中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿

中村佳穂に、大きな転機が訪れている。その底知れない才能がより広く知れ渡ろうとしている。

中村佳穂は、7月16日に公開された細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』に主人公・すず / ベル役として出演。millennium parade × Belle名義でリリースされるメインテーマ“U”など数々の劇中歌の歌唱も担当する。

そのニュースを知って驚いた人は多いだろう。本人がそれを告げたのは6月2日、約1年半ぶりとなる有観客のライブ『うたのげんざいち 2021 in 東京 LINE CUBE SHIBUYA』のステージでのことだ。同日には高揚感あふれる新曲“アイミル”もリリースされたばかりである。

大きな反響を巻き起こした『AINOU』(2018年)以降も、中村佳穂はミュージシャンとして着実に進化を遂げてきていた。2019年にはシングル『LINDY』『q』『Rukakan Town』をリリースし、『FUJI ROCK FESTIVAL』への二度目の出演など数々の場で圧倒的なパフォーマンスを見せてきた。

コロナ禍でライブ活動がストップした2020年には、オンラインライブ『LIVEWIRE「中村佳穂」』でオンラインならではの表現領域を開拓していた。

そうした音楽家としての歩みのなかで、どのようにして今回の『竜とそばかすの姫』での声優への挑戦という機会が訪れたのか。「歌」が大きなテーマとなっている同作を通して、中村佳穂は何を表現し、細田守監督など制作陣とどう交わったのか。

コロナ禍の日々、新曲“アイミル”に込めた思い、そして『竜とそばかすの姫』の制作の裏側から、「歌は誰のものでもない」という中村佳穂の信念に至るまで。たっぷり語ってもらった。

※本記事は映画『竜とそばかすの姫』の一部シーンへの言及を含む内容となっております。ストーリーの核心部分に触れるものではありませんが、あらかじめご了承下さい。

中村佳穂(なかむら かほ)
1992年生まれ、京都出身のミュージシャン。20歳から本格的に音楽活動をスタートし、音楽その物の様な存在がウワサを呼ぶ。2021年6月2日、最新シングル『アイミル』を発表。主人公役に起用された、細田守原作、脚本、監督のアニメーション映画『竜とそばかすの姫』が7月16日より全国公開されている。

歌が生まれてくるための環境を「育てる」ように過ごした2020年を振り返る

―まずは中村佳穂さんのコロナ禍以降の日々について聞かせてください。ライブ活動がなくなり、生活はどう変わりましたか?

中村:もともとマイペースにやっていたし、意外と気楽に過ごしてました。Moog Oneっていう信じられないぐらい大きい機材を買ったり、スピーカーの配置を考えたり、家づくりに勤しんでいる間に1年が終わっていた感じです。いろんなことに気をつけながらも、自分なりにすごく楽しく過ごしていました。

SNSも控えていたので「元気ないんじゃない? 大丈夫?」って思われてたみたいなんですけど、ほんとにそんなことなくて。料理も上手くなったし、平和に過ごしてました。

中村:逆に、今年に入ってからの数か月は東京に出てきて人に会うことが多くて。私は人に会ってエネルギーを得たり、知見を広げることを楽しく思うタイプなんだなって、あらためて思っているところです。

―リリースも含めていろんなプランも変わったのではないかと想像するんですが、音楽との関わり方についてはどうですか?

中村:音楽自体は私の頭のなかに鳴っているので。コンスタントに発表することだけが音楽じゃないし、いろんな意味で育てる準備ができた1年だったと思います。

家を整えたことで「佳穂ちゃん、いまからこれ歌って!」と言われたときに、「はい、できます!」っていつでも対応できるようになったんですよ。

―いわゆる自宅スタジオを作っていた?

