曽我部恵一インタビュー 引き伸ばされた日常、虚無感の先をめがけ

『永久ミント機関』『戦争反対音頭』『LIVE IN HEAVEN』という「2020年夏の3部作」の限定フィジカルリリースを機に、曽我部恵一が今考えていることへと、音楽ライターの大石始と迫ったロングインタビュー(前編はこちらから)。「人はなぜ踊るのか」ということに向き合った前編に続く後編は、曽我部としてはやや久しぶりにハウスミュージック的な楽曲となった“永久ミント機関”の話題からスタート。会話はやがて「今、リアリティを持ちえる音楽とはどんなものか」というディープなテーマに入っていった。

曽我部恵一(そかべ けいいち)
1971年8月26日生まれ。乙女座、AB型。香川県出身。1990年代初頭よりサニーデイ・サービスのボーカリスト / ギタリストとして活動を始める。2001年のクリスマス、NY同時多発テロに触発され制作されたシングル『ギター』でソロデビュー。2004年、自主レーベルROSE RECORDSを設立し、インディペンデント / DIYを基軸とした活動を開始する。以後、サニーデイ・サービス / ソロと並行し、形態にとらわれない表現を続ける。

音楽家としての直感のもと、過去の自分に投げかける形で歌われる「がんばれ」という言葉

―曽我部さんとしては、ご自身の音楽が現実逃避できるツールになってほしいという気持ちはありますか?

曽我部:うん、ありますよ。音楽にはそういう部分が大きいと思いますし、突然すごくリアリティのあること言われて、ハッと目覚めるみたいなこともある。幻想と現実が同時にあるというか、音楽も映画もそういうものだもんね。

―“永久ミント機関”も幻想と現実が同時にある曲だと感じました。

曽我部:そうですか?

―すごく気持ちのいいバレアリックなハウスチューンですけど、そのなかでふと「がんばれ」って言葉が出てくる。そのがんばれって言葉を聞いたときに、すごくいい意味で現実に立戻らせてくれる印象があったんですよね。

曽我部:たしかにあれは「がんばれ」ってことを言いたい曲だね。がんばれって言葉をどういうふうに歌うかを考えてました。

大石:どうしてがんばれって歌う曲を作りたいと思ったんですか?

曽我部:今「がんばれ」って歌ったほうがいいなあと思って。

一同:(笑)

曽我部:時代を理由にするのはちょっとこじつけかもしれないけど、がんばれって歌いたいなと思ったんです。エンケンさん(遠藤賢司)は<「頑張れよ」なんて言うんじゃないよ>(“不滅の男”)と歌っていて、たしかに人にがんばれなんて言われたくない気もする。でも、なんかいい歌い方があるだろうなあと思い、「自分へ向けて歌ってるふうにしたらいいのかな」とか考えて、あの曲を作ったんです。

曽我部恵一“永久ミント機関”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

―「がんばれ」っていう言葉を乗せるサウンドが、ハウス的なものになったのはどうしてですか?

曽我部:なんだろうねえ……シティポップみたいな爽やかなもののなかで言いたい、という気持ちはあったかもしれない。

―熱いものではなく、爽やかな音楽として。

曽我部:そうそう。THE BLUE HEARTSが歌った<ガンバレ!>(“人にやさしく”)とはまた違うもの。言ってることは一緒なんだけどね。

―歌詞は『いいね!』と地続きにあるような気もしました。CINRA.NETでの同作についてのインタビューで「安っぽい少女漫画のセリフのような歌詞」と言っていましたけど、それが“永久ミント機関”にも受け継がれている気がしたんですよ(関連記事:サニーデイ・サービス曽我部の純情と歌。成熟を拒み、走り出せ)。校庭で告白するとか、惑星直列が起こるとか。『いいね!』モードの延長線上にこの曲もあるんですか?

