杉本志乃が問う「障害とは何か」 偏見を捨て対峙する人間の本質

4月29日から始まる『北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs』(ディレクター:南條史生)は、11日間の短い芸術祭だ。同地に残る高炉や炭鉱などの産業遺構などを舞台に、ライゾマティクスや落合陽一、光を使ったインスタレーションを展開する石井リーサ明理らがさまざまな規模のプロジェクトを行う。

一方で、メインの期間が終わったあとも7月11日まで展示されるのが北九州市立美術館の本館。ここに並ぶのは、近年活躍のめざましい若手アーティストと、障害のあるアーティストたちの作品などだ。

「SDGs」というと、脱炭素による環境負荷の軽減、経済活動の持続可能性ばかり語られがちだが、そのなかにはジェンダー平等の実現、健康と福祉の推進、人や国の不平等をなくすための指針も含まれている。その意味で、本展はさまざまな立場の人たちとその作品が共存するための実践的な場でもあると言えるだろう。

美術館での『多様性への道』展でディレクター南條史生とともにキュレーションを担当するのはアートコンサルタントとして活動する杉本志乃。アートと障害の関わりを促す活動を行う杉本に、自身の活動、芸術祭について聞いた。

杉本志乃(すぎもと しの)
キュレーター・アートコンサルタント。大学卒業後ニューヨークFITを経て渡英しロンドンサザビーズ コンテンポラリーアート及びデコラティブアートコース修了。近現代印象派・現代美術画廊勤務を経て2009年株式会社FOSTER代表取締役に就任。美術品販売及び利活用に関するコンサルティング業務を行う。2015年初の知的障害者による展覧会を企画開催。2017年表参道GYREにて、優れた作品をアート作品としてマーケットにつなげる目的で『アール・ブリュット?アウトサイダーアート?それとも?そこにある価値』展を開催。2018年一般社団法人Arts and Creative Mindを設立。同年東京恵比寿にACM Galleryをオープン。

作品を福祉の文脈ではなく、アートの文脈できちんと発信していかなければならない。

―杉本さんは『北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs』で障害のあるアーティストたちのキュレーションを担当されています。また、ご自身が運営しているACM Gallery(東京)ではかれらの作品も取り扱っています。

しかし、経歴を見ると、ニューヨークやロンドンでアートを学び、日本国内の現代美術専門ギャラリーに勤務するなど、「現代美術の主流」を歩いてきた人という印象があります。そんな杉本さんが、なぜ障害のある人たちの表現に関心を持たれたのでしょうか?

杉本:いま、私は実の妹と一緒に活動しているのですが、上に兄がいて、彼は脳に重い障害があるんです。

小さい頃から障害のある兄弟が身近にいた、というのが1つの背景です。それから、地方議員をしていた母が福祉や教育にすごく熱心で、行政視察の一環として全国の福祉施設や障害者の施設を訪ねていたんです。小学生だった私もそれに付いていく機会がたくさんあって、福祉の現場の厳しい現実を目にしていた、というのも大きな理由だと思います。

―厳しい現実というと?

杉本:1970~80年代というのはまだ差別や偏見の根強い時代でした。もちろん例外はあって、戦前から障害と教育とアートを結びつけるような、現代にも通じる活動をしていた方もいらっしゃるのですが、大半の現場は人権意識も希薄で、柵のなかに閉じ込められて身体拘束される人もいました。そういった壮絶な光景を私は見てしまった、知ってしまった者ですから、自ずと十字架のようなものを背負って生きてこざるをえなかったんです。

でも、じつは障害のある方が作るアートの分野があるってことを私が知ったのはこの10年くらいなんです。長く現代美術の世界に関わってきたのに恥ずかしい話なのですが、ずっと仕事漬けでした(苦笑)。

ようやく自分の視野が広がっていったタイミングで、大阪にある「アトリエ インカーブ」という社会福祉法人を運営されている今中博之さんと出会い、障害のある人の創作する姿、そこで生み出されるアートを拝見して、この世界に関わっていこうと決意したんです。