中村:そうですね。バンドメンバーの家にちょっと似てきました。音楽がちゃんと生活のなかに入っているような感じというか。

中村佳穂のTwitterより

「好きだったら『好き』って言ってほしい!」。最新曲“アイミル”が思いがけず射抜いたもの

―“アイミル”はどんなふうにできていった曲なんでしょうか? 2020年の3月にやった配信ライブでも披露していたし、わりと前からあった曲だと思うんですが。

中村:もともとは“LINDY”(2019年)の原案になったセッション音源があって。それを私がある日、何にも考えずに聴いて「このメロめっちゃよくない?」って書きはじめた曲なんです。

そうしたら「これ“LINDY”と一緒じゃん?」ってなって。同じメロディーでも、聴く時間とタイミングが違ったら違う曲になる喜びがあったんです。

2019年12月に開催された『うたのげんざいち 2019 in STUDIOCOAST』のライブ映像

中村:そのとき、ちょうど小学生の友達が増えていたり、大学の教壇に立ってほしいと相談されていたタイミングで。「教えるってどういうことだろうな?」「小学生の友達に自分が言えることって何だろう?」って考えたりしてました。

子どもから見たら、29歳ってめちゃくちゃ大人じゃないですか。そういう子たちに私が何をおすすめするかなと考えた。それで、「君が知ったことがすべての世界の幅を広げる」ってことだなと思ったんですよね。そういう曲が好きだなって、前向きな気持ちで書きはじめました。

―最初のアイデアとして、人が成長していく、知識によって世界を広げていくことへのポジティブな思いがあった。

中村:そうですね、そう思います。遠慮なく知見を広げることは最高だと思うとか、好きだったら「好き」って言ってほしい! みたいな感じのことを小学生が言っていたら最高だなって。

中村佳穂“アイミル”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

―“アイミル”は、それが結果として非常にチアフルな、気持ちが上向くような曲になっていると思うんです。この曲の持っているエネルギーについてはどんなふうに思いますか?

中村:最初に動画で上げたときに、私が思っていない広がり方をしたんです。去年の3月にやった配信ライブからいろんな動画を切り取ってTwitterにあげていたんですけど、“アイミル”だけ4,000RT、2万いいねとかになって。

正式にリリースしていたわけでもない曲がそれだけ広がっているのを見て、「この曲の持つ力って、すごい大きいんだな」って、ちょっと不思議に思っていました。時代というか、「これが幸せなんだ」っていう巷の総意を知ったというか。私自身としては「へえー! いい曲なんだね!」って感想でした。

中村佳穂のTwitterより

「子どもたちも大人も、『みんなの総意』を見ちゃう時代じゃないですか」

―時代の空気という意味では、ぼくもまったく同じことを感じました。コロナ禍以降よく言われるようになったこととして、価値観の前提が大きく変わっているわけですよね。それを子どもも大人も感じている。だから新しいことに取り組んだり、これまでの慣習にとらわれず自分で自分の生き方を選んでいくことに踏み出している人たちがたくさんいる。そういうムードを射抜いたような感覚もあります。

中村:嬉しいです。『AINOU』をつくったときも近いことが起きた感覚があったんです。本当に個人的なところからはじまったものが、予想以上に大きな反響につながっていった。“アイミル”をつくったあともそういう不思議な感覚があって。

子どもたちも大人も、「みんなの総意」を見ちゃう時代じゃないですか。自分はいいと思うけどみんなはいいと言うかどうかわからないから一度周りを見てみる、みたいな。そうじゃなくて「好き」は「好き!」って言い切っちゃおうっていう。そのことが結果として時代を射抜いていたという感じがします。

―去年9月にやったオンラインライブの『LIVEWIRE「中村佳穂」』でも、この曲は最後のほうにやっていましたよね(関連記事:中村佳穂の表現の先端。配信ライブを合評とメール取材で紐解く)。その頃にはこの曲が何かの道しるべになるって感覚もあったんじゃないかなと思うんですが、どうでしたか?