曽我部:あるのかもしれないですね。でも、わりと無意識的だったかな。“永久ミント機関”は3番まであるんだけど、1番ごとにがんばれを言う対象が違うんです。例えば1番は、自分の部屋を片付けてたら古いノートや日記帳、写真とかを見つけたっていう情景なんです。それで当時にトリップして、過去の自分に出会う。「夏あんなことしてたなあ」「山に登ってこんなことしてたなあ」「校庭で告白したなあ」とか、そういう時期の自分に今の地点からがんばれって言ってるんです。その対象をコーラスごとに変えてみた。

左から:大石始、曽我部恵一、田中亮太 / 取材は曽我部が運営する「PINK MOON RECORDS」で実施した

大石:時期は異なっていても、あくまで自分に向かって言っているんですね。

曽我部:そうそう。最後は今の自分に向けていますね。

大石:やはり個人に向けたがんばれであると。このインタビューの前編で中心的なトピックになっていたダンスしながら個になっていくというベクトルが、“永久ミント機関”にも入ってる感じがします。がんばれと自分に向かって言いつつ、それが結果的に社会に向けて響いていくみたいな。そういう点でも、まさにダンスミュージックという感じがしますね。

ライブもフェスもままならない、レジャーもない引き伸ばされた宙ぶらりんな日常で、音楽のリアリティはどこにあるのか?

―“戦争反対音頭”では、Daft Punkの“One More Time”がひとつ下敷きにあったとおっしゃっていたじゃないですか。“永久ミント機関”にはそういう参照点ってありますか?

曽我部:コード進行とかを参考にしようと思って、シティポップのいろんな曲を聴いてたかな。あと歌謡曲のロングエディット。1980年代、12インチシングルというフォーマットの黎明期だった頃に、歌謡曲も12インチで出てた時期があって。なぜか森進一が“Summer Time”のカバーを12インチで出したりとか。

―たしかに洋邦問わず1980年代の12インチシングルって、ロングエディットみたいなやつが入ってますもんね。

曽我部:そうそう、入ってる(笑)。キョンキョン(小泉今日子)の“ヤマトナデシコ七変化”も12インチがあるんですけど、それとか最高にエレクトロでいいんですよ。キョンキョンの語りも入っていて、最高なんです。そういう歌謡曲が引き伸ばされて8分とかになってる感覚が面白いなあと思って。つまり歌謡曲を無理やりダンスミュージックにしてるんだよね。

小泉今日子“ヤマトナデシコ七変化(Long Version)”を聴く(Apple Musicはこちら

大石:引き延ばされるっていう表現、面白いですね。今まさに日常が強制的に引き延ばされてるというか、区切りとなるような季節の行事もないので、ずっと変わらない日常がダラーっと続いていく感じがするんですよね。

曽我部:季節感もなくなっちゃいましたしね。

大石:ある意味ずっと家にいるので毎日が週末みたいな感じもするし。

曽我部:のっぺりした日常のなかで音楽を出すことの虚無感はめちゃくちゃあるんですよね。「新曲とか出す意味あんの?」みたいな(笑)。

新曲って「これ、ライブの1曲目でやるんだろうな」とか、そういう聴き方があるじゃないですか。「でも今、ライブないじゃん!」って。僕らの活動はライブとどこか切り離せない面があるし、サニーデイの『いいね!』もライブで演奏することを考えながら作ったんです。

サニーデイ・サービス『いいね!』を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

曽我部:だから今、めっちゃ盛り上がる曲とかを出しても「(仮)」みたいな感覚があるというか、「いつかフェスでやるんだろうな」って感じがある(笑)。その「(仮)」みたいな感覚がずっとあるから、リアリティを持つ音楽って何なんだろうってすごく考えるし、めっちゃくちゃ踊れる曲を作っても踊らせる現場がないじゃんって思わざるをえない。受け手も同じだと思うんですよね。「これライブで聴きたいなあ」って今はならないんじゃないかな。

この先、状況が戻ったとしても、感覚は変わったままかもなと思ったりもします。「今を生きる」っていうことが人生のいちばんの重要事項だと思うんですけど、今はそういう気持ちになれないですよね。むしろ今が早く過ぎ去ってほしい、みたいなさ。

「これがもう一生続きます」だったら今を生きるでいいんだけど、「来月はちょっと戻ってるかも」みたいな状況でみんな暮らしてるじゃん。だから、今を生きよう! 今日を生きよう! この瞬間に輝くんだ! っていうメッセージは無効でしょ。ロックでもテクノでも、音楽はそれが最重要事項だったわけじゃん。でも「それ、今みんな求めてる?」って。だから何をやっても抜けが悪いんですよね。

