Uttzsが変えるオンライン鑑賞体験。離れた場所でも豊かな時間を

パナソニックが推進する「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」とは、企業のなかでイノベーションを起こすための種を探し事業開発に結びつける、実験室とアクセラレーターを兼ねたような場所だ。コロナ禍に揺れた2020年は、その主要な活動の場をオンラインに移し、いくつかのプロジェクトを進めてきた。

今回インタビューする田上雅彦がプロジェクトリーダーを務める「Uttzs[ウツス]」もその1つ。オンライン上にアートやデザインのためのギャラリー空間を再構築するというアイデアは、withコロナと呼ばれる今だからこそ求められたものだろう。白物家電のデザイナーとして働くと同時に、工芸作品を手がけるアーティストでもある彼に、なぜこのプロジェクトを着想するに至ったのか聞いた。

個人的な衝動から始めた面が強いので、採択されなくても、自前で作るぐらいの気持ちでいた。(田上)

―田上さん率いるプロジェクトチームが制作中の「Uttzs」とは、どのようなものなのでしょうか?

田上:簡単に言えば、オンラインギャラリーを手軽に作れるサービスです。私はパナソニックで洗濯機などの白物家電のデザイナーをしていますが、個人では工芸作品を発表する造形作家としても活動しています。

田上雅彦(たのうえ まさひこ)
パナソニックで国内外の生活の道具をデザインしながら、造形作家として、京都を拠点に活動。手仕事とデジタルな物作りの間を行き来しながら、この世界を形作る自然現象や、物理法則そのものに宿る霊性、完全には近づけないその姿に対する畏敬の念を形にする。

田上:友人や知人にアーティストやアート好きが多くいて、既存のECサイトで作品を紹介しても、個展やグループ展で感じられる経験とは全然違うよねって話をよくしていました。たしかに大半のサイトは平面的だし、動きがあったとしても映像ぐらい。

であれば、空間を見渡せる360度の画像と、高解像度の写真を組み合わせて、奥行きのあるサイトを誰でも作れるようにしよう。さらにチャット機能を搭載して、アーティスト本人やギャラリストと気軽に対話できるものにしよう。そんな風なことを考えて作っています。

」" zoom="https://former-cdn.cinra.net/uploads/img/interview/202102-tanouemasahiko_myhrt-photo2_full.jpg" caption="GCカタパルトから生まれたプロジェクト「Uttzs[ウツス]」(サイトを見る)"]

―アート作品のオンライン販売はこの数年で注目が高まっていて、類似したものもすでにありますよね。でも、作り手側、アーティスト側が主導して作っているのがユニークです。

田上:そうですね。個人的な衝動から始めた面が強いので、正直に言えば、もし今回のGame Changer Catapult(以下、GCカタパルト)に採択されなかったとしても仲間たちと、自前で作るぐらいの気持ちでいました。

というのも、2020年は新型コロナウイルスの影響で自分が参加する予定だった展示も、友人たちが企画していた展示も全てなくなってしまったためです。私は京都を拠点に暮らしていますが、そのコミュニティーのなかで出会った伝統工芸や現代アートの作家は、自分にとって人生の財産です。そしてそういった人々と交流しあう豊かな時間と空間は、オンラインでは得られない特別なものでした。

田上:その機会が失われてしまったことに周囲の誰もが落胆していて、オンラインで展示して代替するのもなんとなくしっくりこない、というのがまわりの作家たちの意見でした。作品って、その空間や時間で演出される世界観もぜんぶ含めてのものですからね。

―うーん、たしかに。画像が並んでいるだけのサイトでは、作家が大事にしている繊細さや空気感は伝えられないですよね。

田上:さらに、困っているのはアーティストだけでなく、作品を扱うギャラリスト、ギャラリーや展示スペースになる不動産を扱うオーナーも、コロナの影響をみんな受けている。そういった人たちの不満や不安に対して、少しでも貢献することができないか、という思いが「Uttzs」のきっかけになっています。

現在は改良を進めている段階で、チャット機能だけでなく、いま誰がオンラインのギャラリー空間にやって来ていて、どの作品を見ているのか、なんていうシチュエーションも表現していくつもりでいます。つまり、展覧会で得られる経験のすべてを再現するのが「Uttzs」の理想形。これが成果を得られれば、アートや工芸に限らず、インダストリアルデザインやプロダクトの展示会にも応用できると思っています。

