- プロフィール
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- 島田 久仁彦
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1975年大阪府生まれ。国際ネゴシエーター。(株)KS International Strategies CEO、環境省参与。2000年米アマースト大学卒。2002年ジョンズ・ホプキンズ大学大学院国際学修士(紛争解決・国際経済学)。 1998年より国連紛争調停官として紛争調停に携わる。2005〜10年まで環境省国際調整官として日本政府代表団で環境交渉における首席交渉官や議題別議長を歴任。 2011年以降は、国内外、官民問わず交渉・調停のアドバイザーを務めるほか、環境・エネルギー問題や安全保障問題からみた国際情勢の解説にあたる。2012年世界経済フォーラム(WEF)ヤンググローバルリーダー(YGL)に選出。 著者に『最強交渉人のNOを必ずYESに変える技術』(かんき出版)、『交渉プロフェッショナル:国際調停の修羅場から』(NHK出版)など。
“国際ネゴシエーター”の肩書きを持つ島田久仁彦氏は、国際紛争、環境問題、安全保障問題など、世界のあらゆる現場や会議で“交渉”を武器に闘ってきました。今回でコラムは、最終回。身近な事例から、ビジネスの現場で使える事例まで、相手の「NO」を「YES」に変える交渉術を3つの事例からご紹介します。
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交渉術とは、「NO」を「YES」にするもの!
交渉においても、商談においても、そしてコンペなどの場においても、「YES」を得ることが目的になります。「YES」を勝ち取った瞬間の快感は言葉では言い表せないほどです。
私は人の間に入って仲裁を行う調停官という仕事柄、あまり表だって喜びを爆発させることはなかなかできませんが、「YES」を得た瞬間はやはり気持ちがとてもいいものです。
ところで、一旦「NO」だと思われたことでも、工夫をすれば結果を「YES」にすることも可能だとご存知でしょうか? 拙著『最強交渉人のNOをYESに変える技術』(かんき出版)のタイトルにもありますが、今回はその交渉術の一端を、身近な事例からビジネスでの事例まで、お話しできればと思います。
1. やる気の無いスタッフを動かすためには?
出来ない理由を吐き出させる!
まずは、「やる気の無いスタッフを動かす方法」について述べたいと思います。以前にもお話ししましたが、交渉マターは、自社の外のみならず、実は内側にも多く存在します(もしかしたら内部のほうが多いくらいです)。
部下を持つ人ならば、たとえば、スタッフに何を頼んでも、やる気どころか、何事も「できません」で片付けてしまい、一向に仕事が進まない、という経験をされた方も多いかと思います。そんな彼(彼女)を「やります=YES」といわせるためには、どのように対応すれば(交渉すれば)有効でしょうか。
まず、考えられるのは、私がよく言うことですが、「できないのはなぜか?」という理由を探ることです。ここで大事なことは、能力がない、ゆとり教育の悪影響だ(注:私はこの議論が嫌いです)などとこちらで勝手に理解し、理由を決めつけないことです。あくまでも「どうして?(Why?)」と尋ね、「それは……(because)」と、その相手に自分で回答させることがとても大事です。
調停に臨む際にも、時折直面するケースですが、「それはどうしてもできないんです!」と頑なになる人が結構いますが、その時でも「なぜできないと考えるのか?」と問いかけ、相手に答えてもらうことにしています。最初はむにゃむにゃ言いますが、次第に、「それは……」とぽつぽつ語りだします。そこから原因を探り、同時に解決策を考えます。
「どうすれば、再度やる気にさせるか」と。
大切なのは、小さな成功体験!
次に、私が有効だと考えるのは、「できた!」という経験を与えることです。最初は簡単なケースや案件でもいいので、まずはやらせてみて、問題に当ったら、こちらがして見せて、そして、こちらが手伝ってでも一度できる経験をさせてみることです。
私は「aha moment」(あは!の瞬間)と呼んでいますが、できた瞬間に「あー、わかった。こうすればいいのね!」と自分でしてみて、それが出来ると、いきなりの「できません」は次から出てきません。
調停の時に私がやるのは、「本当に、それできないかなあ……? じゃあ、一緒にやってみません?」と一緒に考え、トライしてみます。大体の場合、できちゃうんです! それで「あー、できるものですね……」と相手も頑なな態度を崩し、こちらに乗ってきます。大事なのは小さな成功体験であって、「最近の若い奴は」的な、無駄な論争ではありません。
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- 2.ビジネスにおいて相手を納得させるには?