大石:そうですね。今は2020年だけど、これは2020年なのか2030年なのかよくわからない現実をずーっと生きてるっていうか、生かされてるというか。引き延ばされている感覚ばっかりで、来年が来るのかどうかもよくわからない。

曽我部:誰もが味わったことがないような、宙ぶらりんな感じですよね。

曽我部恵一“戦争反対音頭”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

大石:リアリティのある音楽とはどんなものだろうと考えざるをえないですよね。

曽我部:すごく模索しています。こういう状況がもう少し続くだろうから、そのなかででも音楽を出さなきゃと思ってるし、音楽をやりたい。「ライブもできないですよ」「踊れませんよ」っていうなかで、じゃあリスナーと繋がる部分は何なのか? ということを考えていますね。

大石:そっか、曽我部さんはラップなり音頭なりハウスなり……いろんなフォーマットを使いながら、どこにリアリティがあるのかを見つけようとしているんでしょうね。

曽我部:でも、まだ掴めない。

大石:ライブがないと、リアリティを実感する瞬間もないわけじゃないですか。

曽我部:そうなんですよ。でもリスナーがリアリティを感じられるものこそが新しい音楽だと思うんですよ。こういう状況だからこそだけど、それはライブ感とはすごく離れたものかもしれないと思いますね。熱はあるんだけど、内に向かっていくようなエネルギーを持ったもの。でも、どこからかボンッて出てくると思いますよ、これがコロナ以降のリアリティだなって音楽が。

私たちはなぜ踊るのか、踊ることは生きるのに必要か? 音楽がもたらす快感、音と身体の関係からたぐり寄せて考える

―“永久ミント機関”は自分にとってリアリティのある音楽だと思いました。あの曲、10分近いじゃないですか。その長さが、1秒でも長く自分の気持ちを上げてくれたり、現実逃避させてくれたりするものがほしいなという今の気持ちにすごくフィットしたんですよね。

曽我部:その前に出した“Sometime In Tokyo City”は、フォークっぽいスタイルだったんだけど、15分あるからね。15分かけないと、歌いたいことを歌えなかったんです。あの曲の長さもしっくりきていますね。以前までだったら絶対15分の曲って奇をてらったものに映ったと思うんだけど、今はそうならない感じがちょっとあった。ひょっとしてこういうところに浸れる何かがあるのかなあ~と思ったり。

曽我部恵一“Sometime In Tokyo City”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

大石:なるほど、浸れるものですね。たしかに僕もコロナ禍になってから、Grateful Deadばっかり聴いていた時期があって。

曽我部:(笑)

大石:しかもスタジオ版じゃなくて、1曲20分くらいあるライブバージョン。3分できっちり終わる世界観っていうものが、逆にキツくて狭いものに感じちゃったんだと思う。長い時間に浸ってそこで自分を解放するものに、もしかしたら自分なりのリアリティがあるのかな。

曽我部:なんかわかりますね。プログレじゃないけど、「あれ、はじまったのかな?」っていうようなイントロから徐々に曲になり、いろんな風景を見せてくれて、終わっていくっていう。Pink FloydやGrateful Deadとか、そういう音楽に向き合える時間が今はあるんでしょうね。

大石:あ、そうか、単純に時間があるっていう(笑)。

曽我部:コロナの直前まで、ポップスってめちゃくちゃ短くなったじゃないですか。たぶん歴史上いちばん短くなったのって、やっぱりスピードを上げたい世の中だったからだと思う。今はちょっとリスナーの心に……余裕はないかもしれないけど、長い曲に対峙してくれる隙間がある気はしますね。

―コロナ禍以降、運動を日々のルーティーンに入れる人が増えたらしいんですよ。自分も夜に走ってるんですけど、そのときに何を聴いてるかっていったらテクノのDJミックスなんですよね。

大石:ああ、途切れないから。

―そうなんです。1時間、その世界に閉じ込めてくれるような音楽を自分は求めている気がします。かつ、それが体を動かせるダンスミュージックだと一層よくて。

大石:閉じ込められてるんだけど、そのなかで体と心が動いていく。相反するものが共存していく感じは、コロナ禍以降の身体性としてあるのかもしれないですね。

曽我部:そうそう。この間、めちゃくちゃイケイケのダンスミュージックを車で大音量で聴いたんですけど、「やっぱいいな~!」と思っちゃいました(笑)。人間として、動物としての根本に触れてくれるんでしょうね。強烈なダンスミュージックって脳に作用するというより、体の眠ってた部分を目覚めさせる。

