PCが一台あれば、年齢やキャリアに関係なく誰でも音楽活動をはじめられる時代。かつては「プロにお願いする」ところからはじめなくてはいけなかったものが、どんどん手軽になった。そんな時代を象徴するジャンルとして、ヒップホップがある。
そんななか、10代がクリエイティブの原点に出会うことができる学びの集積地「GAKU」で、ヒップホップのミュージシャンが楽曲の制作から配信までをレクチャーする講義『Beat, Flow and Promotion』が開催された。
実際に10代の生徒たちが楽曲を完成させていく場において、どんな新しい変化や刺激が生まれたのか。講師として参加したラッパーのDaichi Yamamotoと、生徒として参加した高校3年生のryota sakamotoに講座を振り返ってもらいつつ、現代におけるヒップホップの価値についても語ってもらった。
「こうでないといけない」というルールがない、ヒップホップの精神を感じた。(sakamoto)
―まず、今回のGAKUの講義『Beat, Flow and Promotion』に生徒として参加されたsakamotoさんにお話をうかがいたいと思います。現在はおいくつですか?
sakamoto:いまは17歳で、高校3年生です。都内の高校に通っています。
―受講したきっかけは?
sakamoto:母がネットで見つけてきて「(受けたら)いいんじゃない?」って勧めてくれたんです。それで、「面白そうだな」と思って応募しました。
もともと、ぼくが小さいころから家や車では、モータウン系のブラックミュージックなどが流れていたんです。当時は、「なんで日本の流行っている音楽じゃないのかな?」と思っていたんですけど、いまになって考えてみると、それで良かったなと思っています。だから、親の音楽の趣味に影響されているところもあると思います。
―音楽活動はしていたんですか?
sakamoto:いえ、一人でちょっとだけギターを弾いていた程度で、曲をつくったことはなくて。今回の講座を通して、はじめてやってみたんです。
―Daichi Yamamotoさんは、講師のオファーがあったとき、どんなお気持ちでしたか?
Daichi:うれしかったです。以前に一度、京都の立命館大学で教えている友人から講師を頼まれたことがあったんです。それが楽しかったんですよね。生徒からフレッシュな刺激を受けたり、教えてもらうこともたくさんあって。なので、今回も「やりたいな」と思って引き受けました。
―今回は10代限定の講座で、参加者は中高生でした。大学の講義とはまた違った点もありましたか?
Daichi:そうですね。中高生のほうが真面目というかシャイというか、おとなしめな印象ですね。あと悩んだのが、どこまで口を出すべきか、という点。人によって良し悪しが違うので、「どっちがいいですか?」って聞かれても、「どっちもいいよ」と答えることも多くて。
Daichi Yamamoto『WHITECUBE』を聴く(LINE MUSICを開く)
―あくまで生徒の個性を大事にしながら、という感じでしょうか。
sakamoto:受講前は、韻の踏み方とかをガチガチに教えてくれるのかなと思っていたんですけど、Daichiさんがおっしゃるみたいに、自分の個性ややりたいことの背中を押してくれている感じがありました。
でも、よくよく考えたら、ヒップホップってそういう文化ですよね。「こうでなきゃいけない」みたいなものはあまりなくて。それもまた、一般的な音楽教室と違って面白いなと思いました。
―実際に講義はどのようなプロセスで進んでいったんですか?
Daichi:最初に、それぞれがつくったビートを聴かせてもらったんですが、その時点で、みんなの個性、ペースが全然違ったんですね。
たとえばsakamotoくんは、ラップを乗せる段階で、まだビートを調整中だったので、「とりあえず、鼻歌でもいいからラップを入れてみようぜ」って言った気がします。……それで声を乗せながら、ビートもつくっていったんだっけ?
sakamoto:そうですね。
Daichi:別の生徒さんは先にリリックが完成していたので、ビートに合わせながら、「ここはもうちょっとタイトにリズムを刻んだほうがいいんじゃない?」など、ラップのアドバイスをしながら進めて。
sakamotoくんには、「メロディーからリリックを書いてみたら?」という話をしました。
sakamoto:Daichiさんに「鼻歌でもいいから」って言われたときに、「作曲ってこうやって考えていくんだな」と、大きな発見だったんです。
Daichi:sakamotoくん、最初にメロディーをつくったときに、全然歌詞を歌ってくれなくて。
sakamoto:恥ずかしかったので(笑)。
Daichi:ぼくも恥ずかしかったんですけど、「こんな感じで!」って、先にぼくが大きな声で歌って見せたら、それを参考にしながらすっごくいい独自のメロディーをsakamotoくんが歌ってくれて。それに「すげえ!」って、鳥肌が立ったんです。そのまま「それで行こうぜ!」って盛り上がっちゃって。
―Daichiさんが一方的に教えるわけではなく、一緒につくっている感じがしますよね。レコーディングの際はどうでしたか?
