凛とした強さと美しさを持つハイトーンボイスと、ブルースやソウル、フォークなどを基調とするアンサンブル、さらにはエレクトロニカやサイケデリアをも取り込んだ知的なアレンジによって、Bon IverやFleet Foxes、Iron & WineらUSオルタナティブ勢とも並び称される、東京発の2人組ROTH BART BARON(ロットバルトバロン)。
昨年、カナダはモントリオールにてレコーディングされた2ndアルバム『ATOM』と、それを携えフルバンド編成でおこなわれる彼らの圧倒的なライヴパフォーマンスが現在大きな注目を集めています。そんな彼らの音楽性は、一体どのようにして培われてきたのでしょうか。全てのソングライティングを手がける三船雅也さんの自宅スタジオに潜入しました。
構造を知ることで音楽の世界が広がり、創作意欲をかき立てられた三船少年
小さい頃から音楽好きだったという三船さん。母親が移動中の車で流す、The BeatlesやThe Beach Boys、松任谷由実などに慣れ親しんで育ちました。とはいえ自分から進んで楽器を演奏したり、人前で歌ったりしたことはほとんどなく、中学ではテニス部に所属。現在のメンバーである中原鉄也さん(Dr)とはそこで出会い、タッグを組んで試合に出るなどしていました。
三船:テニスは特別やりたかったわけでもなく、「せっかく部活があるんだったら運動部に入ったら?」と、親に言われるがまま入部した感じです(笑)。音楽をちゃんとやろうと思ったのは高校へ入学してからで、それまではCDを熱心に買ったこともないんですよ。クラスメイトが文化祭のために組んだバンドの練習を眺める毎日でした。
友人に触発され、時折ギターを触ってみては、Fのコードが押さえられずに断念……という日々を繰り返していた三船さん。しかし、そのうちに押さえられるコードの数が増えてくると、「この音楽はどんな仕組みになっているのだろう?」ということに興味が湧き始め、限られたコードを組み合わせながらメロディーを作り始めました。三船さんにとって楽器は、「創作」のためのツールであり、ドライバーやニッパーなどを持つのと同じ感覚に近かったようです。
三船:ポップミュージックって、実は複雑じゃないですか。コード進行もよく変わるし、展開もたくさんあるし。だから自分でやるのは無理だったんですよ。でも、好きな音楽が増えていって、いわゆるクラシックロックから古いフォークミュージック、ブルースを遡っていくと、構造は単純なんだということに気づいたんです。
当時よく聴いていた1990年代のオルタナティブロック、例えばPixiesやNirvanaなどもコードはシンプルで、耳で音を拾うのが簡単だった。そこから、「音楽って、こういうふうになっているんだ」みたいな感じで広がっていったんですよね。
音楽に没入し、生業とすることを信じて疑わなかった高校時代
楽器を手にしても三船さんはバンドを組まず、一人で自宅録音にいそしんでいました。当時は、The Beatlesがレコーディングの際にどんな楽器や機材を使って「あのサウンド」を出しているのか、調べることに夢中だったそうです。
三船:単に演奏するだけでなく、それをスタジオワークで変なサウンドへと加工していくことに、俄然興味を持ち出している自分に気づいたんですよね。思えば映画でも、裏方の人たちに興味が湧き、『ゴジラ』の特撮現場に潜入したいと思っていたような子どもなので(笑)、音楽でもそういうところがあったんでしょうね。
それに当時はちょうどDTM(デスクトップミュージック)が出てきた頃で。それまで4トラックのカセットMTRで宅録していたのが、いくらでもトラックを増やすことができたり、コンピューターの画面上で編集作業ができたり、一気にできることが広がっていったんですよ。そこに「自由」を感じて、宅録へとさらにのめり込んでいきました。ほとんど家に引きこもって音楽を作っていたから、「みんなで集まってセッションする」とか、そういうミュージシャンらしい経験が著しく欠落した人間なんです(笑)。
もちろん、音楽仲間も何人かいましたが、高校生活も後半になると受験や就職活動が忙しくなり、「音楽をやる」ということに対して周囲との「温度差」をさらに感じるようになっていきました。
三船:居酒屋で楽しく飲んでいるときに、いきなりシリアスな話をしだす空気の読めない奴、みたいな感じになっていきましたね(笑)。もっと本気で音楽に取り組みたい、そうすれば何か道が開けるんじゃないかという気持ちもあって。
ただ、当時の自分が自信に満ち溢れていたかというと、そんなこともなくて。もし、誰かに「何がやれるの?」と問われたら答えは曖昧なまま、「やりたくないこと」「やらないこと」だけは決まっていた感じ。言ってみれば、「偉大なる勘違い野郎」かもしれない(笑)。この先、これがビジネスになるとか、誰かを感動させて……とかいうより先に、自分自身が感動させられていて、それを貪欲に追求していたのだと思う。
