君島大空による『袖の汀』全曲解説。歌のあり様の変化を自ら語る

「海がモノラルで鳴っているようなイメージがあった」――君島大空は、3rd EP『袖の汀』の全貌についてそう語る。

穏やかなメロディーが波のように揺れる“光暈(halo)”にはじまり、長らく音源化が待たれていた“向こう髪”、2020年に放送された番組『no art, no life』(NHK Eテレ)のテーマ音楽“星の降るひと”、そして、“きさらぎ”“白い花”という新鮮な音楽的表情を見せる新曲を挟み、最後を飾る“銃口”の、沈黙とノイズが、哀しみと明日が、濃密に混ざり合う海へ。漂う詩は海から海へと、はじまりからまた新たなはじまりへと、流れつく。

これまでの作品がそうであったように、君島は本作『袖の汀』においても、1枚の作品を通して流れる物語を描きながら、その瞬間の自分自身の命のかたちを、その命の動きを、音楽として表現してみせる。

前作『縫層』以降の心境の変化と、その象徴たる1曲“光暈(halo)”について語ってもらったインタビューに続き、本稿では君島に『袖の汀』全曲解説をしてもらった(『袖の汀』総論インタビューはこちらより)。各楽曲の音楽的アイデアや詩の世界を掘り進めながら、この2021年という時代に産み落とされた、『袖の汀』という親密で広大な声の深淵に迫る。

君島大空(きみしま おおぞら)<br>1995年生まれ日本の音楽家。ギタリスト。2014年から活動を始める。同年からSoundCloudに自身で作詞 / 作曲 / 編曲 / 演奏 / 歌唱をし多重録音で制作した音源の公開を始める。2019年3月13日、1st EP『午後の反射光』を発表。2019年7月5日、1stシングル『散瞳/花曇』を発表。2019年7月27日『FUJI ROCK FESTIVAL '19 ROOKIE A GO-GO』に合奏形態で出演。11月には合奏形態で初のツアーを敢行。2020年1月、Eテレ NHKドキュメンタリー『no art, no life』の主題曲に起用。同年7月24日、2ndシングル『火傷に雨』を発表。2021年4月21日、3rd EP『袖の汀』を発表。ギタリストとして吉澤嘉代子、高井息吹、鬼束ちひろ、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、楽曲提供など様々な分野で活動中。
君島大空(きみしま おおぞら)
1995年生まれ日本の音楽家。ギタリスト。2014年から活動を始める。同年からSoundCloudに自身で作詞 / 作曲 / 編曲 / 演奏 / 歌唱をし多重録音で制作した音源の公開を始める。2019年3月13日、1st EP『午後の反射光』を発表。2019年7月5日、1stシングル『散瞳/花曇』を発表。2019年7月27日『FUJI ROCK FESTIVAL '19 ROOKIE A GO-GO』に合奏形態で出演。11月には合奏形態で初のツアーを敢行。2020年1月、Eテレ NHKドキュメンタリー『no art, no life』の主題曲に起用。同年7月24日、2ndシングル『火傷に雨』を発表。2021年4月21日、3rd EP『袖の汀』を発表。ギタリストとして吉澤嘉代子、高井息吹、鬼束ちひろ、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、楽曲提供など様々な分野で活動中。

楽曲の細部に宿るいくつもの声、入口と出口を用意した作品構造。諸作に共通する作家性

―これまでインタビューをしてきて思うことなんですけど、君島さんには自分のなかで会話するような感覚が強くあるんじゃないかって。それは作品自体に如実に表れていますよね。特に今作を聴いていると、君島さんのなかにある「声の多さ」を感じます。

君島:実際に曲をつくりながら独り言をずっと言っていますね。しかも最近、それが増えちゃって。「自分」と「もうひとりの自分」だけでもなくて、すごく雑な自分とか、すごく厳しい自分とか……最低でも、3人くらいはいる気がする。

なにかの音源をつくっているときに、意識的にそうしようと思ったことはあったんです。すごく評価が甘い自分と、すごく厳しい自分がいて、そいつらと自分が混ざって話し合って、「ああ、もうちょっと頑張ります……」みたいな会話をしている(笑)。そういうことをずっとやっていますね。