「Uttzs」の裏テーマは、価値の民主化

―大手家電のデザイナーとして働きながら作家活動もする、という田上さんのスタンスも面白いですね。

田上:アーティストを名乗るようになったのはだいぶ遅いです。大学を卒業して、いまの会社に就職して5年くらい経ってから作家活動を始めました。

―あ、それも珍しいですね。学生時代からの延長で、2つの活動を並行しているのかと思っていました。

田上:学生時代の頃は、むしろアートにまるで興味がなかったです。生活環境をよくするプロダクトにこそ価値があると思っていて、「アートには人も救えないじゃないか!」と。

―血気盛んな学生時代だったと(笑)。

田上:あくまで、学生の頃は、ですよ。会社に入ってみて周りの先輩デザイナーたちを見渡すと、機能性や市場的なストラテジーだけでデザインは出来ているのではないという事を知りました。大量生産のための条件はふまえていても、彫刻の理論や色彩といったアートが得意とする要素を取り入れることで、プロダクトを洗練させていました。

田上:俗っぽい話ですが、その意識がある商品は、いっそう商品価値が高まり人気もでる。逆に言えば、その選択を間違えると、形や色はただの飾りになってしまうわけで、デザインにはアーティスティックな側面が不可欠です。

ダイソンを創業したジェームズ・ダイソンも、ロンドン芸術大学のセントラル・セント・マーチンズ校でアートを学んでいますよね。応用芸術であるデザインは、純粋芸術の力を借りることで可能性を広げてきました。

―プロダクトデザインに携わりながら、並行してアートの重要性を感じ、アートを信頼していった。

田上:ほとんど「信仰」と言ってもいいぐらいの(笑)。アートとデザインには境目がないと思っています。

当時読んだ本で、マルセル・デュシャンと彫刻家のコンスタンティン・ブランクーシの会話に感動しました。飛行機のプロペラを目の前にしたデュシャンが「絵画は終わった。このプロペラに勝るものをいったい誰が作れるのか」って話したそうです。私はデザインからアートへの憧れを抱いたけれど、現代アートの巨匠たちは工業デザインを見て憧れを抱いたのだなって。

田上雅彦が担当した商品、ASEAN市場向け洗濯機 NA-FS16V5 シリーズ

―そこから「Uttzs」のようなインフラに関心が移ったのも、会社に属するデザイナーである田上さんならではなのかもしれません。基本的に、アーティストは自分の作品を作ることに時間と情熱を捧げますから。

田上:たしかにそうですね。UX(ユーザーエクスペリエンス)という言葉がしきりに語られていますが、私が所属しているデザインセンターでも「ものを作る」だけじゃなく「体験を作る」ことをとても大切にしています。

一方で、アートの世界に関わって感じた疑問もありました。例えば、「美術館に作品が収蔵された」「有名なコレクターが作品を買った」「あるキュレーターが高く評価している」。

このようなことは、どこの世界にもあることでしょうけれど、アートは特に権威づけで価値が上がっていく傾向が強い。でも、アートの世界にいるのはスポットライトを浴びる一握りの人たちだけではないはずです。

例えばですが、1,000円で買えるような手作りのZINEに触れることで得られる心の充足があります。むしろそういうニッチなもの、マイナーなものにも出会える場こそ「アート」というものであってほしいと思っています。

『Kagan no Kumo』田上雅彦 / KAGANHOTEL-河岸ホテル-

―個人的でささやかなものも、勿論アートであって、そこでしか得られない特別な経験がありますよね。

田上:「Uttzs」の開発チームでもその意識があって、「Uttzs」の裏テーマとして、「価値の民主化」という話がよくあがりました。世界中でアートフェアが開催されていますけど、作品の人気やニーズは、その土地柄によってガラリと変わります。そういった地域差も、「Uttzs」のようなオンラインのシステムがあれば超えられるのではないか? と考えています。

日本のプロダクトデザインは変換点にいる、組織や領域の境界を溶かしたい

―田上さん個人の作品は、ガラス器の『minaniwa』に見られるように、自然現象をモチーフにした作風が特徴ですね。

田上:出身地が熊本の田舎で、川のなかを泳ぐ魚を手で捕まえた記憶が、自分のものづくりの原点です。それが作家としての名刺やウェブサイトに掲載しているロゴのモチーフでもあるのですが(笑)。苔や雲や水の自然のかたちにこそ、いちばん面白くて深遠なものがあると思っているのが大きいですね。

水ゆらぐガラス皿『minaniwa』小尾野香織、田上雅彦 / Sobi jewelry

田上:そして、都会とは異なるその土地ならではの感覚や美を積極的に提示していきたいという気持ちもあります。これは「Uttzs」が稼働することで実際に距離や時間が縮まることともつながる話です。

私が子どもの頃はちょうどインターネットが普及した時で、Windows Me(2000年に発表されたマイクロソフト社のOS)を介して、はじめて情報の世界に触れました。そのときに「これで世界が変わる! 都会と田舎の格差もなくなる」と思ったものです。