中村:実は「アイミル」ってタイトルも、3月の配信ライブでは決めていなくって。そのときに自然と出てきた歌が「アイミルファイヤー」って言ってるっぽいと思ったんで“アイミル”ってタイトルにしたんですけど。それは「私は人のなかにある炎、心の炎を見ています」って気持ちで。

9月の配信ライブのときにも、きっと自分にもそういう心の炎があって、それを見られているし、見ている気持ちになれる曲だなって演奏していて思っていました。なので、必然的に大事な曲になっていきましたね。

最初の出会いは2019年7月。細田守は中村佳穂のライブを一目見ようと奈良まで駆けつける

―そういう1年を過ごしていたなかで、『竜とそばかすの姫』の出演が決まったということなんですよね。これはいつのことでした?

中村:去年の12月にオーディションがあって、そこからはじまりました。

『竜とそばかすの姫』ビジュアル ©2021 スタジオ地図

―細田監督とはそれ以前から交流もあったんでしょうか?

中村:最初にお会いしたのは2019年の7月ですね。奈良にある「NAOT NARA」という、音楽好きの店長がやっている靴屋さんで折坂悠太くんとツーマンをやったときにふらっと来られて(2019年7月7日に開催された『Humming NAOT』)。

「え、細田監督が?」って驚きました。何も聞いてなかったし、席もなかったので後ろで立って観ていらして。ライブ後にみんなでご飯を食べながら喋ったのが最初の出会いです。監督の映画は観ていたので、「めっちゃ嬉しいなあ、サインください」みたいな感じでした(笑)。

そのあとに、宇多丸さんのラジオ(7月22日に放送された『アフター6ジャンクション』)に出てライブしたときに、また細田さんがいらして。そのときはクリエイターの友人が来ているような感覚でした。

―細田監督から中村さんのライブが観たいというアプローチがあったのが最初だった。

中村:そうですね。音楽好きな方だという印象はもともとあったんですけれど、奈良までわざわざひとりで来て、夜中の2時まで喋って、「楽しかったね今日!」って言って適当に泊まって帰る、みたいな感じだったんで。気さくな人だなって思ってました。

主題歌ではなく、声優オーディションのオファーが突然オフィシャルサイト経由で舞い込む

―そこからオーディションに参加する経緯は?

スタッフ:オフィシャルサイトのコンタクトから「オーディションに参加してほしい」というご依頼のメールをいただいて、「主題歌のオファーですか?」っていうやりとりからはじまりました。まさか出演のオーディションとは思わなかったです。

中村:知らんかった(笑)。そこから私に電話がかかってきた感じです。

―細田監督の最新作だ、しかも主演のオーディションだと聞いたときの第一印象は?

中村:爆笑でした。「声優のオーディション来ましたよ」「あはははは! 何それ?」って(笑)。

『竜とそばかすの姫』予告映像
あらすじ:舞台は、全世界で登録アカウント50億人を突破するインターネット世界「U(ユー)」。過疎化が進む高知の田舎町で父と暮らす17歳の高校生・すずは幼い頃に母を事故で亡くし、心に大きな傷を抱えていたが、「U」と出会い、「ベル」という「As(アズ)」(アバター)で心に秘めてきた歌を歌うことによってあっという間に世界に注目される存在になる。しかし、そんなベルの前に、「U」で恐れられている竜の姿をした謎の存在が現れる。

―まったく予想していないことが起こったときって、どんな人も何かしらの直感が働くと思うし、中村さんはその直感が非常に強いと思うんです。そこはどうでしたか?

中村:「あー、面白い!」って思いました。「こんなこと言われるの、めっちゃ嬉しい!」って。でも、私がこれを担うことによってこの作品がいいものになるかどうかはわからんとも思いました。

話を聞かないとわからないし、ストーリーを読まないとわからない。だから、直感としては、作品の邪魔は絶対にしたくないっていう感覚がありました。大丈夫と思えたら受けよう、と。

「すずのセリフが終わった瞬間に、細田さんが入ってきて『本当に初めてなの!?』って」

―オーディション当日はどうでした?

