電子チケット販売プラットフォームとして2019年に歴史をスタートしたZAIKOだが、2020年初頭に待ち受けていたのは新型コロナウイルスの感染拡大によるライブやコンサートの中止、延期だった。それによって見込んでいた売り上げが消失する事態に陥るも、他社に先駆けてライブ配信事業に取り組むことで大きく業績を回復。ピンチをチャンスに変えることで、見事な飛躍を遂げた。
このZAIKOの創業メンバーの1人であるローレン・ローズ・コーカーは、シカゴ大学で東アジアの歴史と日本語を学んだ後、日本でキョードー東京やソニーミュージックに在籍。音楽業界の酸いも甘いも経験した後にZAIKOを起業したのだが、なぜ大手企業でのキャリアアップではなく、自ら会社を設立する道を選んだのだろうか。それを探るべく彼女に話を聞いた。
値段が付けられないからこそ、おもしろい。ZAIKO取締役が音楽業界に身を置いた理由
―まずZAIKO創業前のことについて伺いたいのですが、ローレンさんはどうしてキョードー東京でキャリアをスタートさせたのでしょうか?
ローレン:シカゴ大学卒業後に日本へ来て、しばらくは英会話の先生をやっていたんですが、もっと自分の強みを活かせる場所で働きたいと思ったのがきっかけでした。だから、最初は大きな志があったわけではなくて。でも、キョードー東京で出会った人たちによって人生がすごく楽しくなったんですよ。よく言えば個性的、悪く言えば変わった人が多かったんです(笑)。
―体験したことのない世界が広がっていたのでしょうか。
ローレン:大学生の頃は勉強しかしてなくて、今よりもっと真面目な人間だったんだけど、自分がなにをしたいのかもわからなかったんですね。日本語を勉強したのも将来のためというより、言語として学ぶのが難しいと聞いたからで。それも日本語が話せるようになったら、他人から「すごい」と思われるんじゃないかと考えたからだったんです。でも、音楽業界は他人からどう思われるかを気にしない人が多いし、それは日本だけじゃなく、世界でもそうで。今まで関わったことのない人ばかりで、それが心地よかったんです。
―それでローレンさん自身も自信をつけることができたのでしょうか?
ローレン:ほんの少しだけ。自分はそこまでクリエイティブな人間じゃないし、アーティストを目指したこともなかったんですけど、今まで出会った人とは通じなかったなにかが通じると思うことがありましたね。
あと、音楽ってロジック通りじゃないことも面白くて。そもそも音楽の価値には、人間の命と同じで値段はつけられないじゃないですか。保険会社に調べてもらったら、私たちの命はいくらか教えてくれるかもしれないけれど、それは資本主義のルール上、名目で金額がついているだけです。音楽にも、そうした数字で示せる以外の価値もあるし、そういうものがある社会とない社会を比べたら、前者のほうが絶対に世界は平和だと思うんですよ。それは私が大学生の頃までロジックの世界で生きていたからこそ、より強く感じています。
―では、ソニーミュージックにはどういった経緯で入社したんですか?
ローレン:キョードー東京には2年半ほど在籍して、その後しばらくはフリーランスで活動していたのですが、あるときソニーミュージックの人から「ローレンみたいな人材を探しているよ」と言われて。そのときはOne Directionのビジネスを日本で広げていくプロジェクトが動いていたのですが、英語がネイティブで、日本語も話せて、音楽業界に詳しい人がほしかったらしいんです。私自身も、もっとレベルアップしたいと考えていたので、すぐに入社を決めました。
―ソニーミュージックに入社してなにがいちばん学びになりましたか?
ローレン:ソニーには6年ほど在籍していたのですが、私の在籍していた部署のボスのマネジメントスタイルがとにかく面白くて、一人ひとりが自分のベストな環境で働けるようにしてくれましたね。普通のマネジメントは、ああしなさい、こうしなさいが基本だと思うんですけれど、そういうこともなくて。本当にのびのびと働けたし、いい意味で会社を利用してなりたい自分になれる空気感が漂っていました。
ソニーという会社自体も働いた人が辞めて違う会社に入っても、ソニーにいたことがずっと誇りに思ってもらえるような企業を作り続けています。ソニーにいるのは一生でちょっとだけでも、ソニーにいたことが社員一人ひとりの人生のプラスになるような会社を目指していました。
そして、ソニーはとにかく人が多い。何百、何千と社員がいるから、この人に会いたいと思ったらすぐにつながることができました。加えて、みんななにかしらのエキスパートだから、私が相談をしたらどんなに忙しくてもアドバイスをくれます。そういうソニーファミリー的な助け合いの精神がすごくあって、会社を辞めてからそのネットワークが消えて、今は特にすごいことだったと思います。
―そうしたスピリットはZAIKOにも継承されているのでしょうか?
