COVID-19が猛威を振るいはじめる直前、2020年1月に青葉市子は沖縄に渡った。沖縄本島を拠点に、久高島、座間味島、奄美大島をはじめとする島々に赴き、その記録、そして記憶に触れる。2週間弱ほどの滞在を経て青葉市子は、大作『アダンの風』のベースとなるプロットを書いた。
それを元に作曲家の梅林太郎、エンジニアの葛西敏彦、写真家の小林光大と、互いの境界線が曖昧になるような、文字どおり渾然一体の制作によって『アダンの風』は完成した。作曲、レコーディング、ミックスの全てが同じタイムライン上にあったという通常ではありえない工程を踏み、マスタリング当日の朝まで作業は続いた。どこまでも異例であるが、そうすることでしか『アダンの風』は生まれえなかった。一体、何が4人をそこまでにさせたのか? 詳しくは本稿と併せて公開されている作品インタビューを読んでいただきたい(青葉市子が『アダンの風』で見つめた、時代のざわめきの向こう側)。
ここではそのインタビューで紹介しきれなかった各楽曲の詳細を抜粋し、全曲紹介形式でまとめている。聞き手に『STUDIO VOICE』の元編集長である松村正人を迎え、青葉市子と梅林太郎が語った。
1. 守り哥(作詞:青葉市子、作・編曲:梅林太郎)
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―まず、梅林さんとの初めての共作曲“守り哥”のことから話を伺わせてください。
青葉:沖縄に行く前に『Reborn-Art Festival』(宮城県・石巻市にて開催される芸術祭。青葉市子が参加したのは2019年)という芸術祭に参加していて、牡鹿半島の先にある鮎川という町で滞在制作をしていました。鮎川はクジラで知られる町であり、2019年の7月から捕鯨が再開していたので、滞在中はよくクジラの解体を見学させていただいていました。
“守り哥”の歌詞に<お鯨様>と書いたのは、鮎川で過ごしていたことが深く影響しています。梅先生にはその頃から、クジラたちが行うエコロケーションという「うた」を用いた交信方法についてよく話していました。どこかの物語のあるワンシーンを描いた楽曲にしたい、ということも共有していたので、後に『アダンの風』となるアルバムの気配を、すでにキャッチして制作していたと思います。
それから10周年を迎えるタイミングでもあったので、新しい海へと舟を出していくためのお守りの歌でもありました。そして2020年1月、リリースされて間もなく、気持ちを新たに沖縄へと渡りました。
―“守り哥”は『アダンの風』に繋がっている部分があると。
青葉:はい。“守り哥”と共に沖縄へ渡ったことで、『アダンの風』のプロットが書き始められたと思っています。
青葉市子『"gift" 青葉市子 10th anniversary concert I』を聴く(Apple Musicはこちら)
1. Prologue(作・編曲:青葉市子)
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―“Prologue”やエンディングの“アダンの誕生祭”などで使われているフィールドレコーディングは青葉さんが録音された音源ですか?
青葉:はい。“Prologue”で使用しているのは奄美大島のホノホシ海岸で録音したものです。大きな丸石が集まっている海岸で、波が引くとザラザラと大きな音がします。
―あれは奄美の波の音だったんですね。
青葉:演奏している古いオルガンは、Ka na taという服を作っている友人の加藤哲朗さんのお店に置いてあったものです。5月、渋谷区・富ヶ谷の店舗で葛西さんに録音していただきました。歌声もそこで録音しています。天井が高くて、音がとても綺麗に響く場所でした。
2. Pilgrimage(作・編曲:梅林太郎)
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―“Pilgrimage”もすごく印象的で、ちょっとケルトっぽいイメージがします。
梅林:もともと語り部のような人が弦楽器を弾きながら物語のはじまりを演出する、というようなイメージがありました。弾き語りのような形で作品の導入部となる曲が欲しいなと思っていたのですが、ケルトをイメージして作ったわけでは全然なくて。実際に使っているのはチャランゴという南米の楽器なんですよ。
―楽器の選択は直感的なものなんですかね?