―君島さんの音楽自体、独白のような部分がありつつ、その独白の細部にたくさんの声があり、コミュニケーションがあるような感じがします。

君島:ああ、むしろ自分じゃない自分がつくっているような感じすらします。音楽をつくっているとき、思考や景色が時間軸もバラバラで頭のなかにあるというか。意識の外で起きているけど自分のなかで起きていることでもある……そういうものが自分の音楽としてかたちになっていく感覚があるんですよね。

―『午後の反射光』『縫層』、そして今回の『袖の汀』と、EPというフォーマットで作品を発表してきていますが、どの作品にも一貫して入口と出口が設けられているような感覚がありますよね。サイズ感も含めて、このかたちは自分のなかでしっくりきていますか?

君島:そうですね。友達に今回のEPを聴いてもらったときに、「最後に同じ部屋に戻ってきたね」と言ってもらって、本当にそうだなと思いました。

最後の“銃口”で、また1曲目の“光暈(halo)”に戻っていく感じというか。最後に出口をつくる感じ、最後までくるとまた最初に戻っていく感じは、意識的でもあるし、無意識的な部分でもあると思います。

あと、多くの場合、EPっていわゆる作品集、というものが多い印象があるんですけど、ぼくは、このサイズのほうがフルアルバムよりもストーリーをつけやすい気がしていて。聴いた人の体感時間を長くしたいんです。だからこそ、収録時間上の「短さ」があるEPはちょうどいいなと思います。

君島大空『袖の汀』を聴く(Apple Musicはこちら

―特定の音楽を聴いている間、自分のなかだけに流れる時間ってありますよね。君島さんは音楽がもたらす「長さ」を感じさせたいからこそ、実際の収録時間の短いEPを選ぶ。

君島:「いまの曲、じつは短かったんだ」と思えたとき、ぼくはすごく幸せに感じるんですよね。1曲を聴いて「すごく長いものを聴いた」と思ったら、すごく短い曲だったり、逆に「この曲すぐ終わったな」と思ったら、本当は10分くらいある曲だったりすることもある。そういうマジックが起こればいいなと思っていますね。

1. “光暈(halo)”――声の聴かせ方、音の響かせ方にこれまでとの如実な変化が

―ここからは『袖の汀』収録曲を1曲ずつ解説していただきます。まずは1曲目の“光暈(halo)”。この曲に入っている波の音は、曲が生まれた場所で録ったものですか?

君島:これは、いろんな波の音を入れていて。去年の10月に“笑止”のMVを撮ったときに館山で録った音とか、2年くらい前に幕張の海でラジカセのノイズを録ったときの音とか、綺麗な景色を思い出せる海の音を入れようと思っていろんな音が入っています。

君島大空『縫層』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

君島:ただ、実際に“光暈(halo)”ができたときの海の音は入っていないんですよ。ずっと俺のギターの音が入っているから、それが邪魔で(笑)。

―(笑)

君島:“光暈(halo)”をつくったときは7時間くらいずっと同じ浜辺にいたんですよね。できたばかりの曲なのに、すでにある曲をやっているような、他の誰かの曲をやっているような感覚で曲が出てきて。不思議な感じでした。

―サウンド面ではどんなことを考えましたか?

君島:今回のEPは家で全部録っていて。“光暈(halo)”はまずガットギターを録ったんですけど、ガットから鳴る音に残響っぽく聴こえる倍音が出ていて。その音のドローン(註:楽曲のなかで音高の変化と関係なく持続的に鳴っている音のこと)を足しているんです。

よく聴けばとわかると思うんですけど、あるところから、弾いている音の倍音に近い音程のドローンがずっと鳴っている。そうすることで、ガット1本で、鳴らし方は閉じているけど、音はホールで録ったみたいに大きく聴こえるというか。開けたなにもない場所で音がずっと鳴っている……そんな感じの音にしたくて。

君島大空『袖の汀』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

―そういった音づくりのうえでリファレンスになった音源などはありますか?

