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会社に属していても、いなくても、個人指名で仕事が取れるクリエイターがいる。いったい、ほかの人となにが違うのだろうか。その秘訣に迫るべく、「誰と仕事するか」を重視するクリエイターたちをお招し、選ばれるクリエイターになるためのヒントを探る新連載をスタートすることにした。
記念すべき第1回目は、2018年に大旋風を巻き起こした映画『カメラを止めるな!』(以下、『カメ止め』)に携わったクリエイター鼎談。本編の映画『カメ止め』に楽曲提供し、日本アカデミー賞の優秀音楽賞を受賞した音楽ユニットの謙遜ラヴァーズと、同作の公式グッズのデザインを担当したキャラクターデザイナーのリックだ。
3月8日に発売された『カメ止め』の公式スピンオフアルバム『Pondemix』で、共作することになった彼ら。そこには、「誰とするか」を重視する熱い想いがあった。
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依頼内容をそのまま打ち返していたら、期待されるクリエイターにはなれない
—クリエイターとして、依頼してくれた人の期待に応えるために心がけていることはありますか?
鈴木:お金のためや大衆に向けてじゃなくて、自分に期待してくれた人や、自分にとって大切な人を喜ばせるために制作した方が、いいものをつくれるような気がします。
伊藤:その仕事限りじゃなく、また頼みたいと思ってほしいので、「期待値を超えてみせる」という意識は大事にしています。
リック:ぼくも伊藤さんと似ているかも。依頼内容をそのまま打ち返すだけでは、オペレーター的な存在で止まってしまう。依頼主がやりたいことの真意を捉えて、自分なりのプラスアルファのアイデアで打ち返すことが大切だと思います。
選ばれるクリエイターになるには、「熱量合戦」ができる関係性を築くことが大事
—では、「人に選ばれるクリエイター」と、そうではないクリエイターの違いはなんだと思いますか?
鈴木:理屈で語るのは難しいですけど、自分が誇れる作品をつくることがいちばん大切だと思います。つくった作品が好かれるか嫌われるかっていうのは、絶対的なものではなく、受け手の感覚によるところが大きい。だからこそ、自分が納得いくものをつくることが大事。自分の作品に自信を持てなければ、人から共感されることはないと思います。
伊藤:音楽を聴いてなにを感じるかは、人それぞれですからね。以前、音楽で人を感動させるには、「裏切り」が必要だと先輩に言われたことがあり、その言葉をいまでも大切にしています。気軽に音楽を聞ける時代ですし、ほかの人と同じような曲をやっていては埋もれてしまう。いろんな音楽を聞いてきた一般リスナーの知識量をどう裏切るかが勝負だと思っています。「そうきたか!」といい裏切りを提示できることが、選ばれる秘訣だと思います。
リック:ぼくは大前提として「熱量」が大切だと思っています。依頼する側も、される側も、熱量がないと苦しいときに踏ん張れないですから。それに、「こんなことをしたい!」「ここをこうしたらもっと面白くなるはず!」と、「熱量合戦」みたいになることで相乗効果が生まれ、面白いものが出てくると思っています。
鈴木:今回の『ポンデミックスガール』のMVも、まさにそんな感じで生まれたよね(笑)。きつい状況でも一緒に楽しめるかどうかって、すごく重要です。今回が楽しかったから、またリックくんと仕事したいなって思いますし。途中で頓挫せずにやり切れたからこそ、振り返ってみて楽しい思い出になる。その思い出が、「次もあの人にお願いしよう!」という気持ちにさせるんだと思います。
不格好でもいいから、自分の武器で戦えばいい。未経験の仕事でも引き受けた理由
—リックさんは今回の依頼を受けるまで、MVの制作は未経験だったと伺いました。それでもリックさんに依頼しようと思ったのはなぜですか?
鈴木:直感ですね。いままで見てきた彼のグラフィック作品にセンスを感じていたので、MV制作が未経験だとしても、信頼感を持って依頼できました。彼も「やれる」って即答してくれて、その心意気が嬉しかったです。
リック:やれる保証はなかったですが、やりたい気持ちだけが先行していましたね。学生のときに手描きアニメーションは一度つくったことがあったんですが、仕事としての依頼は初めてでした。でも、編集や制作に協力してくれそうな信頼できる友人たちが頭に浮かんでいて。「彼らとチームを組めれば、必ず良いものがつくれる」と信じて、がむしゃらに取り組みました。MV制作のメンバーには、いろいろと迷惑かけたと思いますが……(笑)。
あと、なによりもいちばん大切だと思ったのが「いまある武器で、全力で戦う」こと。『カメ止め』は、いかなる状況でも、目の前のことに全力で取り組む人の姿勢が印象的な映画です。ぼく自身も、「不格好でもいいから自分にあるもので戦えばいい」という『カメ止め』イズムに心を動かされたひとり。「自分なりにやり切ればいいんだ!」という気持ちがあったので、依頼を受けることに迷いはなかったです。
—実際、アニメーションMVの制作を進めてみて、どうでしたか?