梅林:そうですね。
―そもそも見えているハーモニーや響きを実際に楽器で置き換えるとしたら、ということを手探りで探していくような感覚でしょうか。
梅林:「どこの国の音楽だろう?」という印象の響きを調性音楽の範疇でどうやって出したらいいかはすごく考えました。聴いたことのない響きを探しながらチャランゴを使っています。
―実際レコーディングする中でいろんな楽器を試してみる感じだったのでしょうか。
梅林:そうですね。
青葉:“Pilgrimage”はデモとしても最初にあげてくださったものでした。その次が“Porcelain”。アルバムの序盤はデモが上がってきた順番と同じ並びになりましたね。
3. Porcelain(作詞:青葉市子、作・編曲:梅林太郎)
―“Porcelain”の冒頭の音はシンバルを擦ってるんですかね?
梅林:そうです。
―この曲の音の使い方は、ものすごく抑制的なボイシングの作品の中でいろんなことを物語っていると思います。
梅林:普段はギター1本の彩りで音の世界観を作っていく市子ちゃんのスタイルを踏まえて、楽器の鳴らし方とか、どれくらいのダイナミクスを作るかーー「これはちょっとうるさいよね」とか録音のときも市子ちゃんと相談しながら作りました。やっぱり「核にあるのは声」っていうのが念頭にあって。あとはエレキギター1本で彩りを表現したいという趣向も取り入れてみました。こちらも“Pilgrimage”と同じで、ハーモニーを探すのが楽しかったです。
―あまりガチャガチャしすぎないところは一貫していますよね。
梅林:明確な画が浮かんでいるんで、その画に対してどういう音が必要なのかってことですから。
少し話が変わるんですけど、写真を撮ってくれたりアートディレクションやってくれた小林光大くんが、曲を作ってる最中に、写真を送ってくれたんですよ。それを見ながら、たとえば「この赤焼けの色にはどういう音が合うかな」とか相談したりして。
梅林:共感覚って言うとちょっと大げさなんですけど、その色が伝えたい音をどうしたら形にできるかを話し合いながら探っていきました。光大くんの写真の色合いとか淡い滲んだ感じが道しるべになったというか、どう録音したらいいのかを自然と導いてくれる感じがあって。その写真に対して、どういう音のダイナミクスをつけるか、響きが合うのか、って部分ですごく助けになった感覚があります。
4. 帆衣(作・編曲:青葉市子)
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―この曲は島唄みたいなイメージが私の中ではありましたが、そういった意識はありましたか?
青葉:そうですね。物語の中で少女が島流しにあうとき、彼女を育てていたお婆さんが、舟の帆で衣を作り彼女を包むシーンがあるのですが、アダンの島へ渡った後も、その衣は彼女のことをちゃんと守っている、その温もりを想いながら即興で演奏しました。
―レコーディングのときに即興的に試すことはよくやっていたんですか?
青葉:たくさんしてます。決めごとだけではやっぱり楽しくないので。
一同:(笑)
梅林:市子ちゃんが古いアコーディオンを持っていたのでクラシカルにならないようなボイシング、響きをその場で探して録音に望みました。
青葉:軸となる決めごとは必要ですけど、プラスである「遊び」が音楽の彩りになりますし、聴く人の想像力を掻き立てると思います。私たちも物語の中でクリーチャーであることを忘れない、ってことが制作においてとっても大事なポイントでした。
5. Easter Lily(作詞:青葉市子、作・編曲:梅林太郎)
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―テッポウユリをモチーフに選んだのは、青葉さんの旅の中で印象に残ったからなのでしょうか?
青葉:はい。岬に咲く白いテッポウユリたちが潮風に揺れて、まるで合唱しているようだった、その景色のことを書きました。
―そうなんですね。
青葉:同じ花のことを、日本語では「テッポウユリ」でも、英語だと「Easter Lily」と呼びます。復活祭の百合。
―全然違いますよね。
青葉:生と死のどちらの匂いも感じます。
―なるほど。この曲で使われてる楽器はチェレスタ(アップライトピアノのような形態の楽器で、フェルト巻きのハンマーにより、共鳴箱付きの金属音板を叩いて高音域を発生させる楽器)ですかね?