Daichi:そのときにはsakamotoくんも堂々と歌っていて、すごいなと思いましたね。技術面に関して指導することもありませんでした。
しかも録ったテイクに対して「ここが違う」ということもちゃんと把握していて。「もう1回録り直してもいいですか?」と意見を言ったりして、そこも感心したな。
sakamoto:イメージしていたリズムどおりに歌うことが特に難しくて、プロのアーティストの方はすごいなと思いました。録った音を聴かせてもらったら「違うな」と感じてしまって、そこはすごく苦労しました。
自分の作品を世の中に出す。そんな独特の緊張感を体験できた。(sakamoto)
―今回の講座は、ビートからレコーディング、MV制作、配信まで、1つの作品をつくり上げることが課題でした。達成感はいかがですか?
sakamoto:つたないですけど、自分の作品ができて、それを世の中に配信することができた。講座全体を通して、すごく達成感がありました。
―一定の期間を通して1曲をつくり上げること自体、これまでの生活にはなかったことですよね。
sakamoto:普段の生活のなかで、ふとしたときに曲づくりのことを考えることもありました。
最初に抽象的なテーマはあったのですが、そこから具体的な曲として突き詰めて行かなければならなかったので、「生みの苦しみ」みたいな感覚でしたね。
―Daichiさんにも、そうした生徒さんたちの様子は伝わっていましたか?
Daichi:はい。sakamotoくんが煮詰まっているなと感じたときは、「とりあえず録ってから考えたら? 後からビートに手を加えることもできるから」と伝えたり。
sakamoto:それでちょっと気持ちが楽になりました。でも、次にDaichiさんに教えてもらう日が来ても、まだビートができていなくて。その日、(GAKUの教室がある)PARCOに行くまでの足取りは重かったですね。
―まさにアーティストの方が普段悩んでいるようなことを追体験したわけですね。
sakamoto:でも、「自分はなにかをつくっている」という心境のなかで、世の中に作品を出すプレッシャーや、独特の緊張感を体験できた。ものすごくいい経験ができたと思います。
―学校や塾とも違う、独特の講座なのかもしれませんね。日常とは少し変わったコミュニティーというか。
sakamoto:そうですね。音楽好きな人たちが集まって、一緒に音楽づくりにどっぷり浸かれるんですけど、日常でこういう機会はほとんどありません。だから、ちょっとした異世界というか、非日常的な雰囲気がありました。
―ちなみに、sakamotoさんの周りに音楽活動している友人はいますか?
sakamoto:いや、全然いないですね。一人だけ音楽が好きでウマが合う友人がいたんですけど、カナダに行っちゃって。だから友人とも、日常的にあまり音楽の話はしない。クラスの友人は、好きなアーティストの名前を出しても、多分「誰?」ってなっちゃうと思うんです。なので、好きな音楽に関しては、誰に言うわけでもなくずっと一人で楽しんできました。
だから、この講座で同じ音楽好きな人たちが集まって、こうした環境で音楽をつくれることが、とても感慨深かったんです。
言葉を発せられれば、年齢キャリア関係なく誰でもできる。それがラップ。(Daichi)
―今回は、ヒップホップをベースにした講義でしたが、ほかの音楽と違う点ってどんなところだと思いますか?