君島:ブラジルのギタリストのソロ作品はよく聴きました。ヤマンドゥ・コスタっていうめちゃくちゃ上手い人のソロとか、パコ・デ・ルシアとか。両方とも、特に参考にはならなかったんですけど(笑)、彼らはガットギターの録音の音がすごく綺麗なんです(註:ヤマンドゥ・コスタはブラジル、パコ・デ・ルシアはスペインのギタリスト)。

あと、Guingaというブラジルのギタリストの音源を聴いたりもしました。本職は歯医者らしいんですけど(笑)、めちゃくちゃギターが上手くて。あと、ガットギターを弾いているということで、青葉市子さんも聴きましたね。

君島:ガットって、いい音の基準が難しいんです。昔の録音で、乾いていてパッキパキだけどすごくいい音だと感じるものもあるし、音がリッチ過ぎてもリアルじゃないし。いろんな人の録音と自分の録音を交互に聴き比べたりしながらつくりました。

―これまでの音源と比べると、“光暈(halo)”は特に歌唱の変化が顕著なような気がしましたが、ご自身としての印象はどうですか?

君島:今回は、いままで歌ってきたなかで一番自然な歌唱だと思います。「自分の声はこれだ!」という感じで歌えている。これまでは周りに煙幕を張り巡らせて、その奥から声が聴こえてほしいと思っていたんだけど、今回はもっと真正面から聴こえてほしいと思ってつくりました。

あと、今回のタイミングでマイクやスピーカーを新調したり、録音の環境をちょっとよくしたんです。ミックスもヘッドフォンでやらずスピーカーでやるようになったし。このEPは、いままでの作品に比べても一番いい音になっていて、だからこそナチュラルな自分の声をちゃんと録ろうと思えたのもあると思います。

君島:昔つくったデモを聴き返すと、声の重心が低くて、いまのほうが出ている声の腰みたいなものの位置が高いんです。少しずつ高い音が出せるようになっているのは、心境の変化も大きいと思っていて、どんどんと自分の声の自然な出し方を許せてきているのかもしれない。

去年、コロナでライブそのものが減ったけど、同時に、もともとはバンドで出る予定だったライブにひとりで出ることがあったりして、弾き語りで演奏できる機会も増えたんです。

オーチャードホールのような大きな場所で弾き語りをやるのって、こういう状況でなければできなかったことだと思うんです。

―七尾旅人、石橋英子と共演した『Shibuya Sound Scope ~パラレルとパラドックス~』(2020年11月19日に開催)では、できたばかりの“光暈(halo)”を披露していましたけど、開けたところで鳴っているという音像のイメージも、もしかしたらあの公演によって生まれた感覚なのかもしれないですね。

君島:うん。あとは、そういう経験を経るごとにひとりでやるのはどんどん楽しくなったし、それを「好き」といってもらえる場面も増えた実感もあって、自信がついてきたのかもしれないです。真正面から自分の声を受け入れた結果、こういう歌い方になったような気がします。

君島大空“光暈(halo)”を聴く(Apple Musicはこちら

2. “向こう髪”――鬼気迫るギター、意味を跳躍して次々に違う景色を描く歌詞。この曲の持つエネルギーが描写しているもの

―2曲目の“向こう髪”は、昔からライブでよく演奏されていた楽曲で、待望の収録です。

君島:最近、歌うときに笑うようにしていて。“向こう髪”は特に、歌いながらずっと笑っていたんですよね。この曲は楽しくて自然に笑っちゃうのもあるんですけど、今回の歌唱の変化とか、自分の歌いやすさにつながっているのかもしれないです。

―「笑うこと」って、君島さんの音楽にとってすごく大事な要素になっていますよね。

君島:それはすごくあります。……変な言い方ですけど、ずっとキュンキュンしていたいんです(笑)。自分がつくるものや、自分が見せる景色や、自分が聴く音楽にも、ずっとときめいていたい。ずっと最高の鮮度でときめいていられたらこんなにいいことはないだろうなって、最近すごく思います。

君島大空『袖の汀』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

―“向こう髪”が生まれたときのことは覚えていますか?