梅林:そうですね。もともとアルバム全体のことを考えているときに、チェレスタは使いたいなと考えていたんです。
―それは作品や物語の持つ響きを想像したときに?
梅林:声、世界観に合う楽器だなという思いがあったので使いました。市子ちゃんが自分用の鍵盤でローズ(Rhodes Pianoというエレクトリックピアノのこと)の音色をよく使っていて、そのイメージがあったのと、「Easter Lily(テッポウユリ)」の写真を市子ちゃんに見せてもらったこともそうだし、「沖縄」と「ガムラン」もヒントになっています。
6. Parfum d'étoiles(作・編曲:梅林太郎)
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―それで言うと、“Parfum d'étoiles”のピアノはプリペアドしてる(ピアノの弦に金属やゴムなどを載せたり、挟んだりし、音色を打楽器的な響きに変える行為のこと)わけではない? ちょっとサティ(エリック・サティ、19世紀末に登場したフランスの作曲家で20世紀の音楽に大きな影響を与えたといわれる)っぽい感じですよね。
梅林:この曲のピアノはフェルトをかけて弾いています。フェルトに関しては先ほどのチェレスタと同じように、声、世界観に近かったので採用しました。もともと管弦楽用に作曲していたのですが、“Porcelain”が管弦楽アレンジだったので全体のバランスを見てピアノアレンジにしました。ハミングする市子ちゃんの声に関しても葛西くんが面白い録音方法を試してくれたり、結果としてとてもよい形になりました。
―この音の感じは面白いなと思いました。全体的にすごく繊細で、細かいところに向かっていろんな工夫や気遣いをされた音の作り方だと感じました。
青葉:“Parfum d'étoiles”のデモは早い段階からあげてくださっていて、ハープやフルートが靡くようなロマンチックな構成で作られているものでした。他の楽曲が完成していく中、この曲の立ち位置だけがふわりとしていたのですが、最後の最後に、梅先生がアレンジし直してくださったバージョンがとてもよくて。「ピースが揃った!」とみんなで喜びました。フィールドレコーディングの音は赤尾木の教会です。
―あー、龍郷町の赤尾木!
青葉:場所をわかってくださる(笑)。ルリカケスという、奄美大島と徳之島にしか生息していない鳥の声もちょっと入っています。
7. 霧鳴島(作・編曲:青葉市子)
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―7曲目の“霧鳴島”ですが、宗教音楽的なニュアンスを込めようと意図があったんでしょうか?
青葉:これは4月12日に作った曲です。家に引きこもっていたので、この機会にと宅録システムを整えていました。ケーブルの配線なども梅先生が教えてくださって。
―いろんなことやられてますね(笑)。
梅林:みんな共同体だったんで(笑)。
青葉:それで試しにやってみようと、声を重ねた即興曲が案外よくて、そのまま使っています。
―霧鳴島というのはプロットにもでてきますよね。
青葉:はい。物語に登場する架空の島です。霧鳴島には、近親交配で純血を受け継いでいる集落があり、主人公の少女は最後の子どもとして生まれます。最も血を濃くして生まれた少女でしたが、「混血になったとしても、いずれ絶えてしまう自分たちの種族を引き継いでもらいたい」という親族や島民たちの想いのもと、他の島へと流されるーーこんなあらすじがあります。
―ここにある重苦しさは一体何なのでしょうか?
青葉:何でしょうね、説明が難しいです。音の中に答えはあるとは思うのですが、言葉にしづらいですね。
梅林:たぶん作曲の動機としては「ただバイオリズム的にそういう瞬間だった」ってだけだと思うんです。重苦しいとか重苦しくないってことではなくて、山あり谷っていう世の中で鳴っている位相がそうさせたんだろうなと。
8. Sagu Palmʼs Song(作・編曲:青葉市子)
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―次の“Sagu Palmʼs Song”はソテツの歌ってことですね。
青葉:この曲は奄美大島で書きました。
―あー、そうなんですか。
青葉:最初は「奄美蛙唄」という曲名でしたが、どこか特定の地名や場所がわからないほうが、『アダンの風』においてはいいだろうと、太古から茂っているソテツの群れが、生命の循環していく世界を眺めて歌ってるイメージで“Sagu Palmʼs Song”にしました。
―カエルの歌が入ってくるのは当初の名残なんですね。
青葉:奄美で泊まっていた宿に住んでるカエルがいて、ずっと鳴いてたので。
―(笑)
青葉:そのことをね、歌にして。Bandcampに上げているデモには実際に奄美で録音したカエルの声が入っています。
―なるほど。この曲は青葉さんのこれまでの曲の系譜にあるようなイメージですよね。ギターの音は特に加工してるわけではない?
