者同士が親友の役を台本に沿って演じるのとか、側から見たら少し滑稽ですよね。そこで我に返ってしまったら、全部嘘なのできっと恥ずかしくなってしまう。でも、そういう状況にすらぐっと入り込んでやる楽しさを感じている気がします。
歌っているうちに、いろんな人に対しての「頑張れ」みたいな気持ちが自然と湧いてきた。
―今回歌うことで感じたのも、それと同じ恥ずかしさですか?
松本:単純に恥ずかしかったです(笑)。歌がすごく上手だったらそんなことないのかもしれませんが、レコーディングの最初とかは特に「今、上手じゃないって思われてるんだろうな」って勝手に考えて不安になってしまって。
そう思った途端に恥ずかしくなったんですけど、歌うことに集中して楽しんでしまえば、恥ずかしさも気にならなくなりました。不安っていう気持ちも大事だし、これはもう性格なので自信のなさは変わらないけど、少しでも楽しむほうに目を向けられたらなと最近は思うようになりました。そういう単純なことでいいのかなって。
―楽しい方向に進むよう没入しつつ、さきほどおっしゃっていたように自分の経験や気持ちとリンクする部分を意識していると思うのですが、“守ってあげたい”を歌うにあたっても同じ意識を持っていたのですか?
松本:やる前はそこまで考えていなかったです。お芝居もそうなのですが、私は何かをやる前に考えてもいい感じにならないことが多いんです(笑)。やっているうちに生まれてくる感情があるんだろうなと思って、とにかく何回も歌いました。歌の先生から教わったのは、言葉の後ろに気持ちを込めるということ。たとえば、<はじめて言葉を>の<を>とか、<忘れないで>の<で>とかに気持ちを込める。
私は歌の技術的なことは分からないので、そこは先生にサポートしてもらいながら、一つひとつ意識して臨みました。そうやって“守ってあげたい”を歌っているうちに、いろんな人に対しての「頑張れ」みたいな気持ちが自然と湧いてきて。その自然に生まれてきたものが伝わればいいなと思っています。
出会えば出会うほどいろんな刺激をもらって、変化できるんです。
―以前、カネコアヤノさんと対談した際に「1年前の演技を思い出して、今だったらもっとできたかもって思う」とおっしゃっていましたが、今の自分が歌った“守ってあげたい”を30年後の自分が聴いたらどういう気持ちになると思いますか?
松本:今でも「あの時もっとこうできたんじゃないか」みたいなことは思いますし、不安はずっとあるんですけど、ただあんまりそこに意識を向けないようにしたいなって思っているところです。“守ってあげたい”を50歳くらいの私が聴いたら……若いなあって思うんじゃないですかね(笑)。いい思い出だなってなるんじゃないかな。その時、何があったかとか、プライベートのことも思い出すかもしれないです。
―共感についてのお話もありましたけど、思い出も時代を超えて愛されるものと密接に関わっていますよね。こと音楽や映画になると、いろんな思い出を乗せたり共感したりしやすいと思います。
松本:そうですね。私が出演した作品も、せっかくならいろんな方に愛されるものになればいいなと思っています。監督や制作に携わる方の思いも、近くにいればいるほど、主要な役であればあるほど受け取ることも多いですし、いろんな方に見てもらいたいです。
―役者として作品に参加して一緒にもの作りをしていく中で、監督をはじめ自分以外の誰かから受け取った思いもひっくるめて、演技としてアウトプットしている感覚があるのでしょうか?
松本:監督から「この役は私のこういう部分を投影していて」みたいなお話を聞けたりする時もあるんです。作品によるのかもしれないし、本番が始まった時にはそんなに意識しているわけではないんですけど、その思いを知れたかどうかで違いがある気がします。いろんな人の気持ちを受け取ったあとは、その前より全然違うものができるんじゃないかなと。
―歌に関しても、技術的なことはわからないけど、まずはたくさん歌ったとおっしゃっていましたし、人の気持ちを受け取ることも含め、松本さんはとにかく最初に「動くこと」を大事にされている気がしました。その動きによって、いろんなものを引き寄せていっているというか。
松本:最初の動きが大事だと監督にも言われた気がします(笑)。「芝居はスタートの時からいいか悪いか決まってる」って。ただ、動く時はやっぱり周りの方の存在やセリフがあることが大きいかもしれないです。
このあいだ、映画で歌を歌う機会がありまして、歌録りをしている時に、スタッフさんに「歌のメロディも、お芝居で言うところの相手のセリフだと思って、ちゃんと聴いて歌ってみて」と言われて。その言葉をもらってから、歌が少し変わった気がします。
―歌ったり演じたりしていく中で、どんどん視点が増えている感覚なんでしょうか?