アトリエ インカーブ / 2002年、大阪市平野区に設立されたアートスタジオ。18歳以上の知的に障害のある現代アーティストの環境を整え、作家として独立することを支援している。国内のみならず、ニューヨークやシンガポールなど海外の現代アートフェアに積極的に出展している

―家族との関わりや発見の経験があり、いまに至るわけですね。

杉本:はい。当時関わっていたギャラリーでいくつかの展示を企画した後、2017年に『アール・ブリュット?アウトサイダーアート?それとも?そこにある価値』展(EYE OF GYRE、東京)という規模の大きな展覧会をキュレーションして、それまでにない大きな反響を得ました。

それと同時に「作家たちの生み出すアート作品を福祉の文脈ではなく、アートの文脈できちんと発信していくことを私はしていかなければならない」という意識も芽生えてきました。それもあって、2018年にACM Galleryをオープンしたんです。

『アール・ブリュット?アウトサイダーアート?それとも?そこにある価値』展示風景(2017年、表参道EYE OF GYRE)

生産性や経済効率を重視する社会から忘れさられてしまった「身体性」が、ここにはある

杉本:障害の有無に関わらず、人間の本質というのは表現する生き物であると私は考えています。もちろん障害によって表現手段は非常に限定されていますが、そのなかで絵の具や粘土のように、自分自身にぴったりあった表現と出会い、他者に伝える手段となっている作品はものすごくエネルギーが高い。その素晴らしさは紛れもなくアートの魅力であるし、それを現代美術として捉えることは可能だと私は思っています。

東京、渋谷区恵比寿にあるACM Gallery

―でも、そういった理解に至るのはなかなか難しいものだとも感じます。自他の違いが、どうしても相手への偏見を生んでしまう。

杉本:そうなんですよね。例えば自閉症の人は、人と目を合わせられなかったり、言葉が出なかったりして、コミュニケーションがあまり上手とは言えません。

でも、そういった様子をちょっと見ただけで、多くの人は「(自閉症の人は)一人でいるのが好きなんですね。そのほうが居心地いいんですよね」と簡単に思ったり言ってしまったりする。その偏見は家族のなかにすらあって、自分の家族を理解していない人は大勢います。

たまたま今年4月に封切られた『僕が跳びはねる理由』(2020年、ジェリー・ロスウェル監督)という映画があります。これは日本人の自閉症の当事者が書いた小説を原作にしたアメリカの監督が撮ったドキュメンタリーです。そのなかでは、自閉症の人たちもじつは1人でいたいわけではなくて、自分のことを伝えたい、人と交わりたい、表現したいと考えているのだと訴えられています。

杉本:でもそれが言葉としてつながっていかない……。多くの人は、自分のなかで、考え、経験、記憶を線で結んでいきますが、自閉症の人たちはそれが点のままなので、うまく言語化できないという特性を持っているんです。

―「線」と「点」の対比は、なるほど、と思わされますね。

杉本:環境に順応できなくてパニックになってしまうのも、人と一緒にいたくないからじゃなくて、自分にとって苦手ななんらかの要素があって、それに耐えられないというだけ。そういった行動の背景にある気持ちの一つひとつを理解して取り除いていければ、かれらはなんらかの手段で人に思いを伝えることができるし、伝えたいと思っている。そういったことが原作でも映画でも語られているのですが、大事なのはまさに「かれらが伝えたいと思っている」ことだと思うんです。

―障害のある人との関わり方をあまりにも知らなすぎるから、私たちは簡単にレッテルを貼ってしまうのだと思います。いまの話は、さきほど杉本さんがおっしゃった「アートの文脈できちんと発信する必要がある」という意識にも通じる気がします。

杉本:うーん、どうでしょうか……。

―「アウトサイダーアート」や「アール・ブリュット」などと呼ばれる表現に対して、しばしば私たちはこう思ってしまいます。「私たちの普通とは違う世界で生きるかれらには、私たちの知らない才能がある」と。その受動的な態度が、障害者の表現の過度な神話化だったり、偏見や差別を招くことにもなる。

