『パーム・スプリングス』 全てが無意味な世界で何に価値を置く?

砂漠のリゾート地で、同じ1日を延々と繰り返すタイムループに陥り、数えきれない日々を過ごしているナイルズと、そのタイムループに突如巻き込まれてしまったサラ。タイムループの設定に、ロマンティックコメディの定番要素を組み合わせた風変わりな映画『パーム・スプリングス』が、日本公開される。

本作は、2020年の『サンダンス映画祭』において史上最高額(当時)で落札され、米Huluでは視聴数のオープニング記録を樹立するなど、コロナ禍のアメリカで高い評価を受けた。ビジュアルのポップなイメージとは裏腹に、「全てが無意味な世界で、何に価値を置くのか?」「そんな世界で『他者』の存在に価値はあるのか?」といった、人間関係や人間の実存についての奥深い問いを投げかける作品だ。移動が制限されスクリーンを眺めている時間の増えたいま、その問いはより深く観客の心に突き刺さるかもしれない。

このテーマは、監督が自身の「コミットメント恐怖症」を自覚したことが着想のきっかけになっているという。どういうことなのだろうか? 本作で長編監督デビューを果たしたマックス・バーバコウ監督に聞いた。

※本記事は『パーム・スプリングス』の結末に関わる記述が含まれています。あらかじめご了承下さい。

「タイムループもの」は、人々の共通体験である「人間であること」について何かを語ることができる

マックス・バーバコウにとって、コメディ界のスターであるアンディ・サムバーグとの邂逅は、「完璧な結婚」だったとZoomの画面越しに微笑む。脚本家アンディ・シアラとともに学生時代から練り上げていたオリジナル企画にコメディグループ「ザ・ロンリー・アイランド」が注目し、その中心である彼がふたりの念願のデビュー作『パーム・スプリングス』の主演兼プロデューサーを買って出たのだ。

無名の監督と脚本家が手がけた独創的なタイムループ映画は、2020年『サンダンス映画祭』で史上最高額(当時)で落札され、米Huluで配信されるやいなやオープニング視聴記録を打ち立てた。

カリフォルニア州に位置する砂漠のリゾート地、パーム・スプリングスで妹の結婚式に参列したサラ(クリスティン・ミリオティ)は、そこで場違いのアロハシャツを着たナイルズ(アンディ・サムバーグ)に興味を惹かれる。すべてを見通したかのように自由自在に振る舞う彼と出会い、交流するうち、神秘的な洞窟に入ったサラは、気づくとなぜだか再び同じ結婚式の日の朝に目を覚ましてしまう。

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

主人公が同じ1日を何度も何度も繰り返す。1993年の映画『恋はデジャ・ブ』(高慢な性格の天気予報士が同じ1日を繰り返すタイムループに陥る、というあらすじのコメディ映画。ビル・マーレイ主演)は「タイムループ」という設定を発明したわけではないが、このジャンルの方程式を決定づけた。興味深いことに、ここ10年ほど、『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』『ハッピー・デス・デイ』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『ミッション:8ミニッツ』『ビフォア・アイ・フォール』『ネイキッド』など、タイムループに新たな解釈を加える作品が次々と現れている(2021年に入ってからも『明日への地図を探して』『Boss Level』がリリースされている)。このことを問うと、バーバコウは「クールな現象だと思う」と同意する。

「タイムループものというのは本当に特殊なジャンルで、サブSFとも呼ばれますが、物語の中でいかようにも好きに遊ぶことができる。突飛で特有な設定でありながら、観客にとってアクセスしやすく、私たちの共通体験である『人間であること』について何かを語ることができるのです。いまやたくさん作られているので、自己認識や自己形成について何かを教えてくれるジャンルにもなっていると思う。もしかしたらいまを生きる人々の人生観、あるいは現代の世界を生きる上で感じる居心地のよさや、自己満足の陳腐さのようなものが関係しているのかもしれない」

『パーム・スプリングス』予告編

すべてが無意味な世界で誰かと一緒にいなければならないとしたら、「他者」の存在に価値はあるのか?