中村:監督と久しぶりにお会いして「お元気ですか?」って話をして。課題曲を歌うのと、ベル役とすず役のセリフをパキッと集中してやって。

防音ブースなので向こう側の雰囲気はわかんないんですけど、すずのセリフが終わった瞬間に、ガチャンって細田さんが入ってきて「本当に初めてなの!?」って言われて。

で、ベルをやったら、またガチャンって入ってきて「ベルはこういう性格だから」ってディレクションがはじまったり、「こんなメロディーなんだけど、歌える?」っていきなり言われたり。楽しかったです。

中村:たしか常田くん(註1:King Gnuの常田大希。millennium paradeとして『竜とそばかすの姫』メインテーマ“U”を担当)が「ひとりだけオーディションっぽくなかった」って言ってました。佳穂ちゃんだけ遊びに来てる子みたいだったって(笑)。

なぜ中村佳穂だったのか? 『竜とそばかすの姫』における歌のあり方にその理由が

―実際に決まって結果を聞いたときはどうでしたか?

中村:もし私に決まったら楽しそうだなって思っていたんですけど、いざ決まったときは、監督にとっても「作品が決めた」という感覚だったんだろうなと思いました。名だたる方がいらっしゃるなかで私を選んだってことは、きっと強くそう思ったんだろうな、と。

―映画は、「歌う」ということ自体が大きなテーマになっていますよね。歌うことができないすずという主人公が「U」と呼ばれる仮想世界にベルという自分のアバターで参加して、歌姫として人気になっていく。音楽や歌のあり方を細田監督なりの考え方で突き詰めて表現している作品でもあると思うんですが、そこに感じ入るものはありましたか?

中村:ひと言で言うと、「監督からのライブの感想みたいな映画だな」って思いました。お客さんから「佳穂ちゃんの音楽を聴いて超興奮しました!」って言葉をいただく感じと一緒というか。それが監督の場合はこの映画だったんだなと受け取れて、音楽をつくる身としては嬉しい感想だなと思いました。

―中村さんの音楽を聴いたり、ライブを観ると簡単に言葉にできないものを感じるんですが、細田監督からは言葉の代わりにこの映画が生まれたということでしょうかね。映画のなかで印象的なシーンとして、歌が生まれる瞬間が描かれているところがありますよね。喋っている台詞に徐々にメロディがついて歌になっていく。すずのときには歌になっていなかった言葉が、ベルとして歌うことで広まっていくような場面もある。

『竜とそばかすの姫』予告映像

―こういう歌のあり方を説得力を持って演じるのは、とても難しいと思うんです。けれど、中村佳穂さんのライブパフォーマンスには話す言葉と歌う言葉が同じ身体表現としてつながっている感じがあって、そういうところが映画の表現がとても通じ合っていると思いました。

中村:嬉しいです。メンバーにも言われました。「これ、佳穂ちゃんの話でしょ!」って(笑)。

―中村さん自身は、すずと自分の通じ合う部分は、どんなところに感じましたか?

中村:私は、自分のことを結局は独善的な人間だなって思うんですよ。空気を見ながら作品をつくっている感覚もあるんですけど、音楽家として「これにする」って選ばなきゃいけないから。そういう意味でも、同じように誰もが心のどこかで「自分が主人公」って思っているところがあるはずで。私もそうだし、すずもそう。

「そんなところでそんなことするんかい!」って思われるような、客観的な視点ではやらないほうがいいことをやっているかもしれないけれど、結局、ストーリーを動かしているのは彼女だし、彼女の視点で何かが生まれて終わっていく。そういう意味では、すずはすごく主人公らしい子だなって思うし、そういうところは私自身にすごく似ていると思いました。

2019年12月に開催された『うたのげんざいち 2019 in STUDIOCOAST』のライブ映像

「歌は誰のものでもないし、誰のものでもない歌に、結局なぜかわからないけど感動しちゃう」

―逆に、すずと自分との違いについてはどうでしょう?