たった一人、無心で音楽を探求する中で再会を果たしたパートナー・中原鉄也
三船さんの「音楽の探求」は深まる一方でした。「こんな面白い音楽があるのか」「こんな変な楽器があるのか」「こんな録音技術があるのか」……。新たなことを知るたびに興奮を覚える三船さん。テープを逆回転させたり、ヘッドホンをマイクとして使ってみたり、さまざまな音響実験を繰り返していました。
三船:「こういうコードにこういう歌詞を乗せて、こういうサウンドで鳴らすと人は感動する」というようなヒットの法則よりも、もっと音楽の根源的なところ興味を持ったんですよね。僕が音楽に感動するのは、そういうヒットのテンプレに則っているからじゃなくて、作り手のアイデアや生き方、作品の本質に共感しているからなんじゃないかと。「100万枚ヒットを出すための法則」ってあると思うんですけど、それに則って作られていない音楽に、僕は感動するんですよね。
多くの人が、メジャーなヒットソングを求め、それを生み出す方法を追求している中、たった一人「音楽の本質」へと突き進んでいく三船さん。孤独を感じることはなかったのでしょうか。
三船:たぶん孤独だったと思うんですけど、音楽を作っているときはそんなこと考えなくても良かったというか。それが逃避なのか、前に進んでいるのかは、よくわからなかったですけどね。そうやって、自分自身にグッとフォーカスを当てて生きている中、20歳くらいのときに中原くんと再会したんです。
話をしていたら、彼もバンドをやっていて、3ピースバンドでドラムをやっていると言うので、「一緒にスタジオ入ろうよ」ってことになって。そこから一緒にやることになったのは、きっと楽しかったからですよね。大きい音でギターを鳴らせるのも気持ち良かったし。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTなどのコピーバンドをしていた中原さんと、宅録青年だった三船さん。音楽性は全く違う二人でしたが、テニス部でタッグを組んでいたということもあって、気心は知れていました。しばらくはライブハウスに出ることもなく、ただひたすらデモテープを制作する日々。それでも三船さんにとっては、毎日が刺激的だったと言います。
三船:人が増えるとアイデアも増えるし、そういった中でのコミュニケーションとか、二人を取り巻く人たちとのつき合いとか、本格的にライブを始めるまでの数年間は、何かが生まれそうな予感が渦巻いていましたね。その時間はすごく充実して、クリエイティブだったし、僕の気持ちも外に向かっていました。
ROTH BART BARONの船出。独自の音楽性と歌詞世界について
サポートメンバーを迎え、「ROTH BART BARON」名義でライブを重ねていくうちに、アメリカの伝統的なフォークミュージックとオルタナティブロックを融合させたような、独自の音楽性も確立されていきました。Bon IverやFleet Foxesといった音楽と、並び称されるようになったのもこの頃です。
三船:でも、意識してそうなったわけでもなくて。前もって「こんなサウンドにしよう」みたいな話し合いは、一度もなかったんですよね。方向性を先に決めて、それに進んでいくというよりは、僕が作った原型をバンドで合わせていくうちにこうなったというか。
方向性やコンセプトみたいな外堀を先に埋めていってしまうと、雰囲気だけの、全く本人には似合っていない音楽になってしまいがちじゃないですか。そうじゃなくて、まずは自分の中にあるものと向き合って、それを正直に出していったほうがいいんじゃないかと。それがだんだんオリジナリティーとして確立されたのかもしれないですね。
ROTH BART BARONは歌詞も独特です。J・R・R・トールキン(『指輪物語』などで知られるイギリスの作家)や宮沢賢治、ヘルマン・ヘッセ(『車輪の下』などで知られるドイツの作家)の初期短編、水木しげるや諸星大二郎などに影響を受けたというその世界観は、どのように培われてきたのでしょうか。
三船:実は本を読むのが子どもの頃は苦手で。読書感想文とか大嫌いだったんです(笑)。本に対する苦手意識は、普通の人より高かったかもしれない。そこにコンプレックスもあったんですけど、あるとき授業があまりにもつまらなくて、暇つぶしに本を読み出したらハマって。
音楽と一緒でハマると追求するタイプなので、岩波文庫を買い漁ったり、インディアンに興味を持ったらその文化についての本を集めたり……。読書をすることで、自分の知らない世界を見せてくれたり、ちょっとした旅行気分を味わえるのが嬉しかったんですよね。その辺の動機は音楽に通じるものがあると思います。
実験と探求の末に海外レコーディングを夢見たROTH BART BARONの快進撃
2014年には「felicity」へと移籍したROTH BART BARON。同年リリースしたデビューアルバム『ロットバルトバロンの氷河期』は、音楽メディアの2014年ベストディスクに数多く選ばれるなど、その名を轟かせました。