君島:“向こう髪”にも、海の映像がイメージとして強くあったんです。たしか川べりでつくって。この曲は、はっきりと人に向けて書いた記憶があります。なんの嫌味もなく前向きな曲だと思いますね。

あと、この曲は歌をすごく丁寧に録りました。“光暈(halo)”は仮歌をほとんどそのまま使っちゃっていますけど、“向こう髪”は己との闘いという感じで、ギター1本、歌1本っていうところをすごく意識しました。

―SoundCloudに上がっていた音源と比べると、すごくリズミカルになっていますよね。

君島:そうですね。ギターも今回のEPのなかでは一番集中して録りました。ほぼワンテイクで録ったんですけど、いま自分のなかにいる最強のギタリストを呼び出して演奏させました。

ギターを録るのが難しすぎて、レコーディングはこの曲が一番辛かったかもしれない。長く弾いてきた曲なので、演奏面でやることがほぼ全部決まってしまっていたんです。それによる束縛と抗おうとする気持ちが拮抗して、録音のときには、意識の外で急に暴れ出すような感覚がありました。

―そこにもいろんな自分がいますよね。何年もかけてフレーズを磨き上げてきた自分、完成されたフレーズを越えようとする自分、その両方を冷静に見つめて録音している自分。

君島:ああ、たしかにそうですね。(SoundCloud版で入れていた)コーラスを入れようかとも考えたんですけど、結局入れず。ただ、『縫層』のレコーディングのときに(石若)駿さんが持ってきてくれたヴィブラスラップという楽器を使って録った音はところどころに重ねて入れています。

―歌詞に関してはどうでしょう。曲がリズミカルであると同時に、歌詞もすごく跳躍していると思います。

君島:飛んでいる感じはありますね。自分のなかでの景色の切り替わりがすごく激しい。どんどんと扉を開けて、どんどんと先に先に行こうとする感じというか。

この、どんどん切り取られて、どんどん好きなようにつなげていく感じって、自分のなかではすごく自然なんです。好きなときに好きなことを言う、みたいな。表面的には静かでも、内情はめちゃくちゃ忙しいことが起こっている。静かに血液が沸騰している感じがそのまま歌詞になっているような気がします。

今回の撮影は“向こう髪”のミュージックビデオの撮影の合間に、松永つぐみによって行われた

―なるほど。だから1行ごとに違う景色が描かれるどころか、1行のなかでも意味の跳躍が起こっている。

君島:この曲で歌われているのは、誰かのことを救おうとしているんだけど、それは自分のなかでもがいているだけで救うことができない人のことなんだろうなと思います。<連れてゆくんだ>と言っているけど、その人に向かって面と向かっては言えていないし、だからこそ歌になっている。

歌のなかの人物がなにを言っているのかはぼくもよくわからないんだけど、でも、なにか強い気持ちがあるのは伝わるっていう。

―ある種、衝動的というか。

君島:たしかに、“向こう髪”の歌詞は、今回のEPのなかで一番「若い」感じがします。年齢が若いがゆえに、気が急いている感じがある。この歌詞は、「ある」ものを絶対にこぼさないように、バーッと書いた記憶があります。

君島大空“向こう髪”を聴く(Apple Musicはこちら

3. “星の降るひと”――誰にも触れられなかった声、作品、時間をなかったことにしないために

―3曲目の“星の降るひと”は、去年、『no art, no life』(NHK Eテレ)のテーマ音楽として披露されていた曲ですよね。

君島:そうですね。アウトサイダーアートを特集した番組だったんですけど、あの番組のためにつくった曲です。

ぼくには弟がいて、人とコミュニケーションをとるのがすごく苦手なんだけど、ぼくにはたくさん話をしてくれるんです。弟は絵を描いていて、あの番組の話をいただいたときに、弟の姿がすごく被ったんですよね。なので、半分は弟のために書いた曲です。このEPのなかで一番明るい時間帯の曲って感じがしますね。

―歌い出しは<誰も君を知らない夜明け>ですもんね。

君島:目が覚める前に瞼に光が当たって少しずつ意識が戻ってくるような情景が、つくっている間、頭にあった気がします。

夜明け前の誰も起きていない時間に、誰にも気づかれずに絵を描いている人がいる。その絵は誰にも見せたことがなくて、生きている間に誰かに見せるかどうかもわからない。それは絶対に見られたくない絵なのかもしれないけど、でも、そういう時間は、絶対にある。

少なくとも自分は、弟を見ていて、確実に世界のどこかにそういう時間があることを知っている……そういうことを考えていました。

君島大空“星の降るひと”を聴く(Apple Musicはこちら

―歌詞には<俯いたとき星を掴んだ>という一節もありますけど、これは君島さんの音楽の在り方を顕著に表しているラインだと思いました。多くの人は空を見上げたときになにかがあると思うけど、君島さんは、俯いたときに星を見つける。

君島:誰も見ていない時間、ぼくの大好きな人の、ぼくも知らない時間……そういうものにどうにかして手を伸ばしたいって気持ちはすごくあるので。その部分の歌詞は自分でも気に入っています。

―サウンド面はどうですか?