青葉:していないです、ギタレレの音ですね。歌は2本出ていますが、ハーモニーとして聞かせるのではなく、どちらも主旋律になるようなミックスにしています。水鏡に映るふたつの世界が、隣合って歌うように。
―シンプルだけどちょっとギミックというかトリックが入っていると。
青葉:そして、アルバムが舞台だったとしたら、幕間のような役割も担っている曲です。この世の陰陽(陰陽太極図)に向けて、でもいいのですが、生と死や、光と影、良い悪い、などふたつに分けられてしまう物事の境界に潜む存在が、この世のことを俯瞰して歌っているイメージがありました。
9,10. chinuhaji、血の風(作詞:青葉市子、作・編曲:梅林太郎)
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―“Sagu Palmʼs Song”を境界線的な位置付けにして、後半“血の風”では、佐喜眞興英さん(沖縄県宜野湾市出身の民俗学者)の『シマの話』(1925年、郷土研究社)を参照されていますね。
青葉:佐喜眞興英さんという方が1925年に出された書物の中に、ノロさんやユタさんのが唱えていたおまじないや書いていた文字などがありました(ノロは琉球神道における女性の祭司、ユタは沖縄県と鹿児島県奄美群島の民間霊媒師=シャーマン)。
その中に「チヨ チヨ」から始まるおまじないが載っていたんですね。「〇〇ヤラワン 〇〇ヤラワン ナー ミチ ミチ ンカイイキ」と続きます。「〇〇」の部分には当時流行っていた発疹や病気の名前が入り、「ヤラワン」は「〇〇であっても」、「ナー ミチ ミチ ンカイイキ」は「己の道を行きなさい」という意味。2020年の私たちにも当時のおまじないが続くようにと願いをこめて、少しアレンジさせていただき、歌詞を書きました。
『アダンの風』プロットよりチヨ チヨ
フーヤメ ヤラワン
ウトゥルシャ ハミドゥル ヤラワン
ヤミユ ヤラワン
ナー ミチ ミチ ンカイイキ
ハナシャ イミー
ハナシャ イミー
ヒチャユン パナヌ
アマム(血よ、血よ、
疫病あれど
激雷あれど
闇夜あれど
己の道をゆけ愛しき夢、愛しき夢
光る花の宿借りよ)
―そんなことが100年ほど前の書物に書いてあったんですね。
青葉:そうですね。歌詞が完成して“血の風”のアレンジが大幅に変わりました。速いアルペジオの曲だったんですが、ゆったりとした弾き語りにしようと。
生ぬるく、皮膚を撫でるような島の朝焼けの風をコーラスで表現していますが、そのコーラスだけを使ったものが“chinuhaji”として“血の風”のインタールードのような役割を果たしています。
―じゃあこれは2曲で1曲みたいなイメージですか?
青葉:そうですね。
―曲のアレンジを変更したのはどんな理由があったんですか?
梅林:もともと曲を作った動機が“血の風”っていうタイトルと、小林光大くんが撮った鮮烈な赤い色の写真にある静かな恐怖をーー恐怖っていうと語弊があるんですけど、その何とも言えない空気をまだ音にしきれていないと葛西くんと話してたんです。
最初はイマイチ落としどころが見えない中で、みんなで模索しながら曲を作っていたんですけど、市子ちゃんがさっき話していた詞を持ってきてくれて、ピントがパチン! ってあって、このアレンジができていきました。
ギターで作曲したのですが、フレージング、バッキングボーカルのアレンジなど、写真のイメージ通りに出来たことがとても嬉しく、アルバムでも気に入っている楽曲です。
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11. Hagupit(作詞・作曲:青葉市子、作・編曲:梅林太郎)
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―“Hagupit”というのはどういう意味ですか?
