第5回: 「自分の人生ってなんなんだろう」私がドイツ・ベルリンに移住した理由

プロフィール
久保田 由希
久保田 由希

東京都出身。日本女子大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターとなる。 ただ単に住んでみたいと2002年にベルリンに渡り、あまりの住み心地のよさにそのまま在住。著作や雑誌で、ベルリンのライフスタイルを日本に伝える。特にインテリア、カフェ分野での著作多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『ドイツのキッチンルール』(誠文堂新光社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)など。インターネットでは、ハフィントンポスト紙にドイツの働き方をテーマに執筆。

12年前にドイツへ渡り、現在は首都・ベルリンで暮らすフリーライターの久保田由希さん。これまで著書や雑誌を通して、ベルリンのライフスタイルを日本に向けて発信したり、ヨーロッパのヴィンテージ雑貨を紹介しているのだとか。そんな久保田さんに、ドイツのクリエイティブな職場と、そこで働く人々を紹介していただきます。日本との違いや共通点は、一体どんなところにあるのでしょう?

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移住前。バラバラだった経験がつながり、世界が広がった

これまでドイツの働き方をテーマに、いろいろな人にお話を伺ってきました。このテーマで取材を始めたとき、自分がベルリンに来たきっかけを思い出しました。連載最終回となる今回は、私自身のことを綴らせてもらえればと思います。

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私はこれまで、日本国内の3つの会社で、社員として働いてきました。なんとなく本や雑誌に興味があったので、出版分野に関わりたいと思い、新卒で入社した会社では広告物作り。その後小さな出版社2社で、雑誌や書籍の編集をしてきました。

一つのところでずっと働くことは、どうも自分にはできなかったようで、どの会社も在籍したのは3年程度。いつも後先考えずに辞めてしまいました。自分はバカだなと思いながらも、気づいたら「さぁ、これから先どうしよう…」と新たな道を模索していました。当時は今よりももっと暢気でしたから、そんな自分でも何とか進んでこられたのだと思います。そうこうするうちに、結局は会社勤め自体を辞めてしまいました。

でも、それぞれの会社で新たな世界に出会い、人の環が広がっていきました。各職場での仕事内容は、もちろんそれぞれに違います。最初の会社では、デザイナーやライターの方々とやりとりをしながら、ダイレクトメールや広告を作っていました。次に転職した出版社では、雑誌の編集。小さな編集部でしたから、自分たち自らが取材・撮影を行っていました。私は自分の興味がある場所に行き、興味のある人たちにお話を聞いて、自分で写真も撮るのがとても好きです。今でもそういう仕事が中心なのですが、そのきっかけは、この編集部で生まれたのだと思います。次の出版社では、書籍の編集ばかりで、自分が原稿や撮影を手がけることは一切ありませんでしたが、デザイナーやカメラマンと一緒に、本を創り出す喜びを味わいました。

各職場での仕事内容は、どれも違っています。ですから最初は、新たな職場でやっていることは、それまでの仕事内容と接点が見出せませんでした。しかし、バラバラに思えていた各職場での経験が、あるときから急につながり始め、自分を軸に世界が広がっていくように感じられるようになったのです。

たとえば、ノウハウ面でのつながり。最初の会社でダイレクトメールや広告制作を通して、こちらの発信した内容・表現が相手にどのように受け止められるのかを、具体的に知りました。文章はわかりやすく簡潔に、表現はポジティブに、といった教えをたたき込まれたため、次の職場ですぐに雑誌編集の仕事に携われたのだと思います。何せ小さい会社は、じっくりと社員を育成する余裕はありません。実務は入社日から即、始まりますから。

そして、雑誌編集者時代に培った、写真の見せ方やページ展開の仕方は、その後の書籍作りに大いに役立ちました。人もつながっていきました。前職で一緒に仕事をしたデザイナーやカメラマンを、次の職場で紹介するのは当然のこと。Aという会社時代に知り合ったカメラマンと、B社時代にお願いしていたデザイナーさんが組んで、現在いるC社から本を出したら……といった案もよく思い浮かべていたものです。

ノウハウや人脈がつながり、それらが反応し合って、新たなものを生み出していく。それがおもしろくて仕方がない時期が訪れました。そのとき初めて、心の底から仕事がおもしろいと思えたのです。

理想は仕事とプライベートを区切らず生きていくこと。

でも、会社にいる時間は長くなるばかり。ハードルもどんどん高くなり、いつしか生活が仕事一色になってしまいました。「私の人生ってなんなんだろう」と、日本で働き続けることに危機感を抱くようになりました。ひとまず日本を出て考え直さないと自分がダメになると、会社を辞めたのです。

退職してから、1年ぐらい滞在するつもりで訪れたベルリンは、想像以上に居心地がいい街でした。日本に帰りたくない、どうしようかと思い始めた頃に、元仕事仲間の紹介で、ベルリンに住み続けながらもライターの仕事をもらえるように。その状態が続いて、今に至っています。

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こうした形でフリーになってからは、私にとって仕事の意味が変わりました。それまで仕事は、会社から一方的に降ってくるもの、しなければならないものでした。でもいまは、仕事をもらえるだけでありがたい。感謝の気持ちと、仕事を楽しむ心が生まれてきたのです。そして思ったのが、結局は自分の経験や知識、興味、つまり自分そのものが問われるということ。これはフリーでも会社員でも同じでしょう。

ですから、仕事以外に行う内容が、とても重要だと思うようになりました。多くのことを経験し、学ぶことが、結果として仕事にも還元されると思います。そういう意味で、私の理想は仕事とプライベートを区切らず生きていくこと。

もちろん、時間的には区切ることが必要ですが、プライベートで興味のある事柄が仕事につながり、仕事で得た内容がプライベートを豊かにする。そんなふうに、仕事とプライベートが相互作用することで、自分の人生は豊かになっていく気がします。私にとってのワーク・ライフ・バランスは、仕事とプライベートの時間のバランスを取るというよりも、2つの要素がよりよい相乗効果を生めるように考えるもの。そうして、毎日懸命に生きることが、自分にとっての幸せなのだと思います。

これまで連載を読んでいただき、どうもありがとうございました。何かを考えるきっかけになれば、うれしいです。



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