ローレン:まだ実現できているかはわからないですが、そういう会社でありたいとは考えています。もしかしたら家族よりも多くの時間を共有することになるわけだし、自分の人生を賭けることにもなるので、それぞれの人生にとって価値のあるものにしていきたいですよね。
オンラインでも「チケットを購入する」体験に価値がある。PPVやVODにはないワクワク感の創出
―そのままソニーミュージックでキャリアを形成していく道もあったと思うのですが、なぜ起業の道を選んだのでしょうか。
ローレン:日本の音楽業界に10年ほど身を置いていたのですが、これだけデジタル化に興味がなくて、これだけグローバル展開に本気になれないことに対して、言葉を選ばず言えばクレイジーだと思ったんです。「グローバル」と口には出すけど、実際には海外には目を向けないし、デジタル化に至ってはせき止めようとする動きもありました。
本来、当時の日本の音楽業界が一番やらなきゃいけないことだったのに。でも、どこもやっていないからこそニーズがあると思いました。そこで手はじめにリアルイベントのチケットのデジタル化に取り組むことにしたんです。日本では、どんなに大きなイベントでもいまだに紙のチケットを手でもぎっていますよね。
―それをすべてオンラインシフトしてしまおうと。
ローレン:2019年はそこに注力して、ある程度の手応えも感じていました。ただ、2020年になって新型コロナウイルスの影響で、予定していたライブが一気に中止になり、会社の売り上げが大きく減少してしまったんです。クライアントもパニック状態でした。そこで取り組んだのがライブ配信サービスです。それもやると決めてから2週間くらいで完成させて。これが大企業だったら、社内決裁を取っている間にそれくらいの時間が過ぎ去っていたはず。そういうスピード感で動けるのがZAIKOの強みだと思います。
―ZAIKOは2020年の1年間でものすごい数のライブ配信を実現させましたよね。
ローレン:最初に取り組んだceroのライブ配信がすごく反響があって、それからオファーがたくさん舞い込んでくるようになりました。2020年の6月は、1か月で2019年と同じ枚数のチケットが販売されたんですよ。
―ZAIKO以降、配信サービスは他でも数多く出てきましたが、なにが成功のポイントだったと思いますか?
ローレン:人とシステムの両方がありますね。当時は3人しかカスタマーサポートがいなかったのですが、彼らの奮闘によって山場を乗り切ることができました。私たちのサービスは海外からの購入にも対応していることもあり、多種多様なお客さまから問い合わせが来ます。それでも3人それぞれが3か国語以上の言語を話すことができたので、うまく対応することができました。しかも、月間で2019年と同じ数の問い合わせが来たにも関わらず、システムが止まらず正常に動いたことも素晴らしかったですね。
あと、起業1年目にチケットのデジタル化を進めたことが大きいと感じています。というのも、イベントはオンライン、オフライン関わらず、「チケットを購入する」という体験自体に価値があるんです。オンラインだとチケットなんて不要だと考える方がいるかもしれませんが、実はそうではありません。イベントはPPV(ペイ・パー・ビュー)やVOD(ビデオ・オン・デマンド)とは違うものなんです。チケットを入手して、イベント当日をワクワクした気持ちで迎え、持っているチケットを使う。その流れ、ワクワクした気持ちがすごく重要で。
―配信される映像をただ見るだけではないということですよね。
ローレン:そうです。加えて、ZAIKOはアーティストがファンに直接チケットを販売できるので、極端なことを言えば「今日チケットを販売したい!」と思ったら、すぐに取り組めるんです。しかも、コストダウンも実現しながら。だから、今まで大手プレイガイドでチケットを販売することができなかったアーティストでも利用できます。それによって現在は、毎週末に100~200本のライブ配信がある状況も生まれています。
―そういった予想以上の反響に対して、ローレンさんはどのように受け止めていますか?
