- プロフィール
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- 靴家さちこ
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1974年生まれ。フィンランド在住ライター・ジャーナリスト。5~7歳までをタイのバンコクで暮らし、高校時代にアメリカ・ノースダコタ州へ留学。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、2004年よりフィンランドへ移住。『marimekko® HAPPY 60th ANNIVERSARY!』、『Love!北欧』、『北欧のかわいい家と雑貨をめぐる旅』、『FQ Japan』、『北欧ヴィンテージとセンスよく暮らす』などの雑誌やムックの他、WEBメディアにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。Twitter: @Kutupon
欧州在住のライター・編集者陣が、各都市で活躍する在住日本人・現地クリエイターの「ワークスタイル」「クリエイティブのノウハウ」をお伝えします。日本人とは異なる彼らの「はたらく」ことに対する価値観、仕事術が、あなたの仕事のインスピレーションソースになるかもしれない!?
フィンランドの地方都市ユヴァスキュラに、合板、フェルト、セルロースなど、多様な素材で、照明や椅子、鞄に至るまで実に多くのデザインを手がけるデザイナーがいる。「フィンランド中部は、フィンランド全土を相手に仕事をするには有利なポジションです」と語る彼の名はヨナス・ハカニエミ。その涼しい横顔とは裏腹に、果敢に新しいデザインに取り組み続ける彼の、秘めた闘志とデザイン歴20年の仕事哲学に迫ってみよう。
グラフィックデザイナー、プロダクトデザインを学びに行く
広告会社でグラフィックデザイナーとして働いていたヨナスは、30歳のとき、ラハティ応用科学大学のデザイン科に入学し、様々な素材とデザイン哲学を学んだ。そのとき、同時にiittalaのデザイナーとして知られるフィンランドでも著名なデザイナー、ハッリ・コスキネンの事務所でも働き、多くを身に付けた。「在学中は手作業で技術を磨き、高校卒業以来続いた仕事生活の良い休止期間にもなりました」と語るヨナス。
彼は大学に進学する前に10年間、副業でフリーランスの仕事もしており、クライアントとの仕事のやり方はそこから多くを学んだ。「フィンランドは市場が小さいので、分野を超えて様々な仕事をしなければ生きていけません」という彼は、フィンランドのデザイナーが多岐にわたってデザイン活動することは前提として受け止めている。大学を出てすぐに起業し、今年創業7周年を迎えるDesign Office Hakaniemiを通じてヨナスは、様々なプロジェクトや多くの企業と関わることができた。
仕事と家庭が混同しても困らない
「事業主は楽ではありませんが、今のワークスタイルが好きです。もちろん、家にいても仕事のことが頭の中で回っているときもありますが、それはこの職業では受け入れなければならない要素の一つです」
二児の父でもあるヨナスだが、家ではあまり仕事の話をしないのに、家族の方が「今、どんなプロジェクトをしているの?」「次は何を作るの?」と聞いてくることが多い。その恵まれた状況は、家でも仕事ができる事業主の利点を活かして会社員である妻の規則正しいワークライフを支え、逆にフレキシブルな仕事ぶりが求められる事業主として妻からの理解が得られる夫婦の絆が基盤となっている。
デザインで「問題解決」に挑む
毎回の新しいチャレンジをどう受け止めているのか聞くと、「デザインとは一つの魅力的な問題解決のソリューションです。全く新しい依頼をされても、必ず何か解決策があると信じて取りかかります。私はそのプロセスが好きで……。デザインの全体像はクライアントにも見えていなければならないが、仕事を進めていくうちにクリアになることもある。そのような経験の積み重ねからデザイナーには先見の明がなければならないと思うようになりました」と語る。
そのためにも彼が心がけているのは、「依頼内容より多くを提供し」「リピーターには前回よりも良い仕事をする」ことだ。他にも「仕事は必ず最後までやり抜き」「納期は厳守」で「仕事歴はどんなセールストークよりも雄弁」だと断じる。
日本とフィンランドのワークスタイルの違い
2013年に来日し十社以上の日本企業と面談したこともあるヨナス曰く、日本とフィンランドのワークスタイルには、多少の違いがあるそうだ。
「まだよく知りませんが、日本企業と仕事をしたければ、まず正しい担当者にたどり着き、良好な関係を築けないと発展させるのが難しいです。その点フィンランドでは、両者の目的さえ一致すれば電話やメールからでもビジネスを展開できます。時間を作って応接するのが難しければ電話、電話で話す時間も惜しければメールで、といった具合に合理性が重視されますね」
また、フィンランドの家具産業には保守的な企業が多いのに対し、「日本の家具産業には、年長者が若い部下を連れた日本らしい企業もあれば、英語が流暢で若い社員に多くの裁量を任せている企業もあります」とイメージとは異なる日本の会社像にも注目している。
デザインの源は潜在意識
過去のインタビュー記事で「インスピレーションはいつでもどこからでも得られる」と答えたヨナス。その理由は、潜在意識は常に頭の中で働き続けているものなので、その過程で必ず新しい何かに結びつくからだという。同様に「潜在意識から得た直感を信じる勇気も大事」だという。「もし正しいと感じたなら恐らくそれが求めていた形なのです」という彼の持論は、現在フィンランドの100以上の学校で使われている、姿勢正しく座れるデザインチェア「ILOA(イロア)」を設計するときにも活かされた。
フィンランドでは姿勢強制や腰痛防止に使われるサドルチェアという椅子が普及しているが、サドルチェアは医療器具的な位置づけなのでデザイン性は乏しい。そこに注目し、ヨナスに依頼をしてきたのがILOAチェアシリーズの製造元myKolme design(マイコルメ・デザイン)だ。
「大学では家具を専攻しエルゴノミクスチェアに力を入れていたので、腕をふるいました」と語るヨナス。デザインには彼の知識とノウハウを全投入し、身体のサイズが異なる様々な人が試座し、最後の仕上げは直感を信じた。フィンランド語で「喜び」を意味するこの椅子は、座った瞬間に両足が地につき、背筋がすっと伸びる。
新しい素材とオリジナルブランド
仕事は「受ける」ものではなく自ら「作る」ものだという姿勢も、彼のポリシーだ。昨年秋に、新聞でSellusta Finland(セッルスタ・フィンランド)社の記事を読んだヨナス。同社が扱う繊維や紙の原料、セルロースに惹かれた彼は、CEOのアキ・サーリネンにコラボレーションを提案。素材の美しさをアピールするためにまず照明器具の製品化を決めた同社は、ヨナスに2つのコレクションのデザインを依頼した。新たな仕事を自ら生み出したのだ。
「セルロースは、実に多様な目的に使える素材なので、直感的に面白いと思いました。初めて取り扱った素材でしたが、連絡してからすぐにアキがサンプルを送ってくれたので、それを元に加工の仕方や扱い方が分かるようになりました。セルロースを素材にデザインの商品化をしたのは、この企業が世界初です。私もアキも、人や環境にも優しいこの素材の可能性に強く惹かれて意気投合しました。私がデザインしたHavukkoというコレクションはもう市場に出ていますが、同社との次のプロジェクトも、すでに始まっています」
ヨナスは、今年早々「Haagnees」という鞄のオリジナルブランドも立ち上げた。フィンランドでは、ファッションデザイナーならともかく、プロダクトデザイナーが自ブランドを起ち上げることは珍しい。
「リュックサックや鞄のデザインは、既に二つの企業に提供した経験があるのですが、自分でトータルプロデュースしたい気持ちが抑えきれなくなりました。要所要所、プロの製造メーカーからアドバイスをしてもらいましたが、ロゴもビジュアルイメージも、パッケージもほとんど全て自力でやってみました。WEBショップもオープンし、デザインショップでの小売りも始まりましたので、このチャレンジへの手応えはこれからです。楽しみですね」
さらにマルチに、デザインと共に突き進む
在学中にミラノのメッセでレットドット賞佳作に入選した「Box Light」 から始まり、グラフィックの世界から立体を操るプロダクトデザイナーとしても活躍し始めたヨナス・ハカニエミ。
「この先の展望は、今のところSellustaとのコラボレーションの継続と、新しいガラス製品のプロジェクトと、それから仕事で中国に行くことが決まっています。それ以上のことは今の段階では言えません。一つだけ確かなのは、これからもありとあらゆるデザインの仕事を続けていくということです」
北欧人らしく多くは語らず、それでいて頭の中はクライアントを驚かせるアイデアでいっぱいな彼の次なるサプライズを追って見ていきたい。
ヨナス・ハカニエミ(Jonas Hakaniemi)
http://www.jonashakaniemi.com/
(編集:岡徳之)
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