中村:すずは「自分が悲しいから悲しい歌を歌う」みたいなストレートな子だと感じるのですが、私はそうではなくて。

歌というものは多面的で、人がいろんな角度で感情を思うことだから、「歌は誰のものでもない」っていうのが私の考えです。

中村:でも、すずは、自分の歌を自分のものだと思っている感じがしている。それが、独りよがりに感じるので、歌とすず自身の距離をもう少し離してあげたほうがいいんじゃないかっていうのは、ずっと監督に提案していました。

もっと「歌」として孤立させてあげるべきだって。私としては、歌というものはそういうものだと思う。歌は誰のものでもないし、誰のものでもない歌に、結局なぜかわからないけど感動しちゃうんじゃないかと思う。そういうことは、すごく監督に話したりしていました。

―ベルに関しては、どうですか?

中村:すずのアバターがベルということなので、すずの延長線上という感じで考えてました。なので歌に対する感覚もすずとベルで使い分けるよりは、「ちょっと強気でいれるすず」って感じで。

すずのほうは500円しか財布に入っていないけど、ベルはずっと財布に100万円が入っている人っていうか(笑)。やっぱりそうなると性格も変わるじゃないですか。

左から、すず、ベル / 『竜とそばかすの姫』より ©2021 スタジオ地図

中村:なので、そこに関しては、アフレコのときになるべく高い服を着たり、いい靴を履いたりしてみました。課金したパーツをつけて、所持金が多い気持ちというか、アバターっぽくなるようにしていました。

「細田守監督作品のオープニングを飾る音楽」という同じ大役を担った常田大希との協働を語る

―劇中歌がいくつかあるなかでも、“歌よ”という曲の<歌よ 導いて>というフレーズが強く印象に残りました。中村さんがおっしゃった「歌は誰のものでもない」ということって、映画のなかでもすごくキーになっていると思います。

中村:その“歌よ”は、私も歌詞をかなり書いた曲なんです。メロディはすでにあったし、細田監督の絵コンテにも仮詞があったので、そのお題に応えているけれど、私がずっと持っている感覚がいちばん出ているのがその曲なので。そう感じてもらえたらすごく嬉しいです。

Belle“歌よ”を聴く(Apple Musicはこちら

―『竜とそばかすの姫』では演じるということ自体が初体験だったと思うんですが、中村さんの場合、他の人が書いた曲や言葉を歌うことも、なかなかないわけですよね。そこに関してはどうでしたか?

中村:制作としては、普段と変わらない雰囲気でした。音楽監督の(岩崎)太整さんがもともと『AINOU』を聴いてくれたのもあって、「佳穂ちゃんどうする?」みたいに私に意見を求めながら進めてくれて。レコーディングのときも「マイクどうする? マイク選びからやろう」みたいに『AINOU』の制作と似たような空気感でやらせてもらえました。

たとえば「ここはもっとベルっぽく!」みたいなディレクションもあまり入ることはなく、好き勝手にやっているときのほうが多かった印象があります。クリエイターとしてリスペクトしてくれている感覚があったし、そういう意味では積極的に一緒に制作している感じでした。

millennium parade × Belle“U”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

―メインテーマ“U”はmillennium parade × Belle名義でリリースされますが、常田大希さんとの共同作業はいかがでしたか?

中村:常田くんからは「いったん佳穂さんの好きな感じでやってください」ってデモが送られてきて。それこそコロナで家を整えたあとですぐにデモを録って送れる環境だったので「こんな感じでどう?」って送ったら、「めちゃめちゃいいです! これでいいです!」ってすぐに返信がきて。「これでいいの!? マジ!?」みたいな感じでした(笑)。

―常田さんと中村さんは同い年ですよね(註2:ともに1992年5月生まれ)。同世代でお互いにリスペクトしあっているような感覚もありますか?