三船:このアルバムのレコーディングはフィラデルフィアでおこなったんですけど、海外スタジオで録りたいというのは、レーベル契約の前から考えていたんです。それは、自分たちが求めているサウンドを手に入れるため。いろいろ実験してみても、理想通りのサウンドにはなかなかならなかったんですよ。特にドラムサウンドとボーカルは、一度海外に学びに行かないことには、ずっと納得しないままなんじゃないかと思ったんです。
それで、自分たちで行きたいスタジオをリストアップして、コンタクトを取って。やっぱりそれなりに予算もかかるので(笑)、「とにかくお金を貯めて1曲だけでも録ってこよう」と話していました。当時、いろんなレーベルからリリースの話をいただいていたのですが、そんな僕らの考えを一番面白がってくれたのがfelicityだったんですよね。
自分が今、「やりたい」と思ったことは追求したい。あとから「あのとき、本当はこうしたかったんだよね」なんて言い訳する40代にはなりたくない。そう言い切る三船さん。自分が欲しい音のために手間暇を惜しまずストイックに追求する、そんな姿に人は心打たれるのでしょう。2015年には2ndアルバム『ATOM』をリリース。カナダはモントリオールでレコーディングされた『ATOM』は国内外で高く評価され、念願の米国ツアーも実現させました。はたから見ると順風満帆のようですが、実際はどうなのでしょうか。
三船:なかなか100%満足いくことはなくて。逆に、追求すればするほどその奥には深遠なる音楽の世界が広がっていて(笑)。「やりたいこと」と「達成したこと」の差も感じて、やるたびに反省材料はあるんですけど、それをちゃんと改善したい気持ちは常にあります。確かに、他の人から見たら順風満帆なのでしょうけど、自分としては「まだまだこれから」っていう気持ちですね。どこまでいけば満足できるんだろう……(笑)。
ここ1、2年で急速に注目を集めるようになったROTH BART BARONですが、実は結成から今日まで長い下積み期間があり、そこで着実に下地を築き上げてきました。だからこそ、ふいに訪れるチャンスも確実にものにしてきたのでしょう。
8月末に開催された『ROTH BART BARON presents KORG SESSION』で販売されたTシャツ
三船:そうなんですよね。バンドとしてちゃんと活動をし始めたのはここ5年くらいですが、その前からずっと音楽はやっていたわけで。ここ最近はフェスなどに呼ばれることも多いですし、先日は佐藤タイジさん(シアターブルック)とご一緒したり、MONOやTHE NOVEMBERSにイベントに誘ってもらったり、音楽で人や社会とつながっていられるのは、本当に嬉しく幸せに思いますね。
三船の好きなもので埋め尽くされた実験と探求の砦
ギターやベースはもちろん、バンジョーやハルモニウム、リゾネーターギターなど世界中の珍しい楽器やビンテージ機材に囲まれた、三船さんの自宅兼プライベートスタジオ。ここでROTH BART BARONの楽曲は日々生み出されています。
曲作りのプロセスはさまざまで、サンプリングノイズをディレイでループさせつつ、そこにアコギを重ねながら思いつくメロディーを口ずさんだり、アナログシンセの音色にインスパイアされてリフが生まれたり。そうしたアイデアの断片をDAWソフトに取り込み、アレンジを構築していきます。Apple「Logic Pro」やAbleton「Live」、AVID「Pro Tools」など複数のDAWソフトを所有しており、そのときの気分によって使い分けているのだとか。
お気に入りの機材1:KORG「minilogue」
KORG「minilogue」(商品詳細)
スタイリッシュで革新的な、37鍵のポリフォニック・アナログシンセサイザー。スマートなアルミボディーには、ステップシーケンサーやオシロスコープなど、さまざまな機能を搭載。プログラムを選択するだけで簡単に、強力なプリセットサウンドにアクセスできるのも特長の一つです。
三船:これ、何よりハプニングが起きるところが気に入っています。音作りをしていて、ツマミをいじっているとハウリングが起きたり、予想もしなかった音色が飛び出すんですよ。アナログシンセとデジタル楽器、それぞれの良いところを融合していて、そのハイブリッド感が面白いですね。
音色も、Moogとかに比べるとオシャレで現代っぽいサウンド。古いアナログシンセと混ぜて使うと、華やかになったりモダンになったりして楽しいです。それに、こんな未来的なデザインなのに、ちゃんと木目を使っているのも嬉しい。シンセの名機は基本的に木目をあしらっていますからね(笑)。
お気に入りの機材2:Gibson「J-200」
こちらは最近手に入れたアコースティックギター。ツアーで使うメインギターはどうしても酷使してしまいがちで、丈夫なギターが欲しくて入手したそうです。かなりボディーが大きいため低音のブーストが心配でしたが、ジャリっとした抜けの良い音が出るとのこと。ピックアップもついていて、色んなサウンドが出せるのも便利。