杉本:アートの世界で長く働いてきた自分の物差しで言えば、それがどんな文脈を持つ作品であれ、優れた作品をきちんと評価する場所がなければ後世には残っていかないだろう、という意識があります。これはアートの世界の常識として。

だからこそ作品をきちんと適正な価格で値付けしていく必要がある、ということです。本当はアートマーケットのなかで活動しているギャラリストがもっと関わるべきだと思うんです。

ただこの数年間、いろいろなアプローチをしてみてわかったのですが、障害のある人の作品は今はまだ単価が安く、それほど利益がでない。しかも作家本人とのコミュニケーションが難しいし、アートコレクターと福祉の世界の距離はかけ離れている。結果、作品をお取り扱いしてくれそうな方とは巡り会えなかったんですね。

『多様性への道』展の出品作家、ほんままいの制作風景

杉本:そういうこともあって、自分でギャラリーを持つことにしました。もちろんギャラリー運営の大変さは身をもって知っていますから、これが険しい茨の道だってこともよくわかっていたのですが(苦笑)。でも、やっぱりこれは十字架を背負った私がやるしかないと思っちゃったんですよね。

―もちろん杉本さんの生い立ちや使命感もあると思うのですが、もっと素朴に、障害のある人の表現の魅力ってなんでしょうか?

杉本:「身体性」です。現代美術にはコンセプトが大切で、それを組み立てていく知性が重要視されます。その世界観は私にとって馴染み深いものなのですが、その世界から、あるいは生産性や経済効率を重視する社会から忘れられてしまった「身体性」が、ここにはあると思うんです。

昨年来のコロナ禍で再び身体のリアリティーを自覚するようになりましたが、10年前の東日本大震災でも、自然のなかで人間としての身体はどうあるべきか、もっと謙虚に考えを深めていかなければならない、というモードに時代がシフトした感覚がありました。

そのときに障害のある人たちの生み出す表現から学べること、感じられることはたくさんあります。それは『北九州未来創造芸術祭』がテーマに掲げている「SDGs」にも通じることだと思います。

この展覧会が「障害とは何か?」を考える機会になってほしい。

―今回の芸術祭で杉本さんが取り組もうとしていることはどんなことでしょうか?

杉本:私の担当は北九州市立美術館の本館で、南條史生さんとの共同キュレーションになります。芸術祭全体のディレクターである南條さんから、これまで現代美術の世界でフィーチャーされてこなかったジャンルの作品を取り込みながら展示を構成したいという話を受け、先ほど言ったような「身体性」、「自然のなかで人間はどうあるべきか?」ということを空間のなかで組立てていきたいと考えています。かなり大きな空間なので、それに負けないような力のある作品を集めています。

―どんな作家の作品が展示されるのでしょうか?

杉本:例えば、松本寛庸さん。彼は熊本在住で、ご家族と一緒に暮らしながら作品を作っています。

―世界地図をモチーフにした作品などがありますね。

杉本:数百本の色鉛筆やカラーペンを使って描いた、とても明るく美しい作品です。傍らから見ているだけだと無意識に道具を選んで緻密に色を重ねていくように見えるのですが、ご家族の話によると過去にあった辛かったこと、悲しかったことを癒すために描いている。描く行為によって、松本さんはそれを乗り越えていっているように私は感じました。

『多様性への道』展の出品作家、松本寛庸の作品

―制作現場にも通ったと聞きました。

杉本:松本さんの場合はかなり恵まれた制作環境で、自宅の庭に専用のアトリエを建てて、一日何時間も描いておられる。かなり几帳面な制作スタイルで、新聞紙をマスキングテープがわりに使って、他の部分が汚れないように工夫されています。

松本寛庸のアトリエでの制作風景

杉本:そういった環境はご家族のサポートもあってのものなので、いろんな話を聞く機会もありました。やっぱり障害のある子どもとの生活には、それぞれ個別の悩みがある。

それは私も実際の経験からよくわかっていることですから、ある種の共感を持って、松本さんの描かれる世界のなかにあるものを理解していく……。それ自体がキュレーションになっていく、という感覚があります。