『パーム・スプリングス』は、使い古されつつある題材にひねりを加えたことで、大きな支持を集めることに成功した。このジャンルの領域を広げ、方程式を新たに更新したのだ。ここでは、タイムループ世界の住人はひとりではない。ナイルズは先に煉獄のような世界に慣れきって虚無の境地に至っているのであり、サラは突如としてその中に加わってしまったのである。タイムループに複数の人物の視点を導入しているのだ。

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

「一旦タイムループの抜け出せない穴に入り込む設定に決めてからは、どうやってほかとは異なる作品にできるかを考え始めました。『恋はデジャ・ブ』ですでにタイムループというものがどういうものか見事に描かれているので、そこまでその概念の説明に時間をかけなくてもいい。逆に、その中で多くの時間を過ごしてきたナイルズがこの世界の主のようなキャラクターなので、彼がサラに対してタイムループの構造を説明するとともに、ここから逃げる方法がないと知らせる役目を負わせようと考えていきました。

そこさえ乗り越えれば、この映画はふたりの話になり、彼らが行動の因果関係のない世界で何に価値を置くことを選ぶのか、という話になる。すべてが無意味な世界で誰かと一緒にいなければならなくなったとしたら、果たして他者というものに価値があるのか、ということを考えるのが面白いと思いました」

マックス・バーバコウ監督

タイムループとロマンティックコメディの定番設定の融合。「物語は常にキャラクターありきでなければいけない」

本作はタイムループの構造に、「他人の結婚式に馴染めないシニカルな者同士が心を通わせる」というロマンティックコメディの定番設定をミックスさせた作品だとも言える。その形式を採用することで様々なジャンルの要素を取り入れることができるのだ。

「物語は常にキャラクターありきでなければいけないと考えています。私たちの好みは本当に様々で、『エターナル・サンシャイン』や『パンチドランク・ラブ』のようにオフビートなユーモアのある悲しみと笑いが共存したラブストーリーが大好きな一方で、『グレート・ビューティー / 追憶のローマ』のようなアート映画も好きなのです。『エース・ベンチュラ』や『卒業』、それから『オール・ユー・ニード・イズ・キル』も好き。劇中には『プライベート・ライアン』を思い起こすようなビール缶がプールの水を突き破るシーンも込めました」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

「最初からジャンルをミックスさせようと意識していたわけではありませんでしたが、ナイルズとサラがどんな道のりを辿るのか、どんな壁にぶつかるのかが見えてきたところで、それぞれの瞬間に楽しい映画的なアイデアを入れていったのです。頼まれて書いていたのではなく、特に形になるかどうかもわからない中で開発していた脚本だったので、誰からも何も言われることがなかったことがよかったと思う。

もちろん実際に製作する段階になれば、内容を確認したり、スケジュールを組み立てたり、予算を立てたりする中で、いくつか取り除かなければならないものが出てくることもあったけど、アンディ(・シアラ)と私はどの瞬間でもクレイジーなことをやらせようとお互いを励まし合っていました。キャラクター主体で信憑性を持って物語を描くことができれば、たとえクレイジーであってもその文脈の中で成立させることができると信じていました」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

「異常なほどのコミットメント恐怖症」であることの自覚が、本作のテーマに大きな影響を与えた

ナイルズは過去が思い出せないほど長い間ループに囚われたまま誰とも関係を築けない状態に陥っている。冒頭、結婚式でブライズメイドである彼の恋人ミスティ(メレディス・ハグナー)はコミットメントの大切さを説くが、特にナイルズは他者と深い関係を築くことを忌避しているようだ。このテーマは、本作の構想を練っている段階から念頭にあったものだという。

「この映画は、自分自身と人間関係について理解しようとする試みから生まれました。アンディ(・シアラ)は実際にパーム・スプリングスで結婚式を挙げたのですが、ちょうどその頃、私は自分の人間関係から何を求めているのかがわからなくなり、その中で脆さを見せることに葛藤していた時期でもありました。『パーム・スプリングス』という映画を作るプロセスは、私にとってクリエイティブなセラピーだったとも言えます。自分自身のそのような側面を探究していた中で、私は異常なほどのコミットメント恐怖症であることに気づきました。そのことが由来になっているので、『他者へのコミットメント』というテーマは本作の大きな部分を占めているのだと思います」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