中村:ありますね。millennium paradeの参加ミュージシャンには(石若)駿くんとか勝手知ったる人も多いんですけど、millennium parade自体と接すること、常田くんと話すことはなかったので、今回初めてひとつの仕事を一緒にやるという感覚は楽しかったですね。

途中で和樹くんとか勢喜くんがレコーディングスタジオに来て(註3:King Gnuの新井和樹と勢喜遊)、「いいねえ」と言ってくれたり。いい感じでできて嬉しかったです。

―それこそ、中村佳穂さんって、これまでもいろんなバンドやミュージシャンとの化学反応で曲が育ったり、生まれたり、発展したりしてきたわけですよね。その延長線上に今回の共同作業があった感じ?

中村:そうですね。でも、ストーリーというお題がひとつあるのはとても大きかったです。お題があるのは好きだし、そのうえで、さっき言ったような「歌は誰のものでもない」というふうにも聴こえるようにしなきゃいけないっていうのは、私のなかのテーマとして持っていました。

すずのわがままで歌いすぎてはいけない。ストーリーのなかですずが一生懸命に歌っているようにも見えるし、「歌はただ歌である」って私は思うから、そういうふうにも見える歌い方をしなければならないとは、レコーディングのときにずっと考えていて。クリエイトしながらそういうお題に応えていくっていうのは、これまでになかった感覚ですね。

中村佳穂が「歌は誰のものでもない」と語るとき、歌を「歌」たらしめている感覚について

―「歌は誰のものでもない」ということって、映画に出てくる合唱隊のマダムたちがすずを見守る感覚にも通じますよね。ある意味、「歌」は地域社会とすずのつながりの象徴である。そこも強く印象に残りました。

中村:ほんとにそうですよね。

―中村さんのお母さんは奄美大島出身と以前におっしゃっていましたが、映画に垣間見える地域コミュニティーと歌というようなことと、ご自身のルーツとのつながりを意識されたようなことはありましたか?

中村:私自身はちゃんと聴けたことはないですけれど、奄美には「哭きうた」(註4)という、誰かが亡くなって自分の感情が止められなくなったときに即興で歌う歌があって。

誰にも聴かせるわけじゃなくって、喉がかれるまでその歌を歌って、疲れたら眠ってしまうという、そうやって自分を慰める、自分の思いを吐露させるためだけの歌があるんです。

註4:「哭きうた」とは、亡き人への思いや別離の悲しみを託した即興の歌のこと。歌を通じた死者との対話によって残された者は喪失感を癒し、死者をあの世へと送る風習として琉球弧(南西諸島)に残っている(参照:酒井正子『奄美・沖縄 哭きうたの民族誌』書籍説明より)

中村:そういう歌って「みんなのもの」ではないんだけど、「それも歌だ」っていう不思議な感じが私にはあるんです。それを独りよがりだって言うんじゃなくって「この歌はすごくいい歌だね」ってみんなが思っている。それって、やさしさだなって思うんです。

そういう感じって、全体的にこの映画にある。最後のほうって、「U」にいる人たち全員がすずの気持ちやそこで起きていることを完全に理解しているわけではないけれど、それを「よかったね」って思う周りの人たちの力が歌をよくしている。

―たしかにそうですね。

中村:合唱隊のマダムたちも、ずっとすずに寄り添い続けてあげている。やさしくされている女の子の話って感じがしますね。それが、彼女が独りよがりでいれる理由だし、それが映画の全部のストーリーを決めているように思います。

何というか、この映画を観たときにいまライブハウスでやっているミュージシャンも肯定された気分になればいいなって思いながら、ずっと制作していました。

―というのは?