―困難なことも多々あると思うのですが、やはり表現がコミュニケーション、松本さんにとっての「声」になっているのでしょうね。

杉本:アートがコミュニケーションツールになって、いろんな人と具体的につながっていったり、会話が生まれたり。それをご家族が喜んでいるのを松本さん自身も感じていて、見えないコミュニケーションが生まれています。

『多様性への道』展の出品作家、早川拓馬の制作風景

―展覧会では、さまざまなアーティストの作品が混在するかたちで展示されるそうですね。そこでも作品が声になって、作品同士がコミュニケートするような時間になればいいですね。

杉本:そうですね。障害のある人の表現がアート番組でも扱われるようになっていますが、どうしても「福祉」の枠内で理解されている印象が強い。でも、そもそも社会は入り混じっていて、高齢者もいれば他の国の人もいる。多様性は当たり前のことなんですよ。

実際、私たちだっていつ障害を持つことになるかわからないですから、そういう意味でもこの展覧会が「障害とは何か?」を考える機会になってほしいと思っています。

例えばジェンダーフリーの議論にしても、日本はようやくその議論の入り口に立ったばかりです。いままで私たちが辿ってきた道を振り返る機会になりつつ、さらにそれをこれから変えていこうという気運を高めるような展覧会にしたいですね。

さらに言ってしまうと、じつは先ほど話していた「アートの文脈で発信していく」という意識も私のなかでちょっと変わってきているんです(笑)。

『多様性への道』展の出品作家、東本憲子の制作風景

―それはどういうことでしょう?

杉本:優れた作品を評価して、値付けして販売し、そのサイクルによって作品を後世に残していくということはこれからも続いていくでしょうし、そのことは間違いではないでしょう。

ただ、必ずしもそれだけがアートの価値ではないとも思うんです。いま個人的に関心があるのが、障害のある人が継続的に作品を作り暮らしていける場所を作ることです。

必ずしも世界のアートマーケットと結びつかなくてもいいのではないか。人や地域のネットワークと結びつく別のあり方も模索していきたい。

私の故郷は北海道ですが、実際にそこで準備を進めているところです。キーワードはアートと農業。この2つは、まさに「身体性」と深く結びつくものであるし、障害のあるなしに関わらず、人間の営みの根源的なものだと思うのです。私たちはこれからどう生きるべきかを、生活を通して学び実践する場所にしていきたいと考えています。

『多様性への道』展の出品作家、井上優の制作風景

―これまでのルールに固執せず、やり方や視点を変えてみる、一歩前に進んでみて変化を促すことは大事だと思いますし、とくにコロナ禍以降のさまざまに生活のあり方が変わるタイミングで必要なことだと思います。

杉本:そうなんですよね。私自身、この先のことを楽しみにしています。

イベント情報
『北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs』

2021年4月29日(木・祝)~5月9日(日)
会場:福岡県 北九州市東田地区(八幡東区)

プロフィール
杉本志乃 (すぎもと しの)

キュレーター・アートコンサルタント。大学卒業後ニューヨークFITを経て渡英しロンドンサザビーズ コンテンポラリーアート及びデコラティブアートコース修了。近現代印象派、現代美術画廊勤務を経て2009年株式会社FOSTER代表取締役に就任。美術品販売及び利活用に関するコンサルティング業務を行う。2015年初の知的障害者による展覧会を企画。2017年表参道GYREにて、優れた作品をアート作品としてマーケットにつなげる目的で『アール・ブリュット?アウトサイダーアート?それとも?そこにある価値』展を開催。日本財団主催障害者芸術フォーラムパネリスト、調布市文化・コミュニティー振興財団『アール・ブリュットへようこそ』講師。2018年一般社団法人Arts and Creative Mindを設立。同年東京恵比寿にACM Galleryをオープン。



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