Daichi:敷居がほかのジャンルよりも低い気がします。誰でもはじめられる音楽だし、みんな好き勝手やっている。色々なジャンルやスタイルを混ぜやすいですし。
sakamoto:そうですね。ヒップホップはすごく自由なイメージがあります。構成の面でも、一般的なポップスには暗黙の了解やフォーマットがある印象ですけど、ヒップホップはより自由な印象があって。
あと、ヒップホップの曲にはゲスト参加しているアーティストも多いじゃないですか。だから「この人とこの人がやっているんだ」と数珠つなぎにハマっていく面白さもあります。その一方でラップバトルとか、色々なスタイルがあるのも魅力的だなって思います。
―Daichi Yamamotoさんも、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジテレビ)の主題歌に参加したり、ヒップホップのイメージがどんどん多様になっているのを感じます。年代によっても捉え方がどんどん変化していて、より自由なアートフォームとしての価値を高めているというか。
Daichi:今回の講座でも強く感じましたが、ラップは年齢関係なく、言葉が発せられれば誰でもできる。そういうツールになっているのかなと思います。
変化でいうと、最近の10代や20代前半の子たちが追いかけているアーティストをちゃんと知りたいなって思いました。ぼくも10代に戻って、いまのヒップホップをオンタイムで追いたいなって。
STUTS & 松たか子 with 3exes“Presence IV feat. Daichi Yamamoto, 松田龍平”を聴く(LINE MUSICを開く)
―講座を進めていくなかで、あらためて10代のエネルギーは感じましたか?
Daichi:エネルギーというか、自由さを感じましたね。いろんな生徒さんの作品を聴いて、ぼくも凝り固まっていたんだなと思いました。音楽にはいろんな解釈があるんだなあ、とあらためて再確認したというか。
Daichi:ぼくは結構、プロセスを大事にしがちなんです。1日のなかでスケジュールを決めて、毎朝何時から何時まで作業する、みたいなパターンでやっていた。でも、良くも悪くも、そういう部分が首を絞めて、しんどくなっちゃうときもあったんですよね。休憩とかしちゃうと、罪悪感を感じるようなことも。
―真面目!
Daichi:そうなんです。でも、sakamotoくんやほかの生徒さんを見ていると、みんなプロセスが全然違うんですよね。それに、すごく自由に制作を進めていて、できあがった作品を聴くと、その間のプロセスは関係ないんだと感じました。そこも大事なポイントだと思いましたね。
年齢も環境にも左右されず、アーティストになれる時代のメリット
―Daichiさんは、今回の講義をとおして10代のころを思い出すこともありました?
Daichi:まさにそうですね。自分が最初につくった曲を聴き直したりしました。えげつなくダサかったですけど(笑)。
―sakamotoさんと同い年くらいのときの自分は、どんな感じだったんだろう? と。
Daichi:じつは17、8歳のころは、まだ音楽をつくってなくて。興味はあったのですが、周りに音楽をつくっている人がいなかったので、ひとまずこの気持ちは心の奥に置いておこう、みたいな。
―音楽をつくりはじめた最初の一歩はどんな感じだったのでしょう?
Daichi:たしかYouTubeからビートをダウンロードして、そこにラップを重ねてました。iPhoneのマイクを使ってレコーディングしたんです。
その音源をShingo02さん(日本のラッパー、Nujabesとの“Luv(Sic)”シリーズなどで知られる)に送ったら、「ちゃんとしたマイクを買ったほうがいい」ってアドバイスをいただいて(笑)。そこから機材を揃えはじめましたね。
―今回の講座は、楽器は使用せず、パソコン一台で、作曲ソフトのAbleton Liveのみを使ったと聞きました。パソコン一台で気軽に制作ができるという現代ならではのメリットは感じますか?
Daichi:そうですね。これまでは「曲をつくりたい」となったら、誰かしら機材や技術を持ったプロの人のところに行って、その人から教えてもらうというプロセスが発生していたと思うんです。
それはそれでいいことなのですが、そういうコミュニケーションが得意じゃなかったり、そもそも周りにそういう環境がいない人も当然いるんですよね。
業界の上下関係なんかもありますし、そこをパスできる選択肢があるという意味でも、パソコン一台で作曲できることはすごく良いと思います。
sakamoto:たしかにパソコン一台で完結できるのは、ものすごく便利だと思います。ぼくの場合、楽曲配信などを通じてほかの誰かとつながれるという面にも惹かれます。
いつか、いろんな人と制作できたらめちゃくちゃ楽しいだろうなって思います。憧れのSTUTSさんとご一緒できたらすごくうれしいです。
―自分がつくったものが世に出て、不特定多数の人に聴かれるというのも、最初は不思議な体験ですよね。でも、Daichiさんをはじめ、アーティストのみなさんはその積み重ねで活動している。
sakamoto:はい。自分の曲が公開されていることは、恥ずかしさもありますが、今後ももっと勉強して、凝ったビートがつくれたらいいなと思います。機材とかももっと触ってみたいなって。
―あらためて、Daichiさんは、今回の講座における一番の収穫はなんでしたか?