青葉:“Hagupit”はタガログ語です(タガログ語はフィリピンの公用語のひとつ。Hagupitは「繰り返された鞭打ち」という意味)。8月に八重山諸島に直撃した台風の名前で、ちょうど石垣島に滞在していたときでした。梅先生の話にも上がっていた赤い写真はまさにそのときの朝焼けの写真です。
―では、台風のイメージなんですかね?
青葉:そうですね。強い台風で外に出られず、宿泊先にこもりながら書いた曲です。最初のワンフレーズが歌詞とともに生まれてきて、続きを梅先生に書いていただきました。
―弦楽パートを担当したphonolite strings(水谷浩章が主宰するオーケストラ)に譜面を書いて渡したんですか?
梅林:“Hagupit”は市子ちゃんの頭の中に「ストリングスを伴奏に歌いたい」っていう狙いがあったので、じゃあそうしようって2人で作ってきました。
―実際デモを作り、そこから1人で楽器を重ねていくパートと演奏者用に譜面を書くパートは、混在しているんでしょうか?
梅林:そうです。市子ちゃんのギター、phonoliteの方々、フルートの多久潤一朗さん、パーカッションの角銅真実さんなど、客演用の譜面は作ってありました。
12. Dawn in the Adan(作詞:青葉市子、作・編曲:梅林太郎)
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―“Dawn in the Adan”のメロディの感じとか、特に最後の3曲は聴いてると盛り上がっていく感じがすごくあっていいなと思いました。
青葉:この曲を書いているときは、クリーチャーや島の存在はいったん置いて、私自身の命の根底に流れているもの、両親や祖父母から受け継いでいる繋がりや、悲しかったり辛かったりする気持ちがどこからやって来ているのか、ということを探っていく作業でした。子どもの頃から解放されずにいるトラウマにもフォーカスしていくのですが、その部分に到達するまでに大変な苦しみがありました。苦しいけれど、お土産に音楽があると信じることで、潜水できました。
一番理解してもらいたい母親という存在。でももう臍の緒は繋がっていない。海の記憶をたどることでしか母と接続できないけれど、かつて母だったこの身体には、新たな生命が宿る可能性がある。前の身体を懐かしむ気持ちと、これからやってくるかもしれないもうひとつの命との間に立っていることは、波打ち際にいるときと近い感覚があります。
梅林:この曲はとても思い入れがあって、制作の途中8月くらいに制作陣で海に行ったんです。ちょうど僕が身ひとつでスタジオに飛び込んでいた時期に市子ちゃんが「日の出のタイミングで海に行こう」と連れ出してくれて。葛西くん、光大くん、棚橋さん(アルバムのマネジメント担当)のみんなで行ったのですが、そこで湧き上がった情緒が僕には生まれて初めてのものでした。
とても美しい体験で、いろいろな調子が合う瞬間でもあり、光を浴びて暗い部分が見えた瞬間でもあって、それでそのあとすぐに市子ちゃんに借りたガットギターで音楽にしたのがこの曲です。筆舌に尽くしがたい気持ちだったのですが、市子ちゃんが素晴らしい詩と声を乗せてくれて、この曲ができたときは貴重な瞬間に立ち会えた気がしました。
13. ohayashi(作・編曲:青葉市子・梅林太郎、編曲:角銅真実)
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―この曲はパーカッションとアレンジに角銅さんが参加されています。どういう経緯だったんでしょうか?
青葉:それは、かくちゃんがクリーチャーっぽいからです。
一同:(笑)
梅林:パーカッションを入れるっていうよりも、かくちゃんに入ってもらおうって感じだったよね?
青葉:そうそう。かくちゃんがいればなんか大丈夫な気がするというのが一番の理由でした。それに梅先生も角銅さんとご縁があって。
梅林:学校が一緒で同期だったんで。
―それでクリーチャーを召喚したと(笑)。
青葉:私も演劇でかくちゃんと一緒にバンドを組んで劇伴をしたことがあって(2017年上演の『百鬼オペラ「羅生門」』)、そういうみんなのご縁で「かくちゃんの席があるね」ということでお呼びしました。
―“ohayashi”は短いですけどおもしろい曲だなと。これはリズム譜を書いて渡したんですか?
梅林:これは宛て書きのような状態で、ほぼほぼコード感、和声感と雰囲気だけしかない状態で、みんなで作りました。市子ちゃんとかくちゃんにメインで作ってもらって。僕はそーっと聴いてるっていう。あまりにも疲れていて(笑)。
―(笑)。ギターリフは5拍子系ですよね?
青葉:そうですね。
―ものすごくポリリズミックに交錯させていくタイプの曲で、もうちょっと長く聴いてたいなって思いました。
青葉:続いていったら、なんだかトランスに入りそうですよね。
―さっきおっしゃっていたガムラン的な交響のさせ方というのは、こういうイメージだったのかもしれないと話を聞いて納得しました。
梅林:ありがとうございます、伝わってよかった。
14. アダンの島の誕生祭(作詞・作曲:青葉市子、編曲:梅林太郎)
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―アルバムを締めくくりには「誕生祭」という言葉が曲名に登場します。太陽を象徴するアダンと対になるようにこの曲は海を舞台にした生命の誕生を描いていますが、ここでいう誕生は生と死のサイクル、「再生」という言葉に近い気がしました。
青葉:そうですね。私たちがこうして生きているのはほんの少しの時間で、そのうちみんな水や土や風、星の材料に変わっていきます。生も死も、同じ循環の中で等しく存在している。だからこそ、その中で輝く個性豊かな一人ひとりの存在が、愛しくてたまらなくなりますね。生まれると死ぬは表裏一体だと思っています。
石垣島に、牛たちしかいない浜があって、そこで自然に死んでいる牛に出逢いました。牛の身体にはたくさんの蛆がいて、つまり蛆たちは、牛がいることによって、次々に生まれることができている。その様子を見ていると、どこまでが牛でどこからが蛆なのか、境目がありませんでした。ひょっとして私たちは、生まれ続けているだけで、誰も死んでいないんじゃないか、とも思います。
梅林:この曲の世界は市子ちゃんが作ったギターと歌の状態でほぼ表現されていたので、ほんの少しだけ彩りを加えるに留めました。
- リリース情報
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- 青葉市子
『アダンの風』(CD) -
2020年12月2日(水)発売
価格:3,300円(税込)
DDCZ-22681. Prologue
2. Pilgrimage
3. Porcelain
4. 帆衣
5. Easter Lily
6. Parfum d'étoiles
7. 霧鳴島
8. Sagu Palmʼs Song
9. chinuhaji
10. 血の風
11. Hagupit
12. Dawn in the Adan
13. ohayashi
14. アダンの島の誕生祭
- 青葉市子
- プロフィール
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- 青葉市子 (あおば いちこ)
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音楽家。1990年1月28日生まれ。2010年に1stアルバム『剃刀乙女』を発表以降、これまでに6枚のソロアルバムをリリース。うたとクラシックギターをたずさえ、日本各地、世界各国で音楽を奏でる。弾き語りの傍ら、ナレーションやCM、舞台音楽の制作、芸術祭でのインスタレーション作品発表など、さまざまなフィールドで創作を行う。活動10周年を迎えた2020年、自主レーベル「hermine」(エルミン)を設立。体温の宿った幻想世界を描き続けている。12月2日、「架空の映画のためのサウンドトラック」として、最新作『アダンの風』を発表した。
- 梅林太郎 (うめばやし たろう)
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東京出身の作曲家、編曲家。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。2012年、「Rallye Label」よりmilkとして1stアルバム『greeting for the sleeping seeds』をリリース。テレビアニメ『ユーリ!!! on ICE』(2016年)の作編曲を担当。そのほか『スペース☆ダンディ』(2014年)や『キャロル&チューズデイ』(2019年)などに作編曲で参加。2020年、青葉市子7枚目のオリジナルアルバム『アダンの風』に作曲、編曲、共同プロデュースで参加。プロデュースワーク、楽曲提供、映画音楽、アニメ音楽、CM音楽と幅広いジャンルで活動している。現在2ndアルバムを鋭意製作中。
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