君島:番組に向けてつくったものからほとんど変えずに収録していて。意識していたことは、情報過多なんだけど、サラッと聴けるものをつくりたいということで。おもちゃ箱を引っ繰り返してぐちゃぐちゃになっちゃった床を片づけるような気持ちでつくりましたね。

生っぽいドラムも鳴っているし、自分で録った素材も鳴っているし、エレクトロニックなビートも鳴っている。ダイソーで買った鍋の蓋も叩いているんですよ。

―そうなんですか(笑)。

君島:すごく弱い音で叩くと、いい感じのシズル感が出るんです(笑)。それこそ宅録をはじめた頃って、自分の生活で鳴っている音を音源と混ぜるのが好きで、よくやっていたんですよね。今回のEPでは、そういうことを自然にやっていましたね。

4. “きさらぎ”――穏やかな曲調の奥にある、危うくせめぎ合う感覚

―4曲目の“きさらぎ”はどうですか?

君島:これは、めちゃくちゃ暗い曲ですね(苦笑)。映像として、マジックアワーが終わったくらいの時間帯の熱海の海がずっと浮かんでいて。そこに、ふたりの人間がいる。ふたりは自分と相手の違いに怖くなってしまうから、小さい約束を重ねていく、みたいな……。

1年前くらい前に書いた曲なんですけど、コロナで緊急事態宣言が出ていた時期で、どんどんしんどくなっていて。だからこそ<どこへも行けそうね>と歌いたかったのかもしれないです。

―この曲も「海」がイメージにあるんですね。

君島:そうですね。2月の海。歌詞はすごくベタな設定なんですけど、旅行に行ったふたりが、帰りたくないけど帰らなきゃいけなくて、「どうにかして時間が延びないかしら」と思っている。

あとから調べたら、「きさらぎ駅」という「2ちゃんねる」から生まれた都市伝説があるらしくて。知っていますか?

―いや、知らないです。

君島:「いつも乗っている電車がなかなか次の駅に止まらない」って、リアルタイムでスレッドを立てた人がいて、やっと駅に着いたと思ったら、そこは「きさらぎ駅」という実在しない駅だった。要はパラレルワールドに行っちゃったのかもしれないっていう。

有名スレッドらしいんですけど、ぼくは逆にそういうところに行きたいのかもしれない(笑)。でも、この曲の歌詞のふたりは、きっとどこにも行けないんです。すごく寂しい曲だなと思います。

君島大空“きさらぎ”を聴く(Apple Musicはこちら

―音楽のなかですら「きっとどこにも行けない」という結末に着地させようとするのは、君島さんのなかでは、向こう側に「行きたい」気持ちと「行ってはいけない」気持ちがせめぎ合っているからなのかな、とも思えます。

君島:ああ……せめぎ合っていますね、たしかに。そこは、「終わらせたくない」という気持ちが強いような気もします。決定的なものを見たくないというか。

―それはきっと、「海は見たくないけど、海の近くにいたい」という感覚にも通じますよね(参照:『袖の汀』総論インタビュー)。

君島:そうです、そうです。たぶん、わかっているんです、行ったらどうなってしまうのか。もしかしたら自分は過去に、そういう場所に行ったことがあるのかもしれないし。それをどうにか見ないようにしている感じかもしれないです。

―“きさらぎ”のサウンドには、どんなリファレンスがありますか?