2.ビジネスにおいて相手を納得させるには?
己を知ることから始める!
次に、ビジネスにおいて相手を納得させる方法についてお話しいたします。
プレゼンテーションや、コンペのシーンを想像していただければわかりやすいかと思います。例えば、「自分が作成した資料やデザインに自信はあるのだが、なぜだかコンペで勝てない」というジレンマを味わった経験はありませんか? そんなときにあと一歩、見えない「YES」への壁を破るにはどうしたらいいのでしょうか。
答えは一言でいえば、「相手を知ろうとするように、己のことも知り尽くす」ことです。
コンペのお知らせが届いた際、資料やデザインに取り掛かる前に、まずやるべきことは、要件に対するニーズや、主催者や関係者の情報をできるだけ集めることではないでしょうか。例を挙げると、どのような会社なのか、これまでどのような作品や資料にいい評価を下したか、社会的にどのような評判なのか、担当者はだれか、といった情報です。
そして収集した相手の情報を分析し、作品やプレゼンの方向性を決めて、制作に取り掛かられると思います。その際に、頭では分かっていて案外忘れがちなのは、自分サイドの情報収集と分析です。
「自分のことなんてわかっているよ!」と不思議に思われるかもしれませんが、実際に「今回、相手から求められている内容に、十分に応える能力や体制があるか」といったことを、他社(者)を分析するのと同じレベルで分析してみると、わかりきっていると思われやすい自分自身に、様々な発見があるかもしれません。
そこで得られた「己の新しい理解や情報」をベースに考えることで、もう一歩、相手のニーズに向き合い、かつ自分サイドの能力を合致させることで、一つ上の高みに持っていくことができるでしょう。そうして出来上がってきたものを、今度は徹底して分析した相手の趣向に合わせてプレゼンを行います。
要件事項を仮定段階から疑え!
ここで試していただきたいのは、すでに分析をし、戦略上の仮定もたてられているかと思いますが、あえてその仮定を疑うような質問を投げかけてみることです。
相手に直接質問という形で、プレゼン中に語り掛けてもいいですし、相手の一瞬見せる反応を探るために、あえて断定形で、いかにもその仮定情報が「事実」であるかのように扱って、その上で提案を語ってみてください。“アタリ”でも“ハズレ”でも、プレゼンを受ける側にとっては、こちら側の本気度を感じる心証を与えられます。
例えば、今回のコンペの題材について「こちらはXXのように理解し、このように表現しましたが、それで良かったでしょうか?」と、一旦決めつけのように言い出し、「でもそれで良かったか?」と相手に「YES」か「NO」の回答をしてもらい、具体的なコメントを引き出すきっかけになります。
そこで仮に方向性の前提がずれているような印象を受けたら、その場で、ディスカッション形式で直すこともできますし、「なるほど。ということは、XXということですね? では、いついつまでに修正してお持ちします」というように、一気に今後の対策まで言い切ってしまうのも有効な手段となります。
私も、紛争の調停や交渉において仲裁のような役目を負う際、必ず何らかの提案をご用意します。その際には、もし議論の方向性としてはポジティブな感触で、かついくつかの事例については合意もしくは共通認識が生まれているようなときは、時間をおかずに、その場で修正を加え、一気に「YES」まで持っていく方策を取ります。
しかし、もしもその場の行き詰まり感を感じ取る際には、問題点を簡単に羅列・おさらいし、少し時間を仕切りなおして、後日、合意に持っていくように、小さな「YES」を取りに行きます。それで、自ら、相手から再度プレゼンする機会を引き出すことが出来ます。
コンペで負けても引き下がるな!