リック:とてもやりやすかったです。職種は違えど、お互い同じクリエイターなので、「産み出すことの大変さ」は共通認識として持ち合わせていましたし、理解し合いながら心地よく作業を進めることができました。
伊藤:リックくんが最初の打ち合わせのときに、「アニメーションなら、こんなものをつくれますよ」って、参考の動画を早速見せてくれたんです。そのおかげで、最初から完成形を想像しやすかったです。
鈴木:ミュージックビデオは、でき上がった音楽に映像をつけていくのが一般的です。でも、今回は「サウンドトラックのような音楽」というコンセプトで、ストーリーを軸にしてつくっていきました。上がってきた映像に対してさらにアレンジを加えたりもしましたね。音楽と映像が組み合わさることで、より相乗効果をもたらすということを、いつも以上に実感しました。
ぼくも汗をかいて「表現の可能性」を追求しようと。それが『カメ止め』へのアンサーだと思いました
—実制作面で苦労した点はありますか?
リック:やはり、アニメーション制作はほぼ未経験なので進め方に苦労しましたね。あとは、最後のシーンの作業量ですね。クライマックスに向けて動きや迫力を出すために、制作メンバーと手分けしながら細部にまでこだわって作業しました。
じつは、たくさんの点が広がっていくシーンも、CGではなく全部手描きなんです。自分はほかのシーンの制作で手いっぱいだったのですが、「ここは手描きで熱量を伝えなきゃ!」と、制作メンバーが自ら提案してくれて。必死で点を打ってくれました。
—あれ、手描きなんですね! 熱量が伝染していくのが、まさに『カメ止め』を連想させます。
リック:それが伝わって嬉しいです。あと、『カメ止め』らしさでいえば、「汗感」が出るように意識しました。本編が「汗をかいて頑張ることの大切さ」を伝えている作品でもあるから、ぼくもそのメッセージが伝わる映像をつくりたいと思ったんです。
『カメ止め』の映画パンフレットに、「転ぶのは走っているからだ」という上田監督のコメントが載っています。『カメ止め』には、人が転ぶシーンがいくつもあるのですが、それは懸命に走っているから。劇中だけではなく、作品を広めるスタッフも、応援するファンも、みんなが汗をかいている。それこそ、『カメ止め』が多くの人の心を動かした魅力のひとつだと思うんです。
だからこそ、スピンオフとして汗感のあるMVをつくり、ぼくら制作チームも汗をかいて「表現の可能性」を追求しようと。謙遜ラヴァーズさんが音楽で伝えたい想いを、アニメーションの力でさらに表現することが、ぼくのミッションだと感じたんです。それが、『カメ止め』のものづくりに参加できたことへのアンサーだと思いました。
—謙遜ラヴァーズのお二人は、アニメーションの完成版を見たときどう思いましたか?
鈴木:映像と歌詞は別の物語で進んでいくのに、世界観がマッチする構成になっていて驚きました。見るたびにいろんな角度から楽しめるという意味でも、『カメ止め』らしいスピンオフ作品ができたなと感じましたね。上田監督も泣いたと言っていましたよ(笑)。
伊藤:序盤はあまり動きのないアニメーションなんですけど、曲がクライマックスに差しかかると映像がすごく動き出すんです。そのストーリーのメリハリもすごく『カメ止め』っぽいなと思って、鳥肌が立ちましたね。
リック:アニメーションをつくる際に、感情の抑揚をつけることは意識しました。映像と音楽が合わさったときに、表現の化学反応が起きる瞬間がたくさんあったんです。それは偶然なんかじゃなく、謙遜ラヴァーズさんも同じ感情や表現方法を大事にされているからこそ起きたんだと実感しました。共同制作を通してクリエイターとしての共通点を発見できて嬉しかったです。
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もともとは知らない者同士でしたが、『カメ止め』が縁をつないでくれました
—まず、謙遜ラヴァーズの鈴木さんと伊藤さんに伺いたいのですが、どのような経緯で『カメ止め』の楽曲提供に携わることになったのでしょうか?
鈴木:もともと『カメ止め』で監督を務めた上田慎一郎は滋賀県出身で、ぼくの幼馴染でした。昔から親しい関係なので、ぼくが音楽活動をしていることも、彼が映画を撮っていることも、以前からお互いに知っていました。ただ、これまで楽曲提供を頼まれたことはなかったんです。
でも『カメ止め』のときは、上田監督から「トイレに入っていたらふと思いついたんだけど、今回の映画に曲を書いてくれない?」っていきなり連絡がきて(笑)。それで楽曲提供が決まりました。ぼくもいつか一緒に仕事したいと思っていたので、嬉しかったですね。
伊藤:提供したのは、メインテーマ『zombeat』と主題歌『Keep Rolling』の2曲。楽曲提供の話がきてから制作期間が1か月くらいしかなかったので、この2曲だけでも手いっぱいでした(笑)。
—一方、リックさんはどのような経緯で『カメ止め』の公式グッズを手がけることになったのでしょうか?