君島:当時はブレイク・ミルズの『Mutable Set』(2020年)をすごく聴いていて。情報量は豊かなんだけど、テンションの低いものをつくりたかったんです。彼のアルバムは生演奏だから、PCでオーバーダブしながらっていうつくり方では同じことを再現することは不可能ではあるんだけど、“きさらぎ”と、次の“白い花”は、そういうものを意識しながら、トラックもので、なおかつ静かなものをつくろうというチャレンジをしました。

“きさらぎ”は実際にエレピを弾いて、それを1回カセットテープに録音したものとオリジナル音源を混ぜたり、この曲でも昔録った石若さんの音を要所要所で使ったりしています。あと、ハイハットみたいに鳴っている音は、これもダイソーで買った鍋の蓋ですね(笑)。

―これも(笑)。

君島:あと、“きさらぎ”にはなぜかいままでで一番長いギターソロが入っています。このギターソロは、真剣には捉えないでほしいです(笑)。「うわあ、だせえ」って、ここで一緒に笑ってもらえたらいいなと思います(笑)。いや、ここまで言っておいてなんですが、いまやはり真に受けてほしいなと、思いました。半泣きで録ったのを思い出した。

5. “白い花”――「好きな人の部屋にそっと入っていくような気持ちでつくった」

―5曲目“白い花”は、<幽霊みたいになって君の胸に滑り込もう>と歌詞にありますけど、本当に幽霊みたいなサウンドというか(笑)。

君島:幽霊っぽいですよね(笑)。すごく人っぽい気体というか、形にならずに漂っているものみたいな。

歌詞を見返したら、自分が思っている素直なことが書いてあるなと思いました。この曲ってほとんどストーカーの曲だと思うんですけど、ぼく自身、ストーカー気質なんですよ。

―(笑)。<誰よりも早く朝陽が君を抱きしめるより / それよりも早く君の窓を僕はすり抜けて>という歌詞もありますけど、ひとりで思っているような感覚というか。

君島:思い出すとちょっと怖いんですけど、中学生の頃とか、約束もしていないのに好きな人の家の前で待っていたりしていて。当時はそうすることでしか自分のなかで気持ちを収める方法がなかったんですよね。

そのときは、それでしか「好き」という気持ちを表すことができなかった。“白い花”は、あくまでも「幽霊みたい」になっているという曲で、実際に幽霊にはなっていないんです。好きな人の部屋にそっと入っていくような気持ちでつくったんです。最後にはバレちゃうんですけどね。

君島大空“白い花”を聴く(Apple Musicはこちら

―サウンド面に関してはいかがですか?

君島:この曲は、見たい景色が明確にあって。すごく安心したかったんだと思うんですよね。なので、これは“きさらぎ”にも言えるんですけど、どちらも低域を意識してつくりました。

ずっと不安定ではあるんだけど、低域が安定していると、安心して聴けるから。その絶妙なところを目指しました。特に“白い花”のキックとベースはすごく気に入っていますね。ちゃんと曲を包んでくれている気がする。

―「不安定だけど安心できる」というのは、「幽霊みたい」だけど「幽霊ではない」という歌詞の感覚につながりますね。

君島:そうですね。この曲は結構前に、これも川べりでつくった曲なんですけど、歌詞はできたときから変わっていなくて。歌詞から見えてくる音をつくっていった感じだと思います。

6. “銃口”――自分の世界の一部を託せる人と出会うことで生まれた、ゆくあてのないラブソング

―最後の“銃口”。この『袖の汀』という作品は、この曲で締めくくられていることがとても重要なことだと思います。

君島:“銃口”は、めちゃくちゃラブソングのつもりで書いたんです。時期的には“光暈(halo)”のすぐあと、海の近くから帰ってきたときにバーッと、歌詞もほとんどそのまま出てきて。自分でも、すごく好きな曲です。

“銃口”は自分でもすごく不思議な曲で、ラブソングと言いつつ誰に向けているかも謎で、この曲は、なにが言いたかったのか……。すごくいろんなものがない交ぜになっている気がします。「銃口」って、カメラのレンズのことなんですけど。

―<壊れたシャッターの音で僕を焦がして>という一節もありますね。

君島:ぼくは写真を撮られると、撃たれた感じになるというか、魂をとられたような感覚になってしまって。写真を撮られるのがすごく嫌いだったんですけど、去年、「この人に撮られるなら、写真を克服できるかもしれない」と思えるような写真を撮ってくれる人に、ふたり出会って。

その人たちに出会ったことで、写真そのものというか、「自分を見つめること」を克服できるんじゃないかって感覚があったんです。その写真家の人たちのことも考えていました。

君島大空“銃口”を聴く(Apple Musicはこちら

―いま言ってくださったふたりの写真家は、他の人とはなにが違うのだと思いますか?

君島:写真でぼくが見たい景色って、すごく具体的なんだと思うんです。いままで「こういうふうに撮ってください」とお願いしても、出てきたものに対して「違う」と思ってしまうことが多くて、それは結局、自分のなかに強烈にイメージがあるからなんですよね。

実際に映っているものはぼやっとしていたり、霞んでいるものなんだけど、自分のイメージ自体はすごく強くある。ぼくのなかで見えている景色、見えている世界……そういうものを撮っている人たちに、去年出会えたんだと思います。共通言語はないけど、「この人たちはぼくと同じ世界を、違う視点から見ているのかもしれない」と思える人たちというか。そう思えることが嬉しかったんです。

―なるほど。

君島:自分でコラージュをつくったり、絵を描いたり、曲の視覚的な世界を補完するために自分でなにかしなくちゃいけないとずっと思っていたんですけど、その人たちになら、自分の世界の一部を任せることができるかもしれないと思えた。

『縫層』のときも西田(註:君島大空 合奏形態のギタリスト、西田修大)の力を借りたりしましたけど、そうやってどんどんと誰かの力を借りるっていうことが前向きにできるようになってきている感覚があります。

―“銃口”はとても穏やかな曲であると同時に、音に歪な「震え」のようなものが捉えられていると思うんです。音づくりでどんなことを意識しましたか?

君島:“銃口”は歌とギターを一発で録ったんですけど、マスタリングでモノラルにしたんです。モノラルにしてガッチガチのコンプ(註:音を圧縮するエフェクターのこと、音の強弱の差を縮小させる効果がある)をかけて、演奏の音量レベルが上がっていくにつれて、音がモノラルのなかで暴れ出す。

よく聴くと、そのときの音が鳴っています。海がモノラルで鳴っているようなイメージがあったんです。それは“銃口”だけでなくて、このEP全体を通してのイメージでもあるんですけど。

―なるほど。だからこの曲の、特に後半の音像は不思議なものになっていたんですね。

君島:マスタリングは那須でやったんですけど、“銃口”は、マスタリングの前日に旅館でテクスチャーを足していきました。“光暈(halo)”の最後に入っている海の音とか、『午後の反射光』で使った音とかを足して、最終的にそれをモノラルにする。

……ぼく、カセットテープが大好きなんです。カセットテープは壊れていってしまう、伸びていってしまうものだけど、でも、そのなかだけで確実に世界が回っている。その状態が好きで。“銃口”では、そういう感じを出したかったんですよね。閉ざされた世界を覗いているような感覚というか。

―君島さんの音楽を構成する音には、強烈に君島さんの個人史が刻まれていますよね。きっと君島さんはその一つひとつを細かく説明して伝えたいとは思わないだろうけど、それが混ざり合って音楽として伝わってきたときに、すごく個人的で、でもすごく開けたものとして伝わってくるような感じがします。

君島:そう言っていただけるのは嬉しいです。自分のサンプルライブラリーのなかのあるひとつの音が、これまでの3作品すべてに入っているんです。『午後の反射光』でも、『縫層』でも、今回の『袖の汀』でも、ずっと同じひとつの素材から取ってきている音がある。

それがどの音かは自分だけがわかればいいんですけど、きっと次の作品にもそれは入ると思う。それは、自分へのおまじないのようなものなんですよね。呪いをかけるような感覚というか。「魔法をかける」と言ったほうが綺麗かもしれないけど、自分としては、そんなに綺麗なものではない、もっと執着の強い音。そういうものはずっと自分の音楽のなかにあるような気がします。

誰にも知られることない、でも確かに存在する感情や時間に手を伸ばす。生の暗がりを照らす歌の感覚

―お話を聞いていてあらためて思うのですが、『袖の汀』もやはり『縫層』と同じように、このコロナ禍という時代感覚が克明に刻まれた作品でもありますね。

君島:そうですね。人によって影響の受け方は違うと思うんですけど、ぼくはコロナがあってもとの状態に戻ったんだと思います。結果として、自分を見つめ直す時間になった。人に会う約束がなくなって楽だなと思うこともあったし、でも、慢性的な疲れはずっとあった。