大石:その感じ、わかります。コロナになって以降、配信DJを見る機会が増えましたけど、もちろん素晴らしいし面白い、グッとくる部分はあるんだけど、それよりもFORESTLIMIT(幡ヶ谷にあるイベントスペース)に行って自分がDJをしたときのインパクトのほうが勝っていて。お客さんは入れずに、その場にいたのはほかのDJやスタッフを前に配信したんだけど、クラブのサウンドシステムで音楽を聴いたときに、何か動かされる感じがあった。

曽我部:大音量の迫力や低音の響きは、その場でしか感じられないものですよね。こないだ、つくばでサニーデイのライブをして、僕ら的にまあまあの出来だったからちょっと落ち込んでたんです。でも、その場にいたoono yuukiくんから「久々に爆音でロックを聴いたけど最高っすね」と言われて、「あ、そこなんだ」と思った。

やっぱり今は爆音ってことが、演奏そのものよりも響くってことなんでしょうね。お腹がブルンブルンなるくらいキックが出てるとか、きっとそういうことなんだろうな。

曽我部恵一『LIVE IN HEAVEN』を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

大石:鼓膜じゃなくて違うところに響く音っていうか。そういう意味でロックもダンスミュージックなんでしょうね。ギターのギャーンって音を聴いた瞬間、体が動く前に心のどこかが揺れる。それは体は動いてなくてもダンスしてるってことだと思うんです。こういうご時世だから、みんながそういう感覚に飢えている感じはする。

曽我部:(下北沢の)LIVE HAUSとかでパーティーをやってると、外にも音が聴こえてくるじゃないですか。「八月」(曽我部恵一が店長を務める「カレーの店・八月」)を閉めたあととかに、たまたま前を通ったとき、ズンズン鳴ってたら、「あー行きたいな」と思っちゃいますもんね。「踊りたい」とか「走りたい」もそうだと思うんだけど、そういう感覚って生きることを実感できる源なんでしょうね。

リリース情報
曽我部恵一
『永久ミント機関』(限定盤12インチ)

2020年10月16日(金)発売
価格:1,870円(税込)
ROSE 253

[SIDE-A]
1. 永久ミント機関

[SIDE-B]
1. MELTING 酩酊 SUMMER

曽我部恵一
『戦争反対音頭』(限定盤7インチ)

2020年10月16日(金)発売
価格:1,100円(税込)
ROSE 254

[SIDE-A]
1. 戦争反対音頭

曽我部恵一
『LIVE IN HEAVEN』(限定盤LP)

2020年10月16日(金)発売
価格:2,970円(税込)
ROSE 255X

[SIDE-A]
1. 野行性
2. フランシス・ベーコンエッグ
3. 文学
4. mixed night

[SIDE-B]
1. Gravity Garden
2. Big Yellow
3. 花の世紀

曽我部恵一
『LIVE IN HEAVEN』(限定盤CD)

2020年10月16日(金)発売
価格:2,200円(税込)
ROSE 255

1. 野行性
2. フランシス・ベーコンエッグ
3. 文学
4. mixed night
5. Gravity Garden
6. Big Yellow
7. 花の世紀

プロフィール
曽我部恵一
曽我部恵一 (そかべ けいいち)

1971年8月26日生まれ。乙女座、AB型。香川県出身。1990年代初頭よりサニーデイ・サービスのヴォーカリスト / ギタリストとして活動を始める。2001年のクリスマス、NY同時多発テロに触発され制作されたシングル『ギター』でソロデビュー。2004年、自主レーベルROSE RECORDSを設立し、インディペンデント / DIYを基軸とした活動を開始する。以後、サニーデイ・サービス / ソロと並行し、形態にとらわれない表現を続ける。2020年8月、『永久ミント機関』『LIVE IN HEAVEN』『戦争反対音頭』を立て続けに発表。10月にはこれら3タイトルを「2020年夏の3部作」と銘打って限定プレスでフィジカルリリースした。



記事一覧をみる
フィードバック 3

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 曽我部恵一インタビュー 引き伸ばされた日常、虚無感の先をめがけ

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて