コロナショックによって外出を控えているいま、自宅にいる時間が増えた人も多いのではないでしょうか。そんな状況は、いろいろなものからインプットを得る絶好の機会です。そこでCINRA.JOBでは、「いま読みたい本特集」と題し、クリエイターにおすすめの一冊を寄稿していただきました。第一弾は、編集者やライターとして一線で活躍している方たちです。
不安定な状況下で、これからの働き方や、自分の価値観を見つめ直しているあなたへ。今回の特集で新たな選択肢が増えたとしたら、とても嬉しく思います。
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【徳谷柿次郎の1冊】
走り続けてきたあなたへ。「気持ち良い暮らし」は植物を愛でることから始まる
特定の環境に閉ざされたときや、目の前の景色に向き合いたいとき。毎日水をあげて様子をうかがう必要のある「植物」は、リラックスの源泉になることに気づきました。いとうせいこうさんが30代前半で踏み込んだ「植物のある生活(ボタニカル・ライフ)」は、なにげない日常のなかで楽しみを見出すような姿勢にあふれていて心震えた次第です。
つい家の外へ、地元の外へと価値を見出しがちな時代だからこそ、手の届く範囲で、手間ひまのかかる用事に片足を突っ込んでみてください。ここでいいやから、ここがいいやに変わるかもしれません。
本著には、枯れた植物のプランターに残ったカラカラの土を「死者の土」と呼ぶ描写があります。都会のマンションのベランダでは、土の処理に困ります。手の施しようがない「死者の土」をかき集めて、次世代の芽吹きにつなげようとする工夫は、ボタニカル・ライフにおけるクリエイティブど真ん中だと感じました。
一見価値のないものに名前をつけることで新たな創造を生む。この視点があるだけで人生の楽しみ方は無限に広がる気がしてならないです。(ちなみに私は長野に住んでいて1階に庭があるので、「死者の土」の扱いに困ることはありません。つい先日もホームセンターで300Lの土を買ってきて意気揚々とばらまきました)。
無尽蔵に欲求が拡がり続けていたコロナ以前の世界は、動けば動くほどに刺激が生まれていました。良くも悪くも立ち止まることを余儀なくされたときに、小手先の新しい発明に身を寄せるよりも、人類が何万年も愛でてきた植物のおもしろさに感性を使う暮らしって良いじゃないですか。無機質なアスファルトに囲まれて、ずっとパソコンの前に座って作業をしていると気持ちが疲れます。私は小さな愛(め)でからコツコツと生きたいんです。
日当たりの良い物件を選び取って、ベランダで植物を愛でるも良し。公園で日向ぼっこをする習慣も良し。人間が人間らしく生きていける知恵と工夫を身の回りに配備して、「これが気持ち良い」と思える自分の前向きな感性を守っていきましょう。
徳谷柿次郎
1982年生まれ。大阪府出身。東京と長野の二拠点生活中。全国47都道府県のローカル領域を編集しているギルドチーム「Huuuu inc.」の代表取締役。どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長、海の豊かさを守ろう「Gyoppy!」の監修、TBS系列のニュース番組『Dooo』の司会、長野市善光寺近くでお店「やってこ!シンカイ」のオーナー、雑誌『ソトコト』でも毎月コラムを連載中。趣味は「ヒップホップ」と「民俗学」。
【榎並紀行の1冊】
バッタ愛をきっかけに、「やりたい」をやり切ることの痛快さを学ぶ
著者は昆虫学者の前野ウルド浩太郎氏。14年間にわたりひたすらバッタを触り続け、ついにはバッタアレルギーになってしまったとのこと。それでも彼は「空が真っ黒になるほどのバッタの大群が現れれば、嬉々としてその群れに飛び込んでいく」というから、筋金入りです。なお、子どもの頃からの夢は「バッタに食べられたい」。
もう、前書きからぶっ飛んでいます。最初の2、3ページを読んだだけで、とてつもなく「やばい人」であることがビシバシ伝わってきます。物語は31歳の前野氏が西アフリカのモーリタニアへ渡るところから始まるのですが、のっけから入国拒否をくらい、全9章にわたってずっとトラブルに見舞われまくります。サハラ砂漠での野外調査のために3名のメンバーを雇うがそのうち2名が初日から寝坊する、国家存続の危機に瀕するほどの大干ばつでモーリタニアからバッタが姿を消す……。逆境の連続どころか、逆境しかない環境のなかで夢を追い続ける姿はもはや変態的ですが、その信念の分厚さにひたすら感動します。情熱を傾け、人生を賭して没頭できるものがある著者が次第に羨ましく思えてきます。
過酷な状況描写は多いですが、自虐の混じったユーモラスな文体のおかげで肩の力を抜いて読めます。「道行けば、ロバが鳴くなり、混雑時」の見出し、「驚愕のモハメッド率の高さ」など、テキストもキレキレ。一方で、「血が滲むくらいの努力じゃ足りない。血が噴き出すくらいの勢いでいくしかない。万に一つも可能性がないのなら、10万に一つの可能性に賭けてみる」など、熱い名言に思わず奮い立たされたりもします。
コロナでいろいろなことに対して腰が重くなる時期ですが、読後は何かを始めたくてウズウズしてくるはず。やりたいことをやり切る人生の痛快さを、これほどまでに感じられる本はそうそうありません。虫が苦手でなければ、ぜひおすすめしたい名著です。
榎並紀行
1980年生まれ。編集者、ライター、やじろべえ株式会社代表。自社メディア「50歳までにしたい100のコト」にて、定期的に思い出づくり記事を発信している。
【野村由芽の1冊】
新たな言葉が「初めて」をもたらし、思考を広げてゆく
たとえば感情や意味を相手に伝えたり、思考を整理したりするためにわたしたちは言葉を使っていますが、この本をめくるたび、まだ日本語にはなっていない感情や情景が無限にあると気づかされます。人間の思考の大部分は言葉で整理されていることが多いと感じるのですが、そう考えると、新たな言葉が連れてくる知らなかった感情や風景との出会いは、思考を広げることにつながります。未知の宝石のような言葉がたくさん並んでいるときめきに心が満たされ、目が見開かれる本です。
「SAMAR」はアラビア語で「日が暮れたあと遅くまで夜更かしして、友達と楽しく過ごすこと」。「MANGATA」はスウェーデン語で「水面にうつった道のように見える月明かり」……。忘れかけていた思い出や、言葉にしたことがなかった感情、登場するすべての言葉が鮮やかにそれらを喚起させます。
世界を移動することが難しいいまの状況において、自分とは異なる文化で生きる人たちが見ている・感じている風景を想像する橋のような存在としての言葉がここには並んでいると感じます。エンパシーの力を高めることができる一冊です。
言葉ひとつですが、その言葉が誰にとって、どんな意味をもつのか。視点の重心をさまざまな立場に移動させて、できるかぎり複眼でものごとを捉えるように努めていきたいと自分自身にも願っています。その言葉はわたし自身ですし、あなた自身だから、言葉によって他者も自分も疎外せず、個人が自由になっていけるような言葉遣いができたらいいなと感じます。
野村由芽
1986年生まれ。編集者。「CINRA.NET」にて取材・編集、「HereNow」の東京キュレーターなどを務め、2017年に女性のためのライフ&カルチャーコミュニティー「She is」を立ち上げ、編集長として活動している。
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