三船:今まで僕は、わりと安い楽器を頓着なく使うことが多かったのですが、アコギの音をしっかりキレイに聴かせたいというのと、レコーディングでギブソンの音がどうしても必要になって、それで思い切って購入しました。
大阪のとある楽器屋さんに、とてもいいコンディションで飾られていたのですが、すでにツアーで酷使してボロボロに……(笑)。でも、毎日のように演奏しているうちに、どんどんいい音が出るようになりました。彼とはもう、何か国一緒に移動しただろう(笑)。
お気に入りの機材3:Kartar Music House ハルモニウム
こちらは「ハルモニウム」というインドのオルガン。「ふいご」が本体の裏側についていて、それを片手で動かし空気を送りながら、もう片方の手で演奏するというシンプルかつユニークな楽器です。The Beatlesも“We Can Work It Out”などで使用していました。
三船:足踏みオルガンを部屋に置くとスペース取ってしまうし、かといってハモンドオルガンはちょっとイメージが違う。それでこのハルモニウムをインドの「Kartar」という楽器メーカーから取り寄せました。
音抜けもよくて、ライブでもレコーディングでも重宝しています。片手しか使えないからシンプルな演奏しかできないんですけど、スーツケース式になっているので、このままライブ会場まで持ち運べるのも便利です。僕らの楽曲では、“Buffalo”や“フランケンシュタイン”などで使用しています。
お気に入りの機材4:VOX「VSS-1」
VOX「VSS-1」(商品詳細)
エレクトリック、アコースティックギターのみならず、シンセサイザー、その他の弦楽器など、幅広いレンジのサウンドをモデリング。新開発の「AREOS-Dシステム」を採用し、指先のニュアンスひとつでサウンドをコントロールできる最新ギターです。
三船:この楽器は今回の「KORG SESSION」がきっかけで紹介してもらったんですが、例えば曲作りの、最初のスケッチ段階で使うと便利そうですね。「この曲はリッケンバッカーがいいかな、それともギブソンかな?」と思ったときに、ギターを持ち替えなくてもこれさえあればツマミ一つでパパッと音を切り替えて聴き比べられる。
これをもしライブで弾くなら、僕なら普通の使い方はしないでしょうね(笑)。例えばエフェクターをガンガン繋いでとんでもなくエグい音を出したり、プリセットでもギターシンセとか面白い音が入っているので、それにハーモナイザーとファズをかまして、トーンを絞り気味で音を出してみたり。シンセリードのようなサウンドが出せるので、レコーディングでもライブでも重宝しそう。
今年の12月20日には、恵比寿LIQUIDROOMにて自主企画のイベント、『BEAR NIGHT』を開催予定だというROTH BART BARON。フルバンド編成では初のワンマン公演となるため、現在はそれに向けて調整中とのこと。また、来るニューアルバムに向けても着々と準備中。彼らの快進撃は、まだまだ続きそうです。
- イベント情報
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- 『BEAR NIGHT』
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2016年12月20日(火)
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM
- 『コルグ・ライブ』
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2016年11月5日(土)17:00~
会場:東京都 東京ビッグサイト(楽器フェア)コルグ・ブース内ステージA
- プロフィール
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- ROTH BART BARON (ろっと ばると ばろん)
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三船雅也(Vo,Gt)、中原鉄也(Dr)から成る2人組フォークロックバンド。2014年、米国フィラデルフィアで制作されたアルバム『ロットバルトバロンの氷河期』でアルバムデビュー。続く2015年のセカンドアルバム『ATOM』は、カナダ、モントリオールのスタジオにて現地のミュージシャンとセッションを重ね作り上げられた。2015年はアジアツアーをはじめ、国内外のフェスへの出演なども精力的に行っている。年末には自主企画イベント『BEAR NIGHT』を開催予定。
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