Daichi:誰かの曲づくりを、最初から最後まで見ることができる機会って、じつはあまりないんですよね。ほかのアーティストとコラボするときも、ずっと一緒にいるわけではないので。それを見ることができたのは、すごくおもしろかったし、刺激を受けました。
―生徒のみなさんの成長を感じた瞬間はありましたか?
Daichi:もちろんあります。特にちゃんと曲というかたちにできたのは、すごく大きかったんじゃないかなと思います。sakamotoくんは、アイデアやメロディーセンスがすごくあるので、さらにいいものがつくれると思う。ぜひ、これからも楽曲制作を続けてほしいなって思います。
―この講座をGAKUとともに企画された、CANTEENの遠山さんも、「最後まで形にする」ということを重視されてましたよね。
遠山:そうですね。Daichiさんがおっしゃるように「つくって、聴いてもらう」ところまでがこの講座はセットになっているのが特徴だと思います。ほかの受講生と制作のペースが違っても、無理にかたちやスケジュールに当てはめることなく、スタッフや講師陣でしっかりサポートして、それぞれのつくりたいものを最後までつくりきってもらいました。
最初の授業で「生徒ではなく一人のアーティストとして扱います」という話をして、コースを通じて彼らの想像力やクリエイティビティーを最大限尊重してきました。
今回の受講生は「ヒップホップ」という言葉のもとに集まったメンバーでしたが、自分が好きなものを「正直」につくれる環境とサポートがあれば、アウトプットはそれぞれまったく違うものになる。普段CANTEENという会社で最も大事にしている部分が、自然と目の前で繰り広げられていて、私も非常に感銘を受けています。
sakamoto:ありがとうございます。こちらもすごく面白かったですし、もっといいものをつくりたいという思いも強くなりました。ほかの生徒のみんなもそう思っていると思います。
- リリース情報
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- GAKU
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10代の若者たちが、クリエイティブの原点に出会うことができる「学び」の集積地。アート、映像、音楽、建築、料理など、幅広い領域で、社会の第一線で活躍するアーティストやデザイナー、先進的な教育機関が、10代の若者に対して、本質的なクリエイティブ教育を実施する。10代の若者が、本物のクリエイターと実際に出会い、時間を過ごし、ともに考え、試行錯誤をしながらクリエイションに向き合うことで、まだ見ぬ新しい自分や世界、すなわち、原点のカオスに出会うことを目指す。ディレクターには、writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)のデザイナー山縣良和を迎え、世界的評価を受けるファッションスクール「ここのがっこう」、カルチャーウェブメディアCINRAによるオンラインラーニングコミュニティ「Inspire High(インスパイア・ハイ)」などが集まり、感性、本質的な知識、自己と他者の原点を理解する精神を育むプログラムを構成する。
- Beat, Flow and Promotion
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GAKUのプログラムとして、合同会社CANTEENが企画および運営を手がける講座。講座にはビート制作の講師としてPARKGOLF、Qunimune、Tomggg、ラップ制作の講師としてASOBOiSM、Daichi Yamamoto、gummyboy(Mall Boyz)、ビデオ制作の講師としてPennacky、Yaona Sui(Mall Boyz)らシーンの最前線で活躍する現役アーティストが参加。隔週全11回のクラスを通じて、ビート制作、ラップ、ビデオ撮影、デジタル配信、著作権処理、プロモーションまでヒップホップアーティストに必要な知識や制作過程を一貫して学ぶことができる。
- プロフィール
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- Daichi Yamamoto (ダイチ ヤマモト)
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1993年京都市生まれのラッパー、美術家。日本人の父とジャマイカ人の母を持つ。18歳からラップとビートメイキングをはじめ、京都を中心にライブを行う。2019年、1stアルバム『Andlles』をリリースし、高い評価を獲得。また、2012年からロンドン芸術大学にてインタラクティブアートを学び、フランスのワイン会社とコラボしたアート作品『Dégorgement』や、Pongのバー操作を声の高低で行う『Voice Pong』を制作するなど、アートの領域でも活躍する。
- ryota sakamoto (リョウタ サカモト)
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2003年東京生まれ。2021年、講義「Beat, Flow and Promotion」を通じて、楽曲“garbage”を発表した。
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