リック:ぼくの場合は、話すと長くなるんですが……(笑)。『カメ止め』を初めて観に行ったのが、6月の劇場公開から1か月後のことでした。その頃から話題になっていたので「どれどれ見てやろうか」という軽い気持ちで観に行ったんです(笑)。でも、映画を観たら本当にめちゃくちゃ良くて。爆笑しただけじゃなくて、なによりつくり手側の熱い想いが詰まっているところに感動しちゃったんです。
仕事ではいつも悩んだりもがいたりしながらデザインを生み出すので、「楽しむこと」を忘れてしまいがち。でも、この映画は「純粋にものづくりって素晴らしくて、楽しいものなんだよ!」ってあらためていってくれた気がして。同じクリエイターとして、作中のキャストや制作スタッフの姿勢にすごく感銘を受けたんです。いろんな意味で自分が解放されました。そしたら自宅に帰る途中も、涙が止まらなくなってしまって(笑)。
—『カメ止め』に対する愛がすごいですね(笑)。
リック:そこから純粋に『カメ止め』の絵が描きたいなと思って、登場人物のイラストを趣味で描き始めました。仕事ではなく、自分の好きなテイストで自由に描くことができたので、楽しかったですね。それを「#カメ止め絵」としてSNSにアップしていたら、ほかのファンアートを描く仲間たちとの交流もできてどんどん盛り上がっていったんです。
こうして周りからも認知されるようになってきたある日、映画館のユジク阿佐ヶ谷さんから連絡がありました。この映画館は館内に巨大な黒板があって、上映する作品に合わせてクリエイターにチョークアートを描いてもらうというユニークな取り組みをしているところです。それで、『カメ止め』愛がある方に作品の絵を描いてほしいと。
—趣味が仕事につながった瞬間ですね。
リック:依頼をいただいたときは、プレッシャーも感じましたがとにかく嬉しかったです。SNS上のファンアートから一歩踏み出せるチャンスだと思って、心からワクワクしましたね。このユジクでの黒板アートの展示を経て、株式会社インドアというグッズの制作会社から、オファーをもらい公式グッズをつくることになりました。
—なるほど。謙遜ラヴァーズのお二人とリックさんが知り合ったきっかけは?
鈴木:まさに黒板アートのタイミングぐらいで知り合いました。リックくんの『カメ止め』関連のイラストをTwitterで見かけて、すごくいいなと思って。そのときは、具体案はなかったんですけど、いつか彼と一緒になにかをつくりたいなと思って連絡を取りました。
リック:もともとは知らない者同士でしたが、『カメ止め』が縁をつないでくれましたね。
公式スピンオフCDの制作は、映画の人気に乗っかるみたいで最初は抵抗がありました
—そして、今回発売された『カメ止め』の公式スピンオフCDアルバム『Pondemix』。楽曲は謙遜ラヴァーズさんで、CDジャケットのデザインと、リード曲『ポンデミックスガール』のアニメーションMVの制作を担当したのが、リックさんでした。どのような経緯でこのMVは生まれたのでしょうか。
※『ポンデミックスガール』(謙遜ラヴァーズ feat.渡辺リコ)のMV【MV制作:リック、ふっしー、ぁんず、しまんちゅ】
鈴木:最初は単純に、イラストと音楽でなにかやれたらいいね、と話していたんです。ぼくらが音楽をつくって、リックくんがそれに合わせて映像をつくれたらいいなという構想がぼんやりとありました。あと、『カメ止め』つながりで出会った縁だし、せっかくだから上田監督も誘って監修というかたちで巻き込めたらなと。
それで、どんな作品にしようか考えたときに、『カメ止め』を多くの人に広めるためにしてきた活動が思い浮かんだんです。キャストやスタッフがビラ配りをしたことや、舞台挨拶を100回以上したことなどをもとに「熱のこもったストーリー」を映像や楽曲で表現したいなって。上田監督にもそのアイデアを話したら、賛成してくれて話が進んでいきました。
伊藤:じつは当初、ぼくはこのアイデアをしっかりと理解できていなくて。映画の影響力が大きいので、本当に「自分たちの音楽」といえるものづくりができるのか少し不安でした。『カメ止め』の人気に乗っかるだけの音源になってしまうのは嫌だなと。
でも、ファンミーティングなどのイベントに参加させていただくうちに、作品に対する関係者や周りの方々の熱量をあらためて目の当たりにしたんです。それでやっと、「『カメ止め』現象を表現するサウンドトラック」というスピンオフテーマの真髄を理解できました。それからはノリノリでしたね(笑)。
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