サラもまた致命的な秘密を抱え、目覚めるたびに実存的な危機に直面する。一見、荒唐無稽な物語だが、サムバーグとミリオティは、カジュアルな佇まいの中に精神的な不安を加え、欠陥を抱えた複雑な人間を演じている。

「サラは後悔の念を抱いていて、ナイルズと同じぐらい混乱している。私たちみんながそうであるように、ふたりとも問題を抱えています。彼らは問題と向き合うのを後回しにしてしまう点で似ています。欠陥を抱えたキャラクターを作ることに興味があり、それがドラマのよき燃料になると考えていました。

少なくともクリスティンがサラ役に思い入れることができたのは、彼女の行動が決して現実離れした過剰なものではなかったからだと思います。確かにサラの行動はひどいかもしれないけれど、それはきっと、多くの人が抱える不安に端を発した現実の問題に対するリアクションに、深く根差した行動だと思うのです」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

コロナ禍の気分を象徴するかのような「今日も明日も昨日も同じ」。そんな世界で、愛の実感をどう描く?

「今日も明日も昨日も同じさ」──ナイルズが劇中でぼやくこの言葉は、奇しくもコロナ禍の気分を象徴しているかのようだ。パンデミックは私たちをある種タイムループのような生活に閉じ込めた。だからこそ、第三のループの住人として登場するロイ(J・K・シモンズ)の「一人で生きるよりマシだ」というセリフが象徴するように、『パーム・スプリングス』の哲学は、ニヒリズムの克服に向かう。

「もちろんパンデミック前に書いた作品ですが、孤独やニヒリズムの克服はとても重要なポイントでした」とバーバコウは肯首する。

不条理なシチュエーションを掘り下げる本作の中で、厭世的だったふたりは、お互いを通して抱えている問題や過去と対峙することができるようになっていく。タイムループの住人たちは、他者との関係を通して、欠陥のある人生を愛することを学ぶ。最近は必ずしもパートナーの必要を描かない作品も増えつつあるが、この映画がロマンティックコメディの設定を用いて、いまロマンスを語る理由はここにあるだろう。

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

「実は、当初はナイルズひとりを主人公にした物語を構想していました。砂漠を舞台にしたオフビートで実存主義的なアンチヒーローが様々な不運な出来事に見舞われるストーリーでした。でもそれだとあまり面白くなくて、このキャラクターに思い入れることもできず、何度も壁にぶつかった。そこで、このキャラクターを不満だらけの実存主義的な絶望から飛び出させるために何らかの感情的な触媒が必要だと考えました。

また、20代後半になって結婚式に呼ばれることが多くなったことも重なり、人間関係や自分自身について考えたりする時期でもありました。そのようにして、有機的な形で主人公がふたりになっていったのです」

しかし一方で、バーバコウは、「『ロマンティックコメディ』という言葉には少し危険なところがある」と主張する。

「素晴らしいロマンティックコメディはたくさんあれど、必ずしもすべてが物語の結果として恋愛について何か新しいことを示唆してくれているわけではないと思う。私たちが本作をロマンティックコメディとして考え始めたのは企画としてまとめる段階に入ってからでした。

もし先にロマンティックコメディだと掲げてしまっていたら、もっとジャンルの枠に丸く収めようとしたかもしれない。物語の要素やキャラクターの性格や短所がわかっていたからこそ、後からロマンティックコメディのテンプレートが構成をより強固なものにするときにも、あるいはその要素やジャンル自体を覆すときにも助けになりました」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

ただ、同じ1日を延々と繰り返す「すべてが無意味な世界」で果たして愛の実感をどのようにして描くのか。バーバコウとシアラは、それを表現するためにマジックリアリズムの導入を試みる。ナイルズとサラは親密になっていく過程でその世界には存在しないはずのもの──「恐竜」を目にするのだ。

「そのアイデアが出たときは最高だと思ったけど、でも最初はうまく物語の中に成立させられなかった。浮かんだ様々なアイデアを意味のあるものにするためには、逆算して落とし込んでいく作業が必要でした。

恐竜のアイデアも適切な文脈を見つけ、その瞬間に至る経緯をしっかり描けたときに成立させることができた。人間不信なふたりには、強固なつながりや愛は生まれ得なさそうなもので、自分たちはそれに値する価値がないと思っている。でも気づけば彼らがそれを感じる瞬間は訪れていて、そのときに恐竜が見えるのです」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