そういうなかで、「言っていることが変になっちゃっているやつがいるな」とか、「自分もそうなってしまっているかもしれない」とか……自分自身のバイオリズムにすごく敏感になっていった感覚があるし、それはいまも続いていますね。1日のなかで、自分の波ってこんなに起伏が激しいんだと気づかされることが多かった。

―「波」というのは海の波だけじゃなくて、自分自身の体や生活のなかにあって揺れているものでもあるのだと、この作品を聴くと強く感じさせられます。この状況だからこそ、この音楽がすっぽりと心身にハマる人は多いんじゃないかと思いますね。

君島:実際、そういうことを願いながらつくっていました。自分の曲が「場所」になってほしいと思うんですけど、同時に最近は、聴いてくれた人の空洞にハマるような音楽であればいいなとも思います。ぼくにとって“光暈(halo)”がハマったように、誰かの空洞にハマることを願いながら曲を書くようになっているような気がします。

―『袖の汀』というタイトルは、2曲目“向こう髪”の<涙を隠した両手のぼろぼろの袖を / 飛び越えてゆくつもりのステップ>というラインからのイメージが大きかったですか?

君島:そうかもしれないです。「汀」って、「渚」と一緒の意味なんですけど、全然受ける印象が違うなって。「汀」のほうが、土が湿っていそうというか(笑)、境界っぽいなと思うんですよね。波打ち際で濡れている砂と乾いている砂が混ざり合っていて、そこにたまに波が打ち寄せてくるようなイメージ。

あと古語なんですけど、「袖の湊(そでのみなと)」という、すごく泣いている様子を表している言葉があって、最初は「袖の湊」をタイトルにしようかと思ったんですけど、でも、あまりにも暗すぎるなと思って「袖の汀」にしました。

今回のEPは、やっぱり「海」とか「水」のイメージが強かったです。水際、境目にいる感じがすごくある。それを「袖」っていう、嘘臭くない、小さいところに落とし込みたかったんですよね。大きな景色にはしたくなかった。

―この作品の根底には、泣いている自分がいると思いますか?

君島:どうだろう……。“向こう髪”は、泣いている人をどうにかして笑わせたいって曲なんですけどね。収録されている曲の半分くらいは自分が泣いている感じもするけど、でも、絶望はしていないんですよね。『午後の反射光』は絶望していたと思うけど、今回はあそこまで悲哀に満ちているわけではないなと思う。

君島大空『午後の反射光』を聴く(Apple Musicはこちら

―その感覚は、たしかにわかります。

君島:ぼくは、生活のなかでどうしようもなく涙が止まらなくなる瞬間があって。でも、だからといって誰かが手を差し伸べてくれるわけではないし、ひとりで頑張らなきゃいけないなと思って……そういう、ひとりで泣いている時間に向けて書いている曲たちのような気がします、どの曲も。

誰も見ていないけど本当にある時間、本当にある悲しい時間、誰にも言えない心で生きている時間。きっと、コロナでそういう時間が浮き彫りになったこともあると思うんですけど、それと自分の回帰の周期が重なって、この作品はできたんだろうと思います。

君島大空『袖の汀』を聴く(Apple Musicはこちら

リリース情報
君島大空
『袖の汀』(CD)

2021年4月21日(水)発売
価格:2,200円(税込)
APLS2015

1. 光暈(halo)
2. 向こう髪
3. 星の降るひと
4. きさらぎ
5. 白い花
6. 銃口

プロフィール
君島大空
君島大空 (きみしま おおぞら)

1995年生まれ日本の音楽家。ギタリスト。2014年から活動を始める。同年からSoundCloudに自身で作詞 / 作曲 / 編曲 / 演奏 / 歌唱をし多重録音で制作した音源の公開を始める。2019年3月13日、1st EP『午後の反射光』を発表。2019年7月5日、1stシングル『散瞳/花曇』を発表。2019年7月27日『FUJI ROCK FESTIVAL '19 ROOKIE A GO-GO』に合奏形態で出演。11月には合奏形態で初のツアーを敢行。2020年1月、Eテレ NHKドキュメンタリー『no art, no life』の主題曲に起用。同年7月24日、2ndシングル『火傷に雨』を発表。2021年4月21日、3rd EP『袖の汀』を発表。ギタリストとして吉澤嘉代子、高井息吹、鬼束ちひろ、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、楽曲提供など様々な分野で活動中。



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