中村:ライブハウスって、音楽に対してやさしくしてくれるような印象があるんですよね。自分では「うーん……」って納得のいかなかったライブのときも「また次も来てね」って言ってくれる店長が多くて。育てくれているという感覚というか。

それはすずに対するマダムたちの眼差しに近い感じはします。ミュージシャンの友達が観てくれたときに、「これは私のことだ」って気持ちにちょっとでもなればいいなあって思いながらやっていました。

―「歌は誰のものでもない」というのは、すごく根源的なことだと思うんですが、それをもう少しだけ噛み砕いていただくと、どういうことなんでしょうか。

中村:「誰のものでもない」っていうのは、シェアされている人数が100人でも、1万人とか100万人とかになっても、みんなが「自分の歌だ」と思えるような感覚なんですけど。

中村佳穂の歌かもしれないけれど、聴いた人全員の歌でもある、みたいな。そうなっていくと、有名な曲であればあるほど、結局誰のものでもない歌になると思うんです。それが歌のいいところだと思う。しかも、それが一気にできる。

「会場内が全員共演者」をテーマに2018年6月に開催された中村佳穂のライブイベント『SING US』のライブ映像。この映像は細田監督が中村佳穂を知るきっかけとなった

中村:たとえば、服だったらみんなでシェアするには切れ端になるまで千切らないとできないけれど、歌はそのままでシェアできる。そういうものだと思います。映画を観た人から「何かわからんけど、よかった」って感想をもらうのも、「よかったな、歌っぽいな」って思います。

―そうですね。ぼくが映画を観終わったときのシンプルな感想も「何かわからんけど、よかった」でした。

中村:私もそうでしたよ。何だかよくわからないけど解決したなって。でも嬉しいなって。何かわからんけど救われたなってあるじゃないですか。

細かいことを抜きにして、終わったときに「何かわからないけどよかった」って思える。それも音楽のよさだと思っているので。そういうところもこの映画は音楽に似ていて、よかったなと思います。

『竜とそばかすの姫』のスペシャルPV(サイトを見る

作品情報
『竜とそばかすの姫』

2021年7月16日(金)から全国東宝系で公開

原作・脚本・監督:細田守
メインテーマ:millennium parade × Belle“U”
出演:
中村佳穂
成田凌
染谷将太
玉城ティナ
幾田りら
役所広司
佐藤健
ほか

リリース情報
中村佳穂
『アイミル』

2021年6月2日(水)配信

millennium parade × Belle
『U』

2021年7月12日(月)配信

Belle
『歌よ』

2021年7月16日(金)配信

Belle
『心のそばに』

2021年7月23日(金)配信

Belle
『はなればなれの君へ Part1』

2021年7月30日(金)配信

『「竜とそばかすの姫」オリジナル・サウンドトラック』

2021年7月30日(金)配信

1. ささやき
2. Sligshot
3. 遠い音色
4. Blunt Words
5. 歌よ
6. 儚い日常
7. 導き
8. いざ、リラを奏でて歌わん
9. Fama Destinata
10. 竜
11. ジャスティン
12. アンベイル
13. 電網鼓動
14. 竜の城
15. 心のそばに(鈴)
16. 手のひらの戦乱
17. 強襲
18. 心のそばに
19. #UnveilTheBeast
20. 倨傲の権力
21. 竜の城、燃ゆ
22. 潜む真実
23. 心のそばに(知くん)
24. 不信
25. はなればなれの君へ Part1
26. はなればなれの君へ Part2
27. はなればなれの君へ Part3
28. はなればなれの君へ Part4
29. 糸口
30. 素顔
31. 辿り着いた空
32. はなればなれの君へ(reprise)

『「竜とそばかすの姫」オリジナル・サウンドトラック』(CD)

2021年8月18日(水)発売
価格:3,300円(税込)
BVCL-1173

プロフィール
中村佳穂
中村佳穂 (なかむら かほ)

1992年生まれ、京都出身のミュージシャン。20歳から本格的に音楽活動をスタートし、音楽その物の様な存在がウワサを呼ぶ。ソロ、デュオ、バンド、様々な形態で、その音楽性を拡張させ続けている。ひとつとして同じ演奏はない。見るたびに新しい発見があるその姿は、今後も国内外問わず、共鳴の輪を広げていく。2021年7月16日公開の細田守監督、脚本、原作のアニメーション映画『竜とそばかすの姫』の主人公役に起用された。



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