松本:そうですね。本当にいろんな方と出会いますし、もともと人から影響を受けやすいので、出会えば出会うほどいろんな刺激をもらっている感じです。もちろん出会う方によっての変化もありますが、過去に自分が出演した作品から新しい発見をすることもあるんです。
その時だけの自分を残していきたい。
―1年前の演技を思い出してもっとできたと思うこともまだあるとおっしゃっていましたが、今は結構フラットに過去の演技と向き合えているというか、過去に納得して、今と切り離しながら俯瞰できているんでしょうか?
松本:そうですね。過去があったから今があると思います。逆に、デビュー当時の作品を見て、「あの時できたけど、今はもうこれはできない」と思うことも増えました。今はもっとよくなるために過去を見るべきだろうなと思うんです。
たとえば、一昨年の『世界でいちばん長い写真』(草野翔吾監督 / 2018年)という映画は、今見たら全然ダメだなって思うところもやっぱりあるんです。でも、わからないながらも、役を一生懸命生きようとしてた。その瞬間がちゃんと映画の中に残せているのは自分の中ですごい宝物になっています。
―表現者のその時だけの衝動や空気が感じられることって、まさに作品の魅力だと思います。でも、残そうと思って残せるものじゃないとは思うのですが、松本さんは今後どういうものを作品に映したり残したりしていきたいですか?
松本:なにか、全部巡り合わせみたいなもので、この作品のあとにこの流れがきたから、今こういうことができている、と感じることがたくさんあるんです。今回“守ってあげたい”を歌ったことも、本当に何かしらの意味があるんだろうなと思っています。
10月16日から公開する映画『みをつくし料理帖』(角川春樹監督)の主題歌も松任谷由実さんが作ってくださっていたり、不思議なご縁があって。このタイミングで歌うことにはきっと意味がある。きっと来年同じことをしていてもまったく別の意味が生まれていたと思うんです。それを感じながら歌いました。なので、まさに今の話のままです。その時だけの自分を残していきたいなと思います。
- リリース情報
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- Old To The New
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レコードやカセット、CDで発表された無数の名曲たちを 新鮮さをもって蘇らせるプロジェクト『Old To The New』。
音楽サブスクリプションサービスの登場で、 無限に広がる音楽ライブラリにアクセスできるようになった今だからこそ、 名曲たちを聴き継ぎ、語り継ぎ、歌い継いでいきたい。 そして、何よりも大切にしたいのは、 どんな時代にあっても変わりなく、 人の心を震わせ続ける、「歌」の力です。 この企画では、毎回特別な歌い手をお招きし、 感動や驚きをお届けします。
- 松本穂香
『守ってあげたい』
- 公開情報
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- 『みをつくし料理帖』
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2020年10月16日(金)全国一斉公開
製作・監督:角川春樹
脚本:江良至、松井香奈、角川春樹
原作:高田郁『みをつくし料理帖』(ハルキ文庫)
音楽:松任谷正隆
主題歌:手嶌葵“散りてなお”
出演:
松本穂香
奈緒
若村麻由美
浅野温子
窪塚洋介
小関裕太
藤井隆
野村宏伸
衛藤美彩
渡辺典子
村上淳
永島敏行
反町隆史
榎木孝明
鹿賀丈史
薬師丸ひろ子
石坂浩二
中村獅童
- プロフィール
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- 松本穂香 (まつもと ほのか)
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1997年2月5日生まれ。大阪府出身。2015年主演短編映画『MY NAME』でデビュー。その後、出演したNHK連続テレビ小説『ひよっこ』の青天目澄子役の好演が話題になる。映画『恋は雨上がりのように』『あの頃、君を追いかけた』などの映画に出演した他、日曜劇場『この世界の片隅に』(TBS)、『JOKER×FACE』(CX)などの連続ドラマの主演を務める。2019年には主演を務める映画『おいしい家族』『わたしは光をにぎっている』が公開。2020年は『病室で念仏を唱えないでください』(TBS)、『竜の道 二つの顔の復讐者』の2本の連続ドラマに出演、映画『酔うと化け物になる父がつらい』、『君が世界のはじまり』と主演作が続き、主演映画『みをつくし料理帖』が公開予定。
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