ちなみに、これまでコンペなどで惜しくも負けたような際に、そこで諦めて引き下がっていないでしょうか? もしそうだとしたら、とてももったいないことをされています。ここが「NO」を「YES」に変える技術です。仮に「負けた」としても、ここで諦めずに「今後のために」という名目で、コンペの主催者を訪ね、「今回は残念でしたが、今後のために教えていただけませんか?」と教えを乞うてみてください。
相手からすると、「すでに負けを認めている」こともありリスクフリーだと思いますし、また「教えてほしい」と言われて悪い気はしませんので、大体の場合、懇切丁寧にアドバイスしてくれます。そこは熱心に話を聞き、わからないところはその場で具体的かつ端的に質問し、情報をできるだけ引き出します。その上で「ありがとうございます。ご指摘いただいた点については、恐らく改善できると思います。今回のことは仕方ないですが、改善出来たら見ていただけますか?」と投げかけてください。
そうなると相手は「NO」とはなかなか言えません。ここで小さな「YES」をまず取り、必死で改善し、あくまでも「アドバイスを乞いに来た」という姿勢は崩さずに、後日、意見を伺いに行ってください。
「それでどうなるんだ!」と不思議にお思いになる方も多いかと思いますが、私がこのアドバイスをさせていただいたケースの9割は、改善された内容を持って後日アドバイスを乞いに行く、という作戦で、コンペでの当初の「負け」を「勝ち=YES」に変えることに成功しています。ご自分の提案やデザインに自信がおありで、でももう一つ相手に刺さってくれない! とジレンマをお感じなら、ぜひこの方法をお試しください。
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- 3.交渉術で人の心を動かすことができるのか?
3.交渉術で人の心を動かすことができるのか?
「応用編オウム返し」を活用せよ!
さて、最後に、交渉術の講演などで、国を問わずよく聞かれる質問にお答えしておきたいと思います。それは「交渉術は、人の心・気持ちを動かすことに使えますか」といった類いの質問です。これは気になる異性という恋愛のこともあれば、クライアントというケースでも有効です。答えを先にしてしまいますと、「場合による(Yes and No)」なのですが、ここではより「Yes」になるよう、ちょっとしたコツをお話しします。
実は、交渉学のコアとも言っていい行動心理学の要素では、座る位置や見る位置(目線)、色の効用など、多くコツがありますが、ここでは2つだけお話ししておきます。
一つ目は、「応用編オウム返し」です。
人というものは、ほぼ例外なく、自分の話を聞いてもらう・聞いてもらえているという状況が大好きです。
ですので、相手に好かれたいと願っているなら、まずはひたすら相手の話を聞いてみてください。話題を振って、あとはひたすら相槌を打ちつつ聞きましょう。途中で何か突っ込みたくなっても、相手のセンテンスが終わるまでは聞きます。会話が途切れる、もしくは話が一段落したら、その時点でいくつか相手の話の内容を確認する形式で質問をするのです。
例えば、交渉でもよく使い、また人間関係を築く際にも有効な質問では、「XXさんが行っている○○って、こういうことですよね?」という質問は有効です。「ああ、ちゃんと話を聞いて、それも関心を持ってくれた」というイメージを作ります。ここまでであれば、「オウム返し」です。
「応用編オウム返し」では、この「確認作業」の質問もしくは「オウム返し」の際に、少しずつ「自分の持っていきたい方向の情報を、あたかも相手がすでに言ったかのように、オウム返し時に混ぜる」という方法です。
人はなかなか自分で言い出した(少なくともそう思っている)内容に、自分で「NO」とは言いづらいという心理が働きます。その心理的な特徴を使いましょう。これは、この連載でお話ししてきた、「YES Butの法則」にもつながります。まず相手の話を全て「そうですよね」と全面「YES」で受け取っておき、「でもこんな考えもないでしょうか?」と「But」で返します。
これは、本心では「反対」でも、この言い方を用いるだけで、「相手をまず立てて、正しいと認めたうえで、代替案を出している」というイメージを付けることができ、こちら側から出した「But」の後の案も「YES」を引き出すことが出来るようになります。
相手に「NO」の選択肢を与えない!
さて、2つ目は、今回の主旨から少し外れているとお思いになるかもしれませんが、質問する際に「YES」か「NO」で回答できる質問は避け、「選ばせる」質問を投げかけることです。たとえばデートの誘いなら、「今夜XXにいきませんか?」というのではなく、「今夜、AとBならどちらがいいですか?」というものです。これだとすでに「YES」を前提として質問していますので、ほぼ「NO」の回答はありません。
これは仕事、つまり相手がクライアントでも同じです。オプションを提示し、相手に選択してもらう質問をすることで、「YES」は自動的に得ることが出来ます。なにしろ、オプションは、どちらもご自分がオプション化しているわけですから、どちらを相手が選んでも、「YES」となるわけです。
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