※以下より、本編の結末に関わる記述が含まれています。あらかじめご了承下さい。

人間関係に飛び込むことの困難さと深遠さ。実存主義を扱いつつ、「人とつながることの価値」を描いた

翻って、映画には、愛を性的な欲望と理解して浮気をする者ばかりが登場する。結婚式の日を舞台にした『パーム・スプリングス』は、長期的な人間関係のメタファーとしてタイムループのコンセプトを使用しているとも言えるだろう。

「仰る通り、この映画自体が人間関係に飛び込むことの深遠さを探った作品だと思います。脚本の執筆過程で常に私たちのガイドとなったのは、ナイルズというキャラクターでした。

彼は、ひとりきりで世界を渡り歩く中で何も信じなくなっていたけれど、次第に無意味な存在としか思えなかったものに意味があること、そして他者を気にかけ、受け入れることに意味があるのだということに気づく。自分が許しさえすれば、愛によって世界を開くことができるのです」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

『恋はデジャ・ブ』では、ビル・マーレイ演じる主人公は道徳的な成長を達成することによって、あたかも神からもう十分だと見なされるようにしてカルマから解放される。それに対して、『パーム・スプリングス』のふたりは、自らの積極的な選択によってこの呪いを解く。

これまでのタイムループ映画と一線を画す最も重要なことは、無限に続く同じ結婚式に出席する中で、愛が存在しているかどうかすらわからなくなったナイルズが、迷いを振り切って愛に身を投じる瞬間にある。バーバコウは、実存主義の主題を扱う上で、「リープ・オブ・フェイス」(証明できないものを信じ、思い切って行動すること)を描く。

「まさにそれこそがとても重要なことでした。この映画は、主人公が人生の意味を見つけたと本気で思っていたのに、まだそのループから抜け出せないところから始まります。必ずしも人生の意味を知っていれば自分は解放されるというような壮大なアイデアを描いているわけではなく、それよりも人とつながることの価値、そして他者を思いやることの大切さを知ることを描いた作品だと思っています。特にふたりの間の親密さを探究しようとする中で、彼らが自分の心を開くことがいかに困難なことかを私たちは常に考えていました。それができたときの持つ力を描きたかった。

だから、私にとっては、彼らがループを抜けられるかどうかはそこまで重要ではなく、むしろふたりが一緒に洞穴に入ることを選ぶことが重要だったのです。それが最もパワフルな瞬間だと思っています」

『パーム・スプリングス』 ©2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.

なお、そのクライマックスでケイト・ブッシュの“Cloudbusting”が流れることも意味深である。本作のもうひとつユニークな側面は、不合理なこのジャンルに科学の要素も持ち込んだことだ。サラは、出口はないと諦めたナイルズやロイとは異なり、脱出するために一心不乱に量子物理学を学び始める。

“Cloudbusting”も同様に、独自の装置クラウドバスターで天候を操って雨を降らせようと科学の未知の力に賭けた精神分析家ヴィルヘルム・ライヒのことを歌った曲である。この選曲もまたアンディ・サムバーグとの「完璧な結婚」の恩恵だとバーバコウは最後に明かしてくれた。

「“Cloudbusting”については、初めてアンディ・サムバーグと会ったときに彼が提案してくれて、歌詞もフィーリングも多くのレベルで完璧に共鳴している曲だと思いました。それにほかの作品でおそらく使われたことがない点もプラスに働きました。ほかで使われていると、何らかの意味合いをその曲がまとってしまっているかもしれない。でもそういうものなしに、この映画と呼応するような楽曲として使うことができたのがとてもよかったですね」

ケイト・ブッシュ“Cloudbusting”を聴く(Apple Musicはこちら

作品情報
『パーム・スプリングス』

2021年4月9日(金)から新宿ピカデリーほか全国で公開

監督:マックス・バーバコウ
脚本:アンディ・シアラ
出演:
アンディ・サムバーグ
クリスティン・ミリオティ
ピーター・ギャラガー
J・K・シモンズ
上映時間:90分
配給:プレシディオ



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