ローレン:まさか起業して2年でここまで求められる会社になるとは思っていなかったから、すごく光栄なことだと感じています。一方で、経営者としては難しい場面もすごく多いですね。メンバーの数も2020年の1月には15名だったのに、現在では76名になりました。それによって責任のレベルが変わってきている実感がありますし、それぞれが働きやすい環境を作っていくことの大変さも痛感している最中です。
今までも音楽業界でさまざまな経験をしてきましたが、経営ははじめてのことなので、いろんなことを勉強しないといけないなと感じています。なににコストをかけて、なににコストをかけないかといったことはもちろん、ボーナスをどうしようとか(笑)。
「これが未来の会社だ」と言える企業にしたい。今後のZAIKOの展望
― ZAIKOでは多様性を大切にしていますよね。求人においても国籍、人種、宗教、容姿、障がいの有無、性的指向などを理由にした差別なく、採用を行う方針を大切にされていると聞いています。そうやって多様性を大切にしているのは、日本で働いていて課題だと感じることが多かったからなのでしょうか?
ローレン:日本だけの問題ではなく、世界的に多様性の実現ができていないんですよね。たとえばアメリカでは、女性起業家よりジョンという名前の男性起業家のほうが多いと言われています。日本でたとえるなら、女性の社長より鈴木という名前の男性の社長のほうが多いというイメージですかね。それ以外にも、「ダイバーシティ」を掲げているはずの企業の役員のほとんどが白人男性だったり、採用される人種が偏っていたり。それらはどう考えてもおかしいことじゃないですか。
私の会社では絶対にそういう不均衡はなくしたかった。だから、ZAIKOでは社員の半数以上が海外国籍です。アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアなど、さまざまな地域からメンバーが集っています。また女性比率も60%を超えていて、職種による男女比率の偏りもほとんどない状態を維持しています。
―日本でも起業を志す女性が増えていくことが望まれていますが、そのためにはなにが必要だと思いますか?
ローレン:起業家はもちろんですが、投資家にも女性が増えていくことが必要だと思います。これは知人から聞いた話ですが、若い女性起業家が資金調達のために男性投資家に相談に行ったところ「投資をしたいけれど、僕がお金を出すと変な関係だと疑われるから、出資は難しい」と断られたことがあるらしいんです。ナンセンスで、気分が悪くなりました。ZAIKOを応援してくれる投資家たちは最高だから、そんなことはないんですけれど。
ただ、そういう状況が生まれる理由もなんとなく理解していて。投資ファンドの世界は狭いから、自然とボーイズクラブのようになってしまうんですよね。それが女性起業家にとってハードルになっているから、女性の投資家が増えていくことが求められていると思います。アメリカでは女性起業家に特化した投資ファンドも少なからずあるので、日本でもそういうファンドが生まれるといいですね。いずれにせよ、挑戦したい人が平等にチャンスを得られる社会になるといいなと思います。
―ありがとうございます。最後にZAIKOの展望についてお伺いできますでしょうか。
ローレン:もしかしたら偉そうに聞こえるかもしれないけれど、「これが将来の日本の企業だ」と思ってもらえるような、みんなのお手本になる会社にしていきたいですね。2020年の1年でライブ配信のスタンダードを作り、パイオニアであるという自負が生まれました。
今後は日本企業の多くが課題としている、「デジタル化」「グローバル化」「ダイバーシティ」の領域でも他社をリードできる存在になりたいと思っています。そのためのバックグラウンドや経験がZAIKOには備わってきているので、ポテンシャルをもっと発揮していきたいですね。
- サービス情報
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- ZAIKO
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イベント主催者及びデジタルメディア企業向けのホワイトレーベル型チケット販売プラットフォーム
- プロフィール
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- ローレン・ローズ・コーカー
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1986年5月23日生まれ、34歳。米国イリノイ州シカゴ出身。バラク・オバマ元大統領らを輩出した名門シカゴ大で東アジアの歴史や日本語などを学び、卒業後の2008年に22歳で来日。英会話講師を経て、キョードー東京やソニー・ミュージックエンタテインメントで勤務。19年1月に仲間と「ZAIKO」を設立。会社名はチケットの「在庫」から取った。同年からは内閣府知的財産戦略本部の構想委員会委員を務める。
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