でも、それから約10年経っても、僕の通っていた九州の大学と東京とでは、圧倒的な情報格差がありました。デザインを学んでいる分だけ、東京に出てきた時に見るもの、作られているもののクオリティーに強いショックを受けたのを覚えています。

でも、九州にもいい作家、いい職人、いい窯元がいて、そこには確実に素晴らしいものがある。でも、九州以外の人はなかなかそこにふらっとは来ない。そういったインフラの格差を埋めたいという気持ちはいまもあります。

―熊本にはまだ行ったことがないのですが、例えば奈良や伊勢に行くと、森閑とした土地の空気感、そこに佇む寺社の造形的な美しさにハッとさせられます。長い時間のなかで培われてきた美的感覚の説得力は、東京や大阪といった都会では育まれにくいものだと思います。

田上:美しいですよね。そういったものを伝えたくて作品を作っているし、それにアプローチするために「Uttzs」を作っています。

苔を最適に保ち景色を作る装置『Unkai』田上雅彦、植原昂、砂川洋輝

―ローカルとグローバルの違いや共通性を考えることは、デザインの世界でもアートの世界でも重要な視点だと思います。

田上:そうですね。10年ほどパナソニックで仕事をしてきて思うのは、特に日本のプロダクトデザインは転換点にいる、むしろ転換しなければならないということです。

アートの世界で自分の表現を突き詰めることは私の喜びですが、デザイナーとしての自分の仕事に失望しているわけではありません。会社や社会に対してずっと提案し続けることが私たちインハウスのデザイナーの仕事ですし、たとえそれが世間の日の目を見なかったとしても、間違いなく新しい技術開発や商品開発のテーマという側面で力にはなると思っています。そこに関わることは、とても楽しいことです。

田上:ですが、プロダクトデザインやインダストリアルデザインを取り巻く、業界や組織の境界を溶かさなければならないと思っています。白物家電のデザインをしていると、中国の生産事情に詳しくなるのですが、現在の中国の生産力、デザイン力の凄さに危機感を覚えます。しかもハードウェアとサービスが高度に融合しています。実際、中国の優秀なデザイナーを多く知っていますし、1年後、3年後にはもっと凄いものが生まれてくるでしょう。

―たしかに中国のデザインがすでに日本を追い越しているという声はよく聞きます。そんなに差があるのですね。

田上:日本の約10倍の人口ですから、実力のあるデザイナーも10倍いて、彼らが作るニッチな商品を手に入れたいと考える富裕層も日本の10倍います。

そのような状況のなかで彼らのできないことを考えていくとすれば、日本人に根ざしている細やかな気遣いや体験性や精神性を長所にしていく必要があるのではないか。だからこそ自分はアートに関わっています。

今後、「Uttzs」のサービスを中国や台湾の人たちが使うことも前提として考えていますし、彼らのスピード感や見ているものを反映していくことも重要になるだろうと思っています。

―ありがとうございます。最後に、ここまでのプロジェクトの道のりを振り返ってみての心境をお伺いできますでしょうか?

田上:最初に言ったように、そもそも強い気持ちがあったのでGCカタパルトでなくともやっていたとは思います。でも、実際に参加してみることで圧倒的なスピード感で企画と開発を進められました。業務外の自主活動だけでは、たった1年弱でここまではたどり着けませんでした。

オンラインでのプロジェクトが推奨されたことで、国内外のメンバーでチームを組めたのもよかったですね。洗濯機の会議をした10分後に、GCカタパルトの会議に入れるようになったのは、ある意味でコロナが生み出した恩恵だったかもしれません(笑)。

プロジェクト情報
Game Changer Catapult

パナソニック アプライアンス社による企業内アクセラレーター。より新しい生活文化や心躍る体験を実現する、未来の「カデン」を生み出すため、今までとは違うスピード感で、ゲームチェンジャーたちの挑戦が始まっています。

Uttzs[ウツス]

Uttzs[ウツス]は、まるでその場所に訪れるように、展示空間を見て回って話を聞き、購入までできるオンラインギャラリーサービスです。

プロフィール
田上雅彦 (たのうえ まさひこ)

Panasonicで国内外の生活の道具をデザインしながら、造形作家として、京都を拠点に活動。手仕事とデジタルな物作りの間を行き来しながら、この世界を形作る自然現象や、物理法則そのものに宿る霊性、完全には近づけないその姿に対する畏敬の念を形にする。様々な領域を溶かし、もの作りの豊かな多様性ある未来を願う。熊本県生まれ。九